大白法

平成15年6月1日号


主な記事

<1〜4面>

<5〜8面>


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宗旨建立750年慶祝記念局が閉局

Abstract; On May 15, the 9th meeting of 750th Anniversary Committee was held for the last time. The members consisted of the priests and believers adopted the report of the commemoration settlement, including the domestic and overseas ceremonies, the service of the Head Temple, the Hoando construction, and publications in Japanese and in English. Finally, the president of the committee, the 67th high priest Nikken-shonin, declared the dissolve of the committee finished all of the functions successfully.

5月15日、宗務院大会議室において、第9回宗旨建立750年慶祝記念局委員会が開催された。

この委員会には、慶祝記念局総裁・御法主日顕上人猊下御臨席のもと、委員長の総監・藤本日潤御尊能化、副委員長の重役・吉田日勇御尊能化、常任委員である教学部長・大村日統御尊能化、庶務部長・早瀬日如御尊能化、大石寺主任理事・八木日照御尊能化、海外部長・尾林日至御尊能化はじめ宗務院各部の部長・副部長、大石寺理事、さらに委員の秋山日浄・光久日康・菅野日龍の各御尊能化、宗会議長・土居崎慈成御尊師をはじめとする御尊師方が御出席された。また、法華講総講頭・柳沢委員長、大講頭・石毛副委員長、井出潔総本山総代をはじめとする信徒側委員も出席した。

着山した委員は、午後1時より、御法主上人猊下に御目通りを賜った。委員会は1時20分より開会され、はじめに総裁・御法主上人猊下より甚深の御言葉を賜ったあと、藤本委員長より挨拶があった。このあと議案の審議に移り、『第1号案 平成14年度宗旨建立750年慶祝記念局事業報告書』について、藤本委員長より業務全般の経過概要について報告されたあと、慶祝記念大法要奉修委員会、慶祝記念法華講30万総登山推進委員会、総本山奉安堂建設委員会、記念出版委員会、総本山総合整備実行委員会の各実行委員会の事業の経過・達成状況について、それぞれの主任委員より報告がなされた。

次に、『第2号案 平成14年度宗旨建立750年慶祝記念局決算報告書』『第3号案 宗旨建立750年慶祝記念局総収支計算書』について、記念局常任委員の長倉教明財務部長から説明があった。続いて質疑の時間が設けられたあと、第1号案より第3号案についで一括して採決となり、その結果、全会一致の賛成をもって原案どおり承認・可決された。

小憩ののち、『第4号案 宗旨建立750年慶祝記念局を閉局し、残余財産を処分する件』について藤本委員長より説明があり、採決の結果、全委員の賛成をもって原案どおり承認・可決された。

最後に、柳沢法華講総講頭と藤本委員長が閉局に当たっての挨拶をしたのち、御法主上人猊下より再度、御言葉が述べられ、3時半前、委員会はとどこおりなく終了した。これにより、平成10年12月3日に発足し、4年余にわたって宗旨建立750年の慶祝記念事業を遂行してきた慶祝記念局は、同日をもって閉局された。




平成15年度法華講夏期講習会始まる
猊下様より『立正安国論』の御講義

客殿での講習

Abstract; On May 21 and 22, the 1st domestic Hokkeko Summer Lecture Tozan started. This tozan has been scheduled at ten weekends, overnight-stay of Saturdays and Sundays. In this year, three lectures are given by the priests on Saturday about a Go-sho for Nanjyo Tokimitsu (40 min.), the life story of Nanjyo Tokimitsu (40 min.), and the importance of shakubuku (40 min.). On Sunday, "Rissho-Ankoku-Ron" is lectured by the High Priest (90 min.). "The 1st" means the new start for the 750 anniversary of "Rissho-Ankoku-Ron" in 2009. Around 5,000 believers will attend per weekend.

塔中

<平成21年へ新たなスタートを自覚>

待望の第1回法華講夏期講習会が、第1期(5月17日・18日)、第2期(5月24日・25日)と、順調に行われている。第1回と銘打たれたこの法華講夏期講習会は、平成21年・『立正安国論』正義顕揚750年に向けて、本当に今年が新たなスタートなのだということを、参加者はその信心において深く受け取ったことと思う。

講習会の1時限目は、「御書要文『南条殿御返事』」、2時限目は「南条時光伝」と総本山の大檀那・南条時光殿の信心について、大聖人様への絶対の信心とお仕えする姿勢、御供養の精神、その現証としての法統相続の成就、晩年の即身成仏・令法久住の姿等、信仰即生活の視点から光をあてて教えていただいている。

ここで我々は、南条時光殿が信徒の鑑として、第1回講習会で取り上げられていることを深く考えなければならない。講義を通じて、「法華講衆はかくあるべし」と、自らの信心の姿勢を省みて、改めることが大切である。我が家におわします御本尊様を生活の中心に置き、その御本尊様に毎日常随給仕し、御報恩御講には家族で寺院に参詣することはもとより、教えられたごとくに、正法弘通の折伏の生活をしていくことを、この講習会を機に確認し合っていこう。

御開扉へ

<信心第一の生活と御報恩の折伏を>

3時限目の「折伏活動の実践」では、法華講の名称の由来から、地涌の菩薩の使命、信心第一の生活と破邪顕正の大事等について教わる。

そして、2日目には御法主日顕上人猊下より『立正安国論』について甚深の御講義を戴く。夏期講習会で習う内容も、寺院での勉強会や日頃の御指導の中で手を取って教えてくださることも、折伏を行じて正法弘通の生涯を全うさせてくださらんがためである。

本年3月に行われた講頭・副講頭指導会の砌、御法主日顕上人猊下より賜った、「我々は宗教の正邪の上から本当に衆生を導いていかなければならないのであり、そこに日蓮正宗の今日からの前進がある」との大慈大悲の御言葉を、御報恩の念をもってその通り実践することが大切である。夏期講習会は第10期(7月26日・27日)まで、あと約2カ月間、土・日曜日を中心に開催される。漏れなく参加できるよう、推進していこう。

※写真は妙教130号のものです。




体験発表 『御本尊様を信じ素直に実践』
宣法寺支部・伊藤聡彦


皆さん、こんにちは。折伏を通じて今まで学んできたことを発表させていただきます。

私が日蓮正宗に入信したのは去年の3月30日です。高校時代の先輩である原田さんに何度も折伏を受け、2年近くかかって入信できました。入信当初は、朝夕の勤行とお寺への参詣など、今まで体験したことのないことだったので、戸惑いがありました。しかし、不思議なもので、御本尊様に御題目を唱えることで、そういった不安は吹き飛んでしまい、逆に、折伏に対する気持ちが自然と芽生えてきました。

入信するときは、宗教に対する抵抗がまだまだ自分の中にあって、ましてや他人になど話せたものではないと思っていましたので、自分自身の気持ちの変化には正直に言って驚きました。

入信してから2週間後に、私は初めて下種をしました。相手は小中学校時代の友人の白鳥君という人です。当時の私は、21日間の勤行指導を受けている真っ最中で、一人で勤行ができない段階でした。それでも私は持っている力を最大限活用してがんばりました。

「末法の衆生は南無妙法蓮華経を唱えていかなくてはいけないんだ」と言ってはみたものの、私の話は辻つまが合わず、白鳥君は困惑してしまい、私もだんだん自分の言っていることが判らなくなってしまいました。しまいには白鳥君はおびえ出してしまいました。幸い、途中から私を折伏してくれた原田さんが加わってくれて、その場はなんとか取りまとめられましたが、それ以来白鳥君との連絡は一切途絶えてしまいました。

そこから今に到るまで数々の折伏を行じてきましたが、自分の折伏のスタイルもだんだん変わってきました。最初のうちは、とにかくうまく話せるようになりたいと思っていました。そこで、いろいろな方々にご協力いただいて友達を折伏していき、その機会に他の方の折伏を見ていました。すると、話に筋があり、非常に判り易いのです。さすがだな、と思って真似をしてみるのですが、ぜんぜん伝わりません。「なんで俺の言うことは誰にも判らないんだよ」とふてくされていた時期もありました。


私は何としても30万総登山に誰かを連れていきたいと思っていましたので、いろいろな人を折伏しました。ところが、お寺にお連れすることすらできないのです。5月、6月と月日は流れましたが、私の折伏は一向に進展しません。唱題が足りないからか、それとも私の説明が悪いからか、いろいろ考えましたが、私の結論は思わぬ方向に達してしまいました。

「人間誰しもが悩みを持っている。そこをうまくつけないか。それができれば相手は必ず信心をする」と、要するに相手の弱味につけ込んでやろうと考えたわけです。当時、男子部の折伏が停滞していたという状況も私の気持ちに拍車をかけました。

とにかく悪い流れを断ち切るため、がつがつ折伏する、連絡は取れるまでする、といったことをしていましたので、青年部の方々にはがんばっているように見えたかも知れません。しかし、私の頭の中は折伏成就の結果ばかりで、相手の気持ちなど微塵も考えてはいませんでした。縁を探すにしても、獲物を狙うような目で周囲を物色していたように思えます。恐ろしいですね。今思うと、あの時の私は完全に歪んでいたような気がします。


8月になり、まとまって時間が取れるようになったので、3週間ほど集中して唱題しました。それは、30万総登山に自分の縁の方を連れて行きたいという思いと、マンネリ化している自分の折伏状況を打破したかったからです。結果はすぐに出ました。始めてから3日とたたないうちに、自分の悪い部分に気づくことができました。

それまではとにかく結果主義でした。それが、唱題によって徐々に改善されてきました。相手がなぜ自分を避けようとするのか、なぜ怒るのか、折伏においてはそこが一番重要であることが判りました。私自身も話を聞いてから入信するまでに2年近くかかりましたので、相手の気持ちは痛いほど判ります。こういう時代ですから、宗教と聞いただけで逃げてしまう人がいても、おかしくはありません。その部分の配慮が、私には足りませんでした。

それに今までは、うまく説明することのみにこだわっていましたが、変わりました。折伏がうまくいかないのは、自分の業であり、相手の業でもあります。ただ、いい意味で相手の気持ちを見抜いていくことは重要なことです。人それぞれに合った折伏を展開し、自分に対して心を開いてもらえるようにがんばる、これが折伏の醍醐味なのではないのかと思うようになりました。

私は夏以降、そういった折伏を心がけました。折伏は言葉の中に自分の気持ちを込めて相手に伝えればいいと、そういった折伏を行じたところ、結果も変わってきました。私が自分をさらけ出して話をすることによって、相手も自分に対して心を開いてくれるようになったのです。

そして、私の縁でお寺に来る人も続々と出てきました。それまではさっぱりだったのに、9月に入って2人、3人とお寺に来るようになり、御住職・高野千道御尊師より折伏していただき結果的に、10月27日に、以前のアルバイト先の先輩である坂田さんの折伏が成就しました。

残念ながら30万総登山には間に合いませんでしたが、坂田さんを救い切れたこと、自分を改善できたことは、とてもいい経験になりました。その後、坂田さんは11月に添書登山ができ、今は一生懸命に信行に励んでいます。日々成長される坂田さんの姿を見て、今まで折伏をがんばってきた甲斐があったと感じます。


振り返って見ると、いろいろな方々に支えられながら、今までやってきました。折伏を通じて学んだことは数多くあります。それもこれも御本尊様の功徳です。最初は疑っていましたが、改めて仏様の存在を実感させられました。

仏様は確かに存在します。しかし仏様は心の清らかな者にしか力を貸してくださることはありません。現に、私も歪んだ気持ちで折伏をしていたときは、仏様が力を貸してくださることはありませんでした。そのことを実感できた昨年の宗旨建立750年は、私にとって、とても密度の濃い年でした。

そして今年、『立正安国論』正義顕揚750年に向けての1年目が始まりました。宣法寺にも新来者が数多くみえ、私も何度か折伏に立ち会わせていただいています。最近、私の信行が少したるんできているので、いい刺激となっています。この体験発表を機に、さらに気持ちを新たに折伏に励んでいきたいです。





体験発表 『御題目を唱えて自分に克つ』
法楽寺支部・片岡成紹


皆さん、こんにちは。本日は私の入信にいたるまでのこと、母親との信仰、折伏、その中で感じたことを発表させていただきます。

私は平成14年4月に青年部の藤田君から折伏され、入信しました。私と藤田君は、高校時代の同級生という間柄です。同じバスケットボール部だったことから仲がよく、いつも一緒に遊んでいました。はじめのうちは、健全な高校生活を送っていましたが、2年に進級する頃、私には他の友達がたくさんできました。いろいろな遊びを覚え、とにかく楽しければいいと、次第に善悪の区別もつかなくなっていきました。授業を平気でさぼり、毎日遊びに没頭して、気づいたときには、周りは同じような友達ばかりで、お互いの悪い部分に影響され、エスカレートして他人様に迷惑をかけることばかりするようになっていきました。

私は、親の一念で高校は卒業できましたが、卒業してからも変わることなく自分の思うままに人生を歩み始めました。やりたいことが見つからずに定職に就かず、アルバイトをしながら生まれ育った愛媛県新居浜市で暮らしていました。しばらくして、町での遊びがマンネリ化して満足できなくなり、都会への憧れもあって19歳のとき、すべてを放り出して、親にも何も告げず家を飛び出して大阪に行きました。

思い返してみると、私は意志が弱く、他人に対して素直に本音を打ち明けたり、真剣に話し合ったりすることができませんでした。そして、それが寂しさとなっていました。悪いことをしてはいけないと判っていながら周りに流されていき、自分のことばかりで他人の気持ちを考えず、私のことを真剣に考えてくれていた人たちがいたにもかかわらず、気づいたときには自分にとって大事な人をも傷つけてしまっていました。その結果、周りには私のことを真剣に考えてくれる人など一人もいなくなっていました。

それから3年間、大阪での生活が続きました。浅はかな考えで手探りで走り続けた結果、いろいろな問題に巻き込まれ悩み苦しむようになりました。自分独りのちからでは解決できないどうしようもない状況のとき、虫の知らせか、母が一本の電話をくれました。それがきっかけで大阪のすべてを捨てて新居浜に帰ることができました。以前のように親元で暮らし、仕事にもまじめに行くようになり、落ち着いた生活が始まりました。

時がたつにつれて、後悔の念が私を襲ってくるようになりました。本当に心配してくれた人たちの心を踏みにじってきたこと、それによって失ったもの、もっと早く気づいていればと悔やんでも悔やみきれず、自分の殻に閉じこもってやけくそになり、堕ちるところまで堕ち、生きる希望さえ失いかけていました。


そんな時に、この信仰に出会ったのです。素直になれた私は、本当に自分の求めていたものに気づくことができました。自分が求めていたものはこれだと確信しました。それからの私は、自分のしてきたことから逃げずに、過去を深く反省し、弱い自分と闘いながら一歩ずつですが前へ向かって生きています。

まず初めに折伏したのが、一番苦労をかけた母親でした。今まで失ってきた時間、家族との触れ合い、当たり前のような中に本当の幸せがあることを、この信仰を持って感じることができました。そういう当たり前の時間を取り戻したいと願い、この信仰をもってすべてを一からやり直したいという気持ちを母に伝えました。母は、まるでその言葉を待っていたかのように一緒にやっていこうと言ってくれました。

ずっと隠していた気持ちも表に出すことができました。家族みんなの前で、心配をかけたこと、みんなの心に傷を付けたことを詫び、土下座しました。そして母親の御授戒に向けて、真剣に題目を重ねました。御題目を唱えていく中で感じたことは、「母に巡り合い、母のもとに産まれてこられて本当によかった」と心から思えたことです。そして、母の御授戒を迎え、私にとって最高の折伏が成就しました。


今までのことは詫びて許されるものではないにもかかわらず、一緒にやっていこうと言ってくれた母を思うと、私が母を入信に導いたのではなく、むしろ母が私をこの信仰に導いてくれたように感じてなりません。

私は、入信してから今まで、止められないくらいたくさんの涙を流してきました。その間、青年部のみんなに支えられて乗り越えてきました。みんな自分のことのように叱り、励ましてくれました。その中で感じたことは「異体同心」でした。「心から信じ合い、助け合い、励まし合える仲間。また、至らないところがあったときに、お互いに叱り合える仲間、一生涯崩れることのない絆」。本当にこの信仰で大事なことだと思いました。私が心から求めていたものでした。人は死ぬときは一人だけど、一人じゃ絶対に生きていけません。支え合っていかなければならないからこそ、この信仰は何があっても手放してはいけないと思いました。

私は共に信心していく仲間を得たことが、最高の喜び、幸せ、これが功徳だと実感しました。そして、この感動を一人でも多くの人に伝え、この信仰の尊さを一人でも多くの人に理解してもらいたいと、周りの人すべてに話していきました。

入信して間もない私には教学も経験もなく、なかなか理解してもらうことができませんでした。ただ真剣に、入信して得た体験を武器として折伏していきました。しかし、へこたれるときや、あきらめそうになることの連続でした。そんなとき、支えになったのが異体同心の青年部の仲間でした。仲間の励ましがあり、がんばることができました。そういう積み重ねが確信へとつながっていきました。笑われようが、相手にされまいが、ありのままの自分を受け入れて、背伸びせず、取り繕わずに進んでいくことが、自分にとっての信仰の在り方だと思い、がんばっていきました。

そんなとき、一人の女性と出会いました。彼女ははじめ、宗教に対して偏見を持っていましたが、何とかこの信仰に導きたいと思い、私の体験や日蓮正宗の教えの尊さ、邪宗教の恐ろしさを、ありのまま話していきました。彼女も、家族の幸せ、自分自身の幸せを真剣に悩んでいたのでしょう。私の話を疑うことなく、素直に耳を傾けてくれました。藤田君も応援に駆けつけてくれて共に励まし合い、彼女は晴れて御授戒をいただき入信できました。

私はこれほどまでに他人の幸せが自分の幸せと感じることが今までありませんでした。こつこつと努力していれば必ず報われるんだと、この時、実感しました。折伏していくことによって、この信仰の功徳を味わえたように思います。


私は、自分自身に負けて逃げ続け、ずっと口先だけで言い訳を繰り返してきた結果、後悔ばかりが残り、生きる希望さえ失いかけていました。けれどこの信仰に出会い、仲間に恵まれたことを心から感謝しています。

その感謝の思いをすべて信心に傾け、10年後、20年後に立派な人間になれるよう、入信したときの気持ちを忘れずに、こつこつと努力を重ねて歯をくいしばって努力しなければいけないと思っています。この信仰を曇りなく持っていくことが、どれだけたいへんかということを実感しています。果たしてどれだけの人が、自分に言い訳のない信心ができているのでしょうか。正直に言って私は、まだまだ自分自身に負けっぱなしで、毎日が自分との闘いです。この信仰の場が心の底からの喜びの場でなければならない、折伏は楽しいと判っていても、日々仕事に追われて言い訳が出てきたり、活動にがんばれる環境をいただいていることに感謝していても、苦痛やストレスに感じることもあります。一時の熱で言葉にするのは簡単です。本当にこれからが私の正念場です。

どんな困難にも一つひとつ打ち克って、ご本尊様にお誓いしたことは何が何でもやり通し、青年部のみんなと力を合わせ、しっかりとした信頼関係のもと、6年後の『立正安国論』正義顕揚750年へ向けて努力、精進をお誓いします。


※この原稿は村山京子のご協力で掲載いたしました。



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