97年8月はこの6公演

 


劇団十六夜社「二代目はクリスチャン」

ジェルスホール 8/13〜8/17  
8/15(木)観劇。座席 自由

つかこうへいの原作を神保正則の演出で見せる十六夜社第6回公演。
この劇団を観るのは今回で2度目だが、前回観た「朝日のような夕日をつれて」から見ると役者の成長が著しいと感じる。特に主役の晴彦を演じた劇団主宰の大島順次がいい。ただいいと誉めても絶賛できるレベルかと言うとそこまでのレベルには達してはいない。受けるつもりの場面では、全然受けてはいなく寒い。客の反応を理解して機転をきかせればいいが、そこまでの力量ができていないのか、寒いままで話を続けてしまうので、話の流れが悪い。これならつまらない場面はすっぱり切り捨てた方がいいとさえ感じる。切り捨てると言えば下手な役者の数名も切り捨てるべきではないか。学芸会レベルで舞台に立たせてはせっかくのテンションが落ちてしまい台無しである。
大島以外では今回で退団してしまう高畠史朗がいい。前回公演でもいい味を出していて注目していたのだが、退団は残念でならない。高畠演じるシロウが女と別れるシーンはストーリー的に必要性を感じないのだが、一番気に入った場面となってしまった。別れる女を演じる桜沢幸の男にすがりつく狂気の顔、それとは対象的な高畠の無表情、女を売る時のへらへら顔。とてもいい。
ラストは「ユダ」的存在のシロウが晴彦の幻影と見つめ合い終わるのだが、もっとシロウの苦悩を表現すると面白かったのではないか。シロウの本心が中途半端で未消化感が漂う。加えてシスターの存在感が薄いのは失敗だと思う。「悔い改めて十字を切りやがれ」の台詞は決まっていたが、それまでの存在は「シンボルであるシスターをものにしてこそ街を支配できる」という割には魅力がない。


“劇団十六夜社”自分が観た公演ベスト
1.二代目はクリスチャン
2.朝日のような夕日をつれて

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大分市つかこうへい劇団「売春捜査官」

紀伊國屋ホール 8/5〜8/18  
8/15(金)観劇。座席 H-16

作・演出つかこうへい
木村伝兵衛部長刑事を女にした「熱海殺人事件」の最新バージョン。昨年の公開通し稽古以来の東京公演だが正式な東京公演は初という事になる。

伝兵衛を女にする(名前はそのまま伝兵衛)という強引さを持ってしても作品の面白さを失っていない。いや、より面白くなっている。さすがつかこうへいである。ホモ差別・朝鮮人差別・女性差別など差別問題をストレートに表現し、問題意識を剥きだしにする。それが嫌な感じとか説教臭くならずにズバッと心を切り裂く。大山がアイコを殺した理由にも無理がなく今までの「熱海殺人事件」の中でも一番ではないかと思う。ただ、さえない殺人者をりっぱな殺人者に仕上げるという当初の面白さが影を潜めてしまったのは残念。
性格がきつい女とかわいい女を演じる由見あかりは、前回公演よりよくなっており、オーラを放っている。いい女と表現するのがぴったりだろうか、惚れぼれしてしまう。他の役者の熱演は認めるが、唾をだらだら流しての熱演はいただけない。
公演後に大分市役所から牛肉プレゼントのじゃんけん大会があったが、あっさり負けてしまい残念。こんなおまけ付きもたまにはいいもんだ。

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遊気舎「じゃばら」

本多劇場 8/16〜8/21  
8/17(日)観劇。座席 A-19

遺産獲得の条件である映画製作に挑む青年監督逸田。彼が撮り始めたのは、見世物小屋の興行主トム・ノーマンの物語。そう『エレファントマン』の真実の物語。じゃばらの調べが流れる中、フリークスを演じる俳優たちと前世紀末の実在の人物たちが交差し、物語は展開していく。
医師野口は脳波も心臓も停止しているのに、アコーディオンを弾き続ける老人を研究していた。野口は映画撮影所で老人と同じ曲を弾くじゃばやんと出会う。そして真実に出会うのであった。

いつもながらのおふざけは多々あるものの(それがなきゃ遊気舎の魅力は半減してしまう)、今までにない重厚な舞台になっていた。後藤ひろひとの幅広い力を感じる。物語の鍵を握っている、じゃばら(アコーディオン)の音色が心に響く。思わず感動するところであった。でも、感動しそうなところで笑わせてしまうのは、さすが一筋縄ではいかない遊気舎である。それでこそ遊気舎。とてもよい。
この日は開演前に特別前座企画「遊気舎ハンマープライス`97」も開催。終演後はサイン会までありの大サービス。私も久保田浩、西田政彦、うべん、谷省吾、イシダトウショウのサインをもらう。ちょっと嬉しい。


“遊気舎”自分が観た公演ベスト
1.びろ〜ん(Belong)
2.じゃばら
3.ダブリンの鐘突きカビ人間
4.イカつり海賊船
5.PARTNER

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マシュマロウェーブ
「サマー★アンデルセン―あかるくたのしいアンデルセン童話―」

青山円形劇場 8/22〜8/26  
8/23(土)観劇。座席 自由

アンデルセン童話を下敷きにして、マシュマロウェーブ流にハッピーな話にした作品。

似合う似合わないはともかく、色取り取りの髪の毛をした元気なお兄さんの登場だよーと言う感じで始まるこの芝居は、子供番組の公開放送に参加してしまった様な恥ずかしさを覚える。円形劇場の最前列に座ったのは失敗であった。空カンで作ったマラカスを鳴らしたり、みんなで歌ったり、裸の王様の洋服を描いたりと子供参加型の舞台。同行した子供は喜んでいたが、大人にはちょっと作品自体の物足りなさを感じる。
唯一、面白かったのは「のろまなハンス」の物語。ハンスを演じる小橋豊が非常にいい。でも、逆に子供には面白さが伝わっていなかったようだ。


“マシュマロウェーブ”自分が観た公演ベスト
1.グレープ
2.サマー★アンデルセン

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ファザーズ・プロデュース「悪霊―下女の恋―」

THEATER/TOPS 8/19〜8/29  
8/26(火)観劇。座席 H-6

松尾版「チャタレイ夫人」という案内だったが、「チャタレイ夫人」を名前のみしか知らない私にとっては、邪念なく観れたのでよかったと思う。
舞台は京都らしい場所。下半身不随の男タケヒコ(松尾スズキ)を中心にその母親(広岡由里子)と妻ナミエ(池津祥子)、男の友人であり腹違いの兄弟でもあるハチマン(池田成志)が絡んで話が進行していく。後半は死亡した母親そっくりな女中(広岡二役)の登場で話はますます、どろどろとしていく。

夏の京都はとにかく暑い。京都に住んでいる人にとっては当たり前の事かも知れないが、他の地方の人間にとっては灼熱地獄である。その息がつまるほどの暑さを思い出すくらい、どろどろしたものを期待したが、意外とあっさりと観れた。実際は妾の子、いじめ、不倫など、どろどろした因果関係が渦巻いている。それらをあっさり見せてしまうのは、松尾のすごいところだと思う。
登場人物4人(5人)は醜く因果関係が絡んでいるが、奥深く流れているのは母親の念。それは愛情でもあり憎しみでもあると思う。それらは舞台には登場しないが、存在感が強い父親に、特に注がれている。
こう書いているとむちゃくちゃ暗い芝居に思われるが、突如ミュージカル風にしてみたり、「井上のテーマソング」を作り、松尾・池田で歌ったりと盛りだくさん。劇中で効果的に使われる曲(ツインピークスの曲など)が、実は下校のチャイムだったりして、くだらなく面白いのはいつもながら、大笑いしてしまう。一番最初になにげなく使うバナナが、最後には重要な役目を果たしたりと細かな演出も光っている。期待通りの傑作であった。

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ケイダッシュステージ「ラパン・アジャールに来たピカソ」

シアターX 8/29〜9/16  
8/28(木)観劇。ゲネ

作 スティーヴ・マーティン
舞台は1904年のパリ。古びたバー『ラパン・アジャール』に、25歳のアルバート・アインシュタイン(この時点では特許許可局の職員で「相対性理論」の発表は1年後)がやってくるところから始まる。そこには青の時代後のパブロ・ピカソが出入りしていた。この二人が偶然出会ったことから起こる物語。

若き日のアインシュタインを演じる川平慈英(カビラ・ジェイ)の理論立てて話す姿が、てとても良い。容姿も似ていて笑える。が、それも前半だけ。ピカソが登場してからの肝心なところから、話が平淡になってしまい、コメディとは言えないほど退屈なものになってしまった。アインシュタインやピカソに思い入れがあれば、もう少し良かったのだと思うが。役者も川平以外、魅力が引き出されていなく、残念でならなかった。
最後の方になり、エルビス・プレスリーがタイムマシーンに乗ってやって来る。ピカソに絵を渡すのが目的だったが、その目的はピカソが女に狂ってボロボロになっていれば効果的だったであろうが、そこまでの効果は見られなかった。しかし、プレスリーの登場になり、やっと面白くなったのは正直なところ。でもそれは後半のほんの一部。最初から登場させ、話を引っかき回わしてくれたなら、傑作の誕生も夢ではなかったかもしれない。
ラストで3人が乾杯するのだが、20世紀に夢を膨らませているアインシュタインとピカソに対して「悔い多き時代に乾杯」と言うプレスリーの姿が印象的であった。

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