<その4>



「‥‥うまい、うまいよ、これ‥‥沖縄の料理だな。これはカンナかい?」

「‥‥‥‥」

「かーっ、この辛味が効いてるところが、また、なんとも‥‥こっちは‥‥ほほ

う、久しぶりだな、ボルシチか‥‥どれどれ‥‥」

「‥‥‥‥」

「こ、これは‥‥‥‥いやはや‥‥マリアがこんな料理上手だとは‥‥副司令に

推薦した介があったというもんだよ、うん‥‥‥‥おや、こちらは懐石か‥‥」



「‥‥‥‥」

「どれ‥‥‥‥ふーむ、これはすごいな。さしずめ、すみれくんの十八番ってと

こか?俺、懐石って昔からなじめなかったんだが、これはすごいぞ。うん。なん

ていうか、懐石本来の庶民の味がして‥‥うーん、なんと言っていいか‥‥うー

ん‥‥うまい」

「‥‥‥‥」

「羨ましいよ、大神。お前いつもこんな美味いもん喰ってんのか」

「‥‥兄さん‥‥一郎って呼んでくれよ」

「アホ。俺は支配人だろ。公私混同は以ての外。お前も俺のことは神凪と呼べ。

いいな」

「でも‥‥」

「俺は‥‥大神麗一という名は10年前に捨てた。今は帝国劇場支配人、そして

帝国華撃団司令の神凪龍一だ。よく憶えておけ」

「捨てたって‥‥」

「‥‥言えないこともある。わかってくれ‥‥一郎。これで最後だ、大神」

「‥‥‥‥うん」

「よし、いい子だ。‥‥ん?‥‥こ、これは、もしや‥‥」

「え?」

「こ、これは‥‥こ、このソテーは‥‥まさかフォアグラでは‥‥」

「それは‥‥」

「‥‥これは‥‥ん?」

「それは‥‥アイリスが、つくったの‥‥食べて‥‥みて‥‥ください‥‥」

「な、なにぃーっ!‥‥し、信じられん‥‥こ、これを、ア、アイリスが!?」



「‥‥どういう意味?」

「あ、いや、どれどれ‥‥ん‥‥んん?‥‥‥‥こ、これは‥‥」

「‥‥‥‥」

「‥‥はあ‥‥昔、フランスに‥‥行ったときに‥‥食べた‥‥あの時と‥‥同

じ‥‥」

「‥‥どう、ですか」

「はあ‥‥素晴らしい‥‥素晴らしいよ、アイリスっ、うまいっ、うまいぞ、ア

イリスっ、これは‥‥これは、まさに芸術品だよ!」

「あ、‥‥アイリス、うれしい‥‥」

「うんうん。‥‥‥‥はああ、しっかし、こんなうまいもん、ほんと久しぶりだ

ぜ。俺の普段の飯といや麦飯と味噌汁、それに煮干しぐらいだったもんなあ‥‥

くそっ」

「‥‥‥‥」

「まったく、あんの米田のクソジジイがっ、辺鄙なとこにばっか飛ばしやがって

‥‥俺の真価が全然わかってない!‥‥だが‥‥ふっ、いよいよ俺にもツキがま

わって‥‥」

「兄さ‥‥あ、いや、神、凪支配人‥‥いったい今迄どこに‥‥」

「‥‥ま、それは追々話すことになるよ。時間はたっぷりあるしな。俺にも‥‥

お前にも。さて、次は、と‥‥‥‥これは‥‥」

「そ、それは、わ、わた、わたしが、その、つ、つくりまし、ました、です‥

‥」

「へえー、これ、さくらくんの手料理かい?」

「えーーっ!?」

「ん?‥‥なんで、そんな驚くの?」

「‥‥あ、いえ、その‥‥」

「ふーむ、これは‥‥仙台で一度食べたことがある。真宮寺大佐の家だったな‥

‥」

「えっ!?」

「ははは、君のお父さんのことはよく知ってるよ‥‥‥‥ああ、これは‥‥ほん

と、お母さんの味にそっくりだ‥‥あたたかくて‥‥すごく、おいしい」

「‥‥‥‥お母、さん、の‥‥」

「ああ‥‥俺、この味、忘れられなくてね‥‥」

「‥‥‥‥」

「はあ、おいしいなあ‥‥」

「‥‥そ、そんな、大神さん、恥ずかしい‥‥‥‥はっ、ち、違う‥‥」

「さあて、次は帝劇三人娘のお嬢さんたちの作品だな‥‥」

「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」

席順はこうだった。

サロンの長テーブルの窓側に、大神と神凪、そして山崎が並んで座り、それをは

さむように帝劇三人娘が配置した。

向い側に花組の少女たちが、外壁側から向かって背の高い順番‥‥カンナ、マリ

ア、すみれ、さくら、そしてアイリスが並んで座った。

大神と兄である麗一、即ち神凪とのロビーでの再会。そして神凪との邂逅。

それらは、帝劇の少女たちの脳裏に、これまでにない衝撃的な記憶として叩き込

まれた。

サロンへ移動する二人に、まるで夢浮病者のごとく、死霊のごとく、ぞろぞろと

ついていく花組の少女たち。全員がまず階段で最低二度はこけて、そして曲がり

角の壁に顔をぶつけた。

宴会が開始されても、口は開けたまま、手はテーブルの上に乗せたまま、ただ目

だけが、隣り合って座る大神と神凪の間を往復していた。

なんとかアイリスが口火を切ったのを皮切りに、さくらが追従しただけだった。



大神と神凪。

9年前に別れた兄弟。

神凪は5歳年上の兄。26歳。

9年間の隔たりは、歳の隔たりをも吸収し、神凪の風貌に酷似するまで、大神を

成長させていたのだった。

二人の顔は同じだった。一人はもう一人の分身だった。

ただ目の色だけが、少し神凪のほうが薄い茶色を呈していた。

頬もほんの少しだけ扱けているぐらいで、髪の毛は神凪のほうが若干長いが、逆

立った大神特有の髪形は神凪も同じだった。

直立姿勢の状態では神凪のほうが10センチほど高い。

しかし今座っている状態だと、その違いを見いだすのは殆ど困難で、服装以外で

二人を識別するのは、かなりの特訓が必要と思われるほどだった。

声もほとんど同じ。耳ざわりのいい少しハスキーな声。

さくらは自分のことを”さくらくん”と呼ぶ神凪を大神と勘違いした。

それで、どちらが大神か一瞬混乱したほどだった。

父親である真宮寺一馬をも知っている。

家にきたことがある?

お母さんのことも知っている?

さくらの混乱は極地に達していた。

他の少女たちにもそれは勿論言えた。

カンナに至っては、目の前にあるご馳走にまるで手をつけないことからも、その

うろたえ振りが伺い知れた。

冷静なマリアですら、口を開けたまま、何も喋ることができない。

すみれは、どういうわけか、それらの状態に添付される形で、顔が真っ赤になっ

ていた。

顔が赤くなっているという点ではアイリスも同じだったが、彼女の場合、すみれ

とは違った所に起因しているようだった。

神凪がひととおりご馳走を平らげた後、彼女たちにも、なんとか、喋りだす気力

が戻ってきた。

それも微かではあるが。

「あー、喰った喰った‥‥三年分ぐらいのご馳走にありつけた気分だぜ‥‥」

「あ、あの、あのよ、し、しは、支配人‥‥」

「ん‥‥なんだ、カンナ」

「そ、その、あの、し、支配人は、その、なんか、ぶ、武道とか、お、おや、お

やりに、ななってんですですかい‥‥」

「おいおい、大丈夫か‥‥‥‥んー、まあな‥‥」

「ど、どど、どういう‥‥」

「おい、ほんとに大丈夫かよ‥‥‥そうだな、俺は立場上いろんなとこに行った

し、それに、身体も丈夫にしとかんと、やばいような仕事だったしな。結構いろ

んなの身につけてるよ。‥‥お前の桐島流もそうだな」

「え、ええ!?」

「桐島琢磨‥‥お前の親父だろ」

「えーーーーーーーっ!?」

「あはははは、手合わせしたことあるよ」

「な、な、な、なん、なんだってえーーーーっ!?」

「おい、落ち着いてくれよ‥‥‥‥そういや‥‥」

神凪は一通り花組の少女たちを見回してから続けた。

「‥‥みんなには間接的に関わっているな‥‥ただ、マリアは‥‥」

「え‥‥」

「‥‥まあ、それは措いとこう‥‥次は順番からいくと、すみれくんだな」

「!!」

「君のお祖父さんには随分世話になったからな。勿論霊子甲冑に関する部分もあ

るが‥‥カンナの話から続いてるんで、武道か‥‥風塵流だ。君の長刀の技、翔

鯨丸のスクリーンで拝見させてもらったよ。なかなか‥‥だが‥‥解釈が少し違

う気がする」

「え‥‥?」

「まあ、それも、追々ね‥‥さくらくん、か‥‥君も‥‥うん、少し早いな‥

‥」

「え、え?」

「アイリスは‥‥さっきも、この料理驚いたんだけど‥‥さくらくんと同じなん

だよ」

「え?」

「シャトーブリアン伯爵家は帝撃とは縁が深いからね、藤枝前副司令の関係で‥

‥」

「!!」「!」「!」「!」「!」「!」

「‥‥俺も行ったことがあるんだよ‥‥アイリスは、そのときは‥‥うん‥‥そ

れでね、これと全く同じ味の料理、出してくれたんだよ‥‥君のお母さん」

「!!」

「‥‥教えてもらったのかい?」

「‥‥ううん」

「そっか‥‥ふふふ、これを、そのうち食べさせてあげるといいよ。‥‥ああ、

顔が目に浮かぶようだ‥‥‥お母さん、泣いちゃうかもな」

「‥‥‥‥」

「ま、そんなとこかな。話の続きは、またいずれできるし、ね‥‥」

神凪は締めくくろうとしたが、一人どうしても納得できない少女がいた。

さくらが勇気を振り絞って話しかけた。

「あ、あの、あの、か、神凪、支配人‥‥」

「ん‥‥なんだい?」

「あの、わ、わたしに、その、少し早いと、いうのは、ど、どういう‥‥」

「いろいろとね‥‥」

「‥‥‥‥」

「‥‥納得してないみたいだね」

「‥‥‥‥」

「‥‥じゃあ、取敢ず一つだけ。‥‥そもそもこんな機会が来るとは思わなかっ

たからね。ほんとは一緒に全部話したいんだけど‥‥」

「は、はい‥‥」

「実は‥‥君には渡すものがあるんだよ‥‥‥‥三つほど」

「え‥‥‥‥それは‥‥」

「一つは物で、一つは物ではない。そして、もう一つ‥‥これもまだ早いから渡

せない」

「‥‥?」

「最初の二つだけな‥‥一つは‥‥剣だ」

「え?‥‥刀、ですか?」

「君の持っている‥‥そう、お父さんの片身の太刀、霊剣荒鷹‥‥それな‥‥」



「!‥‥なぜ、それを‥‥」

「それは、”影打”なんだよ」

「え?‥‥」

「早い話、刀工が造る二番目によい出来の刀さ。‥‥最高の物を”真打”とい

う。舞台でもいうだろ、真打登場ってさ。‥‥その霊剣荒鷹真打を君に渡す」

「‥‥‥‥」

「明日にでも渡そう、用意しておくから。暇なとき支配人室に来てくれ」

「‥‥あ、は、はい」

「もう一つ、物でないと言ったが‥‥技だ。北辰一刀流の‥‥破邪剣征奥義だ

よ」

 「!!!」

「なーんか、結構驚いてるよな。だからもう少し延ばそうと思ったんだけど‥‥

これは真宮寺大佐の‥‥君のお父さんの意志でもある」

「お、お父さんの‥‥」

「君が会得したのは‥‥第七奥義の桜花放神、第拾壱奥義の百花繚乱‥‥そして

第七奥義の裏技、桜花乱舞。こんなとこだったかな」

「な、なぜ‥‥なぜ、そんなことを‥‥」

「‥‥ふっ、まあまあ‥‥前後は省く。君には第拾壱奥義の裏技と‥‥準最終奥

義、そして、最終奥義を伝えるよう頼まれていた。百花繚乱・裏‥‥即ち破邪剣

征・百花昇龍塵。そして‥‥」

「そ、それは、い、いったい‥‥」

「ん?‥‥実際会得してみればわかると思うけど‥‥俺が見せてもいいんだが、

どうもなあ‥‥そう、ちなみに、今日の戦闘で俺が最初に使った技、あれは‥‥

第八奥義の橘花風神。読みは同じで雪華風神とも言う。それがさ‥‥はあ‥‥ど

うしたもんか今一つ安定しなくてね。いじったのがまずかったのかなあ‥‥ほん

とは橘の花‥‥マリアの名字と同じだな‥‥それの、その純白が、こう、なんと

言うか、ぱーっと、まるで雪のように‥‥‥‥はあ、なんで黒くなるんだろ」

「‥‥‥‥」

「‥‥あ、ま、いいか。あれとは様子が全然違うから。裏技ってこともあるし。

俺がやって見せても、多分本来の形とは違うような気がするんだよ‥‥明日にで

も予定を決めようか。‥‥最後の奥義二つを教えるのは、しばらく後になりそう

だな‥‥‥‥‥そんなとこだね」

「‥‥‥‥」

「ふむ、まだか。マリアもそうだったな‥‥」

「え?」

「あ、いや‥‥さくらくん、最後の一つが言えないのは‥‥他にもあるんだが、

これは、ほんとに時期がよくないからだよ。わたしだけではどうにもならん‥‥

わたしが、大神に命じて君の出撃を止めた理由の一つでもあるんだが‥‥これは

時期がきたら必ず話す。話さないといけないことだから‥‥」

「‥‥はい」

「‥‥さくらくん」

「!‥‥は、はい?」

さくらはまたまた驚いた。

話の内容も、そして神凪の風貌もさることながら、

自分の名を呼ぶその優しい口調は、大神のそれ、そのものだったからだ。

さくらは、ぽかんとしながらもかろうじて返事をした。

「破邪の血統のこと‥‥お父さんからは何も聞かされていないだろう?」

「!」「!」「!」「!」「!」「!」

さくらの変調の原因となったと推測される、破邪の力。

それを表面化しないよう、また知らせないように口裏合わせをした、花組のメン

バーと山崎。

まさか、ここで、しかも司令から打ち明けられるのでは‥‥と。

「はい‥‥」

「うん。それについては俺と一度ゆっくり話そうな‥‥ただこれだけは憶えてお

いてくれ」

「‥‥‥‥」

「君が受け継いだ力、君が潜在的に持っている力は‥‥必要なんだ。帝都に帝撃

が、花組が必要なのと同じように。花組に君や、そして、仲間たちが必要なよう

にね。君の力は‥‥いずれ解放される。だが信じろ‥‥必ず君を助けてくれる人

がいることを」

「あ‥‥」

神凪は微笑んでいた。

照れくさそうな大神の笑顔とは少し違う、大人の‥‥そう、父と同じ笑顔のよう

な気が、さくらにはした。

「みんながついてる」

「‥‥はい」

「うんうん。俺もついてるしね。楽勝やで」

大神は‥‥そして花組の少女たちも、山崎も‥‥完全に舌を巻いていた。

そして感じた。

この人はどこか違う‥‥でも信じられる‥‥信頼できると。

最後の関西訛りが、心の中で欠けた何かを思いださせて、少し悲しげな響きを奏

でたことも。

サロンは静寂に覆われた。

神凪は席を立った。

「あ、そうだ‥‥‥‥最後にみんなに一つだけ言っとくことがある。‥‥別に心

構えとか、そんな臭いもんじゃないよ。話せる雰囲気になったからね」

「?」

「ここにいない人‥‥そう、帝国華撃団・花組は、隊長を入れて七人で一つだ」



「‥‥!!!!」

「李紅蘭‥‥彼女のことは心配するな。箝口令が敷かれていたが‥‥わたしの司

令権限に基づき公表する。彼女は今、中国にいる。理由は‥‥これは言えない

が、少なくともこれから遭遇するであろう脅威に立ち向かうためのもの‥‥とだ

け言っておく。向こうでは、わたしの直属の部下が彼女を護衛している。はっき

り言って相当強い。だから仮に万が一のことが起こっても懸念は無用だ。彼女は

近いうちに必ず戻る。‥‥心配すんなよ、大神。お前が一番顔に出てるな。ま、

公表したと言っても、他に漏らすことは避けてくれよ。花組内部のみだ」

「‥‥‥‥」

「以上だ。‥‥今日は昼も夜も楽しかったよ。また明日から楽しみだ。ごちそう

さま、とてもおいしかった。それじゃ‥‥おやすみ」

神凪は席を移動した。

サロンのドアまで行ったところで止った。

「ああ、マリアと大神、それと山崎‥‥一時間後に支配人室に来てくれ。まあ、

事務的な打ち合わせだな。よろしく。‥‥そんじゃ」



そこにいた全ての帝撃団員は、神凪の姿が消えた後も視線をドアから動かすこと

ができなかった。

しばらく時間が経過した。

大神と、カンナ、そして山崎の腹から音が発生した。

沈黙を破ったのは花組隊長だった。

「あ‥‥食べよう、か」

食事が始まった。

崩壊した家庭のそれを思わせた。

しかし勿論内容は崩壊ではなく、混乱であり渾沌であった。

そしてほとんど言葉を出すことのなかった少女たちの、神凪新司令の歓迎会兼舞

台の打ち上げは、そのあとも結局だれも何も話さず、無言のまま幕を降ろした。



無音の歓迎会は音のないオーケストラだった。全ては自室に戻ったあと、記憶が

大音量で再生されることになった。

二人の大神隊長の映像とともに。







コンコン‥‥コンコン

「開いてるよー」

「!‥‥なんか‥‥はっ、大神、山崎、タチバナの三名参りました。入ります」



「おお」

「失礼します」

大神はきっちり一時間後に、マリアと山崎を連れ立って司令室前に到着した。

ノックした後の反応が一瞬米田を思いださせて、大神は少し引き攣った。マリア

は神凪の反応が大神そっくりなのに驚いて、これもやはり引き攣った。

二人とも気を取り直して、いつもの表情で支配人室へと入っていった。

「悪いな、なんか疲れてるだろうに‥‥」

「い、いえ、そんな‥‥」

大神は本心からそう言った。

当たり前であった。

できればずっと一緒にいたかったのだから。

神凪を崇拝する山崎もそうだった。

そしてマリアも同様で、大神と殆ど同一人物と言えるこの司令と共に居ること

に、なんの抵抗も感じなかったし、やはり、できればずっといたかった。

自分を副司令として傍においてくれた大神さん、あ、いや、大神さんのお兄さん

‥‥うれしい、ずっとサポートさせてください‥‥という、割と大胆な発想まで

飛び出した。

最後のくだりは、一瞬思ってすぐ頭の中で訂正するあたりがマリアらしかった。



支配人室へ向かうときに見せた、他の花組の少女たちの視線には、明らかに嫉妬

の念がこびりついていた。

勿論本人たちは意識しているのではなかった。

なぜ支配人室へ行くのに?と、マリアは一瞬頭が擡げたが、それもすぐ理解でき

た。

多分自分もその立場だったら、そうするだろうと思った。

要するに大切な人が、二人、もいるのだから。

「まあ、そこに座んな」

「!」「!」

大神とマリアは、ソファに奨められたことよりも、その口調が一瞬あまりにも米

田に似ていたのに驚いた。

‥‥俺の教え子だから‥‥

特にマリアは少し頭の中で苦虫を噛んだ。

米田司令ったら、もう、大神さんに、あ、いや、大神さんのお兄さんに、よけい

なこと刷り込んだんじゃないかしら‥‥という塩梅だった。

マリアについても、他の花組隊員同様、やはりリハビリは必要のようだった。



「少し長くなりそうなんでな‥‥ソフトとハードの両面から話すから」

「‥‥」「?」「?」

「まずは‥‥山崎、お前だ」

「は、はい」

「お前‥‥しばらくここにいろ」

「は?‥‥あ、それは、あの、既に‥‥」

「そうじゃない。お前を夢組隊長と兼任する形で、花組隊員に暫時任命する」

「!」「!」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はい?」

「お前なあ‥‥兼任辞令だよっ!」

「あ、はい!わかりました。‥‥ですが何故?」

「整備の件は聞いてるな?」

「はい」

「カンナの神武の修理は、俺とお前でやる。それとアイリスの機体の再生もだ」



「‥‥アイリス機はもう使えるとは思えませんが」

「ふふん、別に元に戻すつもりはねえよ。二体とも大改造だ。それに元に戻した

ところで、あのゴテゴテした化物に対抗できるとは思えんし」

「‥‥」「‥‥」「‥‥」

「紅蘭が戻るまで、その後釜はお前しかいないからな。みっちりしごいてやる」



「‥‥はい」

「それと、お前‥‥神武に乗れ」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は?」

「お前なあ‥‥霊子甲冑に乗れっつうてんのっ!」

「は、はい!‥‥‥‥えーーーーーっ!?そ、そんな、わたし、できませんよ

!」

マリアと大神は横で聞いていて、笑いを抑えることに集中しなければならなかっ

た。

山崎はいつしか、そのキャラクターで花組の間になくてはならない存在になって

いた。

それに神凪の対応も山崎にははまっていた。この辺りは大神と外見は同じでも中

が少し違う所を示していた。 

しかし山崎が神武に乗るのはいささか辛いのでは、という常識的判断もあった。



「わ、わたしは、そんな、霊力もそんな、ないですし、それに、あんなデカイの

動かすだなんて、そんな‥‥」

「はあ‥‥」

「ねえ、山崎少尉‥‥」

『‥‥マリア!?』

大神はその声、口調に動揺を隠せなかった。

‥‥あやめさん?‥‥

そう見間違うほどだった。

「大神大尉も、それにアイリスも実戦ではじめて霊子甲冑を動かしたんですよ。

大丈夫。‥‥霊力については司令に考えがおありなのでしょうから‥‥」

「そういうこと。いいとこついてるな、マリア」

「いえ、そんな‥‥」

と、言いつつ顔を赤らめるマリア。

「蒸気併用型霊子力機関の基本構成と、紅蘭の開発した増幅器のゲインを変え

る。お前の霊力に合わせた形で、エンジンを組む‥‥わかるな?」

「‥‥そんなことが可能なんですか?」

「普通は無理だよ。だが俺はできる。まかせておけ‥‥機体は既に完成している

から、エンジンの乗せ変えと‥‥あとは、補正だな。それはお前がやれ。燃調や

フレームと基盤の整合性とか」

「‥‥わかりました」

「お、素直だな」

「神凪司令のお言葉ですから‥‥」

「ふっ、かわいいとこあるな、お前」

「そ、そんな‥‥」

と、言いつつ顔を赤らめる山崎。

「お前が顔赤くしても、俺はうれしくない!」

やはり、となりで笑いをこらえる大神とマリア。

「‥‥ったく。既に武装はお前に合わせてあるから。慣れるのはそんなに時間か

からんよ」

「武装?それは‥‥」

「弓だ。お前の弓はかなりの戦力になるからな。霊力プラス精神操作。これで敵

を長距離で先制し圧倒する。あわよくば自滅させる。この辺りも紅蘭の後釜とし

ての理由だ」

「!」

大神は驚いた。

ここまで考えていたとは‥‥

確かに弓の話は今朝聞いたが‥‥

「はい‥‥」

「よーし、お前単独の話はとりあえず終わりだ。まだ他にもあるんだが‥‥」

「?」

「‥‥いや、それはいずれ話す。次はマリアと大神だ」

「はい」「はい」

「二人についてはそれほどない。ただマリアには既に副司令業務を行っている現

状で、戦闘に参加してもらうのは、かなり心苦しいんだが‥‥」

「それはかまいません」

「すまんな。それで‥‥山崎を花組に組み込むにあたって、少し命令系統の変更

及び追加を行う」

「‥‥といいますと?」

「実は‥‥大神、マリアから聞いていると思うが、お前の神武を改造する。それ

に時間がかかるんだよ」

「つまり‥‥自分が隊長としての指揮権を暫時失うことも有りえる、と」

「その通り‥‥で、大神が出撃できない場合だが、マリア、君が花組の指揮をと

れ。まあこの間、敵が現れんことを祈るしかないな。俺の零式は運行時間が極端

に短いから、そんな頻繁に出動できんのよ」

「零式‥‥神凪司令の、あの神武ですか?」

「ああ‥‥無論、俺が出動できない場合に、これは限定している」

「はい」

「すまんな、マリア。副司令兼花組隊長ってことになる。辛いだろうがよろしく

頼むよ」

「‥‥はい」

マリアは顔を赤くして頷いた。

なぜか、自分のことを話してくれるのがうれしかった。

「ですが、あくまで花組隊長は大神大尉です。わたしは大尉が出撃できない間だ

け指揮させていただきますから‥‥」

「なあ、マリア‥‥」

「は、はい」

「あんまり無理するなって。階級にこだわるのも‥‥マリアしかいないからな、

大神をアシストできるのは。それに、大神のことは呼びやすいように呼べばいい

よ。大神隊長、とか、大神さん、とか、さ。‥‥なあ、大神」

「!」「!」

マリアと大神は一緒になって顔を赤くした。

「はははは、いや、ここに彼女たち、いなくてよかったよな、まったく」

「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」

二人はさらに顔が赤くなった。

「ただ‥‥おい、山崎、考えごとは寝てからにしろよ。マリアの最優先は副司令

業務だ。戦闘戦術もマリアがたてるし、それに俺がいない場合マリアが司令代行

となるしな。マリアも、そして俺も出撃する場合は、大神、お前が司令だ」

「!‥‥わかりました」

「そして‥‥山崎、こっからお前の出番だからな。今度は現場だ。大神が不在、

そしてマリアも戦闘に参加できない場合、お前が花組の指揮をとれ」

「‥‥‥‥‥‥‥‥は?」

「お・ま・え・が指揮をとれっ!!!」

「な、な、な、なん‥‥‥‥」

「あったり前だろうがっ。お前、少尉だろっ。まあ、このケースは稀だとは思う

がな、最悪の場合だ。その時はお前が、夢組隊長兼、花組隊長だ。‥‥わかった

かっ、おい!」

「‥‥‥‥‥‥‥‥ふっ‥‥」

山崎は気が遠くなった。

あれほどの戦闘力を持つ花組の少女たちを率いれ、と?

「‥‥く」「‥‥ふ」

大神とマリアは話の内容が割と深刻めいているにも関わらず、どうしても笑いが

込み上げてしまうのを止められなかった。

なぜか、神凪と山崎の話し合いが、深刻さを醸し出せないのが、不思議でもあっ

た。

山崎が神凪を敬愛しているのも、二人にはこの時なんとなくわかったような気が

した。

「そんなに、プレッシャー感じること、ないって。まず有りえんと思うし、最悪

の場合って言ってるだろ。‥‥お前、あの娘たち放っておけるか?」

「!!‥‥そう、ですね」

「ふっ、いいツラしてる。舞台のほうもなかなかだったらしいな。まあ、多分そ

ん時は俺も出るからな、安心しろ」

「はい‥‥」

「今迄話したのは、あくまで最悪の場合だから。サロンでも言ったけど、花組は

あくまで大神を隊長とする女性六人だ。これがベストだからな」

「はい」「はい」

「ん。紅蘭が復帰次第、山崎は花組から離脱させる。で、俺の下につかせる」

「え‥‥わたしが神凪司令の下に、ですか」

「ああ、せっかく神武動かせるようになるんだ、勿体ないだろ。俺と一緒に闘う

んだよ。光栄に思え」

「はい!」

「‥‥マジか、こいつ。‥‥まあ、お前を花組から遠ざけるわけにはいかんし‥

‥」

「え?」

「あ、いや‥‥そん時は花組とは別行動をとるから、二人ともよろしくな」

「わかりました‥‥‥‥ところで‥‥神武の補修はどのぐらいかかるのですか」



「そうだな‥‥日程的には‥‥うーん‥‥最初に出来上がるのがカンナの機体だ

な。遅くとも5日後までには仕上げるよ‥‥カンナも欲求不満だろうし、優先し

よう。当初の予定より遅れる理由は、山崎、お前のほうからカンナに説明しとい

てくれ。山崎の機体も5日程度だな。銀座に到着次第手を入れる。意外と早く仕

上がるかもしれんな。‥‥で、アイリス。これは10日ほどかかる。大神の機体

はそれ以上だな‥‥二週間だ」

「そ、そんなに?」

「ああ。お前の神武は俺一人で手を入れる。ほとんど最初からやり直しってとこ

ろだ。あの敵を目の当たりにして、現状の機体じゃ苦しいだろ。それに、お前の

力‥‥覚醒した場合、今の霊子甲冑では支えきれまい」

「!!!」

「‥‥あんまり焦らんこった。俺みたいになるからな」

「‥‥え?」

「‥‥お前の神武はイメージとしては俺のそれにかなり近いな。改造の間、お前

には少しやってもらうこともあるし‥‥うん。すれみくんとさくらくん、それに

マリアと紅蘭の神武についても、他の機体が完了次第、順次手を入れることにす

る。戦力が低下しない程度にな。それに‥‥彼女たちにも大神同様やってもらう

ことがあるし‥‥」

「それは‥‥」

「‥‥霊子甲冑の力は個人に由来するところが大きい。大戦のときもそうだった

ろ。さっきサロンで触れたこと‥‥技を磨いてもらう。それはとりもなおさず、

防御力の向上にもつながるからな」

「‥‥そうですね」

「ん‥‥あと劇場業務は現状で頼むよ。山崎については修理のほうに専念しても

らうから、それは免除だな‥‥本来ならお前にも、大神のモギリ以上にキッツイ

やつを申し付けるところだが‥‥」

「ほっ‥‥」「くく‥‥」「ふふ‥‥」

「安心するんじゃねえぞ。さっきシゴクって言ったろ」

「うっ‥‥」

「それと、さくらくんについては‥‥」

「‥‥」「‥‥」「‥‥」

「山崎‥‥かましたな?」

「!‥‥はい」

「よし。それをもう一度やってくれ‥‥三重、四重のガードをかけよう。それで

とりあえずは大丈夫だ。時間がいるからな、彼女の場合」

「‥‥わかりました。ただ‥‥」

「‥‥なんだ?」

「もし、司令がその辺りでお気付きのことがおありでしたら‥‥教えていただき

たいのですが」

「‥‥‥‥」

「どうしても原因が複数にわたっている節があるので、治療は‥‥」

「‥‥無理にはいじれない。さっき言ったとおりだよ‥‥山崎。時間が解決して

くれる。運を天にまかせる、と言う意味ではない。その時がくれば‥‥お前も必

要になる」

「‥‥わかりました」

「ふむ。全ては紅蘭が復帰してからだ、な‥‥さて、と、話はそんなとこだ。お

疲れさん、戻っていいぞ」

「え‥‥はい‥‥」

支配人室に呼び集められた三人は、なぜか悲しそうな返事をした。

もう、終わってしまうのか‥‥

ここから、神凪のそばから離れたくない‥‥

そんな気持が、気付かないうちに心のなかに生まれてきた。

「‥‥ん?‥‥いいよ、部屋戻って。疲れたろ。明日からは休演日が続くけど、

暇じゃないぜ。はやく寝たほうがいいぞ」

「‥‥わかりました。失礼します」

三人は支配人室を後にした。

大神が出際に振り向いて、神凪を見た。

横を向いて欠伸をしていた。

あの時と同じ‥‥

母さんと一緒にカステラを食べて‥‥

記憶が、時間が、もう二度と帰れないはずの、あの至福の頃へ大神を連れていっ

た。

神凪が振り向いた。

大神と目が合う。

神凪の表情は‥‥目は、大神麗一のそれであった。

大神はしばし茫とした表情になっていた。

これは‥‥夢、じゃない。

俺は‥‥

「‥‥もう、横になったほうがいい‥‥」

「!」

あの時と同じ‥‥

「‥‥はい。おやすみなさい‥‥兄さん」

大神はドアを閉めた。

神凪は椅子に腰を降ろし、遠い記憶を呼び起こすような、そんな目で窓を見つめ

た。

「ほんと‥‥大きくなったな‥‥一郎‥‥」







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Uploaded 1997.11.01




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