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(満点:星5つ。ただし、辛口のつもり。★は星半分というか要注意本)

「殺す」 J・G・バラード
「女囮捜査官3 聴覚」 山田正紀
「二巻の殺人」 エリザベス・デイリイ
「マニアックス」 山口雅也
「実況中止」 西澤保彦
「わたしとそっくりの顔をした男」 サミュエル・W・テイラー
「牧師館の死」 ジル・マゴーン
「密室・殺人」 小林泰三
「探偵ガリレオ」 東野圭吾




11.26
「殺す」 J・G・バラード 東京創元社(98.9)☆☆☆
 閑静な高級住宅地で32人の大人が殺され、13人の子供が誘拐された・・。勘のいい人ならこれに続く帯の文句を見るだけで、この大殺戮の謎が見抜けるかもしれない。真相は途中で明らかになるが、本書は無論謎解き小説ではなく、作中にオーウェルの「動物農場」が出てくることからも明らかなように現実社会を舞台にした一種のディストピア小説である。この郊外住宅というディストピアのマテリアルが極めて現代的。ラストの大殺戮再現シーンは、音声を消したモニター大画像のように、静かで、圧倒的である。
 読んでいて、ぎょっとしたのが、舞台となる高級住宅地が牧歌的世界の意味で「ザ・ニュー・サモア」と呼ばれることで、現代ロンドンにニューギニアのクー族をもちこんだ奇矯なミステリ(「ガラス箱の蟻」)を書いたピーター・ディキンスンの方法がすぐさま連想される。ディキンスン「毒の神託」を読んでるときにバラード「奇跡の大河」を連想したこともあるし、この二人資質的に非常に近いのかも。と思って調べたら、かなたディキンスン31年北ローデシア生まれ、こなたバラード30年上海生まれ。2人とも、ほぼ同い歳の植民地帰還者なのである。二人の作品を通して、面白い植民地/ディストピア小説論が成立するような気もするが、ここは、ヤキの入ったイギリスの爺いは、やっぱり格好いいということで。

  

《ミステリ》

10.20
「二巻の殺人」 エリザベス・デイリイ 早川ポケミス(55.2) ☆☆★
 百年前にバイロン詩集を手に失踪した若い女性が、一人住まいの老人宅に現れるという魅惑的な冒頭をもつ本作(’41)は、今回のポケミス復刊の目玉の一つ。古書研究家の探偵ヘンリー・ガ−マジが登場するビブリオ・ミステリでもあるが、蘊蓄度はさほど高くない。それよりも、クリスティのお気に入りの作家だったというだけあって、個性的な人間たちの間に微妙に渦巻く愛憎を背景に、ストーリーを転がしていく技巧を味わうべきだろう。アメリカナイズされたピーター卿のような探偵や心霊研究家が登場する時代風俗も面白く後味も悪くないが、謎解きの方は、いまひとつ。
 ロバート・エイディの「LOCKED ROOM MURDERS」にもセレクトされているが、これを不可能犯罪とするのは、ちょっとつらいかも。
 


「女囮捜査官3 聴覚」 山田正紀  ☆☆☆
 そんなに読んでいる訳ではないが、山田正紀の本格ミステリを読む度に、多くの美点と欠点を見いだして、「傑作」と打つのには、躊躇をしてしまう。女囮捜査官シリーズ第3作目の本書は、おそらく「妖鳥」に始まる本格大作の直接の先駆となる作品だと思われるが、今回もまた、盛られたアイデアの総量に比して、その果実は充分でないという印象を受けた。
 今回のメインは、誘拐。荒川下りの客船を舞台にサスベンスフルな犯人と警察側の攻防を描きつつ、繰り出される誘拐対象や身代金受渡し、さらには誘拐の動機の新機軸。それでは、足りないとばかりに、胎児の消失という「世界最小の密室」、二重人格の不安を持つ探偵、衆人監視下の乳児消失、マニュピレータや叙述の仕掛けまで盛り込んで、とにかくアイデアはてんこ盛りである。それらの連なりが全体として、あまり美しく感じられないのは、設計の緩さというか細部の荒っぽさに起因しているのではないだろうか。本作でも、例えば、犯人の行動は、数ある選択肢の中からベストでないものばかり採っているように思えるのである。本格推理が職人によるプリコラージュ(器用仕事)という側面を強く持っている以上、必然性という細部を埋めていく地道な作業が必要なはずた。もう一つ、文章や人物造型の荒っぽさというか、雑さも全体の効果を損ねているように思う。こういう場面は、人物は、こう書く、という手つきみたいなもののが自動化されすぎていて、なんとも味気ない思いをさせられるのだ。
 とはいえ、そんな細部や文章云々を吹き飛ばすような作品−アイデアに次ぐアイデアで読者に眩暈をさせ、世界観の転倒をもたらすようなイメージをもつワイドスクリーンバロック的なミステリを山田正紀には書いてもらいたいと期待しているのだが。




10.5

「マニアックス」 山口雅也 講談社(98.9)☆☆☆

 「ミステリーズ」の姉妹編だが、ホラー色強し。日本を舞台にした「孤独の島の島」「割れた卵のような」も入っていて、新生面を開こうとする著者の意欲を感じる。一編、一編のテーマ性も、膨らまし方も、ミステリを始め、英米のサブカルチャーの養分を吸ってきたこの人ならでは。「人形の館の館」も、「マニアックス」というくくりでみると、一応うなづける。でも、その趣味性、技巧性が多少、鼻についてきたのも事実。
 といいつつ、マイ・ベストは、緻密な設計に基づく恐怖小説「孤独の島の島」、趣味モロ出しの「エド・ウッドの主題による変奏曲」というのだから、我ながら矛盾している。


「実況中止」 西澤保彦  講談社ノベルス(98.9)☆☆★

 神麻嗣子シリーズ第2弾。本編の扱う超能力は、テレパシー。といっても、他人の見た風景がそのまま見えるという一方通行型。というローカル・ルールを使って、作者は、今どき珍しい「意外な犯人」という離れ業を見せる。最後の殺人は不要では、といった気になる面もあるが、自らをかんじからめに縛りつつ、それを伏線にして、見事な縄抜けをみせる作者の奮闘は、ある意味感動的ですらある。


9.27

「わたしとそっくりの顔をした男」 サミュエル・W・テイラー 新樹社(98.8)
☆☆☆

 サンフランシスコの郊外生活者であるわたしが、女房に頼まれたバターとポークチョップの包みを手に勤務先から自宅に帰ると、自分とそっくりの男が女房と同僚とトランプに興じており、チャールズは、見知らぬ男として、警察に突き出される。愛犬さえも、チャールズに吠えかかる。一体、わたしに何が起こったのか。「これが密室だ!」で抜きんでた異常感覚を示した作家の49年の作品。
 ラッセル「迷宮に行った男」や最近では、クラヴァン「アニマル・アワー」にも作例がある現代人の根源的不安に基づく「あんただれ?」系ミステリのルーツともいうべき作品なのだが、本書は不条理劇でも、SFでもなく、異常な事件の理由は、ごく早い段階で明らかになる。それからが本書の真骨頂。警察にも追われる主人公がいかに「敵」の罠をくぐり抜け、敵を追いつめるか。予断を許さない展開と手数の多さに、不自然な要素もさほど気にならず、読者はただ翻弄されるのみ。極力内面描写を避けた文体、点景に至るまで精彩に富んだキャラクターもとてもいい。見逃すのがもったいない一冊。 



9.9

「牧師館の死」 ジル・マゴーン ☆☆☆★ 創元推理文庫(98.6) 

 女王継承者争いの最右翼に躍り出たとの評もある作家の邦訳第2作。クリスティを思わせる設定をどう現代に甦らせるかが、作者の腕の見せ所だが、期待は十分かなえられたといってよい。牧師館で殺された男を巡って、四人の主要登場人物の間を謎が行き来するという地味な内容だが、登場人物が互いをかばいあって偽りの証言を重ねているので、事件全体に何重もの霧のヴェールで覆われており、光明が見えかけても、再び霧がかかっていく当たりの展開が絶妙。証言、証拠の発見、登場人物の内面描写、探偵コンビの推理の挿入の計算された組み合わせで、自在に読者を操るマゴーンのセンスは抜群である。本書自体が、素材によりかからずとも、見事な本格はできるとの例証だろう。ただし、登場人物の描写は水準以上とは思うものの、P.D.ジェイムズやレンデルで、わりと見慣れた人物たちという気がしないでもない。また、少数人数での容疑のやりとりという設定には、わりとよくある解決なので、「ひらいたトランプ」的はなれわざを期待すると、若干肩すかしかも。いずれにしろ、現代イギリス本格屈指の作家の次回翻訳に期待。


「密室・殺人」 小林泰三 ☆★ 角川書店(98.7) 

 角川ホラー大賞受賞者の「新本格推理とホラーを融合させた初の長編」。ジャンル越境者の書く本格には、面白いものが多いので期待したが、全体的に、とほほの感じ。「・」が曰くありげだが、墜落死したはずの部屋が密室だったというだけで、特に目新しい設定ではない。探偵事務所の若い女性が関係者のヒアリングが続くだけの一本調子のプロット。華のない会話に、段ボールを切り抜いたような登場人物たち。唐突に挿入されるが、全体との関連を見いだしがたい主人公の過去の記憶。密室の謎も、捜査の途中で当然言及されるべき可能性がディスカッションされないから、その真相にも驚けない。「本格推理」所収の短編を引き延ばしたような小説だなと思っていると、最後に大技が繰り出される。でも、この設定を使うなら、ミステリ部分と有機的に絡んでてこそ意味があると思うのだが。まあ、それをやったとしても、似たような先行作品があるわけだけど。次回期待。

 「探偵ガリレオ」 東野圭吾 ☆☆ 文芸春秋(98.5)

 「突然、若者の頭は燃え上がり、デスマスクは池に浮かぶ。そして心臓だけが腐った死体・・常識を越える謎に天才科学者が挑む!」(腰巻きより)こういう短編が5編収録。どうせ、読者が知らない科学知識を活用して謎が解かれるのだろうとタカをくくっていると、そのとおり。今世紀初頭に死に絶えたような設定なのだが、これがなかなか楽しい。意外な謎の提出から、捜査陣の困惑、探偵役の種明かしまで、飽きさせない工夫がされているせいで、この辺はさすがに手慣れたもの。フォーミュラ・ノベルの王道で、名探偵というスターシステムも有効に機能している。でも、5編目で急に探偵を「ガリレオ」と呼び出すのは、唐突な感じだな。