この先のプライバシーとは

インターネットの普及で先を走っているアメリカでは、私が思っているよりインターネットでの表現の自由が認められているようです。しかし、本当に大丈夫なんだろうか。本当に、ネットワークの住人の良心を信じられるものだろうか。

ZDNNを読んでいたら、アメリカのインターネットには、大統領とルインスキー嬢の間のスキャンダルに関連したパロディが溢れているという記事が出ていました。この話は、クリントン米大統領と元ホワイトハウス実習生モニカ・ルウィンスキさんの間に、不倫な関係があったかどうか、それに、それを大統領がもみ消そうとしたかで話題になっているもの。最近、連邦大陪審でルウィンスキさんが、ある種の性的関係を持ったと発言したと報道されています。ことの真相はともかく、ZDNNの記事には、どこまでインターネットでの発言や表現が許されるのかと言う点で、考えされられるものがあります。この記事によると、特に、捜査を担当しているケネス・スター独立検察官に対する攻撃が過激なようで、独立検察官の自宅の住所と電話番号、夫人の勤務先の住所と電話番号と称するものを掲載したり、「頭に一発お見舞いする」ことができる新しいオンラインゲームまで、公開されているらしい。言ってみれば、ルウィンスキさんが可哀想、大統領寄りでもたもた捜査している独立検察官はけしからんという図式のようですね。(あるいは、大統領をいじめる検察官は許せんてことか。)こうした動きに対して、弁護士のMichael Overly氏は、「他のソースからは入手できない個人情報を公表したり、明らかに虚偽と分かる発言をしたりしない限り、裁判所はこうしたサイトを閉鎖することには非常に消極的だと思う(ZDNNの記事から抜粋)」と言っています。現に「不平を抱いている相手の電話番号と住所、そしてその相手に対する“攻撃的”な言葉をWebサイト上に掲載する権利を、連邦裁判官が認めた(ZDNNの記事から抜粋)」そうなのです。

しかし、Webを使った、個人や法人への攻撃的な批判を、ピケサインやビラ配りと同様に見なすことが日本でも許された場合、それは我々自身への脅威の元にならないでしょうか。相手が、大統領であったり独立検察官のような権力を持つものであれば、多少の過激な批判は人格が否定されるような最悪の結果にはならないでしょう。しかし、日本のように、訴訟という返り討ちが普及していない社会の場合、その矛先が個人に向けられた場合には、非常に危険な状況になると思います。例えば、大統領でなく、特定の個人がセクハラをしたという内容で、攻撃的な口調のWebページを作って公開することは、誰にでもできます。そのページにその人の電話番号から住所から勤務先まで書き込むこともできます。それが、公の機関で誰でも知ることができる事実であれば許されるわけですから。しかし、駅前で配るビラと違って、誰が受け取るかは分かったものではないし、配るほうも、誰がそれを読んだかをチェックすることはできないのです。さらには、そうして公開した内容が間違っていたとしても、それを訂正する義務はないし、また、その内容がまた聞きのように広まったとしても、それを止める手段が無いのが、インターネットの特徴です。

ZDNNの記事に書かれている、「他のソースからは入手できない個人情報を公表したり,明らかに虚偽と分かる発言をしたりしない限り」という点についても、私は疑問を持っています。日本では、自分の情報を管理することも、開示さきを制限することもできません。例えば、インターネット上で懸賞に応募したりして、氏名や職業などの情報を求められた場合、そのフォームにその情報が使われる範囲を指定できるものはありません。(もちろん、無料配付ソフトの登録時に、その情報を他企業に流すことはしないと明記している場合もあります。)もし、情報の流通先が明記されていない場合、与えた情報がいつ「他のソースから入手」できるものに変わるか分からないのです。さらに言えば、電話帳などで検索できる個人名と住所と電話番号はどうでしょうか。ここに印刷されていることは、当然「他のソースから入手」できるものの中に入ります。しかし、そこに登録した利用者の目的は、自分の電話番号を、それを探している人に教えるためであって、誰が使うかも分からないデータベースに転載するために、登録しているわけではないはずです。しかし、そのデータが、いつの間にか、その人の権利を侵害するような用途に使われる可能性もあるのです。

ある日、身に覚えの無いセクハラについて批判したメールが殺到する、郵便受けに非難中傷の手紙が溢れる。腹を立てながら読んでみると、どこかのWebで流された情報を元にメールを出しているらしい。で、早速そこにいくと、自分の写真とともに、セクハラにあったという知らない女性の訴えが。親切にも、自宅までの地図まで載っているではないか。すぐに、Webページの管理者に抗議の電子メールを送るも梨のつぶて。しかたなく、インターネット犯罪に詳しい弁護士に相談して対処の仕方を教わる。そして、数ヶ月後にそのページは無くなったが、なんのお詫びのページも無く、その後半年も嫌がらせの電子メールが続く...。なんていう状況が、この先、すぐにでも起きかねないのです。では、それを防ぐにはどうしたらよいでしょうか。個人情報を出さないで生活する?しかし、自分の個人情報を出さないと、銀行口座すら開けないのです。もはや、個人情報を出さずに生活できない仕組みになっている。だからこそ、その個人情報が開示される範囲を、その情報を提供する個人が指定できる仕組みを作るか、その情報が使われる範囲を企業側が明記するというルールをしっかり作るべきできはないでしょうか。

1998.08.07
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