任務者は3月8日夜に着山し、1日目の9日午前6時に起床、勤行、朝食の後、8時からの全体会に始まり、昼食を挿みながら部門別のディスカッションを重ね、総括して全体討議を行った。2日目は丑寅勤行に参加させていただき、明けて午前6時に起床。午前8時15分から全体研修の後、9時45分から行われた座談会並びに指導会には総講頭・柳沢委員長が出席し、井手連合会青年部長の挨拶、任務者の体験発表の後、約1時間にわたり激励した。その後解散式を行い、午後1時半、充実した研修会を終え、任務者は下山の途に着いた。
御書解説 『呵責謗法滅罪抄』
一、御述作の由来
本抄は、文永10(1273)年、大聖人様が52歳の時、佐渡一谷(いちのさわ)においてお認(したた)めになられた御書で、対告衆は古来、四条金吾殿とされています。御真蹟は現存しません。本抄御述作の前年に当たる文永9(1272)年2月に、人本尊開顕の『開目抄』が著され、また本抄と同じ文永10年には、4月に法本尊開顕の『観心本尊抄』が著されています。
『開目抄』は金吾殿に託された書ですが、本抄の冒頭には、「御文(ふみ)委(くわ)しく承り候」とあることから、金吾殿が『開目抄』などの重要な御法門について、大聖人様にお尋ねしたことに対する御返事と考えられます。
御法主日顕上人猊下は、本抄と『開目抄』及び『観心本尊抄』との関係について、「『開目抄』の、法華経の行者としての凡夫の上からのお振る舞いと、それから上行菩薩の出現、そしてその妙法蓮華経の御所持の御姿、弘通の姿というものは、この『呵責謗法滅罪抄』にずっとお示しになっております」(大白法525号)と述べられ、さらに『開目抄』『観心本尊抄』御述作の後に認められた本抄には、大聖人様御自身の深い妙法弘通の御境界の上から、両御書の意義をお示しになられているとされています。
また、本抄のもう一つの重要な意義として、「正嘉元年太歳丁巳八月二十三日戌亥(いぬい)の刻の大地震」等の本抄中にお述べの天変地災について、「一つは邪宗の興起による謗法の現証として、さらに二つには釈尊の脱益の法華経から末法における地涌の出現によるところの久遠元初の法華経に移り変わるところの瑞相として、はっきりこれが存するということです。(乃至)正法を受持する者、謗法に走る者、それらのいろいろな意味での報い等も含めて、その大きな内容を籠められておるのが、この『呵責謗法滅罪抄』であります」(同)と、御述作の由来を御指南されています。
また本抄には、「抑(そもそも)悲母の孝養の事、仰せ遣(つか)はされ候」とあり、四条金吾殿が亡母の追善供養を願い出たことに対して、法華経の信仰に励むことが第一の孝養であると勧(すす)められています。題号の『呵責謗法滅罪抄』は「謗法を呵責し罪を滅する抄」との意味で、後の人が本抄の内容を拝してこのように名付けたものです。
二、本抄の大意
本抄を認められるに当たり、はじめに、「法華経の御ゆへに已前に伊豆国に流され候ひしも、かう申せば謙(へ)らぬ口と人はおぼすべけれども、心ばかりは悦び入って候ひき」と仰せられ、法華経の故に流人になることは喜ばしいことであると御心境を明かされます。
次に、「五逆と謗法とを病に対すれば、五逆は霍乱(かくらん)の如く(乃至)謗法は白癩病の如し」と、謗法の罪は五逆罪よりも重いことを挙げられた後、その謗法呵責により起こった大難について、「かゝる事出来せば無量劫の重罪一生の内に消え(乃至)かゝる身となれば所願も満足なるべし」と、大難を受けることにより、過去遠々劫からの無量の謗法罪障が消滅することをお示しになられています。
また、大聖人様が苛烈な大難を受け、佐渡へ配流(はいる)となられた後も、少しも怯(ひる)むことなく、ひたすら正法を受持し、信行に励まれる四条金吾殿夫妻をはじめ、弟子檀那の強盛な信心をお誉めになられ、強く励まされています。
そして次に、「寿量品にして本果本因の蓮華の二字を説き顕はし」と、妙法五字が『寿量品』において初めて説き顕されたこと。次いで、虚空会(こくうえ)における諸仏・諸菩薩来集の様相を述べられ、わけても威儀堂々たる本化地涌の菩薩へ、末法弘通の法体たる妙法五字を付嘱(ふぞく)された儀式の格別に荘厳なる様を示され、もって末法は地涌の大菩薩の出現により、妙法五字の大法が流布する時であることを御教示されます。
そして、正嘉の大地震等は、一国謗法に対する諸天の怒りの現証であると共に、末法に妙法が流布する大吉瑞であると仰せられます。さらに、「日蓮は法華経並びに章安の釈の如くならば、日本国の一切衆生の慈悲の父母なり」と、御自身こそが末法に妙法を弘通され、一切衆生を救済あそばされる地涌の菩薩、即、内証久遠元初の御本仏にましまされることを明かされます。
さらにまた、四条金吾殿をはじめとする信徒の真心の御供養により、謗法者充満の佐渡の地において今日まで命をたもつことができたと述べられ、今、金吾殿が主君の寵愛を受けることは慈父慈母の加護によるものと、孝養は自らの功徳となることを教えられます。
また、兄弟・姉妹を大切にすべきことを述べられるなど、金吾殿の身辺を案じられる御慈悲溢(あふ)れる御言葉を綴(つづ)られ、最後に、「各々をば法華経・十羅刹(らせつ)助け給へと、湿れる木より火を出だし、乾ける土より水を儲(もう)けんが如く強盛に申すなり」と、信徒方の安穏と信行の増進を力強く激励あそばされ、本抄を結ばれています。
三、拝読のポイント
<謗法呵責は罪障を消滅する>
一つは、謗法を呵責して難に遭うことは、過去の罪障を消滅するということです。竜の口から佐渡配流へと続く大聖人様の受けられた大難は、世間の人々の傍観者的な眼には、不幸のどん底と映(うつ)るかも知れません。ところがその大難中の御著作たる『開目抄』に、「日蓮は日本国の諸人に主師父母なり」(御書577ページ)
と示された大境界は、まさに法華経の行者の不自惜身命の御修行により、凡夫日蓮の御内証を末法一切衆生救済の本仏と開かれた明証です。この大聖人の御振る舞いこそ、末法の一切衆生の罪障消滅と成仏の方途が、謗法呵責にあることを示されているのです。
また大聖人様は本抄において、目先のことに心を奪われ、人生の大事な目的を見失い、一生を空(むな)しく過ごす凡夫の私たちに、「度々かゝる事出来せば無量劫の重罪一生の内に消えなんと謀(くわだ)てたる大術少しも違ふ事なく、かゝる身となれば所願も満足なるべし」と、大難を忍ぶ法華経の行者の御振る舞いこそが、一生成仏の道であると大慈悲の御教示をくださっています。
私たちは、「難来たるを以て安楽と意得べきなり」(御書1763ページ)「魔競はずば正法と知るべからず」(同986ページ)等の諸々の御金言を拝し、どのような大きな難が競い起ころうとも、正直に大聖人様の仰せを守り、信仰に邁進することが大切です。
<天変地災の甚深の意義>
2つには、国土に起こる天変地災と仏法とが深い関係にあることを知ることです。本抄において大聖人様は、大地震等の現証の意味するところが、謗法の厳罰であると共に、大法流布の瑞相(ずいそう)でもあるとされています。さらにまた、日本国の一切衆生の父母である大聖人様に迫害を加えることにより、国土が乱れることを仰せられています。今日の世の状況と比べてまことに符合する点が多いと言わねばなりません。
私たちは、本抄を拝して、現代社会の災難と混迷は、創価学会をはじめとする謗法が一国に充満することに対する、諸天の怒りの現証であると正しく認識すべきです。そしてそれと共に、宗旨建立750年、「法礎建立の年」の本年から、僧俗一致の真の広宣流布の闘いが本格的に展開され、全世界へ正法が流布する瑞相であると、大勇猛心を奮い起こそうではありませんか。
四、結び
宗門は、御法主日顕上人猊下の御指南のもと、仏勅(ぶっちょく)たる法華講三十万総登山の完遂と奉安堂落慶に向け、僧俗一致大前進しています。その宗旨建立750年の大佳節も、3月28日に「開宣大法要」が奉修され、ついに開幕となりました。いよいよ今月からは、「特別大法要」と、引き続く10月7日までの60日60回に及ぶ「法華講30万総登山大法要」が始まります。
私たちは、末法一切衆生救済の礎(いしずえ)を築くところの重大事に当たり、本抄の「湿れる木より火」を出し、「乾ける土より水」を出すところの大確信をもって御本尊に唱題し、祈り切っていくことが大切です。その強盛な祈りをもって折伏・育成に精進し、大歓喜をもって法華講30万総登山を必ずや達成し、もって広大な仏恩に報謝奉りましょう。
※この原稿は修徳院支部の川人さんの御協力で転載いたしました。