
12月10日にはシングル「フィアンセになりたい」と同時にこの夏の「ひとりのビッグショー」の模様を収録した待望のライブビデオ「踊っていただけますか?」が発売となりました。あの夜が時を止めてただいま〜って戻ってきてくれたみたい。ライブはたしかに生ものだけど、こうしてフリーズドライされた映像はまた別ものの芸術作品として生まれ変わっていました。
民放TVでも「パパパパPAFFY」に出演、流星光一郎先生のダンス披露をした翌日の12月11日中野サンプラザを皮切りにいよいよツアーの始まりです。その他13日大阪IMPホール、20日新潟フェイズに単独遠征。みっちーのおかげで一人で新幹線にも乗れるようになりました(笑)。全国ツアー、許されるなら全日程一緒にまわりたい。でも土曜日に有休を取るので精いっぱいの悲しき社会人。わかってるけど、納得しなきゃだけど自分の知らない、見られないみっちーの笑顔、声、存在がたまらなく許せなく感じてどうしようもないジレンマに苦しんだ時期でした。
このツアーはみっちーにとって大きな節目であったと思います。ミッチロリン星人を卒業したのはこの頃。HEY×3放送以前と以後のみっちーを取り巻く世界は目に見えて変化していったことでしょう。「今日のモラリティを忘れないで」と大阪でみっちーは言いました。アンコールで歌ったアコースティックバージョン。メジャーデビュー曲であり、みっちーの精神の原点とも言えるこの曲が教えてくれました。
既成概念や固定観念にばかりとらわれてる自分も、冒険する勇気もなく満足した気になってる日常も、安全調和にただしがみついてるだけじゃいつかだめになる。みっちーもこれからどんどん変わっていくだろうし。そのカテゴライズされない変化をわたしはそのたびにニュートラルな気持ちで向き合っていきたいです。そしてそれでも変わらずみっちーを好きでいられる自分でいたい。。。そんなふうに思いました。
1997年も押し迫った頃、2つのスペシャルライブが用意されました。そのひとつが12月29日の日清パワーステーション「暮れない」です。
FC等の優先は一切なく一般発売のみ、しかも都内のぴあステーション数カ所限定なので過酷なチケット争奪戦が繰り広げられることは必至。12月14日10時より発売開始となれば前日の大阪から日帰りして、この季節ゆえ徹夜こそは断念したものの始発で駆けつけ5時から凍えつつ並んで無事ゲット。順番を待つ間のドキドキから一転、5時間地べたに座って我慢した苦労が報われ、みっちーに会えるんだという喜びに変わった瞬間には涙が滲んでしまいました。
ライブ当日はオールスタンディング、身動きもとれない状態で酸欠寸前(涙)。でもみっちーのそばにいる満足感のみで耐え続けました!わたしの場合近づくとかえって見えなくなるのわかっていたけど、それでも下がれなかったのです。ものすごく濃厚な満足感に、ライブが終わった後は着ていた服の色が変わってしまったほど(笑)。
ロック色のド強いスペシャルナイトはこうして更けてゆきました。北風が汗ビッショリのカラダに無情にも吹きつけ、友人の服を借りて着替えはしたものの、みっちーライブには下着が必需品だって前に言われてたの、ウソじゃなかったと身をもって実感した夜でした。。。
もうひとつは大晦日の12月31日、LIVE DI:GA SPECIAL。23:00開演のカウントダウンライブです。TVKテレビが主催のこのイベントは生放送されたのですが、最初に登場した真心ブラザーズのステージ途中で1月1日の0時をまわってしまい、みっちーと一緒にカウントダウンできなかったことは残念無念でした。それでも正真正銘1998年初生みっちーをこうして迎えることができたのは最高にしあわせなことと感謝感激。今年もずっと会おうね、会って下さい、そんな気持ちでいっぱいになりました。
実はいい年のくせに自宅以外で迎えた大晦日は初めてのことだったのです。ライブの後はカラオケに流れそのまま朝まで(笑)。1997年はみっちーと出会ったことでたくさんのひとと知り合いにもなれたし、初めての体験を重ねています。ちょっとずつ自分が強くなれているような、成長しているような気がしています。次も、その次の年もずっとみっちーと過ごせたらなぁなんて、初詣でお祈りしていたわたしでした。