銀座のはるみ通りを有楽町方面へ向かう帝都蒸気鉄道に乗り、シートに腰を落ち着けて、四葉が椿に話しかけた。 まだまだ銀座の帝劇前は混雑していたが、夜の部と昼の部のちょうど中間あたりのこの時間帯は、比較的路面列車はすいている。 椿と四葉が座れるぐらいのスペースがあり、二人の少女は仲良く腰をかけたのであった。
「大神さんは、普段はもっと真面目なんだけど……」椿も笑顔で、四葉に対した。 「神代さんと話すときは、いつもあんな調子なの。まあ、神代さんが大神さんをからかうのが原因なんだけど」
「とても仲がいいのね……」
「そうね」椿は頷いたが、やにわに真剣な表情になって、四葉に話しかけた。
「でも、勘違いしないでね。大神さん、いつもはあんな人じゃないのよ?
普段は大神さんは、とってもやさしいし、親切だし、素敵なの。よく気がつく人だし、頼りになるし。
なのに、神代さんがしゃしゃり出てくると、決まってさっきみたいな事になっちゃうの!
本当に、大神さんは、いつもはあんなじゃないのよ?」
「……何だか、椿ちゃん、大神さんの弁護しているみたい」
くすくすと、楽しそうに笑いながら、四葉が言った。なぜか、椿はかぁっと頬が熱くなるのを感じた。
「だ、だって、四葉ちゃんが大神さんのこと誤解したら嫌だから……」
「私は別に、誤解したりはしないけど……」笑いをおさめて、四葉は椿を見つめた。 その薄茶色の澄んだ瞳に、わずかに影がさした。 「でも、とってもうらやましいと思う。私もあんな風に、友達とふざけあえたらなぁ、って思うから」
「四葉ちゃん……」
ちょっと言葉に詰まって、椿は四葉を見つめた。
この、繊細ではかなげな少女に対して、ふざけあえるとはとても思えない。
冗談でも、ふざけた言葉のひとつでも言ったら、この少女は真剣に受け取ってしまうに違いないのである。
だが、そのようなことを告げたとしても、彼女が傷つくことは明らかであった。
何か言おうか、と、椿は口を開こうとしたが、それよりも早く、四葉が顔を上げ、椿を見た。
端麗な顔に、申し訳なさそうな表情が揺らめいた。
「……ごめんなさい。椿ちゃん。私、可笑しなことを言ったみたい。
こうして椿ちゃんと友達でいられるだけで幸せなのに……」
「四葉ちゃん」椿はためらったが、結局口にすることにした。
「私、四葉ちゃんとは何でも話し合える親友になりたいと思うの。何でも助け合える友達でいたい。
――うまく言えないけど、大神さんたちとは違った形だけど、それでも四葉ちゃんとは親友でいたいの。
そんなのじゃあ、駄目かしら?」
「……」
長いまつげが落とすかげりの中、薄茶色の瞳が、揺らめいた。桜色の唇が、僅かに開く。象牙色の肌を透明なしずくが伝い、四葉は慌てて顔を伏せた。 そして、小さな声でひとこと、つぶやくように言った。
「……ありがとう、椿ちゃん」
「お礼言われると、何だか照れちゃうな」頬を染めて、椿は微笑んだ。そして、たもとから手巾(ハンカチ)をとりだした。「四葉ちゃん、これで涙をふいて」
「うん……ありがとう」
差し出された手巾で、軽く四葉は涙をぬぐった。そして、椿へと顔を向けた。その儚い美貌には、輝くばかりの感謝の微笑みが浮かんでいた。
(――きれいだなぁ。やっぱり)
思わず、椿は見とれた。その四葉の笑顔はまるで、朝露に濡れた草花が、黄金色の太陽の光にいっそうの輝きを放ったときのような、溢れるばかりの歓びに満ちていた。
だが、そのとき――
いきなり、がくん、という衝撃が、列車を襲った。耳障りなキキーッという金属音が響く。
「きゃああああっ!!」
「な、何だあ!?」
乗り合わせた乗客の悲鳴が交錯する。椿は思わず、四葉をかばうように覆いかぶさった。
四葉は、ほとんどなにが起こっているのかわからないらしい。ただただ呆然とした様子で、椿に抱きしめられるままであった。
棚に上げられた荷物が崩れ落ち、がくんがくんと激しく上下に車体が揺れる。
そしていきなり、ズンッという重い衝撃が走り、体が前に向かって投げ飛ばされるような感覚に襲われた。椿は必死になって、窓枠に手をかけた。
乗客の幾人かが、視界をよぎって、前方へと転がされていく。
ガガガガガガッと石を噛む音がしたかと思うと、いきなり車体が、横転した。上下の感覚が失われる中、それでも椿は必死になって四葉を抱きしめていた。
そして、まるで長い長い時がたったかと思われるほどの時間が過ぎた後、ようやく列車は、停止した。ほこりが舞い、荷物の止め紐がほどけたのか、ばらばらと、様々なものが散乱する。
その中で、ようやく椿は、身を起こした。そして、慌てて胸の中の大事な友達の体を揺すった。
「四葉ちゃん、四葉ちゃん!?」
「つ……椿、ちゃん?」
か細くはあったが、意外としっかりした声が返ってきて、椿はほっと胸をなで下ろした。
「四葉ちゃん、大丈夫?」
「え、ええ」軽く、ぶるり、と身震いしてから、四葉はようやく椿を見上げた。 「私は大丈夫。それよりも、椿ちゃんは?」
「平気平気!」元気づけるように、椿は明るく笑った。「私、こう見えても丈夫だから! 四葉ちゃんこそ、どこか怪我とかしてない?」
「たぶん……大丈夫、だと思う。どこも、痛くないから」
四葉はそう答え、そして、不安そうに周りを見回した。
「それより、何が起こったのかしら?」
「わからないけど……」
椿も不安そうに、周りを見回す。あちらこちらに乗客が倒れ、幾人かはどこかにぶつかったらしく、血を流している。 荷物が散乱し、窓硝子が割れ砕けてはいるが、列車の車体はそれほどの損傷はないらしかった。わずかにへこんだりしているものの、横転したショックで天井がやや曲がったくらいである。
(……ということは、原因は、列車の故障じゃないのかしら?)
小首をかしげた椿だったが、とりあえず四葉を支えて立ち上がった。 横転した車体の、ちょうど地面と接する側のシートに座っていたため、彼女たちはたいした被害をうけることはなかったらしい。 向かい側に座っていたはずの乗客の幾人もが、彼女たちの周りに倒れ、うめいている。椿の顔に、恐怖が浮かんだ。
(もしかしたら、私たちもこんなになっていたのかしら……)
がくがくと、震えが走ってくる。だが、ふいに椿は、自分以上に震えている少女に気づいた。 椿の衣服を掴み、四葉は、まぎれもない恐怖にその白い顔を青ざめさせていたのである。
(わ……私がしっかりしなくちゃ!)
「大丈夫よ、四葉ちゃん」椿は、できる限りしっかりした声を四葉にかけた。震えが混じるのを、どうにかこうにか押さえる。 「心配ない、じきに、誰か、助けに来てくれるわ」
「椿ちゃん……」
顔を青ざめさせたまま、四葉は、椿を見上げた。その、自分を頼り切った少女の顔を見て、ようやく、椿は震えが止まるのを感じた。 しっかりした声で言葉をかけ、励ますように、四葉の体を抱きしめる。
「大丈夫。私たち、生きているんだもの!」
びくり、と、四葉の体が大きく震えた。その薄茶の瞳に、刹那、何かひどく狼狽に似たものが走ったが、椿は全く気づかなかった。
「さあ、それよりも、みんなを助けなきゃ!」
自分でも驚くほど、椿は冷静になっていた。四葉を近くに寄りかからせ、血を流してうめいている人々を見て回る。
乗客数が少ないのが幸いだった。皆、反射的につかまるものを求めたのだろう、手を伸ばし、何かしらにつかまって、衝撃をやりすごしたらしい。
だいたいはかすり傷や打撲といった軽傷で済んでいる。止血が必要なものも何人かいたが、それもたいしたことはなく、緊急を要するものはなかった。
衣服の端を裂いて包帯を作り、椿は手早く手当てをしていった。帝撃風組として、ひととおりの応急手当ての方法は学んでいる。
頼るものが自分だけであることを知った今、椿は、極力恐怖を押さえて、自分のなすべきことをしていった。
――その、ほんの少し前のことだった。
帝劇のロビーにある売店の中で、商品の整理に忙殺されていた大神と神代は、突如響いた警報に、びくり、と体を震わせた。
鈍く、うなるような警報は、この数カ月聞かれなかったものである。だが、それの意味することは、ただ一つだった。
(――いったい、何が起こった!?)
大神の表情が、固く険しい、帝撃の隊長としての顔になる。立ち上がり、いそいで売店から駆け出そうとした。だが――
「おい、大神! いったい、これはどうしたことだ!?」
鋭い声と、ぐいと伸ばされた腕が、大神の行動を阻止した。肩をつかまれた大神は、険しいまなざしを神代へと向けた。
「何でもない!」
「……なわけはないだろ、大神!?」
明らかに殺気立った様子の大神に向かって、神代も普段のだらしない顔を引き締めていた。深い碧色の瞳が、まっすぐに大神に向けられる。 彫りの深い顔には、めったにないくらいに真剣な表情が浮かび、納得のいかない説明など受け付けないといった強い意志が感じられた。
「おい、何が起こってる? 何をお前はしようとしているんだ、大神!?」
「……」
大神の表情も、変わらない。端正な顔の中、切れ長の瞳が、ぎろりと神代を睨み付けた。一語一語、区切るようにはっきりと、大神は言った。
「お前には関係ない。ここで待っていろ。別にどうということはない。だからその手を離せ」
「関係ないだと!?」ふん、と、軽く鼻を鳴らして、神代は、大神の肩をつかんでいる手に力を込めた。「納得いく説明をするまで、離さねぇからな」
「――ならば、無理矢理にでも離してもらう!」
そう言った瞬間だった。大神の体がいきなり反転した。強烈な後ろ回し蹴りがうなりをあげて神代に襲いかかる。反射的に、神代は右腕を顔の横へと立て、防御の姿勢をとった。 案の定、鈍い音と共に、神代の右腕に衝撃が走った。ぐっと足を踏ん張り、左手で右腕を支え、こらえる。だが、それでも神代の体は横にずれた。 びりびりと、重い痛みが走る。神代は眉をひそめた。
「……やるじゃねぇか、大神。いまだに士官学校首席の実力は、衰えちゃあいねえようだな?」
「悪いな。神代。お前に構っている暇はないんだ」
そう告げると同時に、大神は踵をかえし、廊下をかけていった。
それと入れ違うようにして、廊下に、人影が現れた。
「……あ、神代さん!?」
「やあ、かすみちゃん。ちょうどいいところに来たぜ」
しびれがまだ残る右腕を体の横でぶらぶらとさせながら、神代は、にやりと笑ってかすみへと近づいた。
顔は笑ってはいるが、その碧色の瞳は笑っていない。いつになく真剣な光をたたえている。
そのことに気づき、かすみは思わず後ずさった。
「ど、どうしたんですか、神代さん? 怖い顔をして」
「いやなに、ちょいとばかり聞きたいことがあってよ」神代の口元が、大きく開いた。物騒な笑い顔だった。 「今さっき、警報みたいなのが聞こえたんだが。何が起こっているのか、説明してくれないか?」
「あ、あれは……」
さすがに、かすみは大神とは違っていた。穏やかな顔に怯えを走らせる。
「そんなに怯えなくても、大丈夫だぜ? 俺は紳士だからな。
女性に、それもとびっきりの美女に、手荒なことはしやしねぇよ」
神代は苦笑したようだった。だが、神代の全身から発せられる、何かひどく剣呑な雰囲気に、かすみはびくりと体をすくませた。
「なあ、聞かせてくれ。いったい、何が起こったんだ? いったい大神は、何しに行ったんだ?」
「え……あの、その……」
じりじりと後ずさりつつも、かすみはどもるばかりで答えようとしない。
その様子に、神代も、ついに我慢の限界にまで達したようだった。
ほとんど瞬く間に、かすみは、すぐ目の前に巨大な影が現れるのを見た。
ほとんど音を立てることもなく、それこそ瞬間移動でもしたかのような早さで、神代がかすみに詰め寄ったのである。
反射的に逃げようとしたかすみの細い腕を、神代のたくましい腕が掴む。ふりほどこうとするかすみだったが、いきなり自由を失った。
何が起こったのかすらわからないままに、かすみは、壁にぐいと張りつけられていた。
「で? 何が起こったのかな?」
静かに問いかけられた声に、かすみの全身に冷や汗が伝った。帝撃風組の中でも、かすみは武芸に秀でている。
普通のものでは彼女に太刀打ちできないほどの腕前を持っており、かすみ自身ひそかに自慢に思っているものだった。
花組の少女たちには劣るとしても、それなりに身を守ることはできるはずだった。
だが、まさか、これほどまで簡単に組み伏せられるとは!?
(……このひと、ただものじゃない!)
一切の抵抗を封じられ、かすみはもはや観念する以外に助かる方法がないことを知った。
それでも、かすみには、帝撃について口外することはできなかった。
内心で渦巻く、たとえようもない恐怖と戦慄を押さえ込み、ぐいと顔を上げて神代を睨み据える。
その彼女の、絶望的なまでの抵抗に、神代は、いきなり、ふうっとため息をついた。
だが、その腕の力は緩めない。彫りの深い顔に、苦々しい怒りが揺れる。
そして、聞き分けのない子を諭すように、ゆっくりと神代は語った。
「いいか、かすみちゃん。俺が今一番聞きたいのは、今、何が起こっているか、だ。
大神がどこに行ったかとか、何をしているかとか、聞きたいことはたくさんあるが、そんなことは今はいい。
さっきの、あの警報。あれは、何かよからぬことが起きたせいじゃないのか?
もしかして、また、この帝都にひどいことが起こっているんじゃないのか?
――俺が聞きたいのは、今、一番聞きたいのは、そいつなんだ!」
「……」
それでも、かすみは頑なに口を開くことを拒んでいた。神代の碧色の瞳が、まぎれもない怒りをはらんだ。
「いいか、かすみ!」一転して強い口調で、神代は叫ぶように言った。 「もしも、もしもだ。今帝都に、この前のような魔物が出現していたとしたら、椿ちゃんが危ねぇんだ! 椿ちゃんはさっき、四葉ちゃんを家に送りに行ったんだ。今ごろはまだ、家についちゃあいねぇ。 下手をすると、何かに巻き込まれているかも知れねぇんだ!」
「……!!」
かすみの強ばった顔に、一瞬の狼狽が走った。固く閉ざされていた唇が開き、せっぱ詰まったような声がもれた。
「本当ですか!? 椿が、いま、外に出ているって!?」
「ああ」かすみを拘束していた力をゆるめ、神代は、ぐいと眉をひそめた。 「もし、今何か帝都に起こっているんなら、椿ちゃんが危ねぇ。だから、かすみちゃん、状況を教えてくれ! 他のことはどうでもいいから、まずそいつを教えてくれないか!?」
神代のその言葉には、何かしら真摯なものがひそんでいた。あせりが、その碧色の瞳に浮かんでいる。
それを見て、ようやくかすみは決心した。ひとつ大きく深呼吸して、手短に状況を報告した。
「つい先ほど、日比谷公園近くに、謎の人型蒸気らしきものが出現しました。帝都内はパニックになっています。 詳しいことは、私もまだ入手していませんが、帝都をおびやかす存在であることは確かなようです」
「日比谷公園――有楽町の先、椿ちゃんたちが向かった方向じゃねえか!?」
ぎりり、と唇をかみしめ、神代はかすみを睨み付けた。びくっとかすみは身を震わせた。神代から、まぎれもない殺気が吹き寄せてきたのである。 それは凍りつくほどに冷ややかで、しかし内にはマグマのような灼熱の力が潜められていた。
「かすみちゃん! この帝劇に、何か武器になる乗り物はないか!? 何でもいい、椿ちゃんを助けられるようなものだ!!」
「そ、そんなものは……」
身を切り裂くような神代の殺気に、かすみは身を震わせながら、首を振った。
だが、その彼女の後ろから、冷静な声がした。
「……あるわ。ひとつだけ」
「ゆ――由里っ!?」
かすみをどけるようにして姿を現したのは、由里であった。だが、そこに普段の明るく陽気な娘の姿はない。 すっとたった姿には、どこかしら威厳さえも感じられる。栗色の瞳が、かすみをちらりと見、その後で神代に向けられた。
「あまりかすみさんを脅さないでほしいわね、神代さん? 嫌われちゃいますよ?」
口調は明るいが、そこに含まれているのは、普段の茶化した声音ではなかった。小作りの顔にやや厳しい表情をたたえて、由里は神代を見た。
「――悪かったよ、かすみちゃん。俺があせりすぎていた」
素直に、神代は詫びた。それを見て、ようやく由里の細い眉が、ゆるんだ。
そしてつかつかと神代のもとに歩いてくると、由里は、手に持った何かを、神代の手に押しつけた。
「こいつは何だ?」
「鍵よ」
(まさか――霊子甲冑の鍵では!?)
かすみの脳裏に一瞬疑いがひらめいたが、実際はそうではなかった。
由里は、さきほどの厳しい表情などありえなかったかのように、にこやかに微笑んだ。
「人型蒸気の、鍵。――ほら、神代さんが大神さんとここに始めてきたとき、紅蘭が造ってたでしょ? 土木作業用の、人型蒸気。これは、あの人型蒸気の鍵よ」
「……」
そっと、かすみはため息をついた。由里にかぎって、帝撃の最重要機密をうかうかと手渡すことはない。 そう信じてはいたが、それでも一抹の不安はぬぐえなかったのだ。
「戦闘用じゃないけど、それでも、蒸気バイクとかよりは役に立つと思うわ」
「ありがてぇ!」
神代の顔が、喜びに輝いた。渡された鍵を握りしめ、気ぜわしげに由里に問いかける。
「それで、そいつはどこにあるんだ?」
「心配しなくてもいいわ。帝劇の裏の、舞台道具の搬入口近くに置いてあるから。一目でわかるわ」
「恩に着るぜ、由里ちゃん!」
そう叫ぶや、神代は由里をぐいと抱き寄せた。「え?」となる由里の左の頬に軽く唇を触れる。
「じゃ、いってくるぜ!」
キスをされた頬に手を当てて呆然となる由里を尻目に、神代は帝劇から駆け出ていった。
「……あはは。キス、されちゃった」
照れたようにわずかに頬を染めて、由里は笑いながらかすみに言った。 かすみも、まだ強ばっている顔に微笑みを浮かべる。
「――神代さん、ずいぶん真剣なのね。びっくりしたわ」
「そうね。かすみさんがあそこまでやり込められちゃうんだから」
普段の気楽な口調で、由里は言った。だが、次の一瞬には、彼女の顔はまるで別人のように厳しく引き締まっていた。
「それより、かすみさん。帝劇の防衛態勢をとらなきゃ。椿ちゃんの抜けた穴は、副砲術士に任せるとして、色々忙しくなるわよ?」
「わかっているわ、由里」かすみも表情を引き締めて、頷いた。「椿のことは、神代さんや花組の皆さんにまかせましょう」
二人は顔を見交わすと、廊下を奥へと向かって走り出した。