PM8:55。 予定開演時間を10分ほど過ぎ、今か今かと待ち望む我々の前に大きな拍手の中、現れたエリックは前回の来日時同様、髪型は短く若々しさに一片の陰りもない。服装もシャツにカジュアルなパンツという非常にラフなものでこれも前回来日時を踏襲している。 そんな出立のエリックがイスに座るやいなやまずアコギを取り上げフィンガーピッキングで繰り出した曲。 穏やかに、そして静かに始まったこの「A Song For Life」は長い間、お蔵入りしていた幻のデヴューアルバム「Seven Worlds」に収録されたアコギ・インストの名曲である。 ギターの一音、一音、丁寧に弾く姿は今までのイメージ通りのエリック・ジョンソンであるが、エレキのように歪んだ音色でもない為か却ってギター本来の生々しさがダイレクトに伝わってくるのは予想以上に興奮する。 ある意味「厳粛な」という雰囲気さえ漂う中、始まったライヴであったが1曲目が終了すれば大きな拍手と場違いな程の叫声が上がるほど客席は大いに盛り上がっていた。 エリックから一言、二言挨拶があっただけですぐさま始まった2曲目は耳覚えの無い曲だ(アルバム「Souvenir」収録の「Dusty」)。 だが非常に軽快で小躍りしたくなるぐらいノリの良い曲だ。 ギタープレイもピックと指弾きを併用しているようで カントリープレイヤーのそれと遜色なくギターヒーローの片鱗も伺わせた。 やや長目の(と言っても次曲の紹介程度)MCに続く3曲目も耳にした事の無い曲(新曲「Gift Of Love」)。 イントロに続いて遂に披露された歌声は生で聞くのは実に3年ぶりとなるが甘く、そして切ない。ギタリストで専門のヴォーカリスト以上に唄える者は世界中にごまんと存在するだろうが、彼はその中でもトップクラスであると思う。 歌へのウエイトが高かったせいかプレイ的にはアルペジオ主体であったが、それでも後半部のソロは目を見張るものがあった事は付け加えておきたい。 3曲目の後も先ほどよりもより長めなMCがあったが「城(Castle)がどうの」と言っているぐらいしか聞き取れない。(情報では次の曲は「17世紀くらいの時代を舞台とした城や騎士が出てくる曲です」との紹介だったらしい)そんな中、始まった曲も今日、初めて聞く曲(「Fatherly Downs」)であるがボーカルを据えたマイナー調の曲なれど中間部のソロプレイは圧巻であった。 哀愁させ漂う歌のメロディラインとはかけ離れた速いパッセージのフレーズの連続はギターファンのアドレナリンを上昇させずにはいられなかった。 5曲目も聞いた事の無いインスト(「Tribute to Jerry Reed」)であったがこれがギタリストとしての本領発揮というべき出色の出来。 ピックと指弾きを起用に使い分け、イントロからのノリが一向に崩れない。熱い演奏は曲の途中でも客の歓声が上がる程だったがまるで二人が演奏しているかのように聞こえるのは本人を目の前にしても不思議なぐらいだった。 「熱い演奏」には「熱い拍手」でと言わんばかりに賞賛と大きな拍手で5曲目を終えたエリックは間髪を入れる事無く曲を奏でながら「次はサイモン&ガーファンクルの曲」と紹介。 「Kathy's Song」は指弾きアルペジオ主体でボーカリスト・エリック・ジョンソンを際だたせる曲であったが原曲よりは(コードフォームなど)かなり複雑なものになっていたのが印象的であった。 大きな拍手に「Thank You very much」と応えたエリックはハーモニクスを屈指しギターのチューニングに忙しく一瞬、緊張も途切れ気味になるものの、すぐに曲を再開。あれだけ音に拘りを持つエリックにしては今回は実にあっさりとしたものだ。この気安さが全米や、この日本でアコギツアーをやる動機ともなったのだろうか。増幅された音で満たされるエレキなエリックももちろん良いが指と弦が奏でるRawなハーモニーは我々ファンの心根の奥深くを捉えたようである。 曲名はMCから聞き取れなかった(アルバム「Souvenir」収録の「Forever Yours」)がエリックの唄うメロディから昼間、地元ZIP-FMのラジオ番組の公開番組(!)に出演した時にも流された曲だと判った。ほとんど初めて聞くに等しいぐらいであったが、エリックの甘い歌声を伴ってサビのメロディラインなどホント素晴らしい。一発で気に入った。 煌びやかな音が会場を満たしたと言っても過言ではないような7曲目が終わると途切れる事無くまるでメドレーのように次の曲が始まった。 これは私のような鈍いファンにも非常に馴染み深い曲。 あの名盤「未来への扉 Ah Via Musicom」に収録された「Song For George」である。 アルバムそのままに時折ハーモニックスを交えた複雑かつ素早いフィンガーピッキングは正に神の領域である。 思い出深いアルバムの収録曲という事もあってこの日のこの曲が私にとってはハイライトであった。 大きな拍手と歓声を背に受け、次にエリックはピアノに移動しスタンバイOK。 しかし、残念な事に私の席からはエリックの背中を見る格好になってしまう為、演奏が全く見えない。 却って純粋に音だけに集中する事となったのだが、このピアノ演奏が実に素晴らしかった。 MCでピアノ1曲目として紹介された「Water Under the Bridge」は歌物の曲なれど同時代的なアーティスト(Billy Joelなど)や先輩各のElton Johnなどの"ピアノマン"とは違うJAZZ的なアプローチは新鮮であった。ピアノに於いてもエリック・ジョンソンは唯一無二な存在である事を認識させられたと言える。 ピアノ2曲目は「Venus Isle」収録のファンには馴染み深い「Song for Lynette」。 アルバムを聴いた当初からどこかしらNew Ageミュージック的な響きを受けていたが生で聞くと繊細でありながらダイナミックで大きな音の広がりさえ感じた。 後半部にライヴ用のアレンジが施されていたのもより感動を大きくしたと思う。 そして3曲目が驚きの選曲だった。 なんとJimi Hendrixの「Wind Cries Mary」。 ジミヘン関係ではアイルランドのThe Corrsが嘗てアンプラグド・ライヴ盤で「Little Wing」をやっていた事に意外性を感じたが、今回のこの選曲の比では無かった。 当然の事ながらエリック・ジョンソンにとってジミ・ヘンドリックスはギタリスト、コンポーザーとしての目標でもあるし、アイドルでもあっただろう。しかし、敢えてギターを使わずにピアノで挑戦するあたりが斬新でエリックらしさが垣間見れたと思う。ただ単純にギターの音をピアノに置き換えただけに止まらないアレンジは今や「Wind Cries Mary」をジミヘンの曲からエリック、オリジナル曲へと変貌させた。 いや21世紀版として昇華させたと言ってもいいぐらいであった。 予想以上の素晴らしいピアノ演奏の後、再び中央のイスに戻り次にガットギター=Takamine EC-132Cをギタースタンドから取り出した。 曲は「Tones」収録のお馴染み「Desert Song」。 アルバムではインストの小曲という位置づけのように感じていたが、実際にこうして生で聞くと大きく違う。複雑なフィンガリング、素早いパッセージ。 ピアニストからギタリストへの”変換”は全く問題なく遂行されたようだった。 ガットギターから再びアコギに持ち替えたエリックが次に繰り出した曲(「All the Things You Are」)は耳に心地よい歌メロのバックに奏でるメロディアスなアルペジオの響きが美しい。未発表曲だと思われるが早期のCD化を望みたいものである。 チューニングを一瞬挟み、「イタリアのArtistが云々...」という曲紹介で始まった曲(「Divanae」)は割合、力強いピッキングとエリックの歌声が相対して絶妙。曲終了後の拍手も未発表曲の割には気のせいかどんどん大きくなってきているような気がしてくる。 チューニングで緊張感がやや途切れた後、始まった次曲はMCによると「My Finest Champion」というらしい。 ボーカルが主体でエリックのボーカリスト面を際だたせる曲であった。(もちろん短いソロにはエリックらしいキラリと光るものがある) 「Wonder」とタイトルコールされた次の曲もボーカリスト面を重きを置いた作品であったがこれもボーカルを際だたせながらもバックで奏でられるメロディアスな響き。 私の位置からは見づらいが複雑なフィンガリングが展開されているのは音使いから想像しても難くない。「Wonder」の後は再び、チューニングと忙しかったが始まったインスト曲(「Once Upon A Time In Texas」)は私にとって初お目見えなれどこれが凄かった。 冒頭から力強い演奏で観客を圧倒。 もちろん、そこかしこに超絶技巧を施した速いフレーズやスラッピングを盛り込みまるで本日の公演の集大成を具現化しているかのような内容であった。 これが見れた、聞けただけでも私にとって大きな収穫であったと思う。それだけ素晴らしかったのだ。 そして 深い感動を我々に刻み込んだライヴもここで一旦、終了。 エリックは「See You Soon」と言い残しステージを去っていった。 しかし、あのような演奏を聴かされた後であっては観客に「もっと」という気持ちが自然と沸き上がってくるのも仕方がない事だ。 「予定調和でなくアンコールを求める」というのはこういう事なんだなと久々に感じた。 一段と激しくなる手拍子に後押しされるように僅かなインターミッションを経てステージに現れたエリックはスポットライトを浴びながらそのままピアノまで移動。 曲紹介のMCもなく、おもむろに弾き始めるとその指先からは流麗なフレーズが溢れるが如く弾き出される。 私の席から全くその演奏が見えないのがなんとも口惜しい。 長目のイントロの後、しっとりと丁寧に語りかけるように歌い上げるエリックに男女問わず、”濡れた”。 結局、私の不勉強ゆえ何の曲か判らなかったが(サイモン&ガーファンクルの「Scarborough Fair」)間違いなく名演であった。 この1曲を持ってステージを捌けたエリックであったが、アンコールを求める拍手は鳴り止まない。 益々大きくなる拍手を背にステージに再登場したエリックはアコギを手に取り奏で始める。 始まった曲は私にもすぐ判るBeatlesの「I Need You」。 原曲とはイメージが異なり、完全にエリック・ジョンソンの色で染められていたがそこは不朽のビートルズ。 曲自体が強い個性を持っている為、どんなアレンジをするかは演奏者やアレンジャーの力量次第だが、このエリック・ヴァージョンも珠玉の名演だったと思う。 「I Need You」が終わりステージを捌けても 会場内の客電が付かないところを見るとまだアンコールは期待できそうだ。 3度目のアンコールを求め激しい拍手が続く。 ステージに返り咲いたエリックはチューニングをしながら「サイモン&ガーファンクルの...」と紹介。 不勉強の私は知らない曲(「April Come She Will」)であったが最後の一音までエリック・ジョンソン。曲紹介が無かったらオリジナル曲と勘違いしていただろう。 曲終了後 「Thank You so much」と言い残し立ち上がって方々の客にステージ上から挨拶をするエリック。 「ああ これで終わってしまうんだな」という暗黙の了解が会場を覆い名残惜しい気持ちが人々に伝播する。 しかし我々に送ったその笑顔にいかに充実した演奏であったかを感じさせ我々でさえも幸せな気持ちに為れたのはこの人の人徳の為せる技ではないだろうか。 「エレキでないエリック・ジョンソンなんて」 という消極的な気持ちで臨んだ今回であったが「聞かず嫌い」というのがいかに間違っているかを思い知らされた素晴らしいライヴだった。 ギターは言うに及ばす、あのピアノ演奏には脱帽するしかなく、ピアノ専門で勝負する数多アーティストにも充分アピール出来るものであったに違いない。 あらためて 一体、神はエリック・ジョンソンという男に何物を与えたら気が済むのだろうか。 そう思わずにはいられないライヴであった。 |
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終演後のサイン会 |