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 1840年代アメリカ南部、アル中の詩人の頭脳から生まれたパリの密室殺人という極めて魅力的な謎は、彼の作り出したミステリという文学形式とともに、20世紀末の今も、生き延び、優れた模倣者の一群を生み出し続けている。
 イギリスの密室小説研究家ロバート・エイディー氏の「LOCKED ROOM MURDERS」にリストアップされている英米の不可能犯罪ミステリは、2,019編。いかに密室を中心とした不可能犯罪の謎がミステリの読者を、そして作者を熱狂させてきたかが窺える。
 ところが、不思議なことに、密室小説の命運は、既に、前世紀のロンドンで尽きていた、ともいえるのだ。ザングウィル「ビッグ・ボウの殺人」が密室殺しの犯人である。密室をつくりだす可能性が様々に議論された上で人を喰った解決が付けられたこのパロディの後に、密室小説にどのような可能性が残されていただろう。フェル博士の密室講義ですら、死体の上に咲いた徒花にすぎないのかもしれない。いや、もっといえば、窓釘が折れていたという脱力の解決をもつボーの小説自体が彼の後に陸続と続く密室小説のパロディだったといえなくもない。
 しかし、誰かが死を宣告するには、このテーマは魅力的すぎた。密室小説は、不可能な謎の提示という形で、理性と現実の衝突を端的な形で示す最もコアな謎解きである。と同時に、それは、人間の「内部」と「外部」の葛藤の暗喩にもなっているのではないだろうか。閉ざされた空間を理性の力で開く。探偵は、扉を開け、「内部」と「外部」の恋愛を成就させる。自らの「外部」と「内部」の調停は、多分人類の見果てぬ夢であり、それは、完璧な不可能犯罪を書くというそれ自体逆説的な試みにおいても、同様だろう。しかし、戦いは、いまだ続いている。

 日本のミステリでも、不可能犯罪物のチェックリストがあれば面白かろうと考えた。国産の密室小説のアンソロジーが既に10冊を超えて存在している。唯一の問題点は、筆者自身が日本のミステリのさほど良い読者ではないという点で、苦し紛れで題名からだけ判断して入れたケースもある。一方、当然入るべきものが入っていないという例も多いと思う。筆者の感触からすれば、1000編はいくと思うのだが。
 御用とお急ぎでない方は、このささやかなゲームに参加していただきたい。
 「密室系」がネットの上で、次第に繁茂していくのを見るのも、それはそれで、結構愉快な眺めではないか。
  

 
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