大白法

平成18年5月16日号


主な記事

<1〜5面>

<6〜8面>


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久修山妙重寺落慶法要
本堂・庫裡を移転新築


4月22日、静岡県浜松市の久修山妙重寺において、本堂・庫裡移転新築落慶法要並びに御親教が、御法主日如上人猊下大導師のもと厳粛かつ盛大に奉修された。

山門

同寺は、同市内にある寿量寺の第2代住職であられた故早瀬義舜御尊師(実妙阿闍梨義舜房日悳大徳)の発願によって建立寄進され、昭和55年3月5日、総本山第67世日顕上人猊下の大導師のもと落慶入仏法要が奉修された。初代住職の早瀬義栄御尊師は、赴任以来、26年にわたり地域広布の推進、信徒の教化育成、本堂の増改築、寺域・境内の整備拡充に努めてこられた。

このたびの本堂・庫裡の新築に当たっては御住職自らが率先し、汗と泥にまみれて建築工事に携わられ、多くの同寺支部講員有志がこれに追随して材木の削りだしや壁塗りを手伝い、さらに本堂の屋根瓦の裏には講員一人ひとりの名前が書かれ、同寺僧俗全員の思いが結実して、このたびの慶事を迎えたものである。また、同寺の施工に当たられた工舎大日向の樋口武氏をはじめとする建設作業員全員が、この新築工事を機に入信され、慶事に一層の華を添えている。

この法要には、随行の庶務部長・阿部信彰御尊師、大石寺理事補・小林道剛御尊師、さらには高野日海御尊能化、大村日統御尊能化、光久日康御尊能化、宗会議長・細井珪道御尊師、大石寺主任理事・佐藤慈暢御尊師、そして静岡南布教区支院長の有川岳道御尊師、同副支院長の関戸慈誠御尊師をはじめ、布教区内外から多数の御僧侶方が御出席された。また、法華講連合会からは法華講総講頭の柳沢委員長、大講頭の石毛副委員長、さらには、大場静岡南地方部長をはじめ布教区内各支部講頭並びに信徒代表、妙重寺信徒など約900名が参列した。

鼓笛隊

午前10時前、僧俗一同がお出迎え申し上げる中、御法主上人猊下が妙重寺に御到着あそばされ、直ちに山門脇の寺号碑の除幕、山門でのテープカットと山号額の除幕、本堂向拝(ごはい)の寺号額の除幕をなされ、庫裡玄関前において同寺支部鼓笛隊の演奏を御覧あそばされた。その後、御僧侶、信徒代表、施工業者関係、寺族、親族の順に親しく御目通りを許された。

法要の部は午前10時45分に開始され、御法主上人猊下大導師のもと、早瀬住職による御本尊御開扉、阿部庶務部長による献膳の儀、読経、焼香、唱題と如法に奉修された。この後、御法主上人猊下より親しく御言葉を賜った。御法主上人猊下は、妙重寺支部が活発に活動していること、また僧俗一体となって今日の慶事を迎えたことを喜ばれ、先に行われた立正安国論正義顕揚750年記念局の4つの事業について触れられ、地涌倍増に向けてますますの精進を願われた。

引き続き式の部に移り、はじめに鈴木永吉総代より経過報告、続いて阿部庶務部長(宗務院代表)、有川支院長(布教区代表)、柳沢委員長(信徒代表)より祝辞が述べられた後、施工関係者に対して感謝状及び記念品が贈呈された。次いで早瀬住職より、御法主上人猊下及び参列の各位に対して、丁重な謝辞と今後の決意が述べられた。この後、参道脇にて御法主上人猊下による「黒松」の御手植えがなされた。

午後1時20分、再び本堂に御出仕あそばされた御法主上入狙下より、『立正安国論』の冒頭(御書234ページ)から「恐れずんばあるべからず」までの御文について、約1時間余にわたり甚深の御説法を賜った。

最後に、本堂において記念撮影が行われ、午後3時半、御法主上人猊下には僧俗一同がお見送り申し上げる中、妙重寺をお発ちになられ、法要の一切がとどこおりなく終了した。


除幕


◎ 御法主日如上人猊下御言葉

本日は、久修山妙重寺の本堂・庫裡移転新築落慶法要、まことにおめでとうございます。

先程、聞いたお話によりますと、御住職はじめ御信徒の方々が心を合わせて、この新築に取り組んできたということであります。住職と御信徒の方々が一緒になって立ち木の伐採に当たったり、そのほかにも色々とお手伝いをいただきながら、この立派な本堂を建てたということであります。まことに立派な本堂が出来まして、宗門といたしましてもこれほどうれしいことはありません。

また、妙重寺は既に法華講が400世帯を越える、そのような非常に活動の活発な寺院であると伺っております。けっして地理的条件はよいとは思いません。山の中でございます。しかし、そのなかでこうやって法華講の方々が増え、そしてその方々が住職と一体になってこのような慶事を迎えられましたことは、まことにもって妙重寺の前途洋々たるものを感ずるものであります。妙重寺の御信徒、また御住職には、これからも御法のためにますます御精進をしていただきたいと、このように念ずる次第であります。


御承知のとおり、釈尊は法華経をお説きになりましたが、この法華経は釈尊の本懐であります。つまり50年の説法のうち、最後8年の法華経こそが釈尊が説こうとせられた教えでありまして、この法華経が本懐である所以であります。

では、この法華経はなんのために説かれたのかと申しますと、これは二つの理由があるのであります。一つは在世の衆生の成仏のために説かれたということであります。これは久遠の昔からずっと教化してきて、そして最後に法華経を説いて得脱せしめるという、こういう意義があります。

もう一つは滅後のためであります。その滅後のなかにも、「正像末の三時の中にも末法の始めを以て正が中の正と為す」(御書656ページ)と仰せのように、実はこの法華経は、大聖人様が末法に御出現せられて三大秘法を御建立あそばされるという、その予証のために説かれたのであります。どちらが正であるかと言えば、これは滅後が正であり、在世は傍であります。これらは大聖人様の『法華取要抄』等を拝すればよくお解りのとおりであります。

而(しこう)して、釈尊がこの末法のために、つまり法を付嘱する意味におきまして地涌の菩薩を召し出だして、そして要法を付嘱せられたのであります。『観心本尊抄』を拝しますると、「此の時地涌千界出現して、本門の釈尊を脇士(きょうじ)と為す一閻浮提第一の本尊、此の国に立つべし」(同661ページ)と、このように仰せであります。

この御文中の「此の時」というのは末法でありますから、「地涌千界」と仰せられる仏様は一体いかなる仏様なのか。つまり「本門の釈尊を脇士と為す」というのでありますから、少なくともこの地涌千界の仏様というのは脱益の仏様ではない。すなわち本門の釈尊を脇士にする仏様であります。そうしますと、まさにこの地涌千界と仰せられた仏様こそ久遠元初の仏様、つまり大聖人様であり、大聖人様が末法今日に御出現されて、一切衆生を救わんとして御本尊を御建立せられたということであります。

したがいまして、末法の衆生は尽未来際に至るまでこの御本尊様、つまり御本仏大聖人様が御建立あそばされた御本尊様を帰命依止の御本尊と拝し奉り、信行に励んでいくところが一生成仏、即身成仏の要になるのであります。


御親教


今日、私達はこの大聖人様の偉大なる仏法をもって世の中を救うために精進をしているのであります。まさに「正を立てて国を安んずる」という『立正安国論』の大原理を、我々の信心実践、折伏というなかに活かして御奉公に励んでいるのであります。

今、宗門は先年、御隠尊日顕上人猊下から賜った「平成21年・『立正安国論』正義顕揚750年」の佳節における「地涌倍増」と「大結集」のために僧俗一致して前進をしております。特に4月20日、一昨日でありますが、この佳節を迎えるに当たりまして、僧俗の代表者に集まっていただいて記念局を設置いたしました。一つには地涌倍増、それからもう一つは大結集であります。これがメインになります。そのほかにもう一つ、この記念局の事業といたしまして「総本山の整備事業」を考えた次第であります。

これについて有り体に申し上げますと、要するに今日、様々な地震が群発しています。一昨昨日(さきおととい)も、また昨日も小さな地震ではありますけれども、頻繁に地震が起きております。今は、いつなんどき大きな地震が来ても全くおかしくない、そういう状況のなかにあります。そうしたときに、まず総本山のなかでお護りしなければならないのは、今日においては御影堂ではないかと、このように存ずる次第であります。御影堂は歴史的な意味におきましても、また、宗門の信仰的な意味におきましても、まことに大事な建物であります。我々が今時においてこの御影堂をしっかり護っていく。もし、何も手をつけないでいれば、我々は何もしなかったのかという侮(あなど)りを受けることになるのであります。

ですから、なんとしてでも御影堂の大改修を申し上げ、もって記念事業にしていきたいと、このように考えて先般、記念局を発足し、そして第1回の記念局委員会のなかで4つの事業を発表させていただいたなかに、御影堂の大改修を含む総本山整備事業を加え、さらに「記念出版事業」として『御書教学辞典』の出版を考えています。これは今、教学部が中心になりまして、今までのようなものではなくして、もっともっと本宗独自の立派なものを作っていくと、そういう意気込みで今、取り組んでいる最中であります。

したがいまして四事業のうち、一つ目が平成21年7月16日を中心にする大法要とそれに伴う総登山、いわゆる大結集であります。二つ目が地涌倍増の推進であります。三つ目が今、申し上げました御影堂、そのほか塔中の建て替え等を考えております。塔中の問題につきましても、これは既に老朽化が進んでおりますので、これもしっかりと手をつけていかなければいけない。そのほか、快適に過ごせるような工夫を凝らして建て直しもしていきたいと、このように考えております。それと、四番目がいわゆる記念出版であります。この四つの事業をもって、名実ともに立派に21年をお迎えしたいと、このように考えている次第であります。

もちろん、御影堂の改修につきましては、県の有形文化財でもありますので、行政のほうともよく相談しながら行っていかなければなりませんので、多少、時間がかかるかと思います。つまり21年ののちにも事業は続いていくものと思います。しかし、なんとしましてもこの記念事業として、そしてまた今日の様々な状況から判断して、今、私どもが手をつけて、しっかりとお護りをしていかなければならない、このように考える次第であります。

これにつきましては皆様方の多大な御協力を頂戴することになると思いますので、どうぞよろしくお願いをする次第であります。いずれにいたしましても、大事なことは、21年を迎えるに当たりまして、宗門が力をつけていく意味において地涌倍増を図っていくということが、一番大切な事業ではないかと思います。皆様方にはしっかりと御奉公の誠を尽くし、もって仏恩報謝、そしてまた日顕上人の御意にかなうように御奉公に励んでいただきたいと思う次第であります。

最後になりましたが、妙重寺のますますの御隆昌、そして御住職をはじめ皆様方の御健勝を心からお祈りする次第であります。本日はまことにおめでとうございました。





御法主上人猊下御言葉
5月度広布唱題会の砌


本日は5月度の広布唱題会に当たりまして、大勢の方が御参詣になり、まことに御苦労さまでございます。本年「決起の年」も既に3分の1が過ぎていよいよ中盤に入りましたが、皆様方には「地涌倍増」と「大結集」の御命題達成に向けて日夜、御精進のことと思います。

今さら私が申し上げるまでもなく、「決起の年」の決起とは、決意をして立ち上がり、行動を起こすことであります。しかしながら、決意はいたしますが、とかく行動が伴わないことがしばしばあります。その多くは、己心の魔に負けているからでありますが、もし決意をしても行動を起こさなければ、それは全く爾前経と同じで、理の仏法になってしまいます。理の仏法では我々は成仏をいたしません。また、多くの人を成仏に導くこともできません。所詮、仏法は実践と体験の世界であります。したがって唱題も折伏も、行動が伴わなければ意味がないことは、重々、皆様方もお解りのことと思います。これと全く同じでありまして、地涌倍増も大結集も、まず我々が立ち上がり、行動を起こすところから一切が始まるのであります。

皆様方も、最近の新聞等で御承知のように、世間では今、様々な事件が起きております。毎日の新聞、テレビなどで悲惨な殺人事件や事故などが報道されない日は全くありません。それだけ人心が荒廃しているのでありますが、我々は、ただこれを対岸の火として傍観的に黙過(もっか)してはなりません。真の解決も見いだせず不幸と苦悩に喘(あえ)ぐ 多くの人達を救済していくところに、地涌の菩薩としての尊い使命が存するのでありあます。

そもそも人々は千差万別の人生を歩みます。生まれながらにして幸せな人、あるいは生まれながらにして不幸な人。才能のある人、ない人。あるいは、いくら働いてもなかなか楽にならない人、反対に、どうということはないのだけれど、なとなく幸せそうにしている人、お金をもうけている人。何をやってもだめな人、やることなすことがうまくいく人。だれからも嫌われてしまう人、逆にだれからも好かれてしまう人、様々であります。女性も男性も違います。顔や姿もみんなまちまちであります。境界も全く違います。では、なぜこのような様々な差があるのか。これは単なる偶然の結果ではありません。そこには必ず原因が存するのであります。仏法においては深く物事を洞察して、そこに因果の理法ということがよく解らないところに、本当の解決を見出せずにいる原因があるのであります。つまり、幸せになるには幸せになるための原因があり、不幸せになるには不幸せになる原因があるのです。このところがしっかりと解らないと、つまり原因が解らなければ真の解決というものはなされないのであります。

心地観経というお経のなかには、「過去の因を知らんと欲せば、其の現在の果を見よ。未来の果を欲せば、其の現在の因を見よ」(御書571ページ)と、このように仰せであります。もちろん、ここにある「過去の因」と言いましても、極めて近い過去もあります。例えで言えば、たった一分前の過去もあります。しかし、遠く過去世にさかのぼっての過去もあります。そういった様々な過去の因縁というものが、現在の結果というものを生み出しているのであります。

それでは不幸の原因は何か。それを尋ねてみますと、これは結論から言うならば、不幸と苦悩の根本の原因はすべて邪義邪宗の謗法の害毒にあるのです。このことは既に大聖人様が『立正安国論』のなかで明確にお示しあそばされているところであります。池田創価学会などは、間違った宗教の典型的なものであります。我々は間違った宗教をけっして世間に蔓延させてはならないのであります。間違った教え、つまり謗法は人の命をむしばみ、そして人々を不幸にする根源であるからであります。

『立正安国論』のなかには、「仁王経に云く「人(ひと)仏教を壊(やぶ)らば復孝子無く、六親不和にして天神も祐(たす)けず、疾疫(しつえき)悪鬼日(ひび)に来たりて侵害し、災怪首尾(さいけしゅび)し、連禍縦横(れんかじゅうおう)し、死して地獄・餓鬼・畜生に入らん。若し出でて人と為らば兵奴(ひょうぬ)の果報ならん。響きの如く影の如く、人の夜書(ものか)くに火は滅すれども字は存するが如く、三界の果報も亦復是くの如し」と」(同249ページ)と仰せであります。間違った宗教を信じて、知らず知らずのうちに正法を謗った場合も、その罪は同じであります。これほど謗法の罪は大きいのであります。

そこに今、我々が一切衆生救済のため謗法の誤りを糾し、折伏を行じていかなければならない大きな理由が存するのであります。よって今、我々は御隠尊日顕上人猊下から賜った地涌倍増は折伏によって初めて実現するのであります。大御本尊様の広大ななる功徳を信じ、世の中の多くの人を正しい信仰に導くため、今こそ、一人ひとりが折伏に立ち上がらなければならないのであります。

御本尊様の広大なる功徳については、『経王御前御書』のなかには、「あひかまへて御信心を出だし此の御本尊に祈念せしめ給へ。何事か成就せざるべき。「充満其願、如清涼池」「現世安穏、後生善処」疑ひなからん」(同685ページ)と仰せであります。

また、『新尼御前御返事』には、「此の五字の大曼荼羅(まんだら)を身に帯し心に存ぜば、諸王は国を扶(たす)け万民は難をのがれん。乃至後生の大火災を脱(のが)るべしと仏記しをかせ給ひぬ」(同764ページ)と、このように仰せであります。

また、『持妙法華問答抄』には、「同じく信を取るならば、又大小権実のある中に、諸仏出世の本意、衆生成仏の直道(じきどう)の一乗をこそ信ずべけれ。持つ処の御経の諸経に勝(すぐ)れてましませば、能(よ)く持つ人も亦(また)諸人にまされり。爰(ここ)を以て経に云はく『能く是の経を持つ者は一切衆生の中に於て亦為(こ)れ第一なり』と説き給へり。大聖の金言疑ひなし」(同297ページ)と仰せであります。

本年「決起の年」も中盤に入り、皆様方にはこれらの御金言をよくよく拝し奉り、大御本尊様への絶対の確信を持って、世のため人のため、また自らの一生成仏のため、異体同心、一致団結して折伏に立ち上がり、来るべき平成21年には必ずや御命題を達成するよう、心から念ずるしだいであります。


なお、既に御承知かと思いますが、今回、宗門におきましては、平成21年の『立正安国論』正義顕揚750年の佳節を迎えるに当たりまして記念局を設置して、僧俗が一体となって各種記念事業を遂行していくことになりました。僧俗代表による、その第1回の記念局の委員会が先月の20日に開催されまして、その席上、記念事業として、1番目に「立正安国論正義顕揚750年記念大法要並びに大結集総登山」、2番目に「地涌倍増大結集推進」、3番目に「総本山総合整備事業」、4番目に「記念出版事業」、これら4つの事業を行っていくことが決定しました。

1番目の立正安国論正義顕揚750年記念大法要並びに大結集総登山は、まず『立正安国論』提出の7月16日に大法要を行い、そして大法要を中心として大結集総登山を行っていきたいと、このように考えております。

2番目の地涌倍増大結集推進につきましては、文字どおり、地涌倍増の御命題達成のために最も大切な折伏、この折伏推進を図っていくために僧俗が一体となって各種指導会等を行っていきたいと考えております。

3番目が、総本山の総合整備事業であります。これにつきましては、今日の様々な状況から、特に大地震がいつ来ても全くおかしくない今、信仰的にも、また歴史的にも、あるいはまた建造物としても、総本山にとって大事な御影堂の大改修を是非、しておきたい。もし手遅れになってしまっては取り返しがつきませんので、今回の記念事業として行いたいと、このように考えております。また併せまして、古くなった塔中も10カ坊ほど、これも耐震構造の上から、あるいはまた今後、快適に過ごせるような工夫を凝らして全面新築していきたいと考えております。

4番目の記念出版事業でありますが、長年の特望でありました『御書教学辞典』、これは現在、教学部が中心になって鋭意、出版の準備に取り組んでおりますが、これを是非とも出版したいと考えております。教学部から聞くところによりますと、2万項目ぐらいの辞典になるのではないかと思います。創価学会が出している『御書辞典』が約1万6千項目でありますから、あれよりは項目を増やしたものとなります。そしてまた、正宗教学に基づいた、誰が見ても安心して使えるそういう『御書教学辞典』を出版したいと、このように考えている次第であります。

以上の事業を記念事業として行っていきたいと考えておりますが、いずれにいたしましても、皆様方の絶大な協力をいただき、すべての事業をつつがなく完遂していきたいと考えておりますので、この点も皆様にはよろしくお願いをする次第であります。以上、縷々申し上げましたが、いよいよ本年も中盤に入りました。皆様方にはいよいよ信心強盛に「決起の年」を異体同心、一致団結して闘いきられ、自分自身の成仏のため、そして広宣流布のために御精進くださることを心からお祈りいたしまして、本日の挨拶といたします。




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