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商品名
「キャッシュカードがあぶない」
出版社
文藝春秋
定価
定価 952円 + 税
購入場所等
丸善
コメント
あのバブルの時代、”踊る”だけ踊って その後の長き日本経済・冬の時代の元凶にもなった 銀行の不良債権問題。
市民生活と直結する為、何百億、何千億という税金が 公的資金として垂れ流しの如く銀行に注入されるのは 聞き飽きた事ながら正直、腹が立ってしまう。
しかし、多くの人が生活や将来に必要な”虎の子”を銀行に 預けているという”弱み”を考えれば仕方がないと 諦めるしかないのも事実である。
それだけに預金の管理に関しては全幅の信頼を置いている筈の銀行であるが その安全神話も脆くも崩れ去った事を本書は教えてくれた。


ある日、銀行に行ってATMで残高照会したら いつの間にか残高がゼロ、もしくはマイナスになっていた
あなたなら どうするだろうか?。
誰もが「これは何かの間違い。そうに決まっている。」と 思う事だろう。肝心のカードや通帳だって手元にあるし。
しかし よくよく調べてみると細かく何度にも渡って実際に お金が引き下ろされていることが判り、悪夢は現実に....。
然も、引き出した人間は見ず知らずの全くの他人。
ここで己が初めて犯罪に巻き込まれた事を知る事になる。


いわゆる「偽造キャッシュカード」事件は事件として 立件が難しい為か、はたまた何かの圧力か大きく 取り沙汰されないようである。少なくとも私の記憶にはない。
偽造キャッシュカードには、元のカードの磁気データから 口座番号、残高等のデータを吸い取る作業−スキミングが 必須だが、ココ数年、この技術進歩が物凄い。
本書でもそれを掻摘んで紹介しているが最新の機種では 「非接触式スキミング」が可能との事である。これは電車などの人が隙間なく接触している状態だと、鞄やズボンのポケット を通じて磁気データを抜き取る事が出来るという驚きの 技術である。その”ぶっこ抜いた”データを白カード(磁気テープが貼ってある 特殊なカード)や、他から盗んでおいた銀行カードに上書きする 事で「偽造キャッシュカード」は出来上がる。
ただ、お金を引き落とすにはカードだけでは駄目なのは もはや子供でも知っている事。任意に決められた暗証番号が必要である。 いわば この「暗証番号」が最後にして、最大の防御の砦であった訳だが この暗証番号さえ、あっさりと簡単に犯罪者に盗まれてしまうと聞いたら どう思うだろうか?
1988年以前のキャッシュカードには暗証番号のデータも記録されていたゆえ 盗むのは割と容易かったかもしれない。しかし暗証番号のフィールドにゼロが 納められた「ゼロ暗証カード」が使用されている現在においてはそれも 容易くないはずである。
もちろん、暗証番号に生年月日や、自宅の電話番号など 簡単に類推出来るものを設定しておいたなら自己責任であるが それが不可能な意味のない数字の羅列でさえ盗まれてしまうという現象が発生しているという。
私もこれを聞いた時は大変驚いたがその「暗証番号の盗み方」には恐怖さえ感じる程だ。
例えば、ATMコーナーの頭上に小型のCCDカメラを仕掛け、文字通り暗証番号を 盗み見る所謂「ソーシャルハッキング」。これなどはまだ古典的な手法と言えるだろう。当然、盗み見る相手のカードデータも必要である事は言うまでもない。 そして私が本書を読むきっかけとなった驚きべき方法とは?
なんと銀行のホストコンピュータへ繋ぐATMの回線(専用回線?)に「データ盗聴器」を仕掛け、暗証番号はもちろん、同時にホストとやり取りをする口座番号、口座残高などのカードデータも根こそぎ盗んでしまうというのだ。もちろんそのデータを離れた処で電波で受信するという巧妙さも忘れはしない。(当然の事ながらデータは暗号化されているがそれも解除する)
こうなってしまってはもう自己でキャッシュカードや暗証番号を徹底的に管理したとしても全く無駄であり、前述したように「カードシステムの安全神話」などとっくに崩壊していたのだ。
本書はこのような被害にあった方々に話を丹念に聞き、その発生状況を事細かく記録しているがどの件でも共通して各人が声高に訴えていることは「銀行側の非情な対応と警察の不誠実さ」である。
多分、多くの人は「自分に何の落ち度もなく口座のお金を盗まれたのだから、銀行側の保険か何かで補償、補填して貰えるのだろう」と思うことだろうが現実はそんなに甘くない。
現状では例え、何百万、何千万、何億盗まれようと、鐚一文、お金は返してくれないのだ!!
全く「こんな馬鹿な話があるか!」であるが悲しいかなこれが現実なのである。
銀行側にしてみれば口座開設の折、手渡す約款に(偽造カードで引き下ろされたお金は補償せずと)記してあると嘯くが、果たしてそんな条文を理解して口座開設を同意している人がいるのだろうか。甚だ疑問である。



約款例

「当行が、カードの電磁的記録によって、自動機の操作の際に使用されたカードを当行が交付したものとして処理し、入力された暗証と届出の暗証との一致を確認して預金を払戻したうえは、カードまたは暗証につき、偽造、変造、盗用その他の事故があっても、そのために生じた損害については当行および提携銀行は責任を負いません。ただし、この払戻しが偽造カードによるものであり、カードおよび暗証の管理について預金者の責に帰すべき事由がなかったことを当行が確認できた場合の当行の責任については、このかぎりではありません。」


(埼玉りそな銀行 総合口座取引規定 キャッシュカード規定 第11項より抜粋   「ひまわり草の会」HPより転載)




ただこのような被害が全く予想できなかったか?というとそうではなくもう10数年前から危惧されていたようである。時同じじくして欧米でも「偽造カード」被害の補償について法制化された経緯があり、日本でも国レベルで検討されていたが、その時、強行に反対したのが当時の銀行業界の幹部連中だった。結局、この反対が被害補償への対応を遅らせ、未だ法制化につながっていない原因となっている。著者も語っているが官僚の怠慢や官民癒着の構図がここには煤けて見えてくる。


預金者が自由に決める事の出来ない「高額すぎる1日の出金限度額」(200万〜500万)の不思議、欧米諸国、または南アフリカ(!))の手厚い預金者保護システムの詳細(「50ドルルール」・・・偽造カードで例え何百万ドル不正に引き落とされても自分に余程の落ち度が無ければ50ドルの保証金以外は全額返還されるしくみ)など この本にははまだまだ語るべき点がある。役不足の私の紹介よりもぜひ書店で手にとって衝撃の事実をその目で確認して欲しい。
そして此処で語られている被害が決して『対岸の火事』ではなくいつ自分の身に降りかかってくるか判らない『目前に迫った現実』である事を理解してもらいたい。2004年は「オレオレ詐欺=振り込め詐欺」が大きく社会問題化したが この偽造カード犯罪はオレオレ詐欺以上に巧妙かつ社会システムの根幹を破壊しかねない大きな問題である。統計でもその被害額は昨年で遂に5億円を超え、年々増大している事を考えてもそれは明かである。然も犯人は全くと言ってもいいほど検挙されていないというのも由々しき事態であると思うのだ。


著者の柳田邦男氏は「ガン回廊の朝」や「犠牲(サクリファイス」などで 非常に評価の高い ノンフィクション作家。私も前述の2作は読んでいるが 平易な文章で、判りやすく現代社会に横たわる問題を鋭く突く作家スタイルは 私も目指したい処(とても敵わないけど 笑)


本書でも紹介されている
盗難・偽造キャッシュカード被害者の会
「ひまわり草の会」のHP

http://www.yy-com.jp/himawariso/



追記:

2005年1月半ば。
ゴルフ場を舞台にした偽造カード窃盗団が遂に逮捕された。
大がかりな偽造カード事件では初の逮捕者である。
新聞、TVでも大々的に報道されるようになり、ようやく この問題の深刻さが認知されつつあるようだ。
また銀行業界も金融庁の指導を受けて「補償問題」にも 着手するらしいが遅すぎると言わざる得ない。
いずれにせよ、この種の事件の動向は今後も注意した 方が良さそうである。
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