大白法

平成21年5月1日号


主な記事

<1〜4面>

<5〜8面>


back      index      next



立正安国論正義顕揚750年・海外信徒2万名大結集第1回総会
50万総登山の一環として19ヵ国から4,060余名が歓喜に溢れ登山


4月18日・19日の2日間にわたり、立正安国論正義顕揚750年記念50万総登山・4月海外信徒総登山が開催された。これには、大韓民国、台湾、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシア、オーストラリア、UK(英国)、フランス、オーストリア、スイス、イタリア、スペイン、カナダ、アメリカ、パナマ、ブラジル、ベルギー、トリニダード・トバゴの19力国・地域から、4,060余名の海外信徒がはるばるご登山。

期間中、御目通り、御開扉、海外信徒2万名大結集第1回総会、丑寅勤行、唱題行などの諸行事が行われ、登山者は歓喜をもって参加した。また総本山滞在中に、立正安国論正義顕揚750年記念展の観覧、整備された総本山内の見学、思い思いに記念撮影をするなどして総本山での日々を満喫した。海外信徒総登山は、本年の『立正安国論』正義顕揚750年の大佳節に行われる記念行事として、1回約4千名・5回にわたって行われる。


4月16日から17日にかけて、各国担当、海外派遣要員の御尊師方やサポートスタッフらが全国から続々と参集、また成田・名古屋など各国際空港に降り立った海外信徒も、出迎えの僧俗の協力により、順次、総本山に到着した。

総登山行事第1日目となる18日は、各宿坊での勤行から始まった。朝食の後、午前8時から客殿で行われる唱題行に参加し、御法主上人猊下のお供をして1時間の唱題をした。引き続き御目通りが行われ、御法主上人猊下より甚深の御言葉を賜った。

9時半から客殿において海外部長・漆畑行雄御尊師の挨拶、登山会の説明が行われた。その後、午前11時から奉安堂での御開扉に参加し、本門戒壇の大御本尊様への御内拝を戴いた。昼食の後、記念展の見学、翌日のリハーサルに参加するなどして、午後4時からは客殿での唱題行に参加した。各宿坊に戻り、6時からの勤行、夕食、シャワーの後、就寝となった。

翌19日は、午前2時半からの丑寅勤行に参加。明けて午前8時からは客殿での唱題行に参加。1時間の唱題行の後、御開扉に参加するあめ、各国ごとに整列して客殿から奉安堂に向かった。午前10時からの御開扉において本門戒壇の大御本尊様への御内拝を戴き、広布の決意を新たに奉安堂を退場した海外信徒は、照心庭において立正安国論正義顕揚750年記念の記念品(袱紗)を頂戴した。各宿坊へ戻って昼食を済ませた後、総会に参加するため、広布坊へ移動した。


海外信徒2万名大結集第1回総会

午後1時から広布坊において、今回の主要行事の一つである海外信徒2万名大結集・第1回総会が、御法主上人猊下御臨席のもと開催された。これには、御隠尊日顕上人猊下が御臨席あそばされた、記念局委員長の総監・八木日照御尊能化、同副委員長の重役・藤本日潤御尊能化、高野日海・秋山日浄・菅野日龍の各御尊能化、佐藤慈暢大石寺主任理事、宗務院各部の部長・副部長をはじめ、山内教師、海外各国寺院・布教所・事務所の住職・責任者の各御尊師、各国担当教師など御尊師方が御出席。他に山内の所化・小僧さんも多数参加された。

また法華講総頭の柳沢委員長、大講頭の石毛副委員長・永井藤蔵氏・渡辺定元氏・石渡秀男氏・大草一男氏、総本山総代の井出光彦氏・土橋昌訓氏、千葉等北海道第一地方部長・藤野真人福岡地方部長が参加した。

両上人猊下が会場にお出ましになると大歓声と拍手が沸き上がり、さらに司会より参加各国が紹介される間中、盛大な拍手が続いた。総会は、漆畑海外部長の挨拶の後、八木総監、柳沢総講頭より祝辞があった。その後、各国代表決意表明では第1回総会に参加したうち17の国と地域から1名ずつ決意を表明し最後に決意文を御法主上人猊下に奉呈申し上げた。

次いでフランス信行寺信徒ジローさんと、大韓民国・ソウル布教所信徒の具さんから体験発表があった。少年決意発表では、男女の少年部員がかわいらしい元気な発表を披露。青年部決意発表では、女子代表のプライヤーさん(オーストラリア)、続いて男子代表の韋さん(台湾)が登壇し、力強く未来への決意を発表した。

最後に御法主上人猊下より『立正安国論』正義顕揚750年の本年、改めて大聖人の御精神を拝し、全世界の未来永劫に亘る平和実現のため一層、折伏に精進するようにとの甚深の御言葉を賜り、式の部は終了した。

御退場された両上人猊下は、1階ロビーにいる参加者のもとを訪れ、ここでも御法主上人猊下より親しく御言葉を賜った後、記念撮影を行った。さらに、広布坊2階の本堂に再び戻られた両上人猊下と共に、本堂で参加していた海外信徒全員が記念撮影を行った。

小憩の後、パフォーマンスの部では、初めに富士地方部鼓笛隊の演奏、続いて、インドネシア、スペイン、マレーシア、大韓民国、台湾、アメリカ・妙説寺の代表信徒による演奏や舞踊などが披露され、最後にパフォーマンスの部の全出演者が壇上に集まり、会場の全参加者と共に「地涌讃徳」を日本語で高らかに歌い上げ、以上で総会のすべてが終了した。

次いで、午後5時から客殿において唱題行、引き続き漆畑海外部長の導師で勤行を行い、各宿坊に戻って夕食の後、午後7時半からの一斉清掃をもって2日間の日程は終了した。

下山は20日午前2時半より順次開始。翌21日にかけて、御僧侶、サポートスタッフに見送られ、バスに乗り込み下山していった。


訃報


■法華講大講頭 河原昭太郎氏逝去される

法華講大講頭、北近畿地方部長で京都市・平安寺信徒の河原昭太郎氏には、かねて病気療養中のところ4月14日午後0時3分、逝去された。享年80歳。

大相院昭徳日荘居士

通夜は、4月15日午後6時から、葬儀は16日午後0時50分から、平安寺にて平安寺住職・高野法雄御尊師の導師で厳粛に行われた。これには、大石寺主任理事・佐藤慈暢御尊師、北近畿布教区副支院長の菅原信了御尊師をはじめ布教区内外の御尊師方が多数御出席。また、法華講総講頭・柳沢委員長、同大講頭の渡辺定元氏・石渡秀男氏をはじめ、法華講連合会・各地の地方部長並びに役員、有縁の信徒ら多数が参列した。

7日の葬儀は、高野御尊師の導師もと読経が行われ、高野御尊師の御焼香に続き、参列の御僧侶、遺族・親族が焼香し、続いて平安寺境内を埋め尽くす参列者が順次焼香した。長行を終えて、柳沢委員長、平安寺支部・畑副講頭より弔辞が述べられ、次いで弔電が披露され、自我偈の読経・唱題・回向と進められた。最後に喪主の河原昭雄氏が謝辞を述べ、題目三唱して葬儀は終了した。引き続き、菅原副支院長の導師による納めのお経、お別れが行われ、参列者が見送る中、静かに出棺された。同日午後5時からは初七日忌法要が平安寺において高野御尊師の導師により執り行われた。

故河原氏は、昭和3年6月20日に京都市内に生まれ、同31年4月に母親に連れられて法華講に入信。その後、縁あって御隠尊日顕上人猊下が初代住職であられた平安寺に所属。同54年6月法華講平安寺支部結成と同時に副講頭に就任された。翌55年6月、連合会執行部が新体制となり、その翌年1月に新生関西地方部発足に伴い関西地方部長に就任。同56年1月に平安寺支部講頭に、平成5年4月に地方部分割に伴い北近畿地方部初代地方部長となられ、現在に至る。また、平成16年1月1日付で、法華講本部体制の整備充実に伴い、法華講大講頭になられた

常に折伏弘教に率先垂範されると共に他を鼓舞されて来られたお姿が深く記憶に留められる。また、支部にあっては御隠尊上人猊下の御もとで組織作りに一から取り組み、その後、第2代住職・椎名日澄御尊能化のもとで折伏推進に一層尽力され、寺檀和合して支部の大幅な拡大を図られた。さらに、地方部では北近畿地域はもとより関西地方全体の広宣流布のためにご奉公の労を惜しまず、長期にわたり活躍された。

また、宗旨建立750年慶祝記念局委員、同法華講30万総登山推進委員会実行委員、立正安国論正義顕揚750年記念局委員、同地涌倍増大結集推進委員会実行委員、地涌倍増大結集推進西日本決起大会運営委員なども務められた。



■元法華講連合会・壮年部長 永井富三郎氏逝去される

元法華講連合会壮年部長で茨城県土浦市・本妙寺信徒の永井富三郎氏には、かねて病気療養中のところ、4月12日午前0時20分、逝去された。享年93歳。

信受院法道日富居士

通夜は28日午後7時から、葬儀は30日正午から土浦市内の葬祭場において、本妙寺住職・木村真悟御尊師の導師で厳粛に行われた。

故永井氏は、大正4年9月21日、伝統ある法華講の家に生まれ、若くして出征し戦後はすぐに本妙寺支部講頭となり、講中の再建を成し遂げられた後も、長くその任を務められた。また、昭和37年の法華講連合会結成・草創期の頃より、北関東方面の中心者として率先して信心のご奉公に労を惜しまず精進してこられた。同55年、連合会新体制に伴い、連合会幹事に就任され支部講頭の職は後進に譲り、同61年の連合会新規約に基づき壮年部長に就任。また、平成4年には婦人部長も兼務され、連合会の充実に努められた。同8年に80歳で退任。氏の正直な信心と温厚なお人柄、そして強い忍耐力と寺檀和合して広宣流布に向かう信心は全国の鑑として慕われて来た。



back      index      next