(New on 2000/04/11:フィルムスキャナを買ったので,スライド等から画像を追加しました。それぞれの日の末尾に,画像ページへのリンクを置きますのでクリックしてください)
注意書き:各個所の最初のリンクからは全画像を一気にダウンロードするページにとびます(300KB〜500KB, 56kモデムで2分少々)。こちらはキャプションつき。
サムネイルと書いてある方のリンクは画像のサムネイルページにとび,そこから画像毎にクリックしていただくことになります。こちらにはキャプションはありません。

写真からのスキャン画像のγは,12月24日深夜分までは2.2, それ以降は2.0に調整しました(そのつもりです)。

99/12/23「また来てしまった,韓国に」

ということで,まずは速報版の旅行記を。今回はカメラが多かったり,到着が遅かったり,移動日だったりと・・・あんまり写真もデジカメも撮ってない日というのが存在しているのだが,とりあえず,デジカメに画像が残っているところから,手短に行って見たいと思うのである。

今回の飛行機は,実は,また例によってユナイテッドのマイルと引き換え。しかも!生涯2度目のビジネスクラスなのだ。シートの機能とか,理解するのに5分かかったが,まぁ,それも乗り越えて,ビデオを見ていたら,映画が終わる前に着陸体勢に。やっぱし近い。んで,こんな近距離でビジネスってもったいない。

それはともかく,今回の荷物は・・・もう本末転倒してると思うんだが,カメラバッグが二つに,旅行用カバンが一つなのである。カメラバッグの方は,相当収容力があるリュックタイプの物(Lowepro Photo Trekker)と,普段街歩きしたりするときに持っているバッグ(Domke F-2)。後者はガイドブックを入れたりもして使う身軽セットなのである。

最初にカメラ機材を書いておくと:

まぁ,今回は,どれだけ機材を使うかというテストや,新しく買ったレンズの試写も兼ねてたりするし,単独なのでじっくり行けるかな,ということで機材はほとんど総出の状態なのである。
が,重さ的には,これが限界。次回からは,今回の結果を踏まえて持ってくる荷物を厳選するつもり・・・だけどなぁ。

なんで荷物の話に入ったかというと,カメラ機材を預けるほど飛行機を信頼していないので,当然カメラバッグ二つは(一つは手元バッグなんだけど)機内持ちこみに。ビジネスで2F席に座ったんで,階段がネックになり,結局飛行機を出たのはかなり後のほうに。せっかく預けた荷物が Priority で,すぐに出てきていたのに,通関が終わったのは多分全体の7割の人が終わった後だったと思う。なんだかなぁ・・・

この数年,ユナイテッドは韓国便の数を減らしたままなので,便数は一日1便,しかもキンポ空港到着が午後9時という便しかない。普段は,宿の予約なんてしないのだが,今回は市内に出るのが11時近くと予想されたので,現地の友人を通して,いつもの宿を予約しておく。昔は予約無しで行くと割り引きとかあったんだが,最近のソウルではそれは期待できないし,ちょっとでも安いシングルの部屋を取りたかったので予約を入れたのである。

宿について,荷物を降ろしたら10:40分くらいで,慌てて夕食を取りに向かう。この日はミョンドンの某食堂でカルビタン。(カルビクッパと言ったほうが良いかも?)

それから,クリスマス向けのデコレーションがあるミョンドンの街から市場までをとりあえず流して,フィルムを少々消化。ちなみに画像はデジカメより。

←大体街はこんな雰囲気→
(右側のアーケードは「新1000年を迎えミョンドン大売出し」と書いてあります)

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99/12/24「クリスマスイブ」

今回は横着をして旅行記は固め書きを。

前日,ミョンドンをふらふらしたとき,雪がちらほらと降っていた。朝起きてみたら,降っているような降っていないような微妙な天気。到着する前に知人に聞いていた気温よりは暖かいのが助かるのだが。

この日は特に約束もないので,来る前からずっと写真を撮って回ろうと考えていた日。まずは朝ご飯(?)として,中華,チャジャンミョンを。店を出たら雪は見事にボタン雪となっている。気温が暖かめのため,こういうベタベタした雪になるのである。さぁ,こまった。これではさすがにあまりカメラを外に出す気にはならないが,それでは何をしに来たのかわからん,ということで,ちょっと考えて,持っていたビニール袋を使って即席のカメラ用コートを作成(笑)。ミョンドンを流していると,テレビの収録に出くわす。アナウンサー,出演者,などなどを撮るうちに雪も小ぶりになり,今度は別な被写体を求めてミョンドンを流してみる。そうそう,一人同じバッグの色違いを持っている人を見かける。あと,プレスなのか趣味人なのか(時間帯からして学生に見えない人だったからプレスなのかも?)わからないが,ニコンを持っている人を妙に見かける。うーむ。

大体回り尽くして,別な場所に・・・今度はチョンノに向かってみる。実はミョンドンではクリスマスケーキを売る売り子さんでサンタの格好をした子がカメラを向けるとポーズとってくれたので「そんなもんかな」と想い,似たパターンを探していたのだけれど,こちらは逆で,カメラを向けると物の陰に。これじゃしかたないっすー。あんまり面白いものもなくあっさりと次に。

今度はテハンノ(大学路)に行くことにする。ここも若い街だからなにかあるに違いない,と期待しつつ,ヘファ(恵化)駅を降りたが・・・何もない。うーむ,参った。バリアフリーを考える会見たいな人達が,拘束具をつけて,若い人に老人のつらさを体験してもらう,なんてことをしている。ボランティアの一人がピエロのメイクをしているのだが,レンズを望遠に切り替えて向けると,嫌がってしまう。しょうがないか。一回りしたがミョンドンほど成果は得られず。遅い昼食をここで「ソコギトッパプ」(韓国風牛丼)ですまし次の場所へ。

この日は写真が多いので3ページに分けます。
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ホンイクテ(弘益大)前に。ここは昨年の旅行で,アマチュアのライブを見た場所で,ここも若い。ぶらぶらと流していると野外ステージでサウンドチェックの音が聞こえる。行ってみるとリハの真っ最中で,どうやらアマチュアバンドっぽいロックバンドのライブと,あと,モデルを使ったパフォーマンスかなんかやるらしい。一脚を持ってきてないことを後悔するような暗さになるが,混み具合も相当なもので,持ってきていても使えなかっただろうな,これは。
ライブの方は・・・どうやらプロらしい(笑)。トップのバンドが始まるまで随分と待たされたが,最初のバンドは「イバルッショー ポルノッシ」(床屋ショー,ポルノ氏)というバンド。あぶない。韓国にもこんなバンドがあったかと思う。剥き出しの下半身と,韓国のロックを評した人がいたが,このアングラバンド,シモネタのオンパレードなのである。当然,アルバムは無し。出せないよなぁ,これでは。当局がこの歌詞を許さないらしい。(追記(2000/03/04):と思ったらアルバム出てる見たいです。公式ホームページ(ハングルフォント必須)はこちら。2000/03/14-19まで,渋谷で韓国のインディ漫画の展示会があり,そこに漫画を出展,アルバムの販売もありだそうで!)
モデルさんたちも,寒空の下,ご苦労様な格好である。が,おかげで,ここで随分とフィルムを使わせてもらう(笑)

が,暗くなっての手持ちということで,途中でフィルムを使いきる前に高感度の物に交換したのだが,フィルムのベロを残すための設定を忘れてしまい,泣く泣くベロを引っ込める。フィルムピッカーも無いし・・・さすがに20コマはもったいないので,日本に帰ったらどっかのラボで引っ張り出してもらおう。ホテルで調べたらCF2−1の設定で良い・・・これまで使ったことがないものはわっかりまっせん。(が,とりあえず全部設定してみるという手はあったなぁ。)

晩御飯を帰り道で食べる。安く「おでん定食」。

ちなみに,雪があがった頃から気温がかなり下がってきていたのと,一日中歩いていてかなり疲れて来たので宿で一休み。その後,日付が変わる直前くらいに近くの教会を目指す・・・ここでも,一脚を持ち出さなかった自分を呪う。(なんの為に持ってきたんだろう?荷物の下の方に入ってて面倒だったってのはあるけど・・・)

んで,現地のカメラ好きの人がMF機と一脚で撮っているんだが・・・マナーが悪くてむっとなる。こちらは,直前に,邪魔しちゃ悪いと一箇所ポイントを譲って別の場所に来たのに,今度はこちらが135mmを構えているところ(手持ちはきついのでベンチなどを使う)に80mm位のズーム(ということで,僕より近づいている)でこちらのレンズの前に入る。なんなのこれ?
やむを得ず反対側にうつるが,そいつ(結構なオヤヂ)もこちらの前にまた移動する。いーかげんにしろっ!
 

宿に戻り,コンビニで買った焼酎他で体をあっため就寝。

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さらに,深夜,日付が変わった直後のミョンドンの様子をこちらに。
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99/12/25「温泉に行こうかな?」


本来は,この日から地方に行く予定だったんだが,日本出発直前に,この日に宴会が一つ入ってしまう。日帰りで行けない事はないのだが,片道2時間近くかかる=戻り時間が読めないのと,翌日から行く場所にかなり近いため,温泉(オニャン)はこの日は断念。

とりあえず,日程をほぼ固定すべく,考えて,翌26日に大田で儒城温泉に行くことと,地方からソウルへの移動を1月1日にすること(2日の日曜はUターンラッシュが予想される),東海岸側はカンヌンを諦め(友人の一人と28−30の間で晋州(チンジュ)であわねばならず,移動があまりに長距離になるため),プサンで2000年を迎えることを決定。それで国鉄の切符を買いに出かける。

前日に結構深酒したためと,歩きすぎで疲れていて,ゆっくり,昼頃起き出す。まずは腹ごしらえということでサムゲタンを食す。然る後に歩いてソウル駅へ向かうが,途中,ふと見かけたカメラ屋のウィンドウにペンタックスの LX が。中に入って値段を聞くと, M50/1.4つきで70万ウォン(=64,000円)。初期〜中期型なので,裏蓋交換が必要そうだが,若干塗装ハゲがあるけど悪くない感じ・・・これはソウルにもどったら買ってしまいそうな気がする。(このLXの顛末は別館に記載してます。)

ソウル駅で,切符を買うが,これまたはずれの列にならび,隣よりも3割は処理速度が遅いところに並んでしまった。

前回の旅行記でも似たような写真を載せた気がするが ^_^;;
それで僕も考えた。3割処理速度が遅い理由を,である。僕が並んだ列は画像で見える一番左端なのである。その理由としては,非常に単純なことなれど,窓口に『外国人窓口』と書いてあるからである。多分,英語ができる係員が応対する窓口なのであろう。窓口で英語が必要になったことはおかげさまでないのだけれど,万が一を考えて,英語が使えそうなところに並んでしまうという,僕の思考方法の基本がかいま見えるようなところである。それはさておき。
実は,この窓口は,前売り(韓国語では豫売(予売):イェメーという。)専用窓口であり,当日券はもっと改札口に近い方で購入することになっている。この前売り窓口は,実はソウル駅の正面入口から右に入ったところにあり,上の画像では,左側から入ってくることになる。それが問題なのである。
・・・というのは,韓国を旅した人の4人に1人は経験があると思うが,日本人以上に彼らは人にモノを尋ねたりする。あとは,列の並び方については,日本とは人との距離についての基準が異なり,日本だとしたら前の人に嫌な顔をされるくらいに近づいていないと,並んでいることにみなされない事がある程度なのであるが・・・
話を元に戻そう。それで,この左端の窓口が,実はソウル駅に入って一番最初に見つかる,駅側が設けている窓口なのである。それで,この窓口には,正面玄関から入って来たお客さんが,やってくる窓口であり,そのほとんどが,切羽詰っているわけだ。
窓口では「30分後の○○行きの切符が欲しいんだが」とか,「○○売り場はどこ?」といった割り込みが入り,ひどいときになると列を1つ片付けると,隣から割り込みが入って時間がかかり,といった始末。なので,次回以降ここを使うことがあれば,僕は少なくとも一つとなりに並ぼうと思うのだ。
 

さて,宴会の約束の時間は6時で,場所はチョンノのタワーレコード。時間はかなりあるので,今度はシンチョン(新村)へ。正確には梨花女子大〜新村を流し,適当な時間で切り上げて一旦宿に戻り,待ち合わせ場所にでかける。

この日の宴会は,KIDSという,僕が出入りしているインターネットBBS(http://kids.kornet.net/ で記事を読めるがハングルフォントが必須)の JAPAN ボードの「ソウル忘年会」という名目。最終的には12名の参加(自分を含む)で,初対面の人が半分くらい。アサリウドンを食べてから近くの居酒屋(韓国風の)で,焼酎を。一人でかなりのペースで飲んだ気がする・・・
宿までは徒歩で帰ったが,部屋についてからのことをあんまり覚えてない(苦笑)

いけませんなぁ。

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99/12/26「温泉はどうなるの?」

やはり,飲みすぎはいかん。

目が醒めたらもう10時を優に回っていて,慌てて荷物を作る。チェックアウトして,荷物を預けたまま昼ご飯:近所でヒレカツでお茶を濁す。

温泉の目的地は実は,直接高速バスでも行ける場所なのである。が,この日も現地で知り合いに合う約束があり,それなら大田市内のバスターミナルそばが良かろうと,そちらに向かう。途中休憩所でトーストを食す。

現地に来てわかったんだが,知り合いにとっても,儒城温泉の方が,会うのに近かったらしい。

そんなこととはつゆ知らず,高速バスにのり,大田へ向かう。宿は去年と同じく,バスターミナルの裏手のホテル。公衆電話から連絡して,ホテルのロビーで7時に会う約束をし,温泉地にバスで向かう。このとき4時前くらい,片道30分なので,お湯につかっていられるのは1時間がせいぜいか?

ガイドブックに出ているとおり,ユソン温泉は,ひなびた温泉でもなんでもない。実際,大田広域都市儒城区という名前の通り,大田市の一部なのである。なんだ。とりあえず近所を回ってフィルム消化に努める。そうこうしているうちに約束の時間までに戻るには結構微妙な時間となり,結局ここでも入浴は諦める。タオルとか着替えまで持ってきてたのに・・・下はトイレに行きたくなり入った喫茶店で一枚。

慌てて宿に戻るが,遅刻10分。挨拶ののち,一度部屋に戻り,荷物を少なくして,飲みにでかける。この日も結構良い調子で焼酎をクリア。2軒目はバーボンを飲む。が,ウィスキーはこの国は高い。いやー,高い。日本よりも高い。が,申し訳無いことに,友人がご馳走してくれる。うーむ,ほんとに申し訳無い・・・日本に是非遊びに来てね。11時頃お開きとなり,ホテルに戻る。翌日は10:45にセマウル号で移動なり。

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99/12/27「去年のパターンやなぁ・・・」

さすがに若干二日酔いの気分となり,この日はチェックアウト前に,近所でヘジャングクを食す。二日酔いに効くといわれている食べ物である。この日はモッポへの移動で,セマウル号を使っての移動である。なぜ,ここにまたくる気になったかというと,花火大会をやっているという話と,あとは夕日が綺麗なので,一枚撮っておきたかったため。大田には大きな駅が二つあり,一つは大田,もう一つは西大田(ソデジョン)で,セマウル号は後者から出ている。宿からはタクシーにのり,約30分ほど。

ちょっとこのサイズでは行き先表示は見えないかもしれないけど,モッポ,ヨス,クヮンジュ方面,2・3号車と書いてある。根元にあるカバン類は僕の荷物。2号車は大体グリーン車の事が多い・・・あと,コーヒー以外の飲み物が無料サービスでもらえたり,新聞をもらえたりもするので,セマウル号の特室に乗った場合は,贅沢気分を味わうのが良いと思う。

さすがにかなり眠かったので,行程のほとんどを寝てすごす。起きているときは,なぜか旅行直前に買ってしまったT・クランシーの「日米開戦」を読んでいた。そういえば,韓国に初めて来たときには,「第二次朝鮮戦争」とか,そういう類の名前のを読んでいた気がする。

無事にモッポに到着。前回は日帰りで足を伸ばしただけだったが,今度は宿を探さねばならなく・・・結局,モッポ観光ホテルという,駅まで歩いて5分ちょっとのところにする。ここもそうだが,年末割増料金とはどういうことだ!ぷんぷん。食事は,近所でソゴギチャプチェバプ(牛野菜どんぶり)を食す。ちなみにどんぶりといっても,実は皿に盛られてくるのだが。

そこからは,港の方に歩き,適当に時間をつぶしてから,夕日を撮るために儒達山に向かう。大体頂上まで40分くらいは歩くところで,前年にトライ済みなので安心して向かったのだが・・・頂上近くで,一つ道が閉鎖されているではないか。そのため,若干迂回しててっぺんに向かう必要が生じる。まいった。こんなことなら港で暇つぶしなぞせねば良かった。

頂上につき,一脚をスタンバイし,レンズを35mmから100-400+テレコンに交換したとき,太陽はすでに1/5ほど,稜線に隠れてしまっていた。もう,ひたすらフィルムを消費する。まぁ,ほとんど似たような構図だが・・・もう腹いせとでもいうのか(笑)

途中で,ロシア人の若者二人にシャッターを押してくれと,キヤノンのコンパクトを渡されるが,どうもシャッターが下りない。フィルムが終わりまで行ってしまっていた模様。手持ちのISO400のネガを一本プレゼントする。

夕焼けは,日が沈んで30分までオッケーという一般論をそのまま実践し,あたりが暗くなってから下山する。途中,すべる場所があったので,ミニライトを使って足元を照らしつつ下山。

夜,なんと花火はなし。まいった。適当にうろちょろしつつ,晩飯はマンドゥクク(水餃子)を食す。花火がないなら,もう一泊する必要もなし。まいった。情報はしっかり確認すべし。

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99/12/28「念願のヨスに移動」

まいったなー,結構花火には期待していたし,そのために三脚も持ってきていたんだが。

今回,まったく宿からHPをあげていない理由の一つは,実は,毎晩部屋で一人晩酌をしていたためなのである。この前日も例外ではなく,ちょっとおそめに起き出す。

朝飯は抜きで,とりあえずバスターミナルに向かう。モッポからヨスは,一日に数往復あることになっている。時刻を確認し,バスターミナルでウドンと電子レンジ調理ハンバーガー(笑)を食べる。・・・が,こないのだ,バスが。乗込み口にいる係りの人に「何時に来るの?」と聞いてもわからないといわれる。渋滞で遅れたのだろうか?で,結局,順天(スンチョン)という,もともと途中で寄るはずの街まで行くバスに乗り,そこで乗りかえさせてもらえることになる。

ソウルから大田までのバスは優等バスという,ゆったりしたバスであるが,中規模の地方都市間の移動には,そんな上等なものは無く,いや,そもそも高速道路だけで行けないような場所なので,普通の路線バスと同じようなバスに乗らねばならない。市外バス(シウェポス)と呼ばれるそれは,路線バスに,乗客が利用できるトランクをつけたようなバスである。出発地から目的地まで,10〜20回ほど停車して乗客を拾う。路線によっては通勤電車並の混み具合にもなるのだ。

乗り換えてヨスにつくと,もう夕方。それでもカメラを抱えて港のほうに向かう。簡単な市街地と比較的大きな漁港で,港近くは刺身の屋台(ポジャンマチャ)が続く。大体こういうところは裏に入ると寂れたところがあるはず・・・と,そういうのを見つけて写真を何枚か撮る。帰り道に,またチャプチェッパプを食す。今回は食事が安い安い。

また,例によって,夜,酒でも・・・と思い,帰り道はコンビニに気をつけていたのだが,なんと,一軒もないではないか。参ったな。8時過ぎくらいまで開いているスーパーを見つけて焼酎とビールを買う。おばちゃんの話によると,プラントが近所にあり,そこの技術移転のためとかで,日本人も結構多いのだという。が,コンビニがない。どういうことだ!怒ってもしょうがないが・・・

翌日からは,もともとはプサンにでも行こうと思っていたのだが・・・(ヨスからフェリーでね。)友人夫婦がチンジュにいるので,ここからチンジュに向かい,そこで二泊することにする。

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99/12/29「晋州(チンジュ)に来たぞ」

宿を11時頃チェックアウトし,昼飯とあと写真を撮るべく,2時間ほど,昼間の街をぶらぶらする。昼ご飯はオジンゴチャプチェッパプ(イカ野菜炒めどんぶり)。あまり大きい街ではないのだが,繁華街は,各店舗が小さいが数多いため,かなりごちゃごちゃしている印象。その後,バスターミナルに向かう。

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前日到着したときに確認しておけば良かったのだが,なんと,ヨス〜チンジュ直行のバスは一日1往復しかない。しかもそれが11:30頃出発。まぁ,いいか。また,順天まで戻りそこで乗りかえることにする。1時間半ほどバスにのって,順天に到着。次のバスまで結構時間がある。とはいえ30分くらい。ターミナル内にタバン(昔風喫茶店,コーヒーはインスタント)があり,そこでコーヒーを飲み,荷物を預け,トイレの用を足して,ターミナルのまわりを散歩。ターミナルを出て右手に見たものは・・・クラブ「東京」だったか。

”ほう”と思いつつ,看板やら垂れ幕をなめるように読んでいくと・・・(爆)「ストリップショー」やってるのである。「絶対何かが見えるはず」ですと。参りました。これを読んでいるはずのK君,今度万が一,一緒に来たら見に来ようか?(笑)

そしてバスに乗込むが,これが結構混んでいる。モッポ・ヨス間より混んでいる。人の行き来の割に本数がないのである。早くも座席はほぼ一杯であるが,途中乗込んでくる人も結構居て,最終的にはバスは通路まで立っている人で一杯となる。どういうわけだか,全羅道と慶尚道の間の行き来は不便なのだ。それでも,数年後には,あたらしい”新幹線”を整備する予定で,そうなると,韓国内をタテヨコに碁盤の目のように線路が整備され,今よりも東西・南北の行き来は楽になる模様。時速300キロ以上でソウル・プサンを結んで,2時間30分で行けるようにするのだそうだ。そうなるとますますこの国は狭くなる気がするな。

到着したのは大体日の入りの頃。ターミナルは南江のそばにある。ここは,南側だけあり,秀吉の頃の逸話とか物語に事欠かない地である。
←バスターミナルの裏の土手で夕方を迎える→
右はターミナル,左はターミナルすぐ裏の川の堤防にて。ちょうど日の入りだったので,30分ほど,夕焼けを撮影する。

「地球の○○方」を見るが,あまり,この街の情報はなし。せめて,宿のランクくらいは載せておいて欲しいところだが,バスターミナルから一番近いホテルに歩いていく。徒歩5分ほどで,「東邦観光ホテル」に到着。裏口側から入る。建物の見てくれは,失礼だがそれほど高級感がなく,安心して入ったが,入ってみると入口脇でミニスカートの制服に身を包んだお姉さんが,デパート式お辞儀をしてる。

しまった,ここは高い!

フロントの後ろの壁には,むくげの花が誇らしげに5つついている・・・サインしつつ,「一泊幾ら?」と確認すると,「10万ウォンです」との答。人口25万人の町でこの値段であるから,レベルを推して知るべし。部屋もこぎれい,ルームバーもそれなりに充実(笑)。いや,綺麗な部屋である。が,普通,地方都市でホテルに一泊するのに必要な料金の2倍である。

友人に電話し,翌日の約束を取り付ける。11時に,ホテルのフロントで。いつものパターンであるな,これは。

一息ついてから,三脚をかかえて,近所の写真を撮りに行く。ちょうどホテルそばに川沿いの道路などもあり,やはり水際の人口物は夜写真に撮るのに向いているのではないか?と考える。途中,また中華屋で,食事:チャンポンを食す。

適当に写真を切り上げ,さらに,市街地を散歩したが・・・いや,途中で方向を見失ってしまう。途中で通りの名前を確認し,方向に見当をつけて,川に向かってあるいたのであるが・・・自分がそこまで方向を見失うとはちょっと焦ってしまったが,おかげで,あまり多くはないコンビニに出会い,買い物も出来た。こればかりであるな。

一眠りしたあと,もう一度散歩したくなりでかけようとすると,ドアマンが「こんな時間にどこに?」と怪訝な顔を。カメラをぶら下げた外国人がでかけてはいけないらしい。が,「いや,なんとなく近所を歩きたくて」と弁解し,外に出る。結局はホテルとバスターミナルを往復しただけで,プサン行きのバスの時刻を確認に出かけた格好に。帰り道で,トーストを食す。屋台のトーストとは,焼いた食パンに,卵焼きと野菜他が入った食べ物である。一体どこからこんな食べ物が???

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99/12/30 「友人夫婦に会う,そしてご家族とも・・・」

ちょっと早めに起き,シャワーを浴び,待つこと30分,友人から,ロビーについた旨電話連絡があり,下に降りる。

この友人とは,僕の韓国人の友人の中でももっとも古い方の部類に入るSIC君で,現在新婚7ヶ月ちょっと。現在,ポスドクでソウル市内のH大学に居るのだが,2000年頭からアメリカでポスドクをする可能性があり,奥さんが,その前に家族と親戚に挨拶をしたいということで,チンジュに来ているというわけなのだ。お母さんがこちらにいらっしゃるので。

思えば,これまで,僕が韓国の友人に韓国で会うという場合は,その人が住んでいる場所以外で会ったことはほとんどなく,ソウルの友人とソウル以外で会うのは初めてである。

近所の見物をした後で,昼食に。昼間っから韓定食である。ごちそうさま。いつもご馳走になってばかり・・・たまには,おごらせてくれよぅ!

それから人口湖やら,動物園を見に行く。自分が大人になってしまったためかもしれないけど,韓国の動物園は狭い。んで,まだ,あまり動物も揃っていないかもしれない。が,ここでは象さんの強烈なシーンを見て絶句。とりあえず,何も書きますまい・・・

夕食前に,友人と繁華街をぶらぶらする。奥さん,やっぱし,買い物が好き(笑)。バッグを値切って買うも,すぐとなりの屋台でもっと安く売っていて「くやしー」

PC房(PCバン)なる,インターネットカフェからカフェ機能を取り除いたような場所で適当に時間をつぶし,それから,奥さんのお姉さんの家に集合・・・そう,晩御飯は奥さんのご一家と一緒の食事なのである。私は,そこの末娘の旦那の友達ということであるから,ランク的には末娘と同じ位年下扱いである。ここまで年上の方々との食事ははじめてで,若干緊張する。タバコは厳禁。(後で分かったが,長女が,僕とほぼ同い年であるらしい。)

SIC君と会話するときは,英語で会話することが多いので,何気なく英語で話していると,彼の甥っ子達が集まってきて「今のどんな意味?」とうるさい。はは。英語が使えることが分かって,これで少し君の点数上がったぞ>SIC

連れていっていただいたお店は,焼肉屋さん,センドゥンシムを食す。これがうまい。んで,段々,奥さんの方のお姉さん達の性格も見えて来たり(笑)やはり,一番上のお姉さんは結構豪快である。すぐ上のお姉さんはちょっと物静かな感じ。

食事が終わり,今度はノレバン(カラオケボックス)にと向かう。向かう途中で,「ホテル,キャンセルできるのなら,家で一緒にお泊り」とお母さんにいっていただくが,キャンセル代もかかるし・・・翌日のバスターミナルにも近かったので,残念ながら丁寧にお断りする。興味はあったのだけど。

カラオケボックスでは,お母さん,結構おどってらっしゃる。あとでお歳を聞くと,僕と20ちょっとしか違わないというか。僕の母よりは5歳以上若い。が,韓国のオバさんは踊る,という伝説を目の当たりにした気がする。日本人の僕も分け隔てなく接してくれてありがたさに大感謝である。

結局,3,4曲くらいうたってお店を後にするが,この日のこの夕食〜カラオケは多分忘れないことだろうと思う。

別れ際,1・3頃,ソウルでまた一杯やろうや,という話に。

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99/12/31「プサンに来たぞ,と」

カンヌンという東海岸の町も考えていたのだが,移動時間の関係もあり,プサンにしたのは,前に記したとおり。バスにのって,2時間程度で到着する。

バスターミナルから,国鉄プサン駅前まで移動。なぜなら,プサンで良く使うホテルがあり,また,翌日セマウル号で移動するためである。
移動には例によってタクシーを使ったのだが・・・僕が日本人とわかるや否や,運転手が妙に話しかけてくる。が,それが・・・いやー,某,日蓮上人の関連の方なのね,これが。道の間中,「日本からこの間○×上人さまがいらして・・・」とか「日本で撮った写真」とか見せられる。うーむ,これはさすがに煩わしいぞ。こんなことなら,韓国語がわからないことにしておけば・・・と思いつつ,ようやく開放されホテルに。このホテルには,95年の1月1日に泊まって,一泊45000ウォンだったことがある。

・・・が,フロントに入ると,値段が・・・張り紙で65000ウォンになっている。夏だって48000ウォンだったのに。どうやら,ミレニアム年末スペシャル価格らしい。

荷物を置いて,ホテルそばでカルビタンをたべ,市内の適当な場所にあたりをつけて,写真を撮りにでかける。プサン大学・・・今一つ。西面(ソミョン)・・・やはりだめ。やはりイベント類は広場がなくては,と思いなおし,ナンポドン(南浦洞)に向かう。

日本の人には「なんかテポドンみたいだ」と思われてしまうかもしれないが,韓国で「洞」(ドン)というのは,日本の「町」と同じような意味なので,これがついている単語は,たいて地名とおもって間違いない。北朝鮮のミサイルにしても,「ノドン」「テポドン」と,どちらも,そのミサイルが発見された場所の地名なのだから。ちなみに,最初の「ノドン」は,偶然にも「労働」の韓国語読みと音が同じだったため,「労働一号」と勘違いされたが,これもよーーーーーく考えると,北朝鮮では,語頭の「ロ」はそのまま表記するので,「ノドン」ではなく「ロドン」にならなくてはいけないのである。

余談はさておき,ナンポドンは,もともと大きい繁華街がある街で,おまけに竜頭山公園(ヨンドゥサンコンウォン)なる高台公園と,プサンタワーがある場所である。竜頭山なんて,辰年の2000年を迎えるのに最高の場所ではないか。

はやる気持ちを押さえて公園にあがると,はたして,そこにはMBC(韓国の民放)の中継車が。ということは,何かがある。

この公園にも「鐘閣」があり,どうやら,そこで,新1000年・新世紀(韓国は2000年から21世紀)・新年記念の鐘突きイベントがあるもよう。まだ比較的すいている。
何枚か写真を撮った後,本格的に撮るために,一脚と,それから,万が一そのまま翌朝を迎えることになった場合に備えて三脚を撮りに帰る。
帰り道で,ブタ専門の店で「内蔵クッパ」を食べる。大腸なのか小腸なのかわからんが,一杯入っているが・・・臓物の中に入っているものが気になる(笑)
まさか大腸ではないとは思うけどね。

1,2時間して戻ると,まだリハをやっていて,最終的に,観客に向かって,カウントダウン時の前説をしているところ。大体9時頃だっただろうか?
ちなみに,イベントの最初は,プサン市民のママさんコーラスによる「プサン港に帰れ」の合唱を,伴奏は消防楽団がつけて行われるようで,まぁ,イベントであるが,私の中の若者心の残りカスは,「えー,こんなイベント見るかなぁ?」と素直に喜んでいない(笑)

最初の頃の空き具合がウソのように大変に混み出す。もはや,一脚を使っている状況ではない。そうそうに退散することにするも・・・どうやら,そのとき,どこかにレンズをぶつけたのか,翌朝見るとレンズの距離目盛り窓にヒビが・・・

なんとか混雑を抜け,公園の上り口に向かって移動すると,ようやく,この期に及んで警察が入場制限を始めている。その様子などを写真に収めつつさらに移動。

そうしていて,EOS-3の視線入力が絶不調なのに気づく。ちょっとすいたところで見ると・・・やられた。アイカップ(ファインダーの覗き口の周りの部分)が,はずれて紛失している。これがないため,目からの反射光が普段と異なり,視線入力がまったく使えなかったというわけ。これなしでキャリブレーションしておけば良かったのだが,アイカップがないと眼鏡にキズがつくのであまり好きではないのだ。

花火も結局帰りのタクシーで見た程度で,タクシーの運ちゃんは「近くに行きましょうか?」といってくれたが,人ごみにあてられてしまって,そそくさと退散する。
まぁ,こういうミレニアムの迎え方があっても良いではないか。(苦笑)

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2000/1/1「なんてことだ,ご来光も・・・」

ご来光をとろうとは思っていたが,どうも天気が悪く,諦める。なんだか今回の旅行はこんなのばっかである。はは。

朝食は,ホテルの食堂で,宿泊料に込みになっているトックク(韓国風雑煮,といっておこう)。朝食前にチェックしたメールでは,先日,25日に宴会をしたときのお嬢さん一人からメールの返事が来ており,1月2日に時間があるとのことで,調子にのって,写真のモデルをしてもらうことにする(爆)

食べて荷物をまとめてチェックアウト,セマウル号の時間まではホテルの喫茶店で時間つぶしをする。ホテルの喫茶店でコーヒーを飲み,お代わりを頼むと,なんと追加料金なしではないか。これは今度来た時に覚えておいて損はないだろう。ってほどの額でもないが。

セマウル号は定刻とおりの出発。この車両は若干タナが大きく,大きい方のカメラバッグも棚に載る。ラッキー。


カメラバッグといえば。三脚付きの「フォトトレッカー」(Lowepro)は,見る人に結構強烈な印象を与えるようで,絶対に「写真のお仕事ですか?」と訊かれるのである。いちいち「いえいえ」というのも面倒だが,まぁ,それで会話が続くなら良いではないか,とも思う。が,別にそこまで気にしなくてもいいじゃんよー,とも思いつつ,韓国だから目立つので仕方ないかと無理やり納得する。が,結局最後の最後,日本で通関するときに,やっぱり税関吏に「撮影のお仕事ですか」と言われてギャフンなのだが。

昼食は,車内販売の弁当を買い求めてみる。

これは後日きいたのだが,今日の韓国語で弁当にあたる「トシラク」という単語,20年くらい前はふつうに「ベントー」といってたらしいのである。(同じく,たまねぎは今は「ヤンパ」だけど,今25歳の子が小さいころ「タマネギ」といっていた記憶があるそうなので,日本語の影響は今から考えられる以上に深刻だったと言えると,今回初めて感じた。)

弁当は,キムチがついている以外は日本風の幕の内ともいえ,なんか拍子抜けするが,まぁ,こんなもんなんだろう。だから「ベントー」なのか?

宿には夕方6時頃到着。荷物を置いて,さっそくミレニアムイベントの残りカスを探しにまちをぶらつく。何を隠そう,実は前日の夜,プサンのホテルでテレビを見ていて非常に悔しかったのだから。ソウルのこのあたりは,前日の夜はとんでもない人出だったのだが,さすがにゴミ以外はなにもなく,イベントで立てた飾りなどの解体作業以外には残りカスは微塵もない。

そのため,先日,ソウル駅に行く途中で見かけて気になっていたPENTAX LXを買う決心をつけ,店に向かうがさすがにお休み。そういえば,途中で,「Y2K問題による,電算機の問題のため,1月3日まで店を閉めます」という,携帯電話ショップが何軒かあった。意外なところでY2Kが,と驚くも,乗り物に影響がなくて良かったと胸を撫で下ろす。

ちょっと遠くまで散歩し,おでん定食を食す(オデンペッパン)。めずらしく,大根が入っている。日本風。
 
 

00/01/02「あ,雨???」

冬の韓国に来るのは,11月を秋と勘定して除外すれば,91/12, 93/1, 94/12に続いて4回目となる。11月には2回来ている。ついでに書くと,4月に2回,夏は92/8, 99/8と2回,残りは10月に一度出張で来たことがあるので,冬は韓国の季節のうち,もっとも詳しい(?)はずの季節なのである。

それが,朝起きてみると・・・なんと,雨である。参った。よりによって,わざわざモデルしてもらう日に(笑)。曇りならまだ良い。というか,人を昼間撮るなら薄曇の日が僕は好きである。

その彼女から電話をもらい,とりあえず,2時頃あって,写真を撮るかどうか,どこに行くかは天気を見て決めましょうということになり,それまでに,元旦に買えなかったLXを買いに行く。昼ご飯は,ホテルのそばで,またもやチャジャンミョン。
LX,SMCP-M50/1.4付きで700,000ウォン,レンズ無しだと660,000ウォンということで,レンズは持って帰ることにする。このレンズ持ってるんだけど・・・まぁ,売れば良いか。LX自体は,ほぼ問題がないのだが,あとで,一つ問題に気づく。・・・そのときはすでに日本に帰っていた。これについては,また別の場所で,顛末を書いてみようか。

シャッターにも問題がなさそうなので,帰り道,とりあえずフィルムを一本入れ,試写を始める。雨はこの時間にはあがっていて晴れ間すら出てきていた。やっぱし僕は晴れ男。

約束時間に待ち合わせ場所に行き,5分遅れできたモデルさん(って,一般人ですけど)に会い,夕方まで,写真をとる。夕食をとり,8時にはさようなら。なんでも,彼女,大晦日〜元旦はソウルのイベントの見物に出かけて,午前3時半帰宅をしてしまい,今日は早く帰って来いといわれていたそうで。しかも3日から勤務とあってはひっぱれません。お酒も今一つ苦手みたいだし。夕食は,ちなみに鳥カルビ(タッカルビ)。

焼酎一本飲んでいたにもかかわらず,あまり酔っ払っておらず,ひまになり,写真を撮りにでかけることにする。人通りが多いところということで,東大門の市場近辺にでかける。多い多い。ちなみに,今,韓国では(韓国でも?)ダンスゲームが大人気で,わざわざ外にゲーム台を置いて客寄せにしている衣料店もあるぐらい。その光景をLXで一枚撮ろうと,ピント合わせをしていたら,警備員にダメだといわれる。オートフォーカスのEOSなら間に合って撮れたかもしれない。でも,なんでだめなの?後姿だから人の特定もできないしさぁ。しかも50mmで,かなり風景っぽく,小さく写しているのに・・・

翌日の,SIC君との約束については,まー,当日話せばいいか,とそのまま寝る。あと2泊で帰国か,短かったなぁ。
 

00/01/03「最終日,さすがに疲れていたかも?」

この日は結局,夕方6:30に弘益大前で待ち合わせとなる。誰と?チンジュで会ったSIC君とである。
そのため,まず昼間はみやげ物類を片付けに歩き回る。

腹ごしらえということで,ミョンドンの長寿カルビでカルビタンを食す。そののちに,近所の喫茶店で,カメラの準備をしつつ,一服。やはりコーヒーは必要である。
喫茶店に入ると,休み明けで客が激減したためか,おねえさんもたるんでいて,ソファで横になっているという・・・僕が入ったら慌てて起きあがってたけど,こんなに客がこないんじゃたるみたくもなるでしょう。

 

しかるのちに,まずは楽器屋。それが!締まっているのだ!4日から営業ですと。だとしたら,年末に買っておかなければならなかったか・・・

 
 

CD屋でSES他を購入。これはお土産と自分用。さらに本屋に行き,写真集を探すも・・・これが,また見つからない。しょうがないかと諦めるが,次回の旅行(いつになるかな?)のために,ロードマップを買いこんでおく。これで市街地も攻めやすくなるかな。食材関係は,横着をして,またロッテデパートの地下にて。お土産は食材に限る。カルビタンの量が少なかったので,さらに何か食べたくなり,またトンカツを食べてしまう(笑)

買い物を終え,宿に荷物置いた後,まだ若干の時間があるので,暇つぶしを考える・・・で,結局ヨイドに出かける。91年の4月に行って以来,足掛け9年ぶりということに。国会議事堂があり,これは,まだ撮影禁止のはずで,カメラのアングルなどに若干気を遣いつつ,1時間半ほど時間をつぶすが,この日は結構寒く,最後はコーヒーを飲みに喫茶店に入る始末。なにはともあれ,時間はつぶれ,SIC君との待ち合わせに向かう。
 

奥さんと一緒も良いが,やはり男だけで飲むのも良いものと思いなおす。
彼と入ったのは,うなぎ屋さんで,目の前でタレを塗りながら焼いて食べるわけ。焼酎を飲むペースも早く・・・途中でKCW君が合流したときには,すでに二人で焼酎2本半くらい飲んでたかも。いや,眠かった。

2軒目には「YES」という名前の70年代ロックのお店で,ビールを。全然お客がなく,どんどんYESの曲をリクエストする(笑)。まさか,韓国で「危機」を大合唱しようとは思わなかったが,なかなか貴重な体験・・・だが,あまりの眠さに,ダウンしてしまい,お開きとなる。

あ,そうそう,この前の店で,SIC君とはジッポの中身を,次に会うまで交換しておくことに。いつになるかな次に会うのは。彼がアメリカに行くことになるのなら,成田で会うという手もあるのだが。あ,残っていたウォンを渡して,SIC君には,写真集ゲットをお願いしておく。あとで,これ,ビデオCDに変更するのだけど(笑)

何はともあれ・・・これが最後のイベントとなる。翌日はただひたすら空港に向かうだけ・・・長かったようでやっぱり短い。
 
 

00/01/04「ラッシュアワーは大変か?」

飛行機の時間が11:50ということで,空港には9:50にはついている必要があり,宿は8:30に出発。朝はさすがに食欲がなく(苦笑),7:30に起きて荷物をパッキングし,交通手段の最終選択をする。以前なら座席バスというところだが,時間が読める地下鉄に。ラッシュアワーの混雑が心配されたが,ウルチロイプクー自体が,大量に人が降りる駅で,その波さえやりすごせば普通の混み具合で,大きな荷物二つでも問題無く乗れる。乗り換えの忠正路でもおなじく。ここでは座れてしまう。

空港に到着,荷物をチェックインし,腹ごしらえに食堂に行く。ここで残りのウォンは5000ウォン程度しかなく,食べるものがない!結局,これだけは止めておけ,のカレーライスを食す。空港のカレーは止めたほうが良い。円で払ってでも別のものが良い。

それで,ファーストクラスラウンジで時間をつぶし,タバコを吸いに登場口外で時間つぶし・・・乗りこもうとしたら,横から「しばたさん」という呼び声。振り向くと,あ,いっけね,忘れてた・・・東京で,language exchange をしているぱーとなー,CSH君である。奥さんとお子さんと一緒,この彼はなかなかハイパーファンキーなタイプである(笑)。奥さんの写真を前に見せてもらっていたけど,いや,これがまた別嬪さんで,「あー,美人の奥さんと一緒!」と2,3分立ち話を。

飛行機に乗りこみ,成田の荷物引取り場所で彼と待ち合わせ,また2,3分話をしていると僕の荷物が出てきてそれをピックアップ,そこで僕の旅行は終わる。ほんとうはCSH君と同じ電車だったら,もうすこし韓国の余韻に浸れるところだったのだが。

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ということで,駆け足で,しかも画像がほとんどない旅行記となってしまったが,今回はデジカメでは13日で30枚程度しか撮っていないため。フィルムの方はもうそろそろ現像しなければいけないという段階で,まぁ,1・20頃までにはなんとか・・・その後は大変なんだけど。自分のところにフィルムスキャナはないからなぁ。

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