銀次郎物語 第三章 −明け2歳−


 銀次郎に乗ってキャンターで併せ馬をしていた時のことです。銀次郎がしっかり走らず遅れ気味だったので、尻に鞭をあてたときがありました。何故か馬は全く反応せず、また鞭の当たった音も聞こえませんでした。鞭を後ろに振ったその手を、再び前の手綱に持ってきたら、鞭は柄だけしかなく、先端から3分の2が折れていました。何故折れたのかは依然不明です。折れるほど強く打っていないし・・・・。謎です。
 私のいる牧場では、この馬は誰が手入れするとかは決まっていません。スタッフみんなで順に全ての馬の手入れをします。ある日、銀次郎の手入れをしたスタッフが、銀次郎に他馬に蹴られた様な跡があるといわれました。見てみると右後肢の後膝(あとひざ)が腫れていました。触ろうとするとバタバタし、そのうち蹴ってきます。銀次郎も痛いのでしょう。普段は従順にしていますが、こういうときに本性を現すので危険な馬です。
 牧場には2日に1日の割合で来る獣医師がいます。その獣医師は今まで美浦トレーニングセンターで開業医として働いていましたが、何らかの事情で辞め、この牧場に来ています。しかしやはり調教師に依頼されるらしく、美浦へ行くこともしばしばあります。数々の名馬にかかわってきた獣医師だけに、やはり数多くのホースマンに腕を買われているようです。
 その獣医師に診てもらったところ、問題はないということでした。しかし、その後さらに腫れ、なかなか治りません。このままいくと、溜まっているものを切って出さなくてはなりません。切るということはその後も何度か消毒するわけで、銀次郎の性格上できることなら切るのは避けたかったです。傷口に触ろうものなら蹴ってくるでしょうから。
 しかし、ヒルドイドという薬を塗ることによって腫れは引き、切らずにすみました。腫れている間調教はダクだけに落としていましたので、これからその分の遅れを取り戻さなければなりません。とはいっても、今までどおりにやる予定でしたけど。(^^)
 銀次郎の運動量も通常にもどり、近々銀次郎の入厩予定先の美浦のS調教師が来ることになりました。牧場にはS先生の3歳の育成馬と古馬が10頭弱います。きっと順調度を見て、入厩させようとしているのでしょう。古馬のなかには芝1000mのJRAレコード馬がいたので、順調なその馬はきっと近々入厩するでしょう。そして3歳も1頭くらいは入厩させるでしょう。銀次郎は順調で脚下にも不安がなく、選ばれるかもしれません。私も他のスタッフもそう思っていました。
 しかし、なに1頭も入厩させなかったのです。厩舎の事情とはいえ、ここに馬をおいておいても賞金は入らないのに、それでもいいのだろうか?

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この物語はフィクションであり、実際の馬、人物、団体等とはたぶん関係ありません。
写真と本文はたぶん関係ありません。