パイザの韓国釜山の旅(韓国旅行記:釜山旅行記)(1/3)



01プロローグ

 またまた衝動というか、気紛れというか韓国旅行に行くことになってしまった。カレンダーを見ていて、3連休なのでどっか旅行にでも行こうかなぁなどと考えたのがそもそもの始まりである。連休の始まる1週間前のことだった。

 1日休みをくっつけたら4連休かぁ。しかし何処にしよっかなぁ。どうせなら韓国に行きたいなぁ。行けるかなぁ。ということで可能かどうかの検討に入った。とりあえず飛行機で行く気はなかったので船から見てみることにした。しかし、いつも利用している関釜フェリーはいかにも効率が悪い。韓国入国でまるまる1日つぶされてしまう。ゆっくりした旅には出会いの機会の多いフェリーは欠かせないのだが、ま、とりあえず候補に挙げておき博多から出ているビートルを調べることにした。

 ビートルはご存じのとおり博多から出ているジェットホイルのことだ。博多港を10:00に出発し12:55には釜山港に着いてしまう。その日の午後をまるまる観光に当てることができるのだ。これは見逃せない。

 ビートルに空きの状況を聞いてみると行きの木曜は問題ないとのこと。しかし、帰りの日曜はいっぱいだった。さすが、連休の日曜日だ、しょうがない。急に言って予約を取れるほど甘くないってことか。そこで関釜フェリーに電話してみると、帰りの便はいつでもOKとのことだった。これで行きはビートルで、帰りを土曜の関釜フェリーでということになった。

 じゃ、今度は木曜のビートルに乗れるか?ということになった。朝に博多にいないといけない。僕は兵庫県の加古川に住んでいるので、朝からの移動では間に合わないかもしれない。(注1)そこで良く調べてみると姫路から夜行バスが博多まででているらしいのが分かった。『これや!』ということで神姫バスに聞いてみると、

『空いてまっせ』

とのこと。これで大まかなプランが決まった。

   7/20(水) 深夜、姫路から博多まで夜行バスで移動
     21(木) 10:00博多発のビートルで釜山に移動、釜山泊
     22(金) 釜山泊
     23(土) 釜山で半日観光した後、夕方関釜フェリーに乗船、船中泊
     24(日) 下関着、加古川へ移動

早速旅行会社に切符の手配に走って手続きを済ませた僕は、韓国旅行への道を走りはじめたのであった。



1994年 7月21日(木)



(注1) 当時、兵庫県加古川市に住んでいた。(現在は東京) 神戸市と姫路市の中間にあって、どこに行くにもやや不便な位置取りなのである。特に関空まではかなり遠いので、飛行機に乗るのもいいけど、船を選ぶことが多かった。独身だし、時間も豊富にあったのである。

02ビートル号で釜山へ・・・

 早朝、眠い目をこすりながら私は博多駅の駅前にたたずんでいた。夜行バスの旅は思いのほか快適だった。水曜の晩だったのでかなり空いていたこともあり、ゆったりとできた。もともとバスで寝るのも苦にならないほうなので、ほぼベストの状態だ。

 さて駅前から博多港へ向かうのだが、はてさて。土地鑑のない私はいきなり迷ってしまった。ガイドブックによると駅前からシャトルバスが出ているらしいのだが、乗り場が分からない。しかもシャトルバスの出発時刻は9:10らしいのだ。まだかなり時間がある。とりあえずバスターミナルの時刻表を見ると、博多港に向かっているバスがいくつか出ている。とりあえずこれに乗ってみることにした。

 しかし問題は、博多埠頭に向かうバスはいくつかあるのだが、ビートルの接岸する中央埠頭に行くバスが極端に少ないことだ。ま、歩けばいいか。ということでバスに乗り込み港に向かった。

 適当なところでバスを降り、てくてく歩いて岸壁に着いた。しかし、そこはどうも中央埠頭ではないようだった。地図を頼りに岸壁沿いをさらに歩いていく。しかし、中央埠頭とおぼしき辺りに近づいてみると、客船が着く港というよりは商業港の様相を呈していた。

『ここであってるのやろか?』

 貿易会社の事務所が立ち並ぶ通りを歩きながら若干不安になった。しかし『博多港国際ターミナル』の看板が見えてきて一安心した。

 着いてみるとまだゲートもなにも開いていなかった。横に喫茶店の様なものがあったので、とりあえず朝食をとる。朝の連ドラをテレビで見ながらパンをぱくついた。しばらく待っているとゲートがオープンしたのでチェックインを済ませる。しかし、なんとあっさりしたものだ。これで韓国行きは・・・。お手軽だ。

 2階に上がり、さらに待つことしばらく。ゲートがオープンし、どやどやとビートルに乗り込んだ。しかし! 関釜フェリーとは明らかに客層が違うのだ。関釜フェリーはいかにも貧乏臭い(俺のこと?!)旅行者やかつぎやのおばちゃん、里帰りの在日の方などが中心なのだが、このビートルは明らかに日本人観光客(旅行者とはちょっとニュアンスが違う)の為の船のようだ。生活の匂いがしないのだ。シートは一人一人分かれたタイプで、とてもきれい。座り心地もなかなかのものだ。などと感心している間に船は出航した。

 ジェットホイルだけあってかなりのスピードだ。備え付けの新聞を読んでいると、

『あり? あれは対馬??』

と見る間に釜山港へ着いてしまった。3時間かからないということだが、本当に近い。入国審査はちょっと混雑したけど、あっという間に韓国に着いてしまった。






ビートル号に乗り込む

03釜山上陸

 港を出て、宿を探すことにする。とりあえず地下鉄の中央洞(Chungangdong)駅に向かうことにした。この駅の裏辺りに安宿がいっぱいあるらしい。そこでヨグァンの文字を探すとあちこちで見つかった。さぁて、どれにしようかなあ。何軒か見てまわって『ソウルジャンヨグァン』に泊まることにした。場所も悪くない。前の通りが大きかったので、

『夜もしかしたらうるさいかなぁ』

 というのが若干心配だったが、まあいいや!宿のおばちゃんは日本語が喋れるし、なんと言っても地下鉄の駅に近いのがいい。しかもコンビニが近くにある。値段は17,000ウォンだった。(この時代はこの値段で泊まれたんです)ちょっと高いかなぁ?結果的には夜もうるさくなかったし、こりゃ、常宿として使えそうだと思った。

 さて『ソウルジャンヨグァン』に荷物を置いた私は早速街に繰り出した。とりあえずどうしようかなぁと考えた挙句、まず国際市場(Kukche 市場)に行ってみることにした。ここは前々回に来た時ぶらぶらしたんだけど、また行きたくなってしまったのだ。場所はヨグァンのある中央洞(Chungang-dong)から少し南に下ったところにある龍頭山公園(Yongdusan 公園)の裏あたりになる。

 南浦洞(Namp'o-dong)駅まで地下鉄に乗って移動し、光復路(Kwangbokno)沿いに歩いていった。相変わらずにぎやかな通りだ。活気もある。しばらく歩いて左に折れると映画館がある通りがあって、そのあたりで飯を食うことにした。

 適当に飛び込んだ食堂で冷麺を注文する。店員がどの種類の冷麺がいいのか聞いてきたので、とりあえず無難なムルネンミョンを注文した。しばらくしてお目当ての冷麺が登場する。店員のアジョシがざくざくとハサミで麺を切ってくれる。早速、口にほおばってみた。ううむ、なかなかうまい。いけるいける。腹がへっていたこともあり、一挙に食ってしまった。

 じゃ、腹も満足したことだし国際市場へ向かうことにした。露店が立ち並ぶ細い路地に入って行く。衣料品から食い物関係、文房具までなんでもござれだ。韓国の街を一人で歩いていると、現地の人に完全に溶け込んでしまうのがなんとも心地よい。あちこちの店をひやかしながらぶらぶらとした。とりあえずメモ用にと、小型のノートを一冊購入した。ふと目を上げると龍頭山公園の釜山タワーが目に入って来る。これも前々回来た時に登った。これは一度は登ってみる価値があると思う。ピークハンターには絶対のお勧めだ。しかし、今回は見送ることにした。実はこれよりもっと高い所から釜山港を見下ろせる場所があるらしいのだ。今度の旅行ではそこに登ることになる。

 そのまま流れに乗って、チャガルチ市場の方に歩いて行った。地下鉄の走っている通りを渡ると、とたんに雰囲気が変わって魚介類の市場が広がる。海に面した場所で、とてもいい感じだ。海の香りがうわっと押し寄せてくる。ホヤ、たちうお、その他もろもろの魚が所狭しと並べられ、おばちゃんたちが威勢のいい声で呼び込みをかけてくる。普段市場に行かない僕は、それが安いのか高いのかさ
っぱり見当もつかなかった。しかし、見ているだけでも十分楽しい。まさに新鮮そのものだ。しつこいおばちゃんを『ピリョオプソヨ!』などと言いながらあしらいつつ、ぶらぶらとした。『くそっ!今度来るときは何人かで来て、そのままさばいてもらって食うぞ!』と心に決めたのでした。





ソウル荘旅館(ジャンヨグアン)
1階はテジクッパプの専門店になっていて、
旅館の入り口は一番右にあるガラス戸の中



韓国・国際市場(1994)
国際市場
ここの雰囲気は1994年当時も今も変わらない

04太宗臺(T'aejongdae)へ・・・

 さてさて、まだまだ日は高かったので、別のポイントへ移動出来るなぁ。どうしようかなぁ・・・。などと考えながらガイドブックをめくって物色する。そうだ、そう言えば太宗臺(T'aejongdae)に行けるじゃないか。ここから近いし、たぶんバスも出てるんじゃないかなぁ。そうだ、そうしよう。

 ところで太宗臺とはなにか?韓国フリークの方には『あぁ、あそこね!』という感じで分かると思いますが、念のために解説しておきましょう。太宗臺とは釜山市中心部の南西にくっついている『影島』(Yongdo)の東南端にある岬のことである。海に突き出しているので大変眺めがいいのだ。玄界灘が遥か望める場所なのである。三国統一を成し遂げた新羅王太宗武烈王が立ち寄って休憩したといわれているらしい。辺りは公園になっていて、展望台や遊園地、灯台、プールなどもあるらしい。とにかくきれいなところらしいので、行ってみることにした。
 というわけで南浦洞まで戻り、バス停を探した。

 さて南浦洞に戻ってきて太宗臺(T'aejongdae)行きのバスが出ているバス停を探した。地下鉄の走っている通りから斜めに切れ込んだ所に『T'aejongdae』(もちろんハングル文字)と書いているバス停を発見。どうもこれに乗って行けばいいらしい。すでにおばちゃん達が何人かバス待ちをしていた。トークンを買っておこうかなぁ、どうしようかなぁなどと考えているうちにバスが近づいてきた。バスの額のところに『テジョデ』と書いてある。『これやこれや!』早速、バスに向かってダッシュする。バスは急ブレーキ。ドアーが開く。おばちゃん達と先を争うように飛び乗った。そしてドアーが閉まる前にバスは再び全速力で走り出した!

 バスには結構人が乗っていたので、立って行くことになる。バスは市庁の前を右折し、影島大橋(Yonngdodaegyo)を渡る。ここからが島になっているのだ。そこからバスは影島の中心部と思われるところをくねくねと走り出した。しばらくすると方向感覚を失ってしまい、どっちに向かって走っているのかさっぱり分からなくなってしまった。しかし、太宗臺は終点なのだから(のはずだ!)、ま、なんとかなるだろう。

 そのうち空いてきたので椅子に座ることができた。早速、地図を広げてみる。ふむふむ。なんとなく位置関係がわかってきたぞ! この影島、思ったより大きいみたいだ。まだ半分ほどしか来ていない。バスはアップダウンを繰り返しながら、突っ走っていく。朝島(Chodo)にある韓国海洋大学の前を過ぎる。もう少しで公園の入り口だ。さらにバスは進んで行き、ターミナルに着いた。




韓国・釜山 太宗台公園の入り口
太宗台公園の入り口

太宗台(太宗臺)とは?
http://www.taejongdae.or.kr/
釜山広域市影島区東三洞にある名勝地。
影島の最南端から伸びた丘陵地で、奇巌絶壁と青い海とが調和をかもし出している。三国時代(高句麗、新羅、百済)を統一した新羅の太宗武烈王がここで休息を取ったと言うところから太宗台という名前が付けられた。また朝鮮時代の太宗もこちらを見物しに来たと伝えられており、日照りのときに雨乞いの儀式を執り行なった所でもある。
北側には韓国海洋大学がある朝島と五六島が見え、天気のいい日は対馬も見える。幅10m、長さ4㎞の循環道路を回ると、ちょうど中ほどに母子像と展望台があって、展望台の東にある切り立った海岸絶壁上には、影島燈台が立っている。その下には神仙岩・望夫石があって、人工海水プールである <昆布の家>を含めた娯楽施設と海釣り場などがあって、海を楽しむ観光地として有名な所だ、釜山広域市記念物 第28号。

05公園の中

 ターミナルでバスを降り、大きな通りの方へ出ていく。とにかく人の流れに乗って行けば間違いないだろう。通りの両側にはお土産物屋さんや食い物屋がびっしりと並んでいた。あちこちから勧誘の声がかかる。飯も食ったところだし、気にせずどんどんと歩いて行った。さらに緩やかな坂道を歩いて行くと太宗臺公園の入り口が見えてきた。入り口の右側にはなにやら遊園地の様なものが見える。

 入り口で入場料を払い、中に入った。先程よりちょっときつめの坂を登って行くと広場があって、土産物屋、休憩所などが建っていた。ガイドブックによると、この辺りから公園を一周するバスが出ているらしい。一周する間に何ヶ所か止まるらしく、どこで降りてもいいらしいのだが普通は展望台か灯台で降りるようだ。

 さて、どこにそのバスが・・・・と見回すと、大きな案内の地図が書かれたボードの前にバスが一台止まっていた。どうもこれらしい。バスの運ちゃんに確認してから乗り込んだ。既に何人か乗っていたが、出発する気配はない。時間を聞いてみると、あと10分くらいで出発するようだ。ちょうどいい。その間少しこの公園のことをガイドブックで復習しておこう。定刻になり、バスの運ちゃんがお金を集めに来た。みんなが金を払い終えると出発とあいなった。

 急な坂道を登っていく。しばらく走って行くとぱっと前が開けて海が見えてきた。

『これはこれは!』

ごつごつした岩肌、岸壁も見える。なかなかきれいなところだ。天気もいいし、最高かも知れない。天気がよすぎて、かえって遠くが霞んでしまっていたが、そんなことは気にならなかった。しばらくしていっぱい人が降りる所があったので、つられてバスを降りてしまった。

 どうもそこから岩肌沿いに下って行くと灯台があるらしい。みんなぞろぞろ降りて行くので、ついて行くことにした。森の様になった小道を下っていく。『しかし、随分下って行くなぁ、これじゃ戻るときが大変だなぁ』などと考えてしまう程下って行くと、これまた突然前が開けて岩の上に出た。

『おおお!』

絶景かな、絶景かな。ちょっと下目に灯台が見える。灯台自身は割と低い位置にあるようだった。しかし、なかなかの風景だ。灯台のあたりで何枚か写真を撮る。さて、灯台の方へ行ってみよう。

 灯台まで降りて行って気がついたんだけど、その先に道が続いていて海岸まで行けるようだった。灯台の塀から下の方を覗き込んで見ると、岩場の上にパラソルが何本も咲いていた。そこで魚などを売っているらしい。奥の方では砂浜か石浜かがあって、泳いでいる人もいた。

 しばらく眺めていると、観光船らしきものがスピーカーでなにやら音楽を流しながら現われた。と見る間にそのパラソルが咲いている岩場に接岸した。

『ここに着くのかぁ』

 さらに見ていると、船からアジョシ達が出てきて盛んに客引きをしている。乗ってもよかったけど、どこに連れて行かれるか分からないし、まだ展望台にも行ってないし、とりあえずやめとくことにした。

 しばらくぶらぶらした後、階段を登ってバス通りまで戻る。かなり下ったような気がしていたけど、案外早く戻れた。

 そこからすこし歩いたところに、展望台があった。もう日が傾きかけてきたが、なかなかきれいな風景だった。正面に岩の島が見える。条件が良ければここから対馬が見えるらしい。しかし、今日は残念ながら見えなかった。家族連れ、カップル、若い男女の集団、それぞれここの風景を楽しんでいるようだった。

 疲れたので売店でジュースなどを買ったりする。さぁ、そろそろ帰ろうか。と思ってバス通りに出てバスを待った。しかし一向に来る気配がない。

『おかしい!』

そう言えば最終の時間を見ていなかったなぁ。というかタイムテーブル自体なかった。もしかして終了?

 韓国の人も何人か待っていたので、とりあえず待ってみた。しかし、30分以上たっても来ない。おまけにタクシーがうろちょろしだしたので、これは待ってもだめだと見切りをつけて歩いて帰ることにした。かなり長くなることは分かっていた。しかしタクシーに乗る気はしなかった。長めの散歩だと思えばなんてことはないさ。景色を楽しみながらぼちぼち行くとしよう。それに僕以外にも歩いている人がいたし、心強かった。

 しばらく海が見える道だったが、途中から内陸部に入っていく。アップダウンを繰り返しながら進んでいくと、前方にポリの容器を持って並んでいる人が見えた。近づいていくと、どうも湧き水を汲むために並んでいるようだった。並んでいる人に聞いてみると、
『ヤクス』
らしい。漢字で書くとたぶん『薬水』のことだと思うけど、なにか効能があるんだろうか?

 さらに歩いていくと公園循環バス乗り場に着いた。そこからさらに下って公園を出る。さあ、街に戻るとしよう。





太宗台公園内の燈台



韓国・釜山 太宗台公園
崖から覗き込んでみると・・・



韓国・釜山 太宗台公園
絶景が続く



韓国・釜山 太宗台公園 遊覧船
遊覧船が行く!

06サムゲタン(参鶏湯)を食う

 行きと同じルートで南浦洞まで戻る。本屋などを物色しているとあたりはすっかり暗くなってしまった。さぁ、お腹も空いたことだし夕食をとることにした。

 さぁ、何を食おうか。カルビにするか・・・サムゲタンにするか・・・・コムタンもいいなぁ・・・ソルロンタン、メウンタン、ユッケジャン、ビビンパプ・・・などと考えだすと切りがない。そうこうしていると、『元祖30年伝統・・・』の文字が目に飛び込んできた。『ソウルサムゲタン(参鶏湯)』という店だ。昨日から夜行バスやなんやらでお疲れ気味なので、元気をつけるのもいいかもしれない。

 さて食うとしますか。
 店に入って見ると中央にテーブル席があり、左壁際が『さじき席』になっていた。さじき席の方に案内され、どっかと腰を降ろす。もちろんサムゲタンを注文する。店のアガッシがムルをもってくる。とりあえず一杯飲んで落ち着いた。さあて、どんなのが出てくるのか。

 ところでこの『サムゲタン(参鶏湯)』、もう解説の必要はないと思うけど、とりあえず簡単にしておきます。内臓を取り除いたひな鶏の中に、もち米、栗、ニンニク、高麗人参、なつめなどを詰め込んでスープでぐつぐつ煮こんだ料理。あっさりした塩味でスタミナ料理なのだ。一人分が土鍋の様なものに入ってくるのが普通です。

 さてこの店の料理も同じように鍋に入って出てきた。鍋本体のほかにもキムチとかニンニクとか小皿にいろいろのせてきた。これがまた食欲をそそる。しかし1人前としてはちょっと量が多いんじゃないかな? 食べきれるかな?しかしまだぐつぐついっているぞ!

 早速(はふはふ)食べてみる。う~ん、なかなか(はふはふ)旨い。これはなかなか・・・・骨がぐすぐすになっている、(はふはふ)かみ砕けるな。(はふはふ)よく煮込んである。(ふーふー)おっ、なんじゃこりゃ?・・・栗か・・・殻ごとはいってるぞ!(ふーふー)うまいうまい(はふはふ)これがなつめかぁ・・・・うまいなぁ・・・・おおっ!人参が出てきた(はふはふ)ありがたく食おう・・・これはうまい!うまい・・・こりゃ、いけるわ。

 最初は食いきれるかなぁと思ったけど、キムチやらなんやらも含めて全部食ってしまった。実にうまかった。ふー。

 まわりでは家族連れやカップルが同じようにサムゲタンに舌鼓をうっていた。みんな楽しそうに食っている。いい店に入ったようだ。

 さてお腹もいっぱいになった僕は夜の街をふらふらと出ていった。あちこちをぶらぶらした後、地下鉄で中央洞まで戻る。地下鉄の駅を降りてコンビニに寄った。宿がコンビニに近いのがいい。ジュースなどを買って宿『ソウルジャンヨグァン』に戻った。

 テレビを見ながら絵葉書などを書く。さて、明日はどうしようかなぁ・・・などと考えているうちに眠くなってきたので寝ることにした。天気もいいことだし、海雲台(Haeunde)にでも行こうか。カジノもあるらしいし。

1994年 7月21日(木) 第1話



韓国 釜山 ソウル参鶏湯(サムゲタン)
ソウル参鶏湯(サムゲタン)

参鶏湯:蓼鶏湯(サムゲタン)とは?
韓国伝統料理の一つ。
夏期の健康保持食品の一つで、初伏·中伏·末伏(三伏)の節食として愛用されている。蓼鶏湯とも鶏蓼湯とも言い、高麗人参・ファンギ・ナツメなど韓国で取れる漢方薬を入れることから、「薬食同意」の概念が色濃い伝統的な食べ物だ。作り方は、400~500gほどの中型の鶏を手入れして、もち米・高麗人参・ファンギ・ナツメなどを入れて糸で縫った後、石鍋などに入れて水を注いで強い火に沸かした後、また弱い火で1時間ほどじっくり煮こむ。高麗人参やファンギの成分がニワトリの成分と混ざり合って充分に染み出て、もち米が柔らかくなり、おつゆに適当なとろみが出たところで火を消す。
そして、これをそのまま食す場合もあれば、絞って汁だけを飲む場合もある。食べる場合は、塩と胡椒で味を整えて食べるのが一般的だ。

 

第1話
1994.7.21
釜山上陸後、南浦洞から国際市場、太宗台、そしてサムゲタン(参鶏湯)
第2話
1997.7.22
マクドナルド、郵便局、海雲台ビーチ、パラダイスビーチカジノ、梵魚寺(ポモサ)、トンネ温泉、虚心庁
第3話
1994.7.23
コインロッカー、釜山駅、大廳公園、西面、帰国