ブロードバンド時代は本物か

前回、家庭からのインターネット接続が高速化されていく話を書いたところですが、それから一ヶ月間のブロードバンド・アクセス業界の変化は猛烈なものがあります。もやは、業界月刊雑誌のインターネットアクセス情報も出たときに古くなっている。おかげで、私も表紙の更新ができない、ってのは言い訳ですが。これは、ブロードバンド・バブルかな。でも、誰もがみんな利用できるわけじゃないことが分かった時点で、バブルがはじける可能性もあります。

まずは、世間に出ているブロードバンド(高速)接続の方法をまとめてみましょう。
技術速度(下り)速度(上り)補足
ADSL8M900k8Mで使えるのは2.7kmまで。その先、速度は距離とともに低下する。
CATV42M10M下り1.8Mbpsまでなど、帯域制限されている場合が多い。
FWA(無線)4M4M半径400m内にいる利用者で帯域を割り勘する。
FTTH(Ether)100M100M有線ブロードバンドネットワークスの方式。数百人で1Gbpsを共有する。
FTTH(STM-PON)10M10MNTT地域会社の方式。10Mを最大32人で共有

この表は、2001年6月の段階で主に言われているもので、明日にも新しい技術が現れて、状況が変わってしまう可能性があります。それにしても、この1ヶ月で、究極のブロードバンドといわれる光ファイバー網が、月額5000円で家に届く時代になってしまいましたね。有線ブロードバンドネットワークス[usen]が最大100Mbps、NTT地域会社は最大10Mbps[nikkeibp]。これでは、ADSLの意味が無いかと思ったら、ヤフーが2500円程度で8Mbps(最低800k保証)[nikkeibp]というサービスを打ち上げました。これで、日本もブロードバンドが日常化するだろうか。でも、こうしたブロードバンド・アクセスには、数字が派手な割に、使ってみるとそこまで速くないかもしれないという落とし穴があります。要するに軒下までやってくる線の太さと、その中を実際に流れてくる信号の量の違いのことです。太い土管を引いたのに、ちょろちょろしか流れてこないという状況が起きる。

こうした現象は幾つかの理由で起きます。まず、ブロードバンドといってもプロバイダーの幹線に至るまでの管を、何人もが共有する構造になっているので、全員が同時に最高速度で使えるサービスでは無いということを理解しないといけません。たとえば、100Mbpsの有線ブロードネットワークスの場合、直接プロバイダーの専用線に100BaseTのファイバーをつないでいるわけではありません。利用者宅の軒先にあるメディアコンバータ[zdnet](光を電気に変換する箱)から出たファイバーは、ノードという近所にある集線場所につながります。ここで、近くに住む数十人?の信号を束ね、一本の1Gbpsイーサーのファイバーに変換します。この信号は、プロバイダーの建物で、さらに数十本?を束ねて一本の1Gbpsのイーサーの信号に変換します。合計何人を束ねるかは分かりませんが、1Gbpsを1000人で共有すると、全員で同時に使った場合に1Mbpsの体感速度と言うことになります。それでも速いじゃないか、それに、常に全員が使うわけでもなかろうと思っても、インターネットにつなぐ場合には、もう一つの決定的な速度制限要因があります。

実は、多くのプロバイダーは、自分のネットワークとインターネットの間を10Mbps〜150Mbpsの専用線(帯域を保証された通信線)で結んでいるのです。インタネットサーフィンしてみつけた音楽配信サイトから音楽データをダウンロードするとき、相手のサイトが自分以外のプロバイダーを使っていれば、ダウンロードするデータは細い専用線を通ります。すると、いくらプロバイダーの幹線に100Mbpsでつないでも、そこから先の専用線で渋滞が起きます。この渋滞は、プロバイダー利用者全員が専用線の帯域を割り勘することで起きますから、10Mbpsを1000人が一度に使えば、体感速度は10kbpsにまで落ちます。これは、企業のLANからインターネットに接続している場合に似ていますが、企業と違って、利用者のほとんどがインターネットと通信するプロバイダーでは、状況はさらに厳しくなります。だったら、専用線を1Gbpsにすればいいじゃないかと思いますが、専用線のリース料金[ntt-east]は、例えば150Mbpsでも30kmの長さを借りると月額400万円以上と高額です。(必ずその帯域を保証するとコストが高くなります。)その線を使うプロバイダーの加入者が1万人いても、月に400円かかることになる。それほど、計算は単純ではないでしょうが、ブロードバンドは金がかかるものなのです。では、なんで8Mbpsで2500円とか、100Mbpsで5000円などという商売が成り立つのでしょうか。推測ですが、これは決して利用者のために帯域をたたき売りしているのではなくて、ブロードバンドを広告代わりにした新手の商売なんじゃないかと思います。

有線ブロードネットワークスにしても、電力会社系のFTTHサービス[nikkeibp]にしても、ヤフーのADSLにしても、NTT地域会社にしても、必ずコンテンツ[zdnet]という言葉がついて回ります。コンテンツと言うのは、映像や音楽データのことで、インターネットでも見かけるものです。ただ、こっちは、そのプロバイダーのネットワークの中にデータがあるので、ダウンロードは100Mbpsや、10Mbpsといった高速な体感速度でできるのです。ですから、多分、映像であれば、インターネットにあるものよりも画面が大きいか、高精細。音楽であればCD品質というものになる。さらに言えば、これらのほとんどは有料コンテンツになると思います。つまり、悪く言えば、ブロードバンドという旗を振って集めた利用者を、インターネットへの出口が細いビンのなかに囲い込む。そして、有料コンテンツで上げた利益で、通信料の足らない部分を補えばよい、といった商売になるのではなかろうか。もし、そうなら、これは一般利用者が考えている、インターネットへさくさくつながるブロードバンド・アクセスとは、ちょっと異なるように思います。統計の上ではブロードバンド接続は増えたが、政府のe-Japan的な目論見とはうらはらに、インターネットへの接続はちっとも速くないという状況になる。それでも、将来、専用線で価格破壊が起きるかもしれないから、ブロードバンド利用者は悲観してはいけないのかもしれませんが。

もう一つ、こうしたブロードバンドの落とし穴として、技術的にも採算的にも、ブロードバンド・アクセスは人口密集地が適しているという事実があります。例えば、ADSLの場合は、距離が長くなって信号が雑音にうもれてくると、途端に通信速度が落ちるという問題があります。8MbpsのADSLの場合だと、2.7km以内に利用者をいれなくてはいけない。つまり、最大5kmごとに信号を集める通信機がなくてはいけません。今まで、1.5MbpsのADSLが普及してきたのは、倍くらい遠くまで離れた利用者にも利用できるからでした。光を使うFTTHの場合も、通信コストを下げようとして、価格の安いマルチモードファイバーのメディアコンバータを使うと、やはり約4km程度ごとにノードを置かなくてはいけません。(実際には最短距離では線を引けないので、ノード等はもっと密に設置することになるでしょう。)また、ファイバーやケーブルのコストを多くの利用者で割り勘することで、価格を下げているという事情から、一つの分岐点からできるだけ多くの利用者に接続するほど、採算が良いと言う仕組みになっています。これは、やはり一本のケーブルを分岐して利用者につないでいるCATVも同じことです。つまり、こうしたブロードバンドは人口密集地でないと商売にならない。すると、たとえ都内に住んでいたとしても、周りがオフィスばかりで住民が居なかったりすると、何十年待ってもファイバーがやってこないというブロードバンド空白地帯が生じる可能性もあります。やはり、国がなんとかしないと、広くあまねくブロードバンド・アクセスを広めることは出来ないのでしょうか。

広くあまねくと言えば、NTT地域会社が採用しているSTM-PONは、10Mbpsながらシングルモードファイバーなので20kmまで伸ばすことができます。ファイバーの分岐点を電柱の上に置けるので、ノードのために部屋を借りる必要も無く、ある意味でどんな田舎でも一本の電柱に4人利用者が集まれば引いてもらえる可能性も有る。これは、可能性でしかありませんが。とはいえ、雑誌などで騒いでいるブロードバンドの現状は、ごく一部の利用者しか享受できないものです。そして、ほとんどの国民は、一生待っても来ないかもしれないもの、というのが2001年6月の状況ではないかと思います。ま、半年先も見えないくらい変化の激しい業界ですが。ちなみに、ブロードバンドが普及している国は、韓国とカナダです。韓国はADSL王国ですが、ネットワークゲームのブームが普及の引き金(PDF)[nri]だったようです。つまり、町のインターネットカフェでネットワーク対戦するのが、韓国のブロードバンド・アクセスでした。日本のブロードバンドの、キラーアプリになりうるものは何でしょうか。当面、日本のブロードバンド・アクセスの普及は、サービス業者の体力任せになるのではないでしょうか。

[補足情報]
すでにサービスされているブロードバンド接続の実力は、このサイト[speedtest]で比較することが出来ます。2001年6月の段階では、確実に1Mbps以上の速度を得るには、大手のCATV会社を使うのがよいようです。どうやら、ADSLでは平均値で1Mbpsを超えるのは難しい様子。ここに、8MbpsのADSLや100MbpsのFTTHがどう威力を見せるか楽しみです。また、自分の町でブロードバンド接続が出来るかどうかは、ISP検索サイト[rbbtoday]を使うと分かります。サービスがきていないと、「無い」というつれない回答がでます。とほほ。

2001.6.23
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