知らぬうちにパソコンが使われる

無料ソフトをダウンロードして使っていたら、ある日、「このパソコンの余剰能力を利用させていただけたら商品券を進呈(OK, Cancel)」などという窓が表示される。あなたは、OKとCancelのどっちをクリックするでしょうか。OKを押すと、もう二度とこの窓は表示されないかもしれません。Cancelを押すと、毎日のように表示される。多分、ほとんどの人は、理由も分からずにOKをクリックするでしょう。かくして、ある特定の会社が、数百万台のパソコンを「裏で」利用して、巨大なネットワークを構築してしまう。これは、SFではありません。数ヵ月後(2002年5月現在)には始まっている現実です。

今回問題となった無料ソフトの名前は、KaZaA[impress]というファイルダウンロードソフトです。本家のサイトはここ[kazaa]ですが、英語の利用規約をちゃんと理解できない人には、ダウンロードはお勧めしません。私は、使っていないから分かりませんが(こんな、わけのわからんもの使えないもん)、音楽データや画像データなどをネットワーク上から探し出してダウンロードするツールらしい。問題は、このソフトに広告ツールを提供している会社が、遠隔操作で計算やファイル転送をする巨大なネットワークを構築する機能も、組み込んでいたことが判明した[zdnet]ことです。しかも、これは、利用者へのアナウンスではなくて、米証券取引委員会(SEC)に提出した書類から判明したのです。おかげで、これが報道されるや、利用者から反発の嵐が巻き起こりました。なぜなら、パソコンを使っていると、勝手に、CPUの能力の一部をネットワークから利用される、つまり、よその企業が自分のパソコンを知らないうちに使っているということが現実に起きるからです。

そんな勝手なことをする会社はないだろうと思うかもしれませんし、この会社も、実際にネットワークが立ち上がるときには、利用者の了解を得るとは言っています[zdnet]。でも、同時に、この会社が、勝手にソフト利用者のパソコンを遠隔操作で使ったとしても違法ではないのです。なぜなら、ソフトのサービス条件(利用規約)には、「コンテンツの集約および分散コンピューティングでの使用を目的として,コンピュータおよび,またはインターネット接続,または帯域上の未使用時のコンピューティングパワーと記憶容量にアクセスし,これらを使用する権利を(Brilliantに)与えるものとする。ユーザーは,補償金請求権なしでこの使用を承認し,認めるものとする」と明記されている[zdnet]からです。一方で、この遠隔操作機能をはずす方法も公開[zdnet]されていますが、ソフトを改変する行為の方が規約違反になる可能性があります。この状況は、利用者にとっては最悪です。自分のパソコンを使ってもよいという合意がありながら、使わせないと抗議しているようなものですから。逆な言い方をすれば、この事件は、利用規約をちゃんと、隅から隅まで読んで、理解したうえで使っている利用者は皆無に近いと言うことを示しています。同時に、これは、ソフトを売る側にとっては、すごく勝率の高い賭けということです。今回も、マスコミのばれなければ、商品券を配らずに、数万の利用者のパソコンを合法的に無償で借用できたわけですから。

勝手にあなたのパソコンを使わせてもらうよ、と書いてあるソフトでも、中には使う人はいるでしょう。でも、私なら、上に書いてあるような項目の付いたソフトは、絶対に使いませんね。その負荷が、どれくらいか分からないもの。ストリーミング放送を見ていたら、いきなり放送が止まってしまう。ルーターやパソコンのスループットを調べても、問題が見つからない。でも、知らないパケットが走ってるし、タスクマネージャーは、聞いたこともないソフトがCPUを食っていると言っている。ここまで分かっても、その原因がダウンロードソフトとは誰も気が付かないでしょう。多分、OSの再インストールからやり直しになります。さらに言えば、この先、複数の会社が同じようなことを考える可能性もある。すると、利用者のパソコンで、似たような複数のソフトがCPUを使うようになり、ますます遅くなるという事態もありうる。でも、一番おそろしいのが、マイクロソフトがこれをやること。OSが利用者のパソコンの余剰能力を切り売りして、それがマイクロソフトの収入になる。ありそうなだけに怖いですな。

それにしても、いったいパソコンと言うものは、どれくらいCPUやメモリーの能力が余っているのでしょうね。私の経験では、Excelの重いマクロ処理や、数値計算ソフト、ゲームソフトなどは、かなりCPUやメモリーを使うかもしれませんね。でも、ワープロなどは、待ち時間が多そうです。電源を入れっぱなしのパソコンなんて、ほとんどの能力がスクリーンセーバーに使われているかもしれない。ということで、実は、今、エディタで文章を書きつつ、私のパソコンはアメリカの研究機関の計算を手伝っています。これは、地球外生物探索のプロジェクト[planetary](SETI@home: Search for Extraterrestrial Intelligence)で、アメリカの大学や大手企業がスポンサーになっているまじめで壮大な実験です。このプロジェクトがやっていることは、電波望遠鏡で取り込んだデータを分析して、宇宙からくる雑音の中から知的生命体からの通信を探し出すことです。これには、データから通信に特徴的な周波数の分布を見つけ出すことをするのですが、実際は、地球上で発信された信号の干渉[planetary]が多くて、簡単ではありません。また、空のすべてをカバーするのも、なかなか時間がかかるものです。この図で[berkeley]、紫の部分が電波望遠鏡でデータを取った部分です。

そんなわけで、このプロジェクトでは、世界中のパソコンユーザーにスクリーンセーバーを配って(このソフトは、常に裏で動かす設定も出来ます)、余ったパソコンの能力で計算してもらうという方法を考えました。これは、高価な高速計算機を買うよりも安上がりと言えます。とりあえず、計算してもらって、臭い部分を、より高性能な計算機で詳細にチェックすればよいわけですから。この方法も、前半で書いた、ダウンロードソフトにくっつけて配布された「いらぬおまけソフト」の方法も、ネットワークでデータを配信して、パソコンの空き時間を使って処理するという意味では、同じことをしています。しかし、大きな違いは、利用者が意図してそれをやっているかどうかです。KaZaAは、読み飛ばすかもしれない利用規約の一文を盾にして、利用者のパソコンを裏から遠隔操作しようとしている。SETIは、利用者が趣旨を理解してパソコンの機能の一部を提供する。しかも、SETIはサーバーがパソコンを遠隔操作することもないし、データをやり取りするとたびに、了解を得る窓を表示することもできます。

まぁ、ビジネスとボランティアを比較しても意味がないですが、ソフトウエアの利用規約については、売る側の良心だけで成り立つ契約ではないでしょうか。それを、暗黙の了解としてビジネスが流れている。それを悪用して、言ってみれば合法的にだますようなことをすると、ソフトウエアビジネスが崩壊する危険もありませんか。あるいは、逆に、ソフトウエアの利用規約をチェックして、危険情報を有料で流すような新手のビジネスも出てくるかも。なんでも、銭(ゼニ)になりゃいいのか、この世界は。(^_^;

2002.5.12
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