銀次郎物語 第四章 −牧場を離れて−
私が牧場を辞めてから二ヶ月が経ちました。2歳競馬も始まり、牧場にいた2歳馬たちもどんどん入厩していることでしょう。銀次郎はどうしているでしょうか。牧場のスタッフから電話があったときに聞いてみました。
現在銀次郎には、私が入院してから乗り替わったスタッフがそのまま乗り続けているようです。ただ、以前に私が指摘したとおり肉体的に成長してきた銀次郎は、調教中に跳ねることもしばしあるようです。
「祥治さんよく平気で乗っていたなあ」
という言葉もでてくるようですが、今から私が乗ったところで直ぐに以前の状態に戻るわけでもありません。私も馬に乗るのがそれほど上手いというわけではありません。第一に馬に力も付いてきていることですし、以前のままというわけにはいかないでしょう。
しかし、彼の乗り方は手綱も長く、前へ出す作用も少ないので、馬に余裕ができて色々なわがままもしてしまうのだと思います。銀次郎の性格からして、最初のうちからすきを見せずにビシビシいくべきだったと思いますし、私はそのようにしてきました。乗り替わるなら主任か「I」がよかったのですが、牧場を辞める私にはなんの権限もありませんでした。また、「I」が久しぶりに銀次郎に乗ったところ、私が乗っていた頃とはだいぶ違っていると言っていたようです。「I」から直接聞いたのではないのでその言葉の真相は定かではありませんが、おおよその見当は付きます。
「I」は私より年上でありながら、私の後輩にあたります。私と意見が食い違うところも多々ありますが、「I」は私が評価する数少ないスタッフです。しかしそんな「I」も9月いっぱいで牧場を退職するようです。「I」は腰が悪くこの世界では限界がきたのでしょう。また、気持ちのうえでも馬の世界から離れようとしていました。残念なことではありますが、一度だけの人生ですので自分のやりたいことをするのが一番でしょう。
退職するばかりではなく、来年の春には高校の新卒生の入社が決まっているようです。ただ、私があの牧場を見てきた限りでは、全くの素人があの牧場へ行ってもあまり期待はできないでしょう。主任はそれなりのモノでしたが、あの牧場で初めて馬に乗ったという人のなかで、主任以外にはこれといって評価できる人がいませんでした。細かいことがどうというわけではありませんし、その人なりの方法でよいと思いますが、結果を出さなければ意味がありません。馬を調教できる人間があの牧場にはもっと必要だと思います。
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この物語はフィクションであり、実際の馬、人物、団体等とはたぶん関係ありません。
写真と本文はたぶん関係ありません。