ブロードバンドが変えるもの(その1)

ブロードバンド接続利用者は、ここ2年ほどでADSLの普及によって爆発的に増加しましたが、今年(2004年)の秋になって次第にADSLからFTTHへ軸足を移し始めています[cnet.com]。特に、ヤフーBBが光接続を提供する[ascii24.com]ことで、高め安定だったFTTHにADSLの時と同様の価格破壊が起きるのではないかという期待も、この傾向を後押しするでしょう。価格自体は、電話回線を利用していたADSLと違って、光ファイバの敷設費用が入ってしまうFTTHでは、雪崩のような価格破壊は期待できませんが、現状50Mbps前後の実効速度は100Mbpsに向けて改善していくと思います。こうした変化を背景に、FTTHの普及を加速するのは、とぎれとぎれの1Mbps動画コンテンツを見せられてきたADSLユーザです。そして、そうした数十メガの接続速度をいつでも使える環境が普及することで、ネットワークはもっと日常生活に密着したものに変わっていくでしょう。

ブロードバンドの話題では、トリプルプレイというキーワードが使われます。これは、野球用語ではなくて、日常生活で必要な3つの通信、つまりデータ、音声、動画を一つの回線で実現するという意味のネットワーク用語です。これまで、多くの家庭では、データ通信と音声通信は電話回線、動画はテレビ放送という無線メディアで受けていました。あるいは、CATVの利用者は、データ通信と動画を同軸ケーブルで受け、音声は電話回線で通信していました。それを、一つの回線で提供できないかというのが、トリプルプレイの意味です。アメリカなどでは一番近い実現方法はCATVでしょうが、CATVが一般的でない日本では、FTTHがその役目を果たすのではないかと思います。もちろん、一部の恵まれたADSLユーザーは、FTTHを待たずにトリプルプレイを実現しているかもしれません。でも、全国民を電話局の1キロ以内に集めることは不可能ですから、ほとんどの人は、私と同様に最大24Mbpsのはずが、実際は2Mbpsの領域で暮らしているはずです。これでは、ADSLモデムがかわいそうではないか。そういう問題ではない?

トリプルプレイの話に戻ると、最近、ADSLとともにIP電話が普及してきました。IP電話はイーサネットの通信方式であるTCP/IPを使って音声をやり取りする機能ですが、Webや電子メールと違って通信が途切れないことが前提となります。例えば、回線の混雑でデータが止まったり速度が落ちると、丁度、電波の弱いときの携帯電話のように、音声が途切れ途切れになります。そんなわけで、これまで、IP電話は企業内のLANのように通信の量をコントロールできるネットワークで使われて来ました。FTTHはADSLと違って電気的な雑音の影響を受けないので、利用者数と最大通信速度をちゃんとプロバイダが計算すれば、比較的に安定して電話に使えます。また、通常の電話と違って、高価な交換機が不要であるし、黙っていてもケーブルを占有する今までの電話より、通信回線の利用効率が良いので、安く提供できるというメリットもあります。大手のプロバイダなどは、IP電話のサービスを基本料金なしで提供しています。さらに、同一のIP電話サービス網の中であれば、プロバイダが違っても通話料が無料になります(biglobeの例)。そんなわけで、今のところ緊急通話ができないとか、プロバイダによっては携帯電話につながらないなどの制限はありますが、この先、IP電話はFTTHによって実用的な固定電話になっていくでしょう。

電話のトレンドで面白いのは、携帯電話のIP電話化[nikkeibp.co.jp]です。これと、シームレス・ハンドオーバー[nikkeibp.co.jp]要登録という技術が融合すると、家の中で携帯電話がつながらないという、誰でも経験した問題がなくなります。つまり、携帯電話がIP電話の機能を内蔵して、家の中では自分の無線LANを通して通話し、外に出たら、そのまま自動的に外部の回線に切り替えて、途切れることなく通話できるようになる。現状の携帯電話はIPで通信していませんから、簡単にそうなるわけではありませんが、仮にそういうシームレスな通信経路の切り替えができるようになると、わざわざ家の外に出て通話する必要もなくなるということです。もっとも、こうなると固定のIP電話を置く意味もなくなったりするか。さらに、全てのLANアダプタに固定IPアドレスをつけることができるIPv6を利用すると、既に電子メール端末になりかけている携帯電話が、さらにPDAに近づくことになるでしょう。一方で、旧来の画像メディアであるFaxもしばらくは滅亡しないでしょうね。IP電話とFaxは、回線のよしあしで相性があるようですが、とりあえず使えます。そもそも、何も紙に印刷しなくてもPDFでやり取りして、画面で確認すればよいとIT慣れした人は思うかもしれませんが、パソコンの画面は画鋲で壁に貼っておけないので、意外とFaxという通信手段は長く生き残るように思います。

さて、トリプルプレーで一番重い動画の話ですが、FTTHが普及することで一番変わりうるサービスといえばテレビでしょうね。ブロードバンド業界で言う動画には、ビデオ・オン・ディマンド(VOD)の機能も要求されるので、当然ネットワークで動画を転送できるブロードバンドが必要になります。もちろん、CATVでもVODはできますが[impress.co.jp]、分岐点から加入者までの限られた伝送容量を複数の家庭で共有するCATVの仕組みだと、10Mbpsがよいところで、FTTHのように100Mbpsを一人に割り当てるのは技術的に難しそうです。FTTHであれば、通常のテレビの配信には4Mbps割り当てればよいので、実効速度50Mbpsで通信していたとしても、テレビ2台で放送チャンネルとビデオチャンネルを見ながら、他の部屋ではパソコンでWebを使うということが可能になります。つまり、トリプルプレイは、コンテンツとそれに見合った通信速度と機能が提供できるネットワークさえあれば、技術的にはすぐに実現可能ということです。これは、一つにはMPEGのような動画圧縮技術のおかげです。そして、通信速度は宿題としても、ネットワークの機能面ではIPv6[atmarkit.co.jp]のような新しい技術がトリプルプレイを 普及させるでしょう。

NTTは、Yahoo!BBのような他社のFTTH参入を迎え撃つために、FLET'S.Net[itmedia.co.jp]というトリプルプレイに向けたインフラを始めました。この機能を利用してぷららが開発したビデオ配信サービスが、4th Media[plala.tv]です。4th Mediaは、biglobeやnifty、hi-hoでも使えます。FLET'S.Netというのは、IPv6を使ったネットワークです。今までのTCP/IPはIP Version 4で動作していました。この規格ではパソコンに振られるIPアドレスは、192.168.0.0といった32ビットの数字でしたが、IPv6では128ビットに拡張されています。こうなると、IPアドレスにLANアダプタにベンダが振っているMACアドレス[ascii24.com](48ビット)まで入れてしまうことが可能になります。つまり、全てのLANアダプタに固定アドレスを割り当てることができるのです。こうなると、IPアドレスで相手を特定できるので、例えばVODの場合、サーバーはそれぞれの端末をIPアドレスで認識して、配信サービス管理ができるようになります。(逆に言えば、アドレスが個人情報ですね。)IP電話の場合も、IPアドレスだけでサーバーを通さずに、端末間で通信することも可能です。とはいえ、従来のIP Version 4との間で上位互換性がないので、IPv6が使えないパソコンとは、同じケーブルを使っていても仲介するサーバーを通さないと通信できません。

多分、将来のトリプルプレイを目指したネットワークは、携帯電話も含めてIPv6を利用することになるでしょう。問題は、コンテンツですね。どうも、放送とかビデオとかは著作権がからむので、FTTHの回線を通してテレビでやっているドラマやニュース番組を見たり、最新の映画を自由に見ることはできません。例えば、インターネットのアニメコンテンツや映画も、なぜか昔なつかしいタイトルが多いように見えます。もっとも、個人的には、北斗の拳や初代ガンダムをもう一度見たい気持ちもから、それでもいいけど。なるほど、そういう意味では、立ち上がり時期のトリプルプレイは、先進的おっさん世代が支えればよいのだ。

2004.11.13
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