<6〜8面>
この法要には、御隠尊日顕上人猊下が御出仕あそばされ、さらには八木日照総監、藤本日潤重役、高野日海・秋山日浄・大村日統・光久日康・菅野日龍・尾林日至の各御尊能化、細井珪道宗会議長、佐藤慈暢大石寺主任理事・小川只道・関快道の各大石寺執事、宗務院各部の部長・副部長をはじめ御僧侶方220余名が御出席された。
また、法華講総講頭の柳沢委員長、石毛副委員長・永井藤蔵・渡辺定元(兼大石寺総代)・石渡秀男・河原昭太郎・大草一男の各大講頭、井出光彦・土橋昌訓の各大石寺総代、寺族をはじめ、法華講連合会役員、地方部長を含む国内信徒4千250余名が参列。なお、この法要には、地元の富士宮市長をはじめ、国内はもとよりブラジル・アメリカからも大石寺並びに日蓮正宗に有縁の来賓が参列した。
午後一時半より、御影堂において御代替奉告法要が厳粛に奉修された。大勢の御僧侶方をお供に随えた御法主日如上人猊下の行列は午後1時17分に大書院正面玄関を出発され、御影堂前の参道両脇に信徒がお待ちする中、錫杖の音を響かせ、粛然と進まれた。
御影堂内に、御隠尊日顕上人猊下をはじめ、御僧侶方、寺族、代表信徒等が唱題してお待ち申し上げる中、入堂あそばされた御法主上人猊下は、懇(ねんご)ろなる献膳の後、御隠尊上人猊下に一礼され御着座された。御法主上人猊下の大導師により方便品・寿量品長行を読経。「而説偈言」で馨(けい)が一打され、御法主上人猊下は御前机の前まで進まれ敬白文を奉読あそばされた。その後、再び座にもどられて自我偈・唱題と如法に修された。
この後、式の部に移り、御法主上人猊下は御宝前に移動され、南面して椅子にお座りになられた。はじめに宗務院を代表して八木総監より挨拶が述べられた。次いで細井宗会議長、光久支院長、柳沢総講頭、渡辺大石寺総代が順に祝辞を述べた。最後に御法主上人猊下より御言葉があり、題目三唱をもって御代替奉告法要は終了した。
午後4時前からは、大講堂において御代替祝賀会が開催された。奉告法要に参列した僧俗がお待ちする中、御法主上人猊下・御隠尊上人猊下が御入場あそばされると直ちに開会の辞が述べられ、はじめに藤本重役より祝辞が述べられ、次いで来賓の富士宮市長・小室直義氏より祝辞があった。
ここで御法主上人猊下より御言葉があり、八木総監の発声で乾杯を行った。このあと和やかな歓談のひとときが持たれ、午後4時40分、祝賀会はお開きとなり、御法主上人猊下・御隠尊上人猊下が御退場あそばされた。
午後5時50分、御影堂前の参道に篝火(かがりび)が点火され、杉木立の影が刻一刻と深まる夕闇に溶け込んでいく山内に、雲板や喚鐘が響きわたる。御影堂前の参道に多くの信徒が並び合掌してお待ち申し上げる中、御法主上人猊下の行列が錫杖の音と共に御影堂に向けて歩みを進められた。
また、御影堂内では出仕太鼓の合図と共に唱題が始まり、行列の到着をお待ち申し上げた。裏向拝(うらごはい)から入堂あそばされた御法主上人猊下は御宝前で三礼の後、登高座された。読経・唱題の後、初転法輪において御法主上人猊下は、『立正安国論』を拝読され、約40分にわたり甚深の御説法をあそばされた。御説法を終えられた御法主上人猊下は、参列者の唱題の中を御退出あそばされ、行列を組んで再び塔中参道を通ってお帰りになられた。
続いて御影堂内では檀信徒の入れ替えがなされ、午後8時過ぎより慶祝講演会となった。はじめに教学部長・水島公正御尊師より「地涌倍増を目指して」と題して、続いて富士学林長・大村御尊能化より「自行化他の信心と法統相続の大事」と題して、御講演が行われた。
法要2日目の7日、午前2時半より客殿において執り行われた勤行衆会(丑寅勤行)に参加させていただいた。
明けて午前7時からは御影堂において御開山御講が奉修された。
午前9時からは、客殿で御霊宝虫払の儀が奉修された。このたびの御霊宝虫払並びに御真翰(しんかん)巻返しは例年と異なり、法をお嗣ぎあそばされた第68世御法主日如上人猊下に対し、法をお譲りあそばされた御隠尊日顕上人猊下が、総本山のすべての御霊宝・重宝を御自らお改めの上お渡しになる、たいへん重要な意義を持つ儀式である。
法要開始に先立ち、御法主上人猊下・御隠尊上人猊下が御宝蔵にお出ましになると、総本山に厳護されてきた宗祖日蓮大聖人、第二祖日興上人、第三祖日目上人以来、御歴代上人の御霊宝・重宝の数々が納められている輪宝・鶴丸・亀甲の御紋が入った長持が、御法主上人猊下及び総代の先導で、御宝蔵から客殿に運び入れられた。参列者の唱題の中、大石寺総代の立ち会いのもと内陣に据えられた長持を開封し、輪宝長持からは日蓮大聖人の「御生骨」と大聖人御所持の「雨の祈りの三具足」が取り出され、正面の御前机に供えられた。
ここで、御法主上人猊下が「内陣中央、師資伝授の御本尊」、次いで「内陣東の第一番、大聖人建治元年11月の御本尊」と読み上げられた。続いて御隠尊上人猊下が「内陣西の第一番、大聖人建治2年病即消滅不老不死の御本尊」と読み上げられ、内陣東側及び外陣東側を御法主上人猊下、内陣西側・外陣西側を御隠尊上人猊下が交互に読み上げられ、御僧侶方によって内陣には大聖人御真筆御本尊並びに「鏡の御影」と称される大聖人の御画像及び日興上人の御影御画像が、外陣には第二祖日興上人から第9世日有上人までの御本尊が、特設された柱に次々に奉掲された。最後に大石寺開創の砌、第二祖日興上人から第三祖日目上人に授与された大幅の「御座替り御本尊」が外陣中央に奉掲され、御法主上人猊下の大導師で読経・唱題が行われた。
水島教学部長から奉掲の御本尊等について説明があった後、参列者の唱題の中、御本尊等は再び長持に納められ、終了となった。
小憩の後、日蓮大聖人がお認(したた)めになられた御書をはじめ、日興上人以降の御歴代上人お認めの文書やお手紙等にお風入れをする御真翰巻返しの儀に移った。はじめに内陣中央の高座に登られた御法主上人猊下の大導師のもと読経・唱題が行われた。その後、御隠尊上人猊下が長持の中の御書等をご確認され、『日蓮一期弘法付嘱書』『身延山付嘱書』『日興跡条々事』を御自ら御法主上人猊下にお渡しになられ、お受け取りになられた御法主上人猊下は一つひとつ読み上げて参列者に御披露された。
さらに『諌暁八幡抄』『南条殿御返事』『衆生身心御書』等が次々と参列者に披露され、御真翰は白手袋をはめ樒の葉を口にした御僧侶方により丁重にお風入れがなされ、再び長持に納められた。最後に唱題の中、「御生骨」「雨の祈りの三具足」が長持に納められると、三つの長持は再び御宝蔵へ運ばれた。
奉安堂に信徒が入場を完了した午後1時半、御宝蔵から御法主上人猊下・御生骨の行列が奉安堂に向けて出発した。御影堂の正面参道から御影堂西側を通り、奉安堂の広開門をくぐると行列はそのまま真っ直ぐ照心庭を進み、奉安堂正面入口から入場された。御法主上人猊下・御隠尊上人猊下が御着座あそばされると、御生骨は御宝前に御安置された。御法主上人猊下大導師のもと読経・唱題と厳粛に進められ、僧俗一同が唱題する中を御法主上人猊下が須弥壇に登られ、八木総監の介添えにより、本門戒壇の大御本尊の御煤(スス)払いの儀が懇ろに執り行われた。続いて御法主上人猊下より、本門戒壇の大御本尊・最初仏・大聖人御霊骨について甚深の御説法を賜った。大御本尊安置の御厨子、最初仏安置の御宮殿、御霊骨安置の宝塔を御閉扉申し上げた後、御法主上人猊下・御隠尊上人猊下には御移動あそばされ、御生骨開封並びに御引き継ぎの儀が行われた。
御隠尊上人猊下により錦の覆い布が外され、さらに白布、厨子と順に開封され、御生骨は御内拝のための宝塔へ御安置申し上げられた。そして、御隠尊上人猊下の大導師のもと読経・唱題が奉修された後、御隠尊上人猊下より御生骨説法を賜った。その後、御僧侶、寺族、信徒と、本宗の秘宝である御生骨の内拝を許され、合掌して順に前に進み出た。全員の御内拝が終了すると、御生骨は御法主上人猊下により再び御封納され、雨の祈りの三具足と共に須弥壇へ御安置され、御生骨内拝が終了した。
このあと、客殿前2カ所で「槙(まき)」の記念植樹、記念撮影が行われ、午後5時10分、一切の行事がとどこおりなく終了となった。
客の曰く、今生後生誰か慎まざらん誰か和(したが)はざらん。此の経文を披きて具に仏語を承るに、誹謗の科(とが)至って重く毀法の罪誠に深し。我一仏を信じて諸仏を抛ち、三部経を仰ぎて諸経を閣(さしお)きしは是私曲の思ひに非ず、則ち先達の詞に随ひしなり。十方の諸人も亦復是くの如くなるべし。今世には性心(しょうしん)を労し来生には阿鼻に堕せんこと文明らかに理詳らかなり疑ふべからず。弥(いよいよ)貴公の慈誨(じかい)を仰ぎ、益(ますまず)愚客の癡心を開き、速やかに対治を廻らして早く泰平を致し、先づ生前を安んじ更に没後を扶(たす)けん。唯我が信ずるのみに非ず、又他の誤りをも誠めんのみ」(御書250ページ)と。
本日は、このたびの代替法要に当たり、宗内僧俗代表の皆様には諸事御繁忙のところをわざわざ御参詣いただき、まことに有り難く厚く御礼を申し上げます。今夕は、ただいま拝読申し上げました『立正安国論』の御文について少々、申し上げたいと思います。
今回、『立正安国論』を拝読させていただきましたのは、皆様方には既に御承知のとおり、今宗門はいよいよ3年後に迫った「平成21年・『立正安国論』正義顕揚750年」の大佳節における御命題、すなわち「地涌倍増」と「大結集」の達成へ向けて真の僧俗一致を計り、異体同心・一致団結して前進すべき、まことに大事な時を迎えております。
かねがね申し上げておりますように、「地涌倍増」と「大結集」は、日顕上人より賜った御命題であり、広布の途上において、私どもが必ず達成しなければならない、まことに重大なる目標であります。なかんずく「地涌倍増」は、今日の如き頻発する地震や地球全体を覆う異常気象をはじめ、内戦や暴動やテロ、そのほか国内外の悲惨な事件や事故など、混沌とした状況を見る時、これら混迷の原因がすべて間違った思想・考え、つまり謗法の害毒にあることを知り、今こそ『立正安国論』の原理に基づき、一人ひとりの幸せと平和な仏国土実現を目指して、宗門僧俗が総力を挙げて推進していかなければならない、最も重要なる課題であります。
かかる時に当たり、このたびの機会を得て『立正安国論』の御意を拝し奉り、もって御命題の達成を誓い、万分の一なりとも仏祖三宝尊の御恩徳に報い奉ることができればと思量し、『立正安国論』を拝読申し上げた次第であります。
さて、『立正安国論』は今を去る747年前、文応元(1260)年7月16日、宗祖日蓮大聖人御年39歳の時、宿屋左衛門入道を介して、時の最高権力者・北条時頼に提出された国家諌暁書であります。大聖人は『撰時抄』に、「余に三度の高名あり」(御書867ページ)と仰せのように、御一代中に三たび天下国家を諌暁あそばされましたが、最初の国家諌暁の時に提出されたのが『立正安国論』であります。
御述作の動機について、第26世日寛上人は、「正嘉元の初め、大地太(はなは)だ震い彗星丈に余り、風雨・飢饉年を累(かさ)ね月を積む。師此の変動の洪基を勘えたもうに、此れ偏(ひとえ)に国中の謗法に由る。王臣之を覚(さと)らず。夫れ謗法を見て責めざるは仏子に非ず、其の不義を見て之を諌めざるは忠臣に非ず、故に此の論を作り以て時頼に献ずるなり」(日寛上人御書文段4ページ)と仰せであります。
すなわち『立正安国論』は大聖人が、日本国の上下万民が謗法の重科によって、今生には天変地夭・飢饉疫癘をはじめ自界叛逆難・他国侵逼難等の重苦に責められ、未来には無間大城に堕ちて、永劫にわたって阿鼻の炎にむせぶことを悲嘆せられ、一往は和光同塵して仏の弟子として、再往は末法の御本仏としての大慈大悲をもって、身命を賭して北条時頼ならびに万民を御諌めあそばされたところの折伏諌暁書であります。
この『立正安国論』は、全体が客と主人との十問九答の形式から成っており、客の最後の問いはそのまま主人の答えとなっております。今その大要を申せば、初めに正嘉元年8月23日の大地震をはじめ、近年より近日に至るまで頻発する天変地夭・飢饉疫癘等の惨状を見て、その原因は世の中の人々が皆、正法に背き悪法を信じていることにより、国土万民を守護すべきところの諸天善神が去って、悪鬼・魔神が便りを得て住みついているためであるとし、金光明経・大集経等を引かれて、正法を信ぜず謗法を犯すことによって三災七難等の災難が起こると、経証を挙げてその理由を述べられ、これら不幸と混乱と苦悩を招いている一凶は、ひとえに法然の念仏であると断ぜられ、この一凶を断ち、謗法を対治して正善の妙法を立つる時、国中に並び起きるところの三災七難等の災難は消え失せ、積み重なる国家の危機も消滅して、安寧にして盤石なる仏国土が出現すると仰せられ、しかし、もし正法に帰依しなければ、七難のうちまだ起きていない自界叛逆難と他国侵逼難の二難が競い起こると予言され、そして速やかに実乗の一善に帰依するよう結んでおられます。
すなわち、『立正安国論』は国家の治乱興亡を透視し、兼知し給う明鏡にして、過去・現在・未来の三世を照らして曇りなく、まさしく、「白楽天が楽府にも越へ、仏の未来記にも劣ら」(御書1055ページ)ざる書であります。
また、「如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには」(同241ページ)と仰せのように、一往はもっぱら法然の謗法を破折しておりますが、再往元意の辺は広く諸宗を破折しておられるのであります。したがって、一往は念仏破折であり、権実相対の上から破折されていることになりますが、「立正」の意義から拝せば、一重立ち入って天台過時の迹を破し、法華本門を立てて正とする故に本迹相対となります。さらにまた一歩深く立ち入って拝せば、久遠下種の正法すなわち末法弘通の三大秘法の妙法蓮華経を立てて、本果脱益の釈尊の法華経を破するが故に種脱相対となるのであります。つまり、「立正」の「正」とは下種の本尊と三大秘法がその正体であります。
また「立正」の両字については、「立正の両字は三箇の秘法を含むなり」(同6ページ)と仰せであります。すなわち、「立正」とは末法万年の闇を照らし、弘通するところの本門の本尊と戒壇と題目の三大秘法を立つることであり、正法治国・国土安穏のためには、この本門の本尊と戒壇と題目の三大秘法の正法を立つることこそ肝要である旨を仰せられているのであります。
また「安国」の両字について、日寛上人は、「文は唯日本及び現在に在り、意は閻浮及び未来に通ずべし」(日寛上人御書文段5ページ)と仰せられています。つまり、国とは一往は日本国を指すも、再往は全世界・一閻浮提を指しているのであります。
以上、概略ではありますが『立正安国論』の梗概(こうがい)および大要についてほぼ申し上げましたが、次に、ただいま拝読申し上げた御文について申し上げたいと存じます。
第九段(疑いを断じて信を生ず)前半部の大要
ただいま拝読申し上げました御文は、『立正安国論』の第九段目の途中から最後第十段の終わりまでであります。『立正安国論』は「第一に災難の来由」から始まり、「第二に災難の証拠」「第三に誹謗正法の由」「第四に正しく一凶の所帰を明かす」「第五に和漢の例を出だす」「第六に勘状の奏否」「第七に施を止めて命を絶つ」「第八に斬罪の用否」「第九に疑いを断じて信を生ず」「第十に正に帰して領納す」までの十段で構成されております。
このうち、この第九段目は初めに、「客則ち席を避け襟を刷(つくろ)ひて曰く」(御書248ページ)とあるように、第一段目の「災難の来由」から始まって、主客の問答が繰り返されてきましたが、ここへきて客は態度を改め、主人の言葉に承伏して主人を敬い、座を正し、身繕いを改めて主人に問い、主人の破邪顕正によって国を安んずることができる旨を聞き、「疑いを断じて信を生ずる」すなわち「断疑生信」に及ぶところの段であります。
そこで、この九段目の初めから、今日拝読したところまでの内容について簡単に申し上げますと、初めに客が主人に対して、「仏教はまちまちにして多く分かれ、その趣旨は極め難く、不審も多く、理非を明らかにすることは困難である。ただし主人の導きにより、法然の『選択集』の謗法によって、聖人は国を去り、善神は国を捨て、これにより三災が興起する旨を経文を挙げて教えてくだされた。故に、今までの妄執をひるがえし耳目が明らかになりました。詮ずるところは、天下泰平・国土安穏は万民の願うところであり、早く一闡提への施を止め、仏海法山の賊徒を対治せば、世は義農の世となり、国は唐虞の国の如くなるとのことであるので、これからは法水の浅深をくみ取り、仏家の棟梁たる正法を崇めてまいります」との申し出に対し、主人はこれを聞いて喜び、「主人悦んで曰く、鳩化して鷹と為り、雀変じて蛤(はまぐり)と為る。悦ばしいかな、汝蘭室の友に交はりて麻畝の性と成る」(同)との主人の答えに入るのであります。
この主人の答えは、「客が心を翻し正法を崇めんと申し出られたことを喜ぶとともに、さらに客の決意を促し、もし国土を安んじ現当二世にわたって自分の幸せを祈ろうとするのであれば、まず急いで謗法に対治を加えなければならない。もし今、謗法を対治しなければ、まだ起きていない自界叛逆難と他国侵逼難の二難が起きてくるであろう。あなたが一身の安堵を願い、一国の静謐(せいひつ)・平和を願うならば、すべからく国中の謗法を絶たなければならない。もし法然などの邪法に対する執着の心をひるがえすことができずにいれば、早くこの世を去り、後生は必ず無間地獄に堕ちるであろう」と客を諭(さと)し、大集経の文によって王の福運が尽きる姿を示し、仁王経の文を挙げて、現世には六親不和となり、死しては三悪道に堕ち、たとえ人間と生まれても兵奴の果報を受けるであろうと説き、法華経、涅槃経の文を引いて、たとえ正法を聞いても邪法への執着を絶たず、なお謗法を信じていれば無間地獄に堕ちるであろうと仰せられ、謗法の果報の怖ろしさ、なかんずく念仏無間の怖ろしさを示されました。
以上、第九段目の初めから、今日拝読申し上げました御文の前までの概略を申し上げましたが、次に本文に入ります。
まず「広く衆経を披きたるに専ら謗法を重んず。悲しいかな、皆正法の門を出でて深く邪法の獄に入る」と仰せであります。「衆経」とは、すなわち大集経、仁王経、法華経、涅槃経等の多くの経々のことで、「広くこれらの経々を見ると、いずれの経も謗法が重罪であると説かれている。しかるに、悲しいことに人々は皆、法華経が最も勝れた教えであり、他経はその法華経の門から出たところの方便・権教であるにもかかわらず、正法の門を出て、深く邪法の獄すなわち邪義邪法の牢獄に入って苦しんでいる」と仰せられているのであります。
次に「愚かなるかな各悪教の綱に懸かりて鎮に謗教の網に纏はる」と仰せであります。「悪教の綱」「謗教の網」とは、大綱と網目の意で、「愚かにも多くの人は法然などの悪教の綱にかかって、いつまでも謗教の網すなわち正法を誹謗する教えに纏わりつかれて苦しんでいる」と仰せであります。
次に「此の朦霧の迷ひ彼の盛焔の底に沈む。豈愁へざらんや、豈苦しまざらんや」と仰せであります。「朦霧」とは、もうもうと立ちこめる霧、邪宗教に迷っている様子を霧でものがよく見えない姿に譬えたものであります。「盛焔の底」とは、無間地獄のことであります。つまり「現世には邪教の朦霧に迷い、死後は無間地獄に沈むことを見て、どうして愁えずにおられようか。どうして苦しまずにおられようか」と申されているのであります。
次に「汝早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ。然れば則ち三界は皆仏国なり、仏国其れ衰へんや。十方は悉く宝土なり、宝土何ぞ壊れんや」と仰せであります。ここからが『立正安国論』の肝要なるところであります。「寸心」とは、わずかな志、小さな志という意味で、「信仰の寸心」とは、小さな信仰心、狭い信仰心を言います。その「信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ」と仰せられているのであります。
日寛上人は、「当に知るべし、『寸心を改めて』とは即ち是れ破邪なけ。『実乗に帰せよ』とは即ち是れ立正なり。『然れば則ち三界』の下は安国なり」(日寛上人御書文段49ページ)と仰せであります。つまり「実乗」とは権大乗に対しての実大乗、「一善」とは最高の善、唯一の善の意で、すなわち法華経のことでありますが、ただし再往、大聖人の御正意は文上の法華経ではなく、法華経文底独一本門の妙法蓮華経にして、三大秘法の随一大御本尊に帰命することが「実乗の一善に帰する」ことであります。
そもそも大聖人が末法に御出現されて一切衆生を救済あそばされることは、既に釈尊が法華経神力品において予証されているところであります。神力品には、「日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く、斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す」(法華経516ページ)と仰せられておりますが、この御文について、大聖人は『寂日房御書』に、「経に云はく『日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く、斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す』と此の文の心よくよく案じさせ給へ。『斯人行世間』の五つの文字は、上行菩薩末法の始めの五百年に出現して、南無妙法蓮華経の五字の光明をさしいだして、無明煩悩の闇をてらすべしと云ふ事なり。日蓮等此の上行菩薩の御使ひとして、日本国の一切衆生に法華経をうけたもてと勧めしは是なり」(御書1393ページ)と仰せであります。
この神力品の「日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く、斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す」との御文は、末法に上行菩薩すなわち日蓮大聖人が出現されることを釈尊が予証された御文であります。つまり、釈尊は涌出品において大地より上行菩薩を上首とする本化地涌の菩薩を呼び出し、寿量品を説いたのち如来神力品において文殊・薬王等の法華弘通の申し出を制止して、この本化地涌の菩薩に対して、「要を以て之を言わば、如来の一切の所有の法、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵、如来の一切の甚深の事、皆此の経に於て宣示顕説す」(法華経513ページ)と、法華経の肝要・妙法蓮華経を四句の要法に括って付嘱し、末法流布を託されたのであります。
大聖人はその上行菩薩の再誕として末法に御出現あそばされたのでありますが、しかし、上行菩薩としてのお立場はあくまでも外用のお姿であって、内証深秘の辺から拝すれば、大聖人は久遠元初自受用報身如来の再誕であります。故に、日寛上人が、「若し外用の浅近に拠れば上行の再誕日蓮なり。若し内証の深秘に拠れば本地自受用の再誕日蓮なり。故に知んぬ、本地は自受用身、垂迹は上行菩薩、顕本は日蓮なり」(六巻抄49ページ)と仰せられているのであります。すなわち法華経に現れた上行菩薩は仮りの姿であり、久遠の御本仏大聖人が、仏法付嘱の上から、また釈尊の久遠開顕を助けるために、過去に上行菩薩として御出現あそばされたということであります。
今末法は、釈尊の説かれた文上の法華経では既に一切衆生の良薬とはならず、久遠元初の御本仏が御出現あそばされ、その御本仏の説かれる教法によって、本未有善の衆生の成仏得道が初めてかなえられるのであります。故に『高橋入道殿御返事』には、「末法に入りなば、迦葉・阿難等、文殊・弥勒菩薩等、薬王・観音等のゆづられしところの小乗経・大乗経並びに法華経は、文字はありとも衆生の病の薬とはなるべからず。所謂病は重し薬はあさし。其の時上行菩薩出現して妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生にさづくべし」(御書887ページ)と仰せられているのであります。すなわち釈尊より付嘱を受け今、大聖人が御所持あそばされるところの妙法は、法華経の題号としての妙法五字ではなくして、久遠の本法たる妙法五字であり、まさしく三大秘法の随一・本門の本尊であります。この妙法五字が、釈尊をはじめ三世諸仏の成仏得道の根本の法であり、三世にわたって一切衆生を救済する根源の法であります。
よって、ここで「実乗の一善に帰せよ」と仰せられた元意は、まさしく三大秘法の随一・本門の本尊に帰せよと仰せられているのであります。したがって「一刻も早く信仰の寸心を改めて、実乗の一善たる三大秘法の随一・本門の本尊に帰依すれば、この三界は皆、仏国となる。仏国であるならば、どうして衰微することがあろうか。十方の国土はことごとく宝土である。宝土であるならば、どうして壊れることがあろうか」と仰せられているのであります。
すなわち『当体義抄』に、「正直に方便を捨て但法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱ふる人は、煩悩・業・苦の三道、法身・般若・解脱の三徳と転じて、三観・三諦即一心に顕はれ、其の人の所住の処は常寂光土なり。能居所居、身土色心、倶体倶用の無作三身、本門寿量の当体蓮華の仏とは、日蓮が弟子檀那等の中の事なり」(694ページ)と仰せでありますが、この文のなかの「其の人の所住の処は常寂光土なり」の御文について、日寛上人は「当体義抄文段」において、「此の下は依正不二を明かすなり。『其の人』とは即ち是れ三道即三徳の妙人、是れ正報なり。『所住の処』等とは依報なり。中に於て『所住之処』の四字は依報の中の因なり。『常寂光土』の四字は依報の中の果なり。当に知るべし、依正不二なる故に、依報の因果も亦是れ倶時なり。是れ正報の因果倶時なるに由る故なり。当に知るべし、依正の因果は悉く是れ蓮華の法なり」(日寛上人御書文段622ページ)と御指南あそばされております。すなわち依正不二の原理によって、実乗の一善たる三大秘法の随一、本門の本尊に帰依すれば、その不可思議無辺なる功徳によって、その人の所住の処が仏国土となると仰せられているのであります。
次に「国に衰微無く土に破壊無くんば身は是安全にして、心は是禅定ならん。此の詞此の言信ずべく崇むべし」と仰せであります。すなわち「国に衰微なく、そして国土が破壊されることがなくなれば、その身は安全になり、『心は是禅定ならん』心身ともに安定して動揺することがなくなるようになる。この言葉は心から信ずべきであり、崇むべきである」と仰せられているのであります。
第十段(正に帰して領納す)の大要
次に「客の曰く、今生後生誰か慎まざらん誰か和はざらん。此の経文を披きて具に仏語を承るに、誹謗の科至って重く毀法の罪誠に深し」と仰せでありますが、ここからが主人の言葉を兼ねた客の領解の言葉であります。すなわち「客のいわく、今生・後生共、人生の不幸の原因を明らかに示された以上は、だれ人が心の底から慎まないでいられようか、したがわないでいられようか。今お示しいただいた経文を開いて、つぶさに仏の御金言を仰いでみると、正法を誹謗する科はいたって重く、正法を破る罪はまことに深いことが解った」と懺悔の言葉を述べたのち、「我」仏を信じて諸仏を抛ち、三部経を仰ぎて諸経を閣きしは是私曲の思ひに非ず、則ち先達の詞に随ひしなり。十方の諸人も亦復是くの如くなるべし。今世には性心を労し来生には阿鼻に堕せんこと文明らかに理詳らかなり疑ふべからず」と仰せられているのであります。「自分が弥陀一仏を信じて、諸仏を拠ち、浄土の三部経を仰いで諸経を閣いたのは、自分が勝手にそうしたのではなく、ひとえに念仏の開祖達の言葉に従ったものであった。国中の諸人もまた同じであろう。そのため今生には『性心を労し』すなわち念仏の害毒によって絶え間ない苦悩に心をわずらわし、来世には阿鼻地獄に堕ちることは経文に明らかであり、その理もはっきりしていて、少しも疑う余地がない」と、客が主人の言葉を聞いて領解した旨を述べるのであります。
次が客の誓いの言葉であります。すなわち「弥貴公の慈誨を仰ぎ、益愚客の癡心を開き、速やかに対治を廻らして早く泰平を致し、先ず生前を安んじ更に没後を扶けん。唯我が信ずるのみに非ず、又他の誤りをも誠めんのみ」と述べ、「いよいよ『貴公の慈誨』慈悲溢れる教訓を仰ぎ、ますます愚かな自分の迷いを悟ることができた。この上は、速やかに謗法を対治して、早く天下泰平を実現し、まず今世における幸せを確立し、さらに後世もまた幸せとなるように現当二世にわたる信心を励んでいきたいと思う。そして、そのためには、ただ自分一人が信ずるだけではなく、謗法の害毒によってむしばまれた他の人達の誤りも誠めて折伏していきたいと思う」と決意を述べるのであります。
この最後の第十段は、客の問いがそのまま主人の答えであり、ここに『立正安国論』の結論が出ているのであります。すなわち、この最後の御文こそ立正安国の原理を実践に移し、もって謗法の害毒にむしばまれている多くの人々を救い、仏国土実現へ向けて慈悲の折伏を行じていくことこそ肝要であると示された、最も重要なる御教示なのであります。
今、世間の多くの人々は、今日の荒廃した国内外の惨憺たる状況を見て、だれもがこの惨状を憂い悲しみ、様々な分野の人達が平和を願い、安穏な生活を願い、救済の道を模索しておりますが、真の解決策を見いだせずにいるのが現状であります。この時に当たり、『立正安国論』にお示しの如く正中の正たる御本仏大聖人の御建立せられた三大秘法の仏法を立ててこそ、国を安んずることができる真の解決策であることを我々は折伏の実践の上に示し、もって一人ひとりの幸せはもとより、真の世界平和の実現を目指していくことが最も肝要であります。そのためには、我々は漠然と遠くを見つめているだけではなく、我らに与えられた眼前の課題、すなわち日顕上人より賜った『立正安国論』正義顕揚750年の御命題、「地涌倍増」と「大結集」を総力を結集して達成していくことこそ、今最も大事であると存じます。
大聖人は、「早く天下の静謐を思はヾ須く国中の謗法を断つべし」(御書247ページ)と仰せであります。世間には、池田創価学会や様々な邪宗教がはびこっており、その邪義に惑わされた人達や、そうした邪宗教に浸りきっている人達が大勢おります。特に池田創価学会に対しては、日顕上人は「現代の一凶」と断ぜられております。こうした人達に対して、不幸の根源は謗法にあることを知らしめ、謗法を責め、謗法を破折し、その謗法から救っていくことが大事であり、これが我々の自行化他にわたる信心であります。
御命題達成まであと残り3年、宗内僧俗の一致団結・異体同心をもって、見事「地涌倍増」と「大結集」の御命題を果たして、『立正安国論』正義顕揚750年の佳節をお迎えしたいと心より念ずる次第であります。
皆様方には、何とぞ微意をくみ取られ、さらなる精進と異体同心の団結をもって、「平成21年・『立正安国論』正義顕揚750年」の御命題、「地涌倍増」と「大結集」の達成へ向けて、いよいよ御精進くださることを心から念じ、本日の話を終えます。
総本山第68世日如上人御代替奉告法要
並びに 御霊宝虫払大法会
4月6日・7日の2日間にわたり、総本山第68世日如上人御代替奉告法要並びに総本山御霊宝虫払大法会が、満山桜花に彩られた総本山大石寺で厳粛かつ盛大に奉修された。
御代替奉告法要
御代替祝賀会
初転法輪
御代替慶祝講演会
勤行衆会(丑寅勤行)・御開山御講
御霊宝虫払の儀
御真翰巻返しの儀
御開扉並びに御生骨内拝
御法主日如上人猊下 初転法輪
『立正安国論』
『立正安国論』の梗概
第九段(疑いを断じて信を生ず)後半部の大要
宗祖日蓮大聖人『観心本尊抄』にのたまわく、「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与へたまふ。四大声聞の領解に云はく『無上宝聚、不求自得』云云」(同653ページ)