ときめきメモリアルショートストーリー
いつかきっと・・
第五話『留さんのとっておき』の巻
あたし、朝日奈夕子。ひょんなことから知り合った留さんって人と遊園地に
行ったんだけど、そこであたしは憧れのあの人がゆかりと一緒に歩いているの
を見つけてしまって大ショック! 留さんもくら〜い過去を抱えていた人だっ
てことを知ってしまった。そしてその帰り、古式のチンピラたちに取り囲まれ
てしまった・・。
*
素早く数えたところ相手は八人、いくら留さんでもちょっと荷が重そう……。
「おい、あんた、さっさと逃げな。」
留さんがあたしに言った。でもそんなこと言われても……。
「そんな、留さんを置いて逃げるなんて出来ないよ。」
「馬鹿野郎!! あんたがいたら足手まといだって言ってんだろうが!! 俺
も四〜五人までならなんとか相手にする自信はあるんだが八人となるとちょっ
と荷が重いんでな。」
留さん、目が真剣だった。本当にやばそうな雰囲気。でも……、やっぱり留
さんを放っておいて逃げるなんて出来ないよ。あたしは留さんの言葉には答え
ず、チンピラたちに向かって叫んだ。
「ちょ、ちょっとあんたたち! あたしはあんたらんとこの社長の一人娘のゆ
かりとは学校で同じクラスの友達なんだからね。あたしに手を出したりしたら
後で後悔するわよ!」
その言葉を聞いてチンピラたちは“おやっ?”というような顔をして、あた
しの顔を値踏みするように見つめた。
「なんだと? ゆかりお嬢様と?」
「そうよ!」
「兄貴、どう思います?」
「う〜ん。」
チンピラたちはなにやらひそひそと相談を始めた。
「ゆかりお嬢様と本当に友達だったらまずいですぜ。」
「そうだよな。社長はお嬢様を目の中に入れても痛くない程、かわいがってお
られるから……。」
「それにゆかりお嬢様は俺達、古式不動産の社員みんなのアイドルだもんな。」
「それはそうだが・・。でもゆかりお嬢様はきらめき高校に通ってんだぜ。き
ら高といやあ、この辺りじゃ名門だ。よっぽど成績がよくなくちゃ入れねぇ。
あの女、そんなに頭よさそうに見えるか?」
「それもそうだ。あんまり賢そうには見えねーなぁ。」
「言われてみれば、俺もそう思うぜ。」
チンピラたちが言ってるのが聞こえてくる。
むっかぁ〜〜っ、あったまきちゃう! そりゃ、あたしはあんまり賢そうに
は見えないかも知れないけど、あんたらみたいな揃いも揃って阿呆面の連中に
言われたくはないわよ! あんたらに比べたらあたしの方が全然マシよ!
「と、言う訳だ。あんたがきら高に通ってるとはちょっと信じ難い話だな。」
相談がまとまったらしくチンピラたちのリーダー格らしい男があたしたちに
向き直って言った。
「ふーん、あいつら、なかなか人を見る目は確かかもな。」
と、留さんも相槌を打つようなことを言う……。おいおい、留さんまでそりゃ
ないだろ。確かにあたしは成績できら高に入学した訳じゃないけど。
「ちょっと、留さんってば〜〜。」
「あ、わりいわりい。ちょっとした冗談だよ。」
とかなんとか言って留さんは頭を掻いてる。あのね〜、冗談言ってる場合じゃ
ないんですけど……。
「そうと決まったら、さっさと始めるとするか、かかれぇ!!」
「おう!!」
リーダー格の男の号令一下、チンピラたちはあたしたちに襲いかかってきた。
「ちっ、仕方ねーな、逃げろって言ったのに、間に合わなかったじゃねーか。」
と、留さんはあたしを睨みながら言った。
「大丈夫よ、なんとかするから。」
と、あたし。
てな訳で喧嘩がおっぱじまった。留さんには三人くらいのチンピラが一斉に
かかって行ったけど、取り合えず撃退したみたい。でもまた新手が襲ってくる
のでなかなか大変そう。
あたしはと言えば、二人のチンピラがあたしを捕まえようと向かってきた。
でもあたしを見損なっちゃいけませんぜ。こう見えても日頃シューティングで
鍛えてんだから……。
えっ? シューティングと喧嘩となんの関係があるのかって? そりゃ、関
係あるに決まってんじゃない。要は反射神経よ、反射神経。
あたしはシューティングゲームの弾避けの要領で、チンピラたちの腕をかい
くぐった。最近の激ムズのシューティングを軽々とこなすあたしだ。チンピラ
たち程度の腕をかいくぐるだけならお手のもんよ。でも流石にあたしも一応、
か弱い女の子なもんで、反撃まではちょっと手が回らなかったんだけどね。
「へぇ、あんた、なかなかやるじゃねーか。」
チンピラたちとやり合いながら、留さんがあたしに声を掛けてくる。なかな
か余裕あるじゃん。
「えへへ、なんとかね。」
うかつによそ見をするとまずいので、あたしは留さんの方を見ずに答えた。
その内、あちらさんは八人もいるのに、一向に形勢が有利にならないので、
ちょっといらついてきたみたい。
「てめえら、情けねーな。たった一人を相手に……。」
それまで黙って喧嘩の様子を見ていただけの相手のリーダー格の男が業を煮
やしてわめいた。そしてゆっくりと上着を脱ぎ捨てると自分も喧嘩に加わった。
留さんはかなり奮戦していたんだけど、いかんせん多勢に無勢、段々と劣勢
になってきた。リーダー格の男も一対一じゃ留さんの敵じゃなかったと思うん
だけど、あんなに敵さんが多いと流石に留さんも手に余るって感じになってる
みたい……。
そうこうするうちにあたしたちは壁際に追い詰められた。留さんもあたしも
相当息があがっちゃってる。そんなあたしたちをチンピラ達はぐるりと取り囲
んだ。
「やい、そろそろ観念しやがれ。」
リーダー格の男が言う。これはかなりやばい状況・・かな。
「仕方ねぇ。とっておきを使うか。」
留さんが言った。
「え? とっておきって?」
「これだよ。」
と、言って留さんがポケットから取り出したもの、それは丸くて導火線がつい
た……、どうも花火の一種らしかった。
「あんた、ちょっとあいつらを引き付けること出来ねえか? これはちょっと
準備がいるんだ。」
「わかったやってみる。」
そういうとあたしはチンピラたちの前に飛び出して叫んだ。
「ねえ、聞いて聞いて!!」
ありったけの声を出して叫んだ。
「えっ? なんだなんだ。」
あたしの声につられてチンピラたちは辺りをきょろきょろと見回した。
へへ、作戦成功! 昼間は“コアラが空を飛んでる”なんて間抜けなおまけ
をつけたけど、“聞いて聞いて”と叫ぶだけでも気合いを入れて叫べば結構相
手の注意を引き付ける事が出来るんだよね。これってあたしのちょっとした特
技でもあるんだ。
でもそんなに長い時間相手の気をそらせることが出来る訳じゃないってのは
仕方ないところ……。相手が気を取られている間に隙を見て逃げ出す、という
程度ならなんとかなるんだけど、留さんの花火の準備が整うまでチンピラたち
の気をそらしていられるかどうか、それだけの時間稼ぎが出来るかどうかはあ
まり自信がなかった。
チンピラたちは暫くきょろきょろしてたんだけど、やがて我に返ったよう…
…、まずい……、と思ったんだけど案に相違してチンピラたちは何かに気を取
られたようにきょとんとして一点を見つめている。
あれれ、どうしたんだろ? まさかホントにコアラが空でも飛んでるんじゃ
・・。訝しく思ってチンピラたちの視線を向けている方向へにあたしも目を向
けてみた。
するとそこにはなんか凄く場違いなんだけど、一人の女の人が立っていた。
さらさらのきれいな黒髪を肩まで垂らした少し痩せた感じの、年の頃は……、
そう二十歳を少し過ぎたくらいの……。優しそうでそれでいてはかなげな雰囲
気を漂わせたきれいな女の人だった。
乱闘を見物しにきたんだろうか? でも普通の人、それも女の人が、いくら
好奇心の強い人だったとしても、こんな柄の悪い連中が喧嘩をやってるところ
にやってきたりするものだろうか……。
その人は澄んだ瞳にやや愁いを湛えて、慈しむようなそれでいて少し悲しげ
な表情をしてあたしの後方を見つめていた。あたしの後ろにいるのは……、留
さん? あの人は留さんを見てるの?
と、その女の人はあたしの視線に気付いたらしく、あたしに向かってにっこり
と微笑んだ。あたしはちょっと戸惑いながらも軽く愛想笑いを返そうとした。
「!?。」
愛想笑いを返そうとしたんだけど、その時にはその人はいなくなっていた。
あれ? あれれ? どうなってんの? 隠れる場所なんてどこにもないのに…
…。あたしは訳が判らなくて暫くぼうっと今まで女の人が立っていた方向を見
つめていた。
何だったんだろ、今の? 夢・・だったんだろうか……。でもこんな非常時
に立ったまま寝ぼけるなんてそんな器用な真似、あたし出来たっけ・・? な
んかきつねにつままれたような気分になって首を捻っていると、
パン、パン、パパパパーーーーン!!
派手な音が辺りに響き渡ってあたしは我に返った。そしてその音に調子を合
わせるように、
『うわおっ、うわわわ、うっぎゃあ』
と、チンピラたちの喚き声が辺りにこだまする。あたしは何が起こったのかと、
音のした方向に目を向けた。
「へへへ、ざまあみろってんだい!!」
留さんの声。どうやら留さんのとっておきの準備が整って炸裂したらしい。
チンピラたちの足もとで花火がはぜる。赤や青や黄色や様々な色の火花がチ
ンピラたちの周りで踊っている。なんかこんな場合ではあるけれど、とっても
きれいだなぁ、と思ってあたしは暫くその様に見とれていた。
するとグイッと手首を掴まれた。
「おい、何、ぼんやりしてるんだ、今のうちに逃げるぞ。」
留さんだった。
「う、うん。」
あたしは少しさっきの女の人のことが気になってたんだけど、結局、留さん
に手を引かれるままその場を逃げ出した。
「や、やいっ待ちやがれ!! ひいい。」
チンピラたちの声が後ろから聞こえてくる。振り向くとチンピラたちはぱち
ぱちはぜる火花の中で踊っていた。その様子がおかしくてあたしは思わず吹き
出しそうになった。あたしたちを追おうとした奴もいたみたいだけど、結局、
それどころじゃなかったみたい。
そんなチンピラたちを置き去りにして、留さんとあたしは手に手をとって町
の中を疾走した。
*
「あはははは」
近所の公園まで逃げてきたあたしは留さんと二人でお腹を抱えて笑い転げて
た。
「あいつらのあの顔ったらなかったよね。ざまあみろよ。」
「全くだ。」
乱舞する花火の中でおおわらわになってたチンピラ連中のことを思い出すと
自然に笑いがこみあげてくる。なんだかユーモラスな踊りを踊っているような
感じで、おかしいったらなかったんだよね。ざまあみろよ!
あ、とは言っても今回は花火のおかげであたしたちは逃げることが出来たん
だけど、でもよいこのみんなは花火を人に向けたりしないでね。(^_^)
「あれ、なんなの?」
ひとしきり笑って、それが治まるとあたしは留さんに聞いてみた。
「ああ、あれはうちに代々伝わる護身用の花火さ。実は俺の先祖は戦国時代に
は火術の得意な忍者だったらしい。で、関ヶ原の合戦で仕えてた殿様が負けち
まって失業しちまった時に得意だった火術を生かして、花火職人になったらし
いんだ。」
「へええ、面白〜い。」
「本当かどうかは知らねーよ。案外、茶目っけのある御先祖様がでっちあげた
話かも知れないけどな。ま、そういう訳で俺も先祖から伝わる護身用の花火を
持ち歩いてたって訳よ。とは言ってもあの花火には相手を殺傷する程の威力は
ないんだ。軽い火傷くらいはするかも知れねーが……。」
と、留さんが説明してくれた。
う〜ん、なんか意外というか突拍子もないと言うか……。でも留さんを見て
ると意外と本当のことかも知れないって気になった。
それとあたしが思ったのは、あんな風に先祖から伝わるっていう花火を持ち
歩いてるってことはやっぱり留さんは花火が好きなんだよね。花火を捨てよう
としても捨てきれないんだよね。
あたしたちは誰もいない公園で二人してベンチに座った。
「な〜んかすっきりしちゃったね。」
「俺もさ。今日は変な一日だったな。」
「そだね。」
ホントなら今日は好雄とコンサートに行って、いつもと同じ日常の延長線上
の平凡な一日になる筈だったんだよね。それが偶然留さんと会っちゃって……。
今日一日だけであたしにとっては一ヶ月分に相当するくらい泣いたり笑ったり、
いろんなことがあった気がする……。
夜空を見上げると満天とまではいかないけど、結構、沢山の星が輝いていた。
この街でこんなに星が見えるなんて知らなかったな。静かな住宅街の小さな公
園だからかな。夜、出歩くことは結構あったけど、繁華街に出かけることが多
かったし、ゆっくり空を見上げたことなんて殆どなかったんだよね。
「なんだかふっきれたみたいな気持ちになってきた。不思議だな。なんだか魔
法に掛けられたみたいな気分だ。」
留さんも夜空を見上げながら晴れ晴れとした声で言った。あたしも留さんと
同じ気分だった。なんか不思議な一日だったな・・・。悲しいこともあったけ
ど、でも留さんがいてくれてよかった……。
もし留さんがいてくれなかったらあたしどうなってたろう。あの人とゆかり
が一緒に過ごしているのを目撃して、あんなにショックを受けてしまうなんて
思ってもみなかったもんね。留さんがいてくれなかったらあたしどうなってた
か想像も出来ないよ。
あたしはなんだかほんわかとした気分になってきて、隣に座っている留さん
にもたれかかった。
「おいおい。」
「いいじゃない。今日だけは留さんあたしの彼氏なんだからね。」
「そうだったな。」
そう言って留さんはあたしの肩に腕を回した。こうしてるとなんたかホント
の恋人同士になったみたいな気分だね。
「なんかチンピラどもとやりあってた時、あいつがそばにいて励ましてくれて
るようなそんな気がしたんだ。」
留さんがポツリと言った。留さんの横顔を見上げるとなんだか遠くを見るよ
うな目をしている。
「あいつって……?」
「死んだあいつだよ。」
「あ、彼女さんか。」
「そんな筈はないのにな。でもあいつの気配を感じたようなそんな気がした。」
そう言われてあたしははたと思い当たった。乱闘の最中に見たあの女の人…
…。もしかするとあの人は……。確かなことは言えないけど、あの人はすごく
優しい視線で留さんを見ていたんだよね。
「あいつは俺に愛想をつかして出て行って、事故に遭っちまった。そんなあい
つが死んだ後も俺のことを気にかけてくれてる筈はねーんだが。」
「そんなことないと思うよ。」
あたしは言った。
「きっと留さんの彼女さんはいつでも留さんのそばにいて留さんを見守ってく
れてるんだよ。留さんに愛想を尽かしたなんてそんなこと絶対ないと思う。死
ぬ時だって、きっと最後まで留さんのことを心に掛けたまま逝っちゃったんだ
よ。ほんの少しのいさかいがあったとしても、元々、あんなに留さんのことを
愛していた人だもの……。」
「そうだな。そうなのかも知れないな。あいつは優しい奴だったから……。」
そう呟いた留さんの横顔はなんだかとても穏やかな表情を浮かべていた。
「留さん、また花火作りなよ。」
あたしは言ってみた。
「留さんにとっては彼女さんと同じくらい大切なものだったんでしょ?」
「そう言われてもな。俺は親父と大喧嘩して家を飛び出して駆け落ちして……、
そうまでして一緒にいたいと思ったあいつを幸せにしてやることが出来なかっ
た……。今更……、戻れねーよ。」
「そんなこと言ってちゃだめだよ。あたし、少し彼女さんの気持ち、判る気が
するんだ。留さんってなんかほっとけない感じなんだもん。喧嘩は強いけど、
ビビールにびびっちゃったり、いつまでも彼女さんのことを気に病んで苦しん
でたり……。今の留さんを見てて彼女さんもきっと悲しい気持ちなんじゃない
かな。自分のことでいつまでも留さんが苦しんでるのを見てるのはホントに辛
いと思う。それに彼女さんは留さんの花火が大好きだったんだよ。きっと留さ
んにもう一度花火作りに戻って欲しいと思ってると思うんだ。留さんだってな
んだかんだ言ってもホントは花火が大好きなんでしょ?」
そういうと留さんはなんだか複雑な表情を浮かべた。で、暫く無言だったん
だけど、やがて絞り出すような声で言った。
「ああ、花火は……、やっぱり俺は花火が大好きだ。」
「それなら問題ないじゃない。後で後悔するより一時の恥を忍んでもホントに
好きなことなら、やった方がいいと思うよ。彼女さんの為にも・・ね。」
「えらく立派なことを言うようになったじゃねーか。」
「えへへ、偉そうなこと言ってごめんね。本音を言うとね、あたしも留さんの
作った花火を見てみたいんだ。きっと留さんならとっても素敵な花火が作れる
と思うから……。」
「はは、それはどうかな。でもそう言われると嬉しいもんだな。」
そう言って留さんは立ち上がった。
「もしかすると俺は逃げていただけなのかも知れないな。花火作りに戻ればき
っとまたあいつのことを思いだしちまう。俺のせいで死んじまったあいつのこ
とを……。それが怖くて逃げていたのかも知れない。」
「だよね。生きていたら悲しいことや辛いこと、色々あるけどそこから逃げて
たら何も出来なくなっちゃうんだよね。あたしも……、人のことを言える立場
じゃないんだけど……。」
「あんたは若いんだから、まだまだいくらでも恋も出来るし、夢だって持てる
さ。あんたはクレーンゲームで学校に入学したことを引け目に感じてたようだ
が、それだって立派な特技じゃねーか。なんの取り柄もない奴に比べたらずっ
とましだよ。学校の成績だけが大切な訳じゃねーさ。あんたはあんただけにし
かないあんただけの魅力を持っているんだから……。あの男とはいまいち相性
が悪かったのかも知れないが、いつかあんたの良さを判ってくれる相手がきっ
と現れるさ。」
「そうだね、頑張らなくっちゃね。」
「あんたは沈んだ顔をしてるより、元気な笑顔を見せてる時の方がよっぽど魅
力的だからな。」
「留さんもだよ。」
「そうだな。俺も人のことは言えないな。」
留さんは暫く何か考え込んでいるような様子だったんだけど、やがて晴れ晴
れとした顔つきになって言った。
「判ったよ。もう一度親父に頭を下げて一からやり直してみるよ。そしていつ
かとっておきの花火を作ってあんたに見せてやるよ。」
「昇り竜七変化?」
「いや、昇り竜七変化は花火師伝八の花火だ。俺には作れねーよ。」
「でもそれを作るのを目指してたんでしょ?」
「ああ、でもそれをそのまま作るのは無理な話だ。元々文献で残ってるだけで、
どんな花火だったのかも確かなことは判らないしな。だから、俺は俺の……、
俺だけの七変化を作るんだ。言ってみれば……、んー、そうだな、昇り竜“乱
れ”七変化ってとこだな。」
「昇り竜“乱れ”七変化かあ。」
留さんの留さんだけのとっておきの花火……。どんな花火になるのか想像も
出来ないけど、きっと超きれいな花火だろうなぁ。
「じゃ、約束。」
あたしは留さんに小指を差し出した。
「留さんはきっといつかとっておきの花火を作ってあたしに見せてくれるの。
あたしもいつまでもくよくよしないで、留さんの花火に負けないような夢を見
つけられるように頑張るから。」
「よし。」
留さんも小指を差し出す。あたしたちは指をからませた。
「嘘ついたら針千本の〜ます!」
「指切りなんてやるのは子供の頃以来だなぁ。」
指を離すと留さんは少し照れたような顔をして笑った。
「あはは、あたしも。でもいいじゃない。留さんもあたしもこれから一からや
り直すんだから、子供と同じよ。これからもう一度、夢を追い直すんだよ。」
「そうだな。」
いつしか夜は更けていた。いくらなんでもそろそろ家に帰らないとまずいか
な。そう思うと少し切ない気分が心の中に忍び込む。
「じゃ、そろそろさよならだね。」
あたしは思い切ってその言葉を口にしていた。そうは言ったものの、なんだ
か少し後ろ髪を引かれる気分だった。もう少し留さんと同じ時間を過ごしてい
たい気がして……。でももう夜も遅いし仕方ないよね。
「ああ。」
と、答えた留さんも心成しか淋しそうな口調だった。
「こんなに夜遅くなって大丈夫か? 明日は学校があるんだろ?」
「へいきへいき、どうせ遅刻なんてしょっちゅうだし、授業中に寝るから。」
「ははは、俺も高校時代は授業中によく居眠りして怒られてたっけ……。」
「へえ〜、そうだったんだ。」
「俺は勉強よりも花火に夢中だったからな。」
「留さんも明日仕事でしょ?」
「ああ、その予定だったがやめた。バイトはやめて家に戻るよ。」
「そっか。頑張ってね。」
「ああ、二度と自分の夢を諦めたりはしないよ。死んじまったあいつの為にも……。」
「うん。」
「送って行こうか?」
留さんが言った。留さんももしかすると別れ難い気分になってくれてるのか
な? だとしたらとっても嬉しいな。でもそんなことしてもらうともっと別れ
るのが辛くなりそうな気がして……、
「ううん、いいよ。」
と、あたしは答えた。
「でもさっきの奴等がまた現れるかも知れないぜ。」
「大丈夫よ。逃げ足の早さには自信があるから。」
「そうか。気をつけてな。」
「ありがと。留さんもね。」
「じゃ。」
「うん、また、いつかそのうちね。」
「あんたがもう少し大人だったら俺の彼女にしてやってもよかったんだがな。」
別れ際に留さんがまんざら冗談ともつかない口調でそんなことを言った。あ
たしはその言葉を聞いて一瞬胸がドキンとしちゃったんだけど、それを振り払
って冗談に紛らわせた。
「あはは、あたしも留さんがもう少し若かったらホントの彼氏にしてあげても
よかったんだけど……。」
そんなことを言い合って、あたしたちはまた二人してほがらかに笑った。な
んか心の中の屈託もどこかへ飛んでいくみたいだった。
<つづく>
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