仰キ願クハ佛祖三寶尊 大慈大悲ノ冥鑑ヲ垂レ当客殿ノ基礎長久ニシテ法威益々興隆シ 本宗僧俗一同異体同心一致和合シテ閻浮提内廣宣流布ノ願業ヲ成就ナサシメ給ハンコトヲ
平成十年三月二十五日
總本山弟六十七世嗣法 日顕 敬白
経過報告 大石寺主任理事 八木信榮御尊師
宗内の僧俗一同が等しく待ち望んでいた総本山の新客殿落慶の日を、本日茲にめでたく迎えることができ、只今、この客殿建立を発願あそばされた御法主日顕上人の御もとに一同随従し奉り、御報恩のそして歓喜の御題目を唱えて、落成慶讃御入仏の法要を修し奉った次第であります。皆様方の御借建立の篤い信心の志により供えられた尊い御供養が、このように立派に荘厳された堂宇となり、落成を見ることができました。まことにおめでとうございます。
顧みますと、3年前の平成7年1月、突如、阪神・淡路地方を襲ったあの大震災を契機に、総本山においても山内諸堂宇の耐震診断、すなわち地震に対してどの程度耐え得るのか、診断を行っていました。その中で、総本山の堂宇中、諸法要が執り行われるもっとも中枢の建物である大客殿に関しては、診断結果をよく分析し、総合的に判断をした時、安全性の上から「これは建て替えるべきである」との決断を下すに至りました。そして、同年八月の全国教師講習会の折、その経緯を説明し、従来の大客殿を解体することと、新たに建立する耐震性に優れ安心できる新客殿の概要を宗内に公表いたしました。
その後、いろいろなご意見をいただきましたが、当初の方針通り推進することとなり、設計・施工を、先に六壺新築を依頼した清水建設株式会社に再びお願いすることとし、早々に旧大客殿を解体、翌8年4月7日に起工式、さらに昨年の4月7日に上棟式を挙行し、着工以来満2カ年を経て、このたび建築関係各位の懸命なご努力により、予定通り見事に落成した次第であります。
以下、「建物の形態」と「耐震関係」と「建物の規模」の三点に分けてご説明をいたします。
はじめに「建物の形態」について申しますと、ご覧のように入母屋造りで、内装・外装の仕上げには日本伝統の和風社寺建築の手法を活かした木造建築となっています。ただし
内部の構造、骨組みは現代建築の最先端技術による軽くて粘りのある極めて耐震性に優れた鉄骨造りとなっています。屋根は銅板葺きで、形は途中から流れが変わる二段になった錣葺き(しころぶき)です。設計に当たっては、担当の方々が大変苦労されました。と申しますのも、この建物が余りにも大きいため、全体的な形を整え、まとめ上げるのが非常に難しいのだそうです。そういうことから、日本の伝統的木造建築に関する権威の早稲田大学教授・中川武先生にお願いし、総合監修者として加わっていただき、このように素晴らしい建物に仕上がりました。軽さやの中にも力強さが込もり、優しさの中にも格調の高さをうかがわせるという日本文化独特の洗練されたしなやかな美しさが表現されており、霊峰富士に映えて、まことに優美な姿を示しています。
この建物の形、特に屋根と軒回りのおさまりを決定するに際しては、大変慎重に事を進め、全長65メートルにも及ぶ軒回りの原寸模型を、この客殿建設地に実際に作って掲げ、検討が加えられました。破風回りも同じく一度原寸図を作って、実際の様子が確認されています。これらの詳細については、清水建設の設計担当の中心者として尽力くださった木内氏が、宗門機関紙の『大日蓮』に、昨年レポートを連載されましたのでご覧になった方も多いかと思います。また、この広い御宝前は18メートル(十間)ありますが、この須弥壇の高さ、天井の格子の大きさ、これらを決めるのにも、実際に広布坊の中に原寸大の模型を作り、御法主上人もお出ましになってご覧になり、検討されたのであります。このように、当客殿建立については、御法主上人御自ら建設現場に幾度となくお出になり、督励されてきたのであります。
この客殿の建築様式について考えてみますと、大聖人様が『御講聞書』や『諌暁八幡抄』にお示しのように、世界の中でこの日本国こそ『法華経』有縁の国であり、本因妙のご本仏・宗祖日蓮大聖人御出現の本国であり、そして、この日本国を根本妙国として、本門三大秘法が全世界に広宣流布してくのであります。そういうことから、その根本の正法を伝授する総本山の建物としては、やはり、このような日本古来の伝統的木造建築のたたずまいが大変相応しいと、このように思うものであります。また、この客殿の屋根の稜線が四方へ下がり、その先が伸びやかに広がっている様は、あたかも大聖人、日興上人以来の血脈法水を承継あそばす御法主上人が、毎朝、丑寅勤行を修し、一天広布を御祈念あそばすその御一念が、無限の広がりをもって、日本乃至世界に及んでいくことを象徴していると感じられるのであります。そしてさらに、あの広大な屋根の頂上高く、大棟に燦然と輝く輪宝、鶴丸、亀甲の御紋を拝する時、七百年間連綿と伝持されてきた輝かしい富士の清流を、今こそ我等僧俗の手により、正しく世間に光り輝いていかなくてはならない時である。破邪顕正の精神で大前進を開始しよう。そういう意気込みを湧き立たせてくれるのであります。まことに、客殿前の広場に立ち、この宏壮雄大かつ端麗優美な客殿の容姿に接する時、一人ひとり様々な感慨を懐かれるのではないかと思います。
第二に耐震性、耐久性についてご説明いたします。もともと今回の建て替えは、近年発生が予測される大地震に耐え得る、強く安全な客殿を、ということから始まっていますので、この点は特に研究され、抜群の強度を保つ建物になっています。先ず、総本山近辺の地層を研究し、人工地震波を作成して実験を行うなど検討を重ね、建築基準法で定められている二倍の地震力に耐え得る設計がなされています。そのため、地下13メートルを越すところにある非常に堅固な岩盤まで掘削して、巨大な鉄筋コンクリート製の基礎杭120本を打ち込み、建物を支えています。
以前の大客殿は、11500トンの超重量の鉄筋コンクリート製の屋根を、四隅の大柱だけで支える構造したが、新客殿の場合、屋根は軽量化を図り、銅板葺きですので五千平方メートルという広大な広さがあるにもかかわらず、約1000トンの重量におさえられています。これを仮に本瓦葺きにすると、三倍の約3000トンになるそうです。
また、建物の柱は、直径56センチの丸い鉄骨パイプの中に極めて高い強度をもつコンクリートを充填した特殊な新材料の鋼管コンクリート構造で、68本が使用されています。その鋼管を木材で包み、内側の柱は七十五センチ、また外側の柱は70センチの丸柱になっています。さらに、建物が長年月持つように耐久性にも十分配慮して、材料を吟味し、鉄骨の溶接、メッキなども工事監理がしっかりされていますし、将来、年月を経過して劣化した部分を交換し易いように予め加工したり、屋根裏に通路が設けられるなど、万全が期されています。
最後に第三点目、「建物の規模」の概要をご説明いたします。構造については、先程来お話しいたしたように、柱や梁は鉄骨造りで強度を保ち、仕上げはすべて木材を使用していますので、伝統的な温もりのある木造建築の堂宇になっています。
地上二階建てで、高さは36メートル、間口27間、奥行28間、約50メートル四方の広さで、建築面積は1167坪、3867平方メートル。延床面積は1629坪、5385五平方メートル。一階は東と西、それぞれ玄関ホールと下足並びに空調用の機械室。正面向かって右奥のところには、身体が不自由な方のためのエレベーターも備えられています。
この二階の客殿大広間は、立宗七百五十年に因み、750坪の広さがあり、どこからでも御本尊様を排せるように、中央になるべく広い空間を取るため、柱を外側に集めた苦心の設計となっています。畳数は、一段上がっている内陣が134畳、外陣が714畳、柱と柱に囲まれた回廊部分が228八畳、合計1076畳で、さらに内陣の鏡板部分の36畳を加えると、実に1112畳あり、最大5000名が入れます。また、堂内の天井までの高さは、内陣が11メートル、外陣は9メートルです。なお、この客殿内の柱なしの部分の広さは460坪で、木材建築様式の堂宇では他に例がないそうで、今まで一番広いと言われてきたのが180坪程度とのことです。また、このたびの客殿新築に合わせて、表向拝の正面に、本宗伝統の「不開門」も立派に新築されました。
なお最後に、このたびの客殿落慶記念をして参詣の皆様に総本山として、御法主上人御染筆の色紙と客殿の建物をデザインした銅メダル、さらに先程の行道散華の折に撒いた華ビラ五枚セット、以上の三点と慶祝のお弁当を差し上げることになっていますのでご披露いたします。
以上、縷々申し上げてきましたが、新客殿落慶の只今のこの時こそ、まさに大謗法の池田創価学会が凋落衰亡の一途を辿っていくのに代わり、真の広布へ向かって大きく前進を開始する時であり、先ず、明日からの十万総登山会を立派に成し遂げるよう、心を一つにして、お互いに精進してまいりたいとおもいます。以上、経過についてのご報告といたします。