銀次郎物語 第三章 −明け2歳−
私事ではありますが、私は6月で今いる牧場を退社することになりました。私が辞めた後は、銀次郎も他の人に乗り替わることになります。それまでできる限りのことをしようと思いました。
5月下旬、私はいつものように古馬に乗って坂路を駆け上がろうとしました。駈歩発進の瞬間私は落馬してしまいました。いつもより手綱が長かったので、手綱を詰めようとしたときには、もう落馬していました。それだけならよかったのですが、落ちたときに手綱を握っていたために、馬が引っ張られて倒れている私の方へ寄ってきて、私の腹を踏んでいきました。腹が背中につくかと思うほど深く踏み込まれました。私はすぐに立ち上がろうとしましたが、腹部を打撲したために息が苦しく立てずにうずくまりました。坂路を駆け上がっていく空馬の後ろ姿と、目の前に散らばっている私のゴーグルと鞭が見えました。
腹部打撲と肝臓内出血。大事には至らず助かりましたが、重度の打撲のため数日間は動けませんでした。私が仕事を休んでいる間に、私が乗っていた馬達も他の人が乗ることになりました。銀次郎も例外ではありません。まさかこんな風な結末になるとは思いませんでした。銀次郎に乗ることになった人は私とタイプも違く、納得のいく騎手ではありませんでしたが仕方がありません。思うようにいかないこともありましたが、私はこれまで銀次郎にできる限りのことはしてきました。悔いはありません。
私が牧場を後にする数日前、競馬雑誌の人が2歳馬の写真を撮りに来ました。最近のペーパーオーナーゲームブームのせいでしょう。近頃の競馬雑誌はデビュー前の2歳馬特集が大部分を占めるようになっています。今回取材に来た雑誌社はトウカイテイオーの仔を撮りに来たようですが、そのほかにも何頭か撮りたいということなので、適当に牡馬を何頭か撮っていきました。その中には銀次郎も含まれています。いつか雑誌でみなさんが銀次郎の姿を見るときが来るかもしれません。
そして6月末、私は牧場を去りました。
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この物語はフィクションであり、実際の馬、人物、団体等とはたぶん関係ありません。
写真と本文はたぶん関係ありません。