<その4> 公演初日の帝劇の朝は必ず早い。 二、三日置きの休演日を挿んで三、四日間程度の開演日が続く。 先月はカンナとすみれ主演の”西遊記”。 途中で異例の変更は生じたが‥‥それを引き継いで今月は”愛ゆえに”となっ た。 それは支配人の希望でもあった。 どうしても見てみたい、という神凪の要望に応えたかたちになった。 朝7時。 いつものように椿が売店の準備を始め、かすみと由里が事務整理に奔る。 団員も公演日は当然起床が早い。 ただ、そんな時間感覚からはずれた人間もいた。 約二名。 「お、おはよう、ご、ごじゃいましゅう‥‥ちゅびゃきしゃあん‥‥」 「‥‥‥‥」 山崎の顔色は、最早死人のそれに限りなく近づいていた。 よろよろとサロンへの階段をのぼる。手摺りに身体をはわせて。 椿は何も言わず山崎を見送った。 「よー、はやいねー、椿くんっ」 「‥‥‥‥」 「今日から忙しくなるけど、がんばってくれたまえっ」 神凪の目はやはり真っ赤だった。 精力バッチリ、唇がツヤツヤとしていた。 まるで吸血鬼のような笑顔を残し、ズカズカとサロンへの階段をのぼる。 椿はやはり何も言わず神凪を見送った。 「あ、はやいね、椿くん」 「‥‥‥‥」 大神の笑顔はいつにもまして、さわやかだった。 何かふっきれたような、朝の清清しい匂いを感じさせた。 椿はまだ何も言えなかった。 「ん?‥‥今日から忙しくなるけど、がんばろうね」 大神はサロンへの階段をスタスタとのぼっていった。 「‥‥‥‥」 椿は夢から覚めたように、売店の準備のとりかかった。 サロンには、すみれとアイリス、そしてカンナがいた。 マリアとさくらは主役のため、早くから舞台裏のほうに向かっていた。 「‥‥お、おはよう‥‥‥‥ご、じゃい‥‥ましゅ‥‥」 「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」 山崎は目標物のソファを確認し、残された体力を注ぎ込んで移動を開始した。 ずるずると崩れ落ちるように、ソファにわだかまる。 「よー、おはよー、諸君っ‥‥はやいねー」 「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」 今日の神凪は山崎を回収しなかった。 そのまま棚にいき、お茶を入れ始める。 大神が入ってきた。 「あ、おはよう、みんな‥‥はやいね、さすがに‥‥げっ」 「‥‥おは‥‥よう‥‥ご‥‥‥‥じゃ‥‥‥‥‥‥い、ま‥‥しゅ‥‥」 神凪は湯飲みを二つ用意し、ソファに座った。 「ほれ、一服しろ」 「‥‥は‥‥い‥‥‥‥‥‥どう‥‥も‥‥」 山崎は寝たきりの老人のように、よたよたとそれに手を延ばし、ず、ず、と少し ずつお茶を飲んだ。 「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」 朝のさわやかな一時がいっぺんに吹き飛んだ三人は、いまだ固まったまま、二人 を見つめていた。 かろうじて大神が口火を切った。 「‥‥なんか、すごい状態ですね‥‥大丈夫ですか‥‥」 「ん?‥‥おお、とりあえず、ばっちりさっ‥‥こいつの機体も上がったしな っ」 「あの‥‥支配人って‥‥徹夜明けはいつもそんな感じなんですの?」 「ん?‥‥おお、なんか、こう、頭がスカッとしてなっ」 「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」 「ほんとは寝かしてやりたいところだが‥‥なにしろ”愛ゆえに”だからな、舞 台からじゃない、観客席から見てもらおうと‥‥寝るんじゃねえっ!」 「ま、まだ時間あるからよ‥‥二、三時間寝ても‥‥」 「‥‥ふっ、優しいなあ、カンナは‥‥‥‥よしっ、山崎ここで少し寝てろ。き っちり二時間後に起こしてやるからなっ」 神凪はぐぐっとお茶を飲み干すと、サロンをズンズンと出て行った。 少女たちと大神は口を開けて見送った。 山崎は即座に深い眠りについた。 臨終したかのようだった。 「‥‥あ、あんまり、似てねえかもな‥‥あは、あははは‥‥」 「はああ‥‥なんか、ずいぶん変わったよなあ‥‥兄さん‥‥」 「ねえねえ、お兄ちゃんのお兄ちゃんって、昔はどんな人だったの?‥‥あの‥ ‥銀時計に写っていた写真の頃とか‥‥」 「うん?‥‥そうだなあ‥‥すごく優しくてね‥‥まあ、小さい頃に父さんが死 んじゃったから、兄さんがその変わりをしていたせいもあるけど‥‥」 「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」 「それに、あたたかい人だな。厳しいのは、きっと俺が大人になったからだと思 う」 「‥‥へっへへ」「‥‥えへへ」「‥‥ほほほ」 「‥‥なんだよ」 「隊長は大人かい?」 「ほほほほ‥‥まだまだお子様ですわ‥‥このわたくしが、ついていなければ‥ ‥そう、わたくしの身体を、まるで子供がむしゃぶりつくように‥‥あ、いや‥ ‥」 「‥‥‥おめえ」 「そんな、ひどい‥‥あああ‥‥‥‥ん?‥‥ごほん」 「アイリスと一緒だもーん、へへへ‥‥アイリスが大人になったら、お兄ちゃん も大人になるんだよーっ‥‥それで、二人は‥‥いひひひ‥‥」 「このガキャ‥‥」 「‥‥はああ」 大神は山崎の隣に座ってお茶を飲んだ。 「‥‥しかし、ほんと、ものすごい勢いで仕上げてくれたよな。二人がいなかっ たら‥‥どうなってたんだろ」 「たいしたもんだぜ、旦那も。あたいの神武にもかなり手を入れてくれたもんな あ‥‥花やしきじゃ、謙遜してたんだろな」 「そうだな‥‥」 「‥‥アイリスのは、どうなるの‥‥お兄ちゃん」 「アイリスのは結構時間かかるみたいだよ。兄さん、がんばってるけど、ほとん ど最初っから作り直してるみたいだね」 「へええ‥‥へへへ、アイリスの願い聞いてくれたんだ‥‥」 「‥‥あの‥‥大尉」 「うん?」 「わたくしと‥‥その、さくらさんやマリアさんのほうは‥‥」 「ああ、随時着手するって言ってたよ。着任したその日にね。ただ、どういう具 合に変えていくのかは‥‥司令の考え次第だと思うけど」 「‥‥‥‥」 「心配すんなって、すみれ。たぶんさ”手合わせ”が決め手になるんじゃねえか な‥‥あたいとさくら、それにすみれ、な。実戦に使ってみねえとわからねえけ ど‥‥あたいの神武は、あたいのために造られている気がする‥‥」 「そうだな‥‥たぶんマリアも、それにアイリスもそうだろう‥‥」 「‥‥そうですわね」 「さ、そろそろ公演の準備をしないと‥‥ね」 大神たちはいつもの仕事につこうとしていた。 一人陰で支える青年を、静かに眠らせておいたまま。 「ふわ〜っ、んん‥‥はっ、はあ‥‥」 神凪は支配人室で休憩をとっていた。 随時休みを入れたが、整備は都合三日間の徹夜に渡っていた。 「‥‥愛ゆえに、か‥‥マリアの男装も楽しみだな」 窓の外には、早くから劇場入りしようとする熱狂的なファンがちらほら見えた。 「ほう‥‥これはこれは‥‥さすがに人気の演目だけはあるな」 神凪は支配人の目で外の風景を見ていた。 表情はいつもよりも穏やかだった。 「はあ‥‥いいよなあ‥‥できれば一生、このまま劇場で過ごしたいぜ‥‥」 神凪は目を閉じた。 浅い眠りに入ろうとした時、電話が鳴った。 「‥‥ん‥‥ちっ‥‥‥‥もしもし‥‥」 『‥‥俺だ。おめえ寝てたんじゃあるめえな』 「‥‥朝っぱらから‥‥」 『‥‥なんだあ?‥‥ものは届いたろ』 「へいへい‥‥なかなかいいセンスしてますなあ、米田大将」 『けっ、世辞はいい。‥‥まずいことになった。今日中にも動きがあるかもしれ ん』 「‥‥‥‥」 『‥‥警戒しとけ。それと大神には‥‥』 「あいつは大丈夫ですよ。‥‥だが、少し早いですねえ‥‥ま、それに合わせて 準備してましたが‥‥」 『なるべく、おめえは出ねえようにしろ。最悪ならしょうがねえが‥‥』 「ふっふっふっ‥‥帝国華撃団・花組をなめたらあきまへんで、大将」 『‥‥おめえ、もしかして徹夜明けか?‥‥あんまり無理させんなよ』 「ま、おまかせ下さい。たぶん、大丈夫っしょ」 『‥‥たぶん?‥‥まあいい。とにかく注意しとけ。じゃあな‥‥』 神凪は受話器を置いて、椅子の背に身体をあずけた。 目を閉じ、再び浅い眠りに入ろうとしていた。 「ふっ、あせったらあかんて‥‥‥‥なあ、紅蘭‥‥」 神凪は朝の柔らかい陽射しを浴びながら、眠りについた。 「‥‥ちょっと、お兄さん、はやくしてちょうだいよ」 「は、はいっ、ただいま‥‥」 ちぎる。 「あの‥‥大神さん‥‥この間の、オンドレ様‥‥すごく素敵でした。わたし‥ ‥」 「え‥‥そ、そんな‥‥」 「し、失礼しますう‥‥」 『か、かわいい‥‥』 「おい‥‥後ろ閊えてるぞっ」 『はああ‥‥そう言えば、暁蓮さん‥‥いつ、来てくれんのかなあ‥‥会いたい なあ‥‥』 「おいっ」 「はああ‥‥あ?‥‥はっ、はいっ」 ちぎる。ちぎる。 「おい、はやくしてくれよっ‥‥ったく、グズグズしやがって‥‥」 「は、はいっ、すぐに‥‥」 ちぎる。ちぎる。ちぎる‥‥ 「あーっ、始まるじゃないのーっ、もうっ」 「いぃっ!?、は、はいぃ」 ちぎって、ちぎって、ちぎって、ちぎって、ちぎって‥‥‥‥終了。 「‥‥‥‥」 「お疲れさまでした、大神さん」 「‥‥‥‥」 売店から椿が声をかける。 反応なし。 「愛ゆえに‥‥人は苦しむのね‥‥」 公演が始まった。 カンナも復帰でき、舞台はほぼ理想的な演出を見せていた。 神凪と山崎は寝坊しながらも、なんとか途中から見ることができた。 しかも天覧席での拝謁となった。 「ちょ、ちょっと、いいんですか、司令‥‥」 「アホ、俺は支配人だ。空いてたって無駄になっちまうだろうが‥‥けけけけ」 「はああ‥‥‥‥でも、いい眺めだ」 「だろ。‥‥お、マリア・オンドレの登場か‥‥」 舞台の上で凛と立つオンドレ‥‥マリア。 見つめる街娘‥‥さくら。 街娘の兄‥‥紅蘭が演じるところを、すみれが肩代わりしている。 男役のすみれもなかなかだった。 「‥‥ほう‥‥いいな。‥‥さすがは、すみれくん‥‥ふむ‥‥」 「‥‥でしょう。わたしは個人的には、さくらさんの街娘が好みですけど」 山崎はうれしそうに舞台を見入っている。 神凪はそんな山崎を横目で見ながら苦笑した。 「‥‥お前、整備が終わったら、舞台裏方に周すからな」 「はああ、いいなあ、さくらさん‥‥‥‥はい?」 「‥‥ちっ、聞いてねえな」 「はああ、さくらさん‥‥」 「こいつ‥‥‥‥しかし、支配人っつうのは、実にいい身分だな、ふっふっふ‥ ‥」 街娘と従姉妹にあたる幼い少女‥‥アイリスが舞台に立った。 観客席の一部から、おおっ、という声が上がった。 どうも年配の客層が、そこにたまり場を形成しているようだった。 「‥‥ふむ‥‥気持はわからんでもないが‥‥‥‥いかんな、自分を見失っては ‥‥」 「はああ‥‥さくらさあん‥‥」 「‥‥けっ」 舞台は再びオンドレと街娘の邂逅の場面に移った。 ‥‥オンドレ様っ‥‥わたしとお逃げくださいませ‥‥ ‥‥そんなわたしに‥‥あなたはついてくると言うのか‥‥ ‥‥オンドレ様‥‥ 戦いの跡、その荒涼とした地に咲く、一厘の華‥‥その周りに花びらが舞う。 凛と咲く橘‥‥それを艶やかに飾る桜の繚乱。 「‥‥‥‥」 「あああ‥‥そんな、さくらさああん‥‥」 カンナ演じる近衛兵と民衆を庇うマリア・オンドレとの乱闘。 御す近衛兵‥‥歓喜に満ちた表情。 おされるオンドレ‥‥その苦しげな表情。 「んぬぬぬ‥‥卑怯な‥‥ゆ、許さん‥‥」 「ああ‥‥あぶないっ、さくらさんっ、そんなことを‥‥いけませんっ、ああ‥ ‥」 そして、再びオンドレと街娘が出会う。 見つめる二人の間には、もう何の隔たりもなかった。 悲しい再会‥‥二人は抱きしめ合い、もう二度と離れることはなかった。 「‥‥マリ‥‥ア‥‥」 「‥‥さくら‥‥さん‥‥」 フィナーレを向えた。 マリアとさくらが奏でる”愛ゆえに”‥‥ その唱はいつの日も、どんな人をも魅了した。 どんな人の心にも優しく、そして強く染み渡った。 例外などなかった。 「‥‥愛ゆえに‥‥人は‥‥涙する‥‥‥‥そう、なのか‥‥」 「はああ‥‥さくらさあん‥‥」 舞台は幕を閉じた。 歓声はいつまでも続いていた。 「‥‥何ゆえに‥‥人は生きる‥‥‥‥愛、ゆえに、か‥‥」 神凪は椅子に深く腰を沈め‥‥天井のスポットライトを見た。 「愛ゆえに‥‥」 神凪と山崎は、未だ残る観衆のざわめきの中にいた。 舞台袖に行くことも忘れ、その優しくて儚い夢の余韻に浸っていた。 舞台袖では既に大神が彼女たちを労っていた。 「あ、支配人‥‥ご覧になっていただけましたか?」 さくらが二人を出迎えた。 「素晴らしいな‥‥聞きしに優る舞台だったよ、さくらくん。支配人身寄りにつ きるよ」 「そんな‥‥」 「ほんとですよっ、さくらさん‥‥素晴らしい‥‥素晴らしい舞台でしたっ!」 「‥‥お前、さっきまで死にそうな顔してたくせに‥‥」 「お兄ちゃんのお兄ちゃんっ、アイリスは?、ねえ、アイリスはどうだった?」 神凪はしゃがんで、アイリスの頬を撫でた。 今度は手の甲ではなく、掌で優しく。 「ふふふ‥‥すごく、かわいらしかったよ、アイリス‥‥そう、あの歌も素敵だ った‥‥好き、好き、好きなのです‥‥ふふふ、妖精のようだったな」 「あああ‥‥アイリス‥‥うれしい‥‥」 「わたくしはどうでしたでしょう‥‥支配人」 「ふっ‥‥さすがだよ、すみれくん‥‥トップスターの下馬評は真実だったわけ だ」 「え?、お、おほっ、おほほほ‥‥いやですわ、そんな、わたくし‥‥」 「けっ‥‥どうだい、よかったろ、支配人」 「‥‥カンナ‥‥お前‥‥あとで支配人室へ来い‥‥」 「えーっ、な、なぜ!?」 「おほほほ、や・は・り」 「ふふふ‥‥カンナ、久しぶりだったから‥‥」 「‥‥‥‥」 「?‥‥どうしました、支配人」 大神が、珍しくぼーっとしている神凪に声をかけた。 「ん?あ、いや‥‥フィナーレは感動したな。みんなよくやった。ごくろうさ ま」 神凪はそそくさと支配人室へ戻っていった。 少女たち、そして大神と山崎がそれを見送った。 「ははは‥‥支配人、カンナさんとマリアさんの乱闘シーン見て、もう顔が鬼に なってましたからね‥‥マリアさん、苦しそうな表情するから」 「え‥‥」 「‥‥なんだよ‥‥あたいは、もしかして、やつあたりってヤツかぁ?」 マリアは顔を真っ赤にして神凪の消え去った方向を見つめた。 「ほんとに感動してましたからね‥‥照れてるんでしょ」 「へええ‥‥」 少女たちにも笑顔がつくられた。 そしてサロンへと向かった。 一時の休息のために。 そんな彼女たちの穏やかな時間を侵害するかのように、警報が空しく鳴り響い た。 「場所は‥‥またしても上野公園ですね‥‥」 「そ、そうだな‥‥んぐぐ‥‥し、司令は?」 「?‥‥間も無くいらっしゃいますが‥‥?」 大神は額と膝を押さえて唸っていた。 緊急出動用シューター‥‥劇場から地下司令室まで一気に滑り降り、そして普段 着から戦闘服へ装着する、霊子甲冑搭乗者用移動チューブ。 大神用の出口スライドがこの日補修中で、それとは知らず顔面から突っ込んでこ の有様だった。 もし、戦闘服装着パーツが分解整備されていた一昨日に出動があれば、大神は素 っ裸で登場になった訳だが‥‥それは幸い避けられた。 大神以下花組の少女たち、そして、蒼い戦闘服に身をつつんだ山崎もいた。 「‥‥旦那、なかなか似合うじゃねえか」 「え‥‥そうですか。ありがとうございます」 大神の体裁と、そしてカンナの一言で山崎の緊張は和らいだ。 状況は明らかに自分の出撃を示していた。 花組のメンバーで稼働できるのは、マリア、さくら、すみれ、そしてカンナの四 人だったからだ。 場合によってはマリアは出撃できない可能性がある。 それは既に神凪から指示されていた。 神凪が姿を現した。 神凪は軍服ではなく、普段着を着ていた。 黒いスーツ。 意外と言えば意外。 普段の神凪を見れば、自然と言えば自然だった。 「ん?‥‥なんだよ‥‥」 少女たちの視線が絡み付いて、神凪は言った。 みんなを代表するようにアイリスが聞いた。 「お兄ちゃんのお兄ちゃんは、米田のお祖父ちゃんが着てたようなの‥‥着ない の?」 「ええ?‥‥ああ、俺、軍服着たことないんだよ」 「へえ‥‥」 少女たちの少しだけ驚いた色が、言葉に出た。 軍服を着ない軍人。 軍人らしからぬ将校。 米田とも似ているが、やはり違う。 この人が真剣になった時こそ‥‥決戦の時かも。 少女たちは‥‥大神、山崎もそう確信した。 「大神‥‥なんだ、その顔‥‥‥‥敵はどんな塩梅だい、マリア」 「はい、場所は前回と同じ上野公園です。数は多いですね‥‥二十体ほどいま す」 「敵将らしきものは?」 「いませんね‥‥そう言えば、一度も‥‥」 「‥‥ふむ‥‥よーし、メンバーを決めるか」 「!」 「山崎以下、カンナ、すみれくん、さくらくん‥‥この四人で行こう」 「えっ!?」 神凪はその四人を見渡した。 「当初の予定どおり、山崎とカンナ、そしてさくらくんとすみれくん。この組み 合わせで行こうか‥‥ま、気楽にやってこい」 「そ、そんな‥‥」 山崎は思わず呟いた。 「山崎‥‥お前が隊長だ‥‥しっかり彼女たちを護れよ。お前が後ろにいるんだ からな」 「旦那、気楽にいこうぜ。‥‥あたいは‥‥以前のあたいじゃねえからなっ、見 てろ!」 「しっかり指揮してくださいな、少尉さん」 「がんばりましょう、山崎さん」 「!‥‥わかりました‥‥帝国華撃団、出撃しますっ!」 「了解!」 「行ってこいっ」 神凪が激を飛ばした。 四人は神武に搭乗し、そして轟雷号は上野に向かって発進した。 「‥‥司令‥‥なぜ、わたしは‥‥」 「マリア‥‥今の君は戦闘に耐えられんだろう。‥‥波長がずれてしまっている んだから」 「!!」「‥‥?」「??」 「今しばらく待て。必ず完成させるからな‥‥」 「‥‥はい」 司令室には司令と副司令、そして大神とアイリスが残された。 アイリスはぴったりと大神に寄り添っていた。 なぜか二人には不安はなかった。 カンナの言葉 ‥‥以前の自分ではない‥‥ そうだった。 出撃した四人は、新生した花組の蕾だったからだ。 「ちゃんと隊長してくれるかな、山崎のお兄ちゃん」 「大丈夫だよ、アイリス‥‥いてて」 「あ、お兄ちゃん、おでこ赤くなってる‥‥ちょっとしゃがんで」 「え、うん‥‥」 神凪はそんな二人をちらっと見て、スクリーンを見つめた。 口元には微笑みが浮かんでいた。 アイリスは大神の額に接吻をした。 真っ赤になって離れたアイリス、そして大神の額は元に戻っていた。 「あ、ありがとう‥‥アイリス‥‥」 「へへへ‥‥」 ふいに暗くなった。 二人を覆う黒い影。 天井のライトに照らされて、くっきりと創られた陰影の中に埋もれた氷の微笑。 「‥‥何をなさってるのでしょう。今は臨戦態勢ですが」 「うっ‥‥」「怖いよー」 アイリスは神凪の横へ走っていった。 「よしよし‥‥アイリスはかわいいな‥‥お兄ちゃんのお兄ちゃんの傍にいなさ い」 「えへへ‥‥うんっ」 「‥‥このわたしが怖い?‥‥わたしの顔が怖い?‥‥うぬぬぬ‥‥未成年とい う立場を利用した悪行の数々、最早‥‥」 大神はその隙に、こそこそと神凪の反対側に移動した。 山崎は轟雷号の中で、徹夜で整備した自分の神武‥‥ 今自分が乗っている、その霊子甲冑のことを想っていた。 ひどく落ち着いていた。 そして闘志だけが燃え上がっていた。 なぜかわからなかったが‥‥いや理由はおそらく自分が銀座に来たときからわか っていた。 劇場を‥‥花組を、彼女たちを護る。 前回の戦闘では‥‥それができない自分を呪った。 山崎にとって、花組の少女たちは最早家族同然だったからだ。 ‥‥お前の神武に搭載したエンジン‥‥意外かもしれんが、ノーマルより5割ほ ど パワーが上がってる‥‥ 山崎は昨夜からの整備で、神凪と交わした会話を思いだした。 「蒸気併用のその割合を8:2にした。2割の霊子力の殆どを攻撃に移してあ る。だから、へたに防御しようとするなよ。お前は後方支援だけを考えろ」 「駆動部には霊子力を使用しないのですか?」 「まるっきり使わないわけじゃない。ただ中途半端に混ぜると出力が落ちるから な。主機関部は強化型蒸気専用機関を二基直列に、そして併用エンジンを並列に 繋げた。背中の荷物は少しデカイが気にするな。その分かなりのハイパワーだか らな」 「‥‥霊子力は‥‥どのように配分されるのでしょう」 「お前の弓に7割‥‥そして、局所防御に3割だ」 「?‥‥局所防御?」 「ああ。妖力を伴う物理的な攻撃を想定して、衝撃を受ける部分に霊子力を集中 させるよう、基盤に書き込んである‥‥つまり、左腕にだ」 「‥‥あの盾みたいな‥‥あれ、ですか?」 「そうだ。もし攻撃を受けたらそいつで防御しろ‥‥だが、さっき言ったよう に、お前のやることは後方支援だからな。敵の射程外に位置して、攻撃に専念し ろ。お前の神武はそれなりのスピードもあるしな」 山崎は始めて乗る霊子甲冑が、まるで服を着るようにスムーズに動くことに、改 めて驚きを覚えていた。 ‥‥お前の霊力、そしてお前自身そのものに合わせた‥‥ 「司令‥‥」 ‥‥お前の神武だ‥‥お前が彼女たちを護れ‥‥ 「わかってます」 山崎は轟雷号が通常運転に落ち着いたあと、通信を送った。 「山崎です。布陣を決めますので‥‥よろしく」 「おう」「どうぞ」「はい」 「先程司令が言ったように‥‥基本的にはカンナさんとわたし、さくらさんとす みれさんで行きます。ですが、先制攻撃を少し変えましょう」 「ほう‥‥」 「‥‥おもしろそうですわね」 「‥‥へえ、なんです?」 「斜め矩形配置をとりましょう。先頭は当然カンナさん。そして斜め後ろに、そ れぞれ、さくらさんとすみれさん‥‥最後尾にわたしが配置してみなさんをフォ ローします」 「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」 「さくらさんとすみれさんは、わたし同様、防御はなるべく避けてください。通 常技もです。‥‥カンナさんは大丈夫。そして‥‥お二人は‥‥カンナさんが引 きつけた敵を必殺技のみで叩く。同時には撃たないでください。お二人とも‥‥ 一発で仕留められるはず。撃ったら即離脱。そして、ペアを組む‥‥これで行き ましょう」 「‥‥へ、へへ」「‥‥ほほほ」「‥‥ふふふ」 「な、なんです?」 「なかなか‥‥いいねえ、旦那っ。よーし、待ってろよっ」 「よろしくてよ、少尉‥‥ふっ、目にもの見せてさしあげてよっ」 「わかりました。がんばりましょう、山崎さんっ」 「‥‥よろしくお願いします。さくらさんは、すみれさんの後ろに配置してくだ さい」 「は、はい」 「ふふふ‥‥おまかせあれ。さくらさんは、わたくしが護りますわ‥‥」 「‥‥すみれ‥‥さん」 「ふっ‥‥山崎のやつ‥‥」 「へええ‥‥‥確かにこのメンバーでは理想的な布陣だな‥‥」 「なかなか‥‥」 司令室では通信が筒抜けだった。 霊子甲冑間で行う短距離通信回線を、山崎が知らなかったせいもあった。 「‥‥司令は、やはり出撃されないのですか?」 「アホ。司令が先陣切る戦争がどこにある」 「そりゃそうですが‥‥さっき、敵将のこと‥‥」 「‥‥お前、いい耳してるな、大神」 「‥‥自分もかなり気にはなってました。歩兵に等しい、あの甲冑降魔ですらあ の力ですし‥‥‥‥裏で操作している者が戦闘に参加した場合、当然それ以上の 破壊力で圧倒される危険性がありますから‥‥四人ではかなり‥‥」 「それについては、調査してますが、まだ‥‥‥‥申し訳ありません」 「ま、あせるなって。‥‥気がかりではない、と言えば嘘になるが‥‥仮に向こ うの大将が出張ったとしても大丈夫だよ、あの四人ならな」 「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」 上野公園は先の戦闘で、神凪の技により、直径100メートル余りが廃墟と化し たままだった。 甲冑降魔はそれよりさらに100メートルほど離れた場所で暴れていた。 今回は帝撃を待ちぶせる、という雰囲気ではなさそうだった。 指揮するものがいない‥‥そのような傍若無人ぶりだった。 「‥‥えげつねえな‥‥よーし、メッタクソにしてやるぜっ」 「行きますよ!」 「おーっ!」 三人は同時に応えた。 甲冑降魔が花組に気付いて、接近し始めた。 カンナが突進した。 三人がそれに続く。 カンナの速度は今迄とは明らかに違っていた。 「‥‥こ、こりゃ‥‥すげえ‥‥」 カンナ機の腰に取付けられた、神凪作”慣性駆動”ユニット。 かつて黒之巣会のミロクの機体に使用されていた、機体浮遊装置と同様の原理で 作動する装置。 零式に搭載されている機動ユニットの一部と全く同じものが、真紅の機体にも驕 られた。 出力はオリジナルであるミロク機、即ち孔雀のそれに比較して半減したものの、 神武の重量は、それよりも軽量であるため、同等の機動力を得る。しかもサイズ と重量は1/3程度。 それは神武の重量をほとんどゼロにし、かつ併設された非同期式超高速フライホ イールの回転モーメントも付加され、移動の際の抵抗加速度成分を大幅に低減で きる。 人間の持つ動きを凌駕する瞬発力を得たカンナの機体は、さらに脚部の高機動ユ ニットによって、重量そして慣性負荷も無くなった己の身体を、存分に加速させ ることができる。 真紅の神武は烈火のごとく、一気に甲冑降魔の群れに突っ込んだ。 カンナは臨界通常技を放つ態勢に持っていった。 そこでさらに驚愕することになった。 一新された機体の腕部の、その先端‥‥手の甲を覆う金色の装甲が、カンナの霊 力、そして気合いに応じるように、ズッと迫り出し、拳を覆う。 金色の装甲‥‥新型シリスウス鋼に、霊力そして勁の力に位置する気合いの成分 まで流し込む参型霊子核フレームを挟み込んだ、肉厚装甲板。 そして、その表面の無数の溝に埋め込まれた金色に波打つ高周波振動シリスウス 薄膜‥‥ ‥‥紅蘭の開発した硬化溶剤の発展型‥‥神凪が手を加えた壱型・改と称される それは、相対する標的の固有振動周波数を捕捉、霊子力注入により同期振動し、 分子構造レベルで接触物を豆腐のごとく軟化させるという、恐るべき代物だっ た。 カンナ機の拳はまさに鉄拳と化した。 「チェストオオオッ!!!」 右拳が甲冑を粉砕した。 左拳が残りの甲冑を破片ごと内容物にめり込ませた。 そして、回転脚が裸になった降魔に叩き込まれた。 「ギャッ」 甲冑降魔は瞬殺され消滅した。 「すげえ‥‥こいつは‥‥すげえぜ!」 「すごい‥‥」 「や、やりますわね‥‥」 甲冑降魔の群れがカンナ機に迫ってきた。 「カンナさん!」 「おうっ」 真紅の機体は残像だけを残して横に移動した。 降魔の群れは空しく空気に食らいついただけだった。 「破邪剣征・百花昇龍塵!!」 さくらの放った一本の閃光はその降魔の一匹を捕捉、近隣にわだかまっていた不 浄の物を、全て包み込むような巨大な円環が創られた。 そして立ち昇るさくらの花びらの繚乱は、そこにある全ての下等な物の怪を塵に 変えた。 甲冑降魔はその数を半分にまで減らされた。 「や、やるじゃねえか‥‥さくら」 「ふふふ‥‥やりますわね‥‥」 「さすが‥‥」 一匹がカンナの背後から襲った。 「むっ」 蒼い神武から閃光が放たれた。 一本の光だった。 それは甲冑の繋ぎ目に深々と突き刺さった。 「ギガッ」 「んっ!!」 「ウガガガーーーッ」 甲冑降魔は悶絶して死に絶えた。 「サンキュ、旦那」 「なんのっ」 カンナは正面に立ちふさがる敵を、かたっぱしから始末した。 残りがさくらを狙った。 紫色の機体がそれを阻む。 「ふっ‥‥神埼風塵流・鳳凰の舞!!」 降りかかる降魔を撒き散らすように、巨大な鳳凰が立ち昇った。 背後にいる桜色の機体を、その鳳翼で保護するかのように、紅蓮の巨鳳は羽ばた いた。 降魔の甲冑は、その存在意味すら持たないかのように、塵になるまで焼きつくさ れた。 粛正は殆ど一瞬で完了していた。 「‥‥すげえな‥‥すげえぜ、ここまでやるとは‥‥驚いたぜっ」 「ふっ‥‥楽勝ですわ」 「ありがとうございます‥‥すみれ、さん‥‥」 「あら‥‥そんな‥‥」 山崎は少女たちの力に、改めて驚愕していた。 カンナの言葉ではないが、ここまですごいとは‥‥ そして、隊長らしく、すぐさま周囲の警戒を再開した。 「‥‥どうだい、旦那‥‥まだいそうか?」 「わかりませんが‥‥霊力の回復と、蓄積はしておいてください」 「へへ‥‥おうよ」「ふふふ‥‥」「わかりました」 「すごいな‥‥これほどとは‥‥」 「‥‥これが‥‥新しい力、なの‥‥」 「すごい‥‥すごいよ、みんな‥‥」 司令室に待機した花組のメンバーも驚きは隠せなかった。 「‥‥どうだ、山崎‥‥いそうか?」 『‥‥わかりません‥‥いない、という感じは‥‥まだ』 「‥‥すみれくんは?」 『‥‥確かにわかりませんわね‥‥いない、という感じは持てませんわ』 「否定できない、か」 神凪はしばしスクリーンを凝視した。 少し神妙な顔つきになる。 そして‥‥神凪の瞳が妖しく輝いた。 「山崎‥‥」 『‥‥はい』 「今のお前の位置から、右‥‥だな‥‥」 『‥‥‥‥岩がありますね‥‥‥‥あれ、ですか‥‥』 「やれ」 『わかりました』 「‥‥あの岩がどうかしたのか、旦那」 「隊形を‥‥変えたほうがよさそうです‥‥すみれさん、カンナさんの後ろへ。 さくらさんはわたしの直後についてください」 「‥‥‥‥」 「‥‥‥‥」 「‥‥よろしくてよ」 「では‥‥」 樹木の傍らにある高さ1メートルあまりの巨岩‥‥山崎はそれに向かって光の矢 を放った。 密度の高い霊力が生み出す、青白い稲妻が尾を引いて突き刺さった‥‥が、それ は通りぬけた。 「!?」「!」「‥‥」「んっ!」 尾の稲妻が取り込まれる寸前、山崎は力を解放した。 岩の輪郭が‥‥ぼやけた。 岩の面が‥‥その色を失った。 色素が消失し、そして白い光沢のある表面が現れた。 岩の輪郭は、もはや岩のそれではなかった。 金属の滑らかで鋭い輪郭に変貌した。 その金属は、木の芽の発育を超高速で再現するかのように、急速に伸び上がっ た。 それは5メートルあまりにまで成長した。 人型。 白い人型だった。 白い女性像だった。 足がない。 まるで平安時代の着物のような、優雅な裾をひいた下半身だった。 白い着物を身に纏った、白い女性だった。 頭がある。 顔もあった。 髪の毛もあった。 それはゆっくりと、滑るように動きだした。 「‥‥これは‥‥」 「‥‥なん、ですか‥‥」 「‥‥おもしろい‥‥ですわね‥‥」 「距離をおいてください。手の内が‥‥まるで‥‥」 白い人型は先頭のカンナの前、20メートル程の位置で停止した。 顔が‥‥動いた。 金属表面であるはずの、その顔が表情を創った。 目が開く‥‥赤い目。 白い顔に浮く赤い目だった。 髪の毛が‥‥金属であるはずの、その細いチューブが、まるで髪の毛のようにな びいた。 銀色の髪。 口が開いた。 金属であるはずのその輪郭が、赤く艶やかに彩られた。 そしてその向こう側に、腐肉のような赤黒い洞窟が現れた。 洞窟の前面には‥‥魔物の牙があった。 「‥‥この‥‥わたしが‥‥このような‥‥」 金属が擦りあうような、耳障りな音で、その口は告げた。 「‥‥もう‥‥二度と‥‥元には‥‥もどれません‥‥」 洞窟の端から、粘性の高い黄色い液体が滴り落ちてきていた。 オイルにはとても見えなかった。 腐臭が漂ってくるようだった。 「‥‥あなたがたには‥‥消えて‥‥もらいます‥‥」 「なに‥‥あれ‥‥」 「いったい‥‥」 「‥‥ミロクの‥‥魔操機兵に、似ている‥‥」 「‥‥いきなり主役級の登場か‥‥それに‥‥」 司令室の気温が下がったようだった。 美しく醜いその人型に、魅了されそして戦慄して‥‥ 「あれは白いやつだな‥‥あの白いやつが‥‥取り込まれているようだ‥‥」 「!」「!」「!」 「‥‥山崎、聞いてるな」 『‥‥はい』 「力でくるからな‥‥外見に惑わされるなよ」 『‥‥了解です』 「‥‥ふーむ‥‥なかなかユニークなスタイルだな‥‥作り手のセンスが伺え る」 「はあ?」 神凪は真面目くさった表情で呟いた。 大神たちにしてみれば、それどころではなかった。 放たれる妖気は、甲冑降魔の比ではない。 それは画面を通じても伝わってくるようだった。 事実、吐き出される妖気で、周りの空気が澱んで見えたぐらいだった。 一年前戦った、黄昏の三騎士‥‥その三匹分の妖気はありそうだった。 「そんな悠長な‥‥」 「‥‥ふーむ‥‥しかし、あのスカートは喰えんな‥‥転んだら終わりだ」 「‥‥‥‥」 「それに運用時間が‥‥‥‥まてよ‥‥生体を捕食する、か‥‥」 「‥‥‥‥」 「いや、やはり人型は人の身体の動きを‥‥完璧に模倣するものでなければ‥ ‥」 「‥‥‥‥」 「もっとも、顔はそのようだが‥‥‥‥ふっ、美学に執着するあまり、基本を疎 かにしている‥‥あまいな」 「‥‥あのう」 「センスは悪くないが‥‥ん?‥‥おお、わりいわりい、つい自分の世界に‥ ‥」 「はああ‥‥」 せっかく保っていた緊張感が済し崩しだった。 大神とマリアはがっくりと肩を落とした。 アイリスが大神に、にっこりと微笑みかけた。 「大丈夫だよ、きっと。‥‥‥‥あそこは‥‥みんなが立つ舞台じゃないもの」 「!‥‥アイリス‥‥」 「ふっ‥‥そうだな、アイリス‥‥‥‥金色夜叉の舞台稽古が見れそうだ‥‥」 「‥‥カンナとすみれ、ですか?」 「‥‥”愛はダイヤ”、か‥‥来月はそれで行こう」 神凪とアイリスは優しい瞳でスクリーンを見つめていた。 未だ符に落ちない大神とマリアとは対照的に。 スクリーンには真紅と紫煙の機体が寄り添うように映しだされていた。 金色に輝くカンナの拳、そしてすみれの長刀‥‥ まさに、それは金色夜叉の修羅場を再現するかのようだった。
Uploaded 1997.11.01
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