セッションが最大数を超える時代

ADSLやCATVなどのブロードバンド接続を契約すれば、当然見てみたくなるのが音楽や映画のストリーミング放送。常時接続ブロードバンドなら、テレビのように接続しっぱなしで見ることができます。すでに、いろいろな映像配信サービスが、有料無料織り交ぜて出てきています。こうしたサイトの情報は、Lycos Broadband NaviRBB Todayなどで探せます。ところが、お気に入りのサイトを見つけても、つなごうとすると、「サーバーセッションの数が制限値を超えました」というようなエラーが出て接続できなかったり、視聴している間に画面や音が止まったりすることがあります。配信サイトにアクセスが殺到して通信容量を越えたときに起きる現象です。これが、ブロードバンドが普及し始めたこの時期に特有の一時的な問題なのか、それとも永遠に、ストリーミング放送はテレビにはなれないのか、意見が分かれるところです。

ストリーミング放送というのは、映像や音声のデータをパソコンに転送しながら、並行して再生する技術です。これによって、ファイルが全部送られるのを待たずに、画面に表示できるようになります。これは、見ようによっては電波で受けた動画を逐次表示するテレビに近いものです。ただ、テレビ放送との比較になると、技術的にも、商売としても、テレビ放送の代わりになるとはいえないのが現状です。例えば、通信速度を言えば、空間に電波を飛ばすだけでよいテレビ放送と比較して、いろいろな信号が流れている回線では、必要な通信速度がなかなか確保できません。インターネットにしろ、通信業者の中で閉じたWAN(Wide Area Network)にしろ、それなりの品質のビデオ画像を通信するには、現状でも最低300kbpsは必要になります。これは、8MbpsのADSLを使う利用者にとっては、何の問題もない速度ですが、それを配信するサイト、具体的にはコンピュータの入り口で考えると、1000人が同時に接続しただけでも、300Mbpsになります。すでに100Mbpsのイーサネットでは対応できません。さらに、テレビ放送のように1万人が同時に見ようとしたら、3Gbpsになります。通信会社の幹線の通信速度は2.5Gbpsくらいですが、それを超えた通信が、コンテンツの配信サイトに集中することになります。

もちろん、こうした通信の集中に対応するために、いろいろな技術が検討されています。例えば、非常に高性能な通信インタフェースや、高速な大容量の記憶装置を持った、専用のコンピュータを用意する。高速計算に特化したスーパーコンピュータの、ストリーミング放送サーバー版のようなものになるのかな。一方、時代は分散コンピューティングですから、負荷を複数のサーバーに分散させて、空いているサーバーに利用者を振り分けることも考えられますね。これなら、高価なハードウエアを特注する必要もなくなります。もっと積極的に通信の混雑を避ける方法として、利用者が接続している通信業者の広域ネットワーク(WAN)にサーバーを複数おいて、インターネットを経由しないでデータを送る方法も考えられています。この場合は、データを配信するサーバーから、各ネットワークのサーバーにデータを送りながら、さらに、子サーバーが利用者にデータを配信するという、二段構えになります。とはいえ、こうした方法で、テレビ並みの画像が配信できても、コストの面ではアンテナから不特定多数に同じ動画をばら撒くテレビ放送テレビに対抗できないように思います。すると、むしろ逆に、テレビ放送の真似をするのではなく、徹底的に多品種のビデオ映像を配信するとか、双方向通信に特化したコンテンツにするとか、ストリーミング放送特有の特徴を出さないと、テレビ放送と共存していけないように思えます。

ただ、通信の分散制御技術が進んで、そうした映像配信サービスが、放送業界のニッチ(隙間)市場として一般に浸透したとしても、再び、通信速度の限界が問題になる可能性があります。なぜなら、ブロードバンドの利用方法は、ビデオ配信だけではないからです。例えば、すでに有線ブロードネットワークスでは、ネット上にファイルを置けるオンラインストレージサービス[rbbtoday]というのをはじめています。仮に100MbpsのFTTHの実効速度が20Mbpsであっても、毎秒2.5Mバイト転送できます。これは、フロッピーディスクよりも速いバックアップメディアです。それに、1Gbpsのディスクスペースをネットワークに持てば、バックアップスペースとして使える以外にも、ほかの人と共有することで大きなファイルも、CD-Rを郵送するまでもなく簡単に送ることができるのです。こうしたサービスは、次々に複数のプロバイダから提供され、業務ばかりでなく家庭でも、ビデオ映像のファイルを配るときなどに使うようになるでしょう。しかし、一方で、こうしたサービスがストリーミング放送に影響を与えます。ファイル転送のデータとストリーミングのデータが同時に流れると、一時的にストリーミングデータが渋滞する可能性があるのです。ストリーミングは、絶えず受信しながら、ディスプレイに画像や音声を再生しますから、データが不足すると画面が止まるといった現象が起きます。つまり、本当にインターネットやWANでストリーミング放送を実用的に使うには、ストリーミングデータを他のデータより優先して転送する仕組みが必要になります。

実際、インターネット電話やストリーミング放送のデータに、ファイル転送など他のデータより優先度をつけて転送する技術が開発されています。この技術では、データを送信する単位(パケット)ごとに、その中身がリアルタイム性を要求するものかどうかラベル(荷札)をつけます。インターネットやWANでデータを中継するルータやスイッチは、それを調べながら、送り出す順番を入れ替え、ストリーミングデータが渋滞しないようにします。こうした、技術をサポートするネットワーク機器が普及すれば、もしかすると、インターネット経由のストリーミング放送も、ストレス無しに使うことができるようになるかもしれません。同時に、細いパイプでも画像の品質を落とさないような、データ圧縮の技術も進むでしょう。現状の、ストリーミング放送の画像を見ても、同じ転送速度なのにサイトによって品質に差があります。ちゃんと画像品質を最適化して圧縮すれば、現状の300kbps程度の速度でも、画面の大きさを我慢すれば十分に鑑賞に堪える放送を楽しむことができるのです。もちろん、配信サイトで接続可能数を超えることがなければ、ですが。

2002年2月の現段階で、お試しサービスに近いストリーミング放送も、来年の今ごろは実用的なネットワーク放送手段になっているかもしれません。あるいは、それは放送ではない、オンディマンド・ビデオライブラリのようなものかもしれません。それが何であれ、それまでは、回線やサーバーのようなインフラも十分とはいえない状況のまま、コンテンツを送る業界側も、どれくらいの需要があるのか様子を見る状態が続くでしょう。問題は、その間、先進的なブロードバンド利用者は、たびたび「サーバーセッションの数が制限値を超えました」といった表示を見なくてはいけないような状況が続くことです。多分、雑誌やテレビで紹介されるようなサイトは、すぐにサーバーセッションの数があふれるでしょう。ま、利用者としては、最初にリンクしたLycosやRBB/Todayのサイトでもチェックして、空いた穴場配信サイトを探すことですね。あるいは、利用者数を制限した有料放送を使ってみるとか。

しかし、そうした、テレビ放送を補完する手段として使うのとは逆に、テレビ放送とは全く違う、しかも、そんなに通信容量を気にしないジャンルでストリーミング放送が活用される可能性もあります。例えば、誰でも世界に情報発信できる手段として、個人ホームページが普及したのと同様に、誰でもできる放送局という個人配信サイトというものが普及する可能性もあります。すでに、個人が撮影したビデオを集めて番組にしてしまう時代ですから、草の根放送局というのも、その人のセンスによっては生きてくるかもしれません。自作の映画やアニメをインターネットで配信するとか。こっちのほうが、インターネット文化の進化としては、楽しいかもしれません。

2002.3.2
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