<その2> 「わあ‥‥素敵だわあ‥‥」 「そっか‥‥横浜は初めてだったわね、さくら」 「ふっ、やはり田舎娘‥‥この程度で‥‥」 「と言いつつ、顔が赤らんでるわよ、すみれ」 「んぬぬぬ、ふ、副司令という立場を利用した‥‥」 マリア、すみれ、さくらの三人は横浜に向かう足として蒸気自動車を使うことに した。 目的地は海沿いにあったし、蒸気鉄道が通っていない。 自動車自体は帝劇が保有するものだが、やはり紅蘭が手を加えた特殊燃焼炭を利 用する改造車両だった。紅蘭は大戦終了後の一年、霊子甲冑のメンテナンスだけ では飽き足らず、身の回りのありとあらゆる機材に手をつけた。彼女にしてみれ ば舞台だけでは消化しきれない”暇”を持て余しすぎたわけだ。この車もそう。 以前造り上げた蒸気二輪車”ハマイチ”の蒸気併用霊子力エンジン、その3倍ほ どスープアップした心臓を持ち、フルチューンの末に得られる最高出力はなんと 500馬力。当然足廻りとフレームも強化しており、空力も考慮に入れた流線型 の美しい筐体も手伝い、最高速度は時速320キロメートルを搾り出す。しかし 変速機が高ギア比ドライブ三段+バックという、ひたすら”トバす”ための目的 で組んだらしく、巡航速度が70キロ以下になるとエンジンが停止してしまう仕 様になっている。 そうとは露知らず運転を受け持ったマリア。エンスト3回。?‥‥おかしい‥‥ 吹かし気味にギアをつなぐ。!!おわっ!?‥‥劇場前でいきなり人をはね飛ば しそうになる。帝都を脱出する間に外装備品‥‥つまりサイドミラー、フロント バンパー、方向指示灯、などが全て消失した。 従って一言も会話が成立しない状態がしばらく続いた。 助手席にはすみれ、後部座席にはさくら。 シートを抱くように後ろ向きで座り‥‥こ、こないでええ‥‥ちょ、ちょこざい な‥‥こ、これは何かの陰謀ですわっ‥‥と、ぶつぶつ念仏を唱えるすみれ。 さくらは、うははは‥‥うへへへ‥‥うぶっ‥‥と口を開きっ放しで嘔吐放心と いう体裁だった。車体が揺れる度に、目も揺れる方向に向かう。 マリアはひたすら前しか見ていない。轢き殺さないようにしないと‥‥汗、汗‥ ‥おわあああっ‥‥冷汗‥‥あああ、も、もうだめ‥‥生還っ‥‥汗汗汗‥‥ 川崎を通過すると海が見える湾岸道路にさしかかる。平日の午前であるせいか往 来する車の数も少ない。車道も広くなり、三人に風景を見る余裕が出てきた。 海が見えた。 眩しい太陽、それが反射した青い海は細かく砕いた宝石のような輝きを放ってい る。 窓を開ける。 すぐに激しい風が入り込む。でも心地よい潮の香りがする爽やかな風だった。 もうすぐ横浜だ。 「わああ‥‥わああ‥‥」 「素敵、ですわ‥‥」 「きれい‥‥」 美しい風景が三人の心を癒す。 三人の髪‥‥漆黒、栗色、金色の髪が風に靡く。 青い海に煌めく白い波。 果てしなく続く青い海‥‥地球が丸いというのを実感できる水平線。 そして、果てしなく続く青い空。綿花のような白い雲が浮かぶ。 穏やかな日差し‥‥温かい光‥‥太陽の光と海の光。 ‥‥三人の心の中に同時に一人の青年の顔が浮かぶ。 同じ‥‥同じだった。 銀座はいい街だ。だが目の前に広がる風景は、自然の持つ力、生命の根源、その 息吹を感じさせる。 全てを産み出し、そして育む母性のイメージが、三人の女性を包む。 三人の少女を乗せた、”いっちょトバシたるで・うちのハマジ<そりゃないで> 改”、別名、”シリスウス鉄砲玉<どついたるで>参号”は、30分足らずでマ リアの知人の経営する喫茶店の駐車場に到着した。前者の名称はエンジン名、後 者はどうもシャーシのようだ。 確かにあちこちぶつけたにも関わらず、”鉄砲玉”ボディそのものには変形箇所 が見当たらない。名前負けしてはいないようだ。そして仕様通り、時速70キロ を切った段階で”うちのハマジ”エンジンは停止、惰性でここまでやってきた。 出発の時には、またホイールスピンしながら‥‥マリアはげっそりとした。 三人は下りると同時にボンネットに目がいった。出る時には暗い車庫で見えなか った、その命名された文字がはっきりくっきりとペンキで書かれている。書体と しては江戸勘亭流に近い、こってりとした濃いめの字だ。 ”あんたの李紅蘭ブランド、それは帝国歌劇団にありまっせ!こいこ〜い”、と も追記されている。ご丁寧に住所と電話番号まで記載されている。相当目立つ。 宣伝車両にしか見えない。 しばし無言で見る三人。昼にはまだ大分時間がある。 穏やかな陽の光、潮風が心地よい。 「こっぱずかしいですわ‥‥」 「そ、そうね‥‥」 「か、帰りも‥‥乗るんですよね‥‥」 「そ、そうね‥‥」 三人は気を取り直して神凪の指令を実行すべく目的地に向かった。 目と鼻の先にある、”ポーシュリン”という酒場。 「お兄ちゃん‥‥」 「‥‥ん?‥‥何だい、アイリス」 「‥‥すごくよく似合うよ‥‥その服」 ぽっと顔を赤らめて呟くアイリス。 さすがに司令本部に出頭命令が出た以上、モギリの格好で出向くわけにもいかな い。大神は海軍士官学校時代の海軍服で出向いた。勿論今は空軍大尉だが、空軍 の制服は配布されていない。 「あ、ありがと‥‥アイリス」 「確かに‥‥久しぶりに”大尉殿”って感じか、隊長」 「よせよ‥‥そんな‥‥柄じゃないって」 大神、カンナ、アイリスの三人は蒸気機関車の客室に向かい合わせで座ってい た。青山までは歩いて行けない距離でもないが、アイリスがいることもあり、鉄 道を利用することにした。意外に空いている。街を行き交う人々も平日のため か、あまり見かけない。 青山の停車場から司令本部の敷地まではすぐ。ただし広大な敷地であるため、正 面正門から更に陸軍本部が収容される建物までは歩いて10分ほどかかる。 三人は正門で認証を受けると、建物までの石畳の道を散歩がてらゆっくりと歩く ことにした。 石畳の道に沿って車道がある。車道と歩道の間には等間隔で樹木が植え込まれて いる。反対側にも同じように背の低い樹木が植えられていて、その向こう側は広 い芝生になっている。昼寝がしたくなるような感じの広場だ。 「‥‥アイリス、お昼寝したくなっちゃったなあ」 「そうだな‥‥」 「こういう所で決闘したいぜ‥‥なあ、隊長」 「そ、そうだな‥‥」 建物の中に入ると、すぐ右手に受け付けがある。 呼び出されたにも関わらず、しばらく待っているように、との指示を受け、大神 たちはロビーに向かった。 ロビーに入ると先客がいた。 赤い中国服の長身、長髪の美少年。 そして青いシャツを着た、いかにも屈強そうな大男。 大神はしばらく入り口に立って、カンナとアイリスが入るのを妨げた。 「隊長‥‥ちょ、早く入って‥‥ん‥‥だれかいるのか?」 「お兄ちゃん‥‥入ろうよ‥‥ん?‥‥」 「‥‥‥‥」 大神はただじっとその珍しい出で立ちの二人を凝視していた。 赤い中国服の美少年がすっと立ち上がり、大神の目の前まで歩み寄った。 「大神一郎、大尉、ですね?」 「‥‥ええ」 「ふむ、噂以上のようだ‥‥おっと、失礼しました。私の名前は月影と申しま す」 「月影‥‥殿、ですか」 「ええ‥‥あなたがたの‥‥敵、です」 「‥‥‥‥」「何だとっ!!」 今にも襲いかかろうとするカンナを制する大神。 青いシャツの男も立ち上がった。長身‥‥カンナよりも高い。 「‥‥私の名は龍塵と申す‥‥お目にかかれて恐悦至極‥‥」 「‥‥初対面では‥‥ないような気もするが‥‥」 大神は埋もれた記憶を掘り起こすことに努めた‥‥無論視線は前方に固定したま ま。 それほど昔ではない。だれかの記憶と連結しているような‥‥ 「‥‥まあ、いいではありませんか‥‥大神大尉、本日のわたくしどもは単なる 付き添いのようなものです。主‥‥正確には違いますが、その方の同伴ですよ」 「‥‥‥‥」 「おめえら‥‥随分と‥‥調子くれるじゃねえの‥‥」 「‥‥なんか‥‥違う‥‥この人たち‥‥」 燃え上がるカンナ、そしてひたすら中にあるものを読み取ろうとするアイリス。 大神はただじっと赤と青の男たちを見つめていた。 「本日は、付き添い、だあ!?‥‥そんなんで済むかっ、この野郎っ!!」 「よせっ、カンナっ!」 大神が一喝する。 先の戦闘が戦闘だけに憤るカンナだが、隊長の命令とあっては黙るしかない。 「桐島カンナさんと‥‥イリス・シャトーブリアンさん、ですね。お目にかかれ て光栄です。私は月影‥‥以後お見知りおきを‥‥」 そう言って月影は膝をつき、カンナの手をとり口づけをした。外見の中国服とは 些か不釣り合いにも見えたが、顔だちが美しいだけに様にはなっていた。 「な、なに、なにすんでえええっ!」 顔を真っ赤にしながら、後退するカンナ。 月影は続いてアイリスにも同じことをした。 「!!!」 アイリスには接触によって、その本質の一部が流れ込んできた。 「‥‥杏華ちゃんの‥‥お知り合い、なの?」 「なに?」 大神が聞き返す。 「アイリスさんは‥‥杏華様には随分優しくして下さったようですね。杏華様に 代わってお礼申しあげます。‥‥あたたかくて‥‥優しい手‥‥こうして触れて いるだけで‥‥あなたの優しさが染み込んでくるようです」 「え‥‥」 月影はアイリスの手を自らの両手で優しく包んで、それをじっと見つめた。 「杏華様は‥‥不憫なお人です‥‥あなたがたと共に暮らせることは‥‥あるい は、そのほうが幸せなのかも‥‥」 月影は少し顔を曇らせながら呟き、そしてアイリスの手から離れた。 龍塵は横でやはり優しい瞳で見つめる。 「君たちは‥‥」 大神は訳がわからなくなった。 この男たちに邪念は感じられない。妖気も‥‥ あの白い影や赤い子供とは‥‥違う。明らかに違う。 恐るべき力に蓋をして、それが表に出ないようにしている雰囲気もある。 そして、杏華”様”、と呼ぶその美しい青年。 「‥‥私は杏華様の従者。杏華様が望むことは即ち私の望み。ですが‥‥今は違 います。今の私のもう一人の主‥‥その方の望みは適えなければなりません。で すから、あなたがたとは‥‥矛を交えなければ、ね‥‥」 「‥‥大神殿」 龍塵が言う。 「月影殿の想いは私も同じこと。私どもと‥‥来てはくださらんか?」 「‥‥意味が‥‥よくわからんが」 「月影殿、私、大神殿、そしてあなたの兄上‥‥」 「俺と神凪司令が、何だと言うんだ?」 「四人で守護するのです‥‥我が主を‥‥お嬢様を‥‥」 「守護する?‥‥お嬢様?」 「さすれば‥‥月影殿の想い‥‥我が想いも適うはず。大神殿と神凪殿の想い‥ ‥そして杏華様と紅蘭様の想いもまた‥‥」 「!‥‥紅蘭様、だと?‥‥益々わからんな、言ってる意味が‥‥‥‥少し考え させてくれるか?」 「‥‥今の我々の主があなたを呼んだのですから‥‥お会いになればわかります よ、大神大尉。私たちはこれで失礼します‥‥いずれ、また‥‥」 月影と龍塵は、大神とカンナ、そしてアイリスにそれぞれ挨拶をしてロビーを出 ていった。カンナは完全に気勢を削がれたような顔つきで、そしてアイリスはか なり複雑な表情をしていた。 「‥‥アイリス‥‥何か感じ取れたか?」 「心は読めなかった‥‥すごい堅い壁があって‥‥」 「そっか‥‥」 「でも、あの人たち‥‥なんか‥‥かわいそうな、気がする‥‥」 「な、なんだってんだよ‥‥いったい‥‥やる気なくしちまうぜ‥‥」 「‥‥‥‥」 大神はしばし二人が去っていった方向を見つめた。 何か心にひっかかる。 頭が‥‥痛い‥‥ 杏華。 紅蘭。 「似ている‥‥が、それが何か関係してるのか‥‥」 ‥‥その時に‥‥お前の力は必要になる‥‥ 「魂を救う、のか‥‥兄さん‥‥でも、いったい何を‥‥だれを?」 頭痛がする‥‥ あの時と同じ‥‥ いつか‥‥あれは‥‥紅蘭が出ていった‥‥前日と同じ‥‥ 『‥‥なんだ‥‥いやな予感がする‥‥』 頭痛の回復とともに消えた紅蘭。 またその頭痛が襲う。 しかしあの時の痛みは‥‥自分の潜在する力の兆候だったはず‥‥ 違うのか? いやな予感だけが大神の心を締めつける。 あの時は‥‥紅蘭が失踪して‥‥そして敵が現われた。 また、か‥‥ 暗い海へ出港する船に乗るような気もした‥‥頭痛という汽笛を以って。 頭痛を伴う悩みを持ったまま、大神は呼び出しを受けた。 カンナとアイリスが茫然としたままロビーに残った。 「‥‥ここですの?」 「えーと‥‥”ポーシュリン”‥‥”PORCELAIN"、ここね‥‥」 「どういう意味なんですか‥‥ポ、ポーシュ、レイン?」 「‥‥お皿‥‥磁器とか‥‥焼物のこと、ね」 「ふーん‥‥」 マリア、さくら、すみれの三人は目的の店の前に立っていた。確かに酒場であり ながら朝から営業している。開け放たれた入り口の先、店内は、外が明るい分だ け暗く見える。外見からは西欧風、特に英国の酒場という感じを受ける。 「わかってると思うけど‥‥あなたたちはジュースだからね」 「はーい」 「む‥‥わたくしは子どもではありませんわよっ」 「未成年の分際で‥‥それに、すみれ‥‥あなた、すぐ酔っ払っうでしょっ‥‥ このわたしに後始末しろっていうの?」 「むむむ‥‥わ、わたくしは‥‥」 「ひひひ‥‥無理せんときなはれ、すみれはん」 すけべ目ですみれを見るさくら。 「う、うるさいですわっ」 「ほれっ、入るわよっ」 店内は外見と同じく落ち着いた雰囲気だった。天井が少し高め。梁の部分から照 明がつり下げられている。塗装の施されていない木造のため、全体が焦茶色で覆 われている。まだ午前中ということもあって、人もまばら。カウンターにはだれ もいない。テーブルにちらほら‥‥2、3人程度。カウンターの中ではバーテン がシェーカーを振っている。 マリアは指示通りカウンターの端、壁際に座った。横にさくら、そしてすみれが 配置する。バーテンが寄ってきた。 「これはこれは‥‥美しいお嬢さんがた‥‥何をお作りいたしましょう」 「ドライマティーニを」 マリア。 「オレンジジュースを」 さくら。 「ど、どら、待て煮?‥‥そ、それを」 すみれ。 「アホッ、あんたもオレンジジュースッ」 「くっくっくっ‥‥かしこまりました‥‥」 カウンターの後ろ、バーテンが背中を向けている棚には、色鮮やかな酒瓶が所狭 しと並べられている。そしてすぐ横にはグラス。ネオンに彩られて夢のような青 を呈していた。 「‥‥はああ‥‥きれい‥‥」 さくらが夢を見るような目でそれを見る。 バーテンがそこからカクテルグラス、そしてタンブラーを取り出し、カクテルグ ラスのみをマリアの前に置いた。さくらとすみれのオーダーが先に出される。次 にバーテンは酒瓶を二つ取り出した。二つとも緑色の瓶。 「お望みの配合があれば」 「そうね‥‥ジンを5、ドライベルモットを1にしてくれる?」 「じ、腎?、ま、まさか腎臓!?‥‥ど、どらっ、ベロをもっと!?‥‥な、な んて人ですのっ、あ、あなたのような人に大尉は渡せませんわっ」 「‥‥ドアホ」 「くっくっくっ‥‥かしこまりました」 「それと‥‥”オリーブは入れないで”くれる?」 「‥‥承知いたしました」 「オ、オリーブなら知ってますわっ‥‥お、おほほ‥‥お、ほ‥‥」 「わたしだって知ってますもーん」 バーテンは緑の瓶の中に入ってある液体をミキシンググラスの中にそれぞれ確か に5:1の割合で配合した。大きめの氷と共にネオンを反射する。 マリアの前に置かれたカクテルグラスに注がれる、無色透明の液体。 ねずの実が作る特有の香りが鼻孔をくすぐる。 「‥‥薬臭いですわね」 「ジンは元々熱さましの薬としてオランダで生まれたものだからね」 「へええ」 マリアは一口だけ、しかも唇を濡らす程度だけ口に含んだ。帰りも車だ。酔って しまっては‥‥あの車ではそれこそ人を轢き殺しかねない。 「いかがでしょうか」 「‥‥おいしいわ」 「ふふっ‥‥ありがとうございます」 「‥‥そうだ、”可憐”さんをお願いできるかしら」 「‥‥”可憐”さん、ですか?‥‥その方はうちの者でしょうか?」 「‥‥”可憐さんのカクテルが飲みたくて”、ここに来たんです」 「‥‥少々お待ちを」 「??」「??」 オレンジジュースをズルズルと飲みながら不審げな表情を創るさくらとすみれ。 マリアはじっとカウンターの内側、左奥にある事務室の入り口らしき扉を見つめ た。バーテンが入って行って間もなくその扉は開いた。 美しい女性だった。眼鏡を掛けているが、目鼻立ちはどこかあやめを彷彿させ る。髪の毛は神凪が言ったように短め。確かに杏華ぐらいだ。胸元まで大胆に開 けられた、黒いワンピースを着ている。 「‥‥ご指名でしょうか‥‥美しいお嬢さん?」 「‥‥‥‥」 マリアはしばし見惚れた。 黒が似合う女性‥‥神凪と並んだら、いかにも釣合がとれそうだ。 「あ‥‥あの‥‥”黒いジンは手に入れることができますか?”」 「‥‥”それは無理。コーヒーを飲んだほうがいいわ”」 「”コーヒーのお酒はあるんですか”」 「”あるわよ‥‥浅草にそのお店があるわ”」 「”浅草のどこですか”」 「”花やしきのすぐ近くよ”」 「”わかりました。午前零時に伺うことにします”」 黒い女性はそこでにっこりと微笑んだ。 そしてカウンターの上に腕を組んでのせ、マリアを覗き込んだ。 開かれたワンピースの胸元に妖しい影ができる。 『り、立派すぎるわ‥‥ま、負けた‥‥』 「‥‥あなた‥‥マリアさん、でしょ」 「え‥‥」「??」「??」 「うふふ‥‥聞いてた通り‥‥奇麗な人ね‥‥」 「え、え‥‥そ、そんな‥‥あ、そうだ‥‥これ‥‥」 マリアは神凪から預かった封書を”可憐”に渡した。 「これは‥‥?」 「”零”からの伝言です」 「!‥‥ちょっと待ってね」 ”可憐”はすぐに封書を開いて中味を確認した。少し真面目な顔つきでそれを読 む。 ズルズル、ズル、ズルズル‥‥ズルッズルーッ‥‥ズー、ズーッ‥‥ 「うるさいわねっ、もうっ」 「もう飲んじゃったあっ、もっと飲みたああいっ」 「わ、わたくしにも、ど、どら、待て煮を‥‥」 「酒持ってこーいっ」 「じ、腎臓を、ど、どら、べ、ベロをもっと、は、はやくう‥‥」 「お、おのれらは‥‥」 「やんや、やんや、ふぎっふぎっ」「うぎゃうぎゃ、うぎゃぎゃっ」 煽るさくらとすみれ。 「ふふっ‥‥じゃあ、何か作ってあげましょうか、お嬢さんたち」 「ちょ、ちょっと‥‥」 「わーい、わーい」「うぉーっふぉっふぉっふぉっ」 「うぬぬぬ‥‥こ、こいつら‥‥」 女同志ということもあって、さくらとすみれは大神の前では絶対に見せない甘え ん坊の表情を見せた。”可憐”は封書を畳み、最初に対応したバーテンを呼ん だ。少しの間耳打ちし、そして封書を渡す。バーテンは再び扉の向こう側へ消え ていった。 「‥‥銀座から着たんでしょ。車?」 「ええ」 「私も乗せて行ってもらえる?」 「‥‥銀座に‥‥ご用でも?」 「ふふっ‥‥まあね」 ”可憐”はカクテルグラスを二つ取り出し、すみれとさくらの前に置いた。ただ しさくらのグラスは何か白い結晶粒のような物で縁どられている。塩のようだっ た。 「ドキドキ‥‥」「ワクワク‥‥」 そして、酒瓶を三本‥‥琥珀色、焦茶色、そして先程と同じ緑のジンのボトルを 取り出す。傍らにあるシェーカーに、ジン、そして焦茶色の瓶の内容物をそれぞ れ2:1で配合する。氷を入れ、レモンを絞る。 少し暗い店内‥‥白い手に収められた銀色のシェーカー。 ‥‥カシャ‥‥カシャ‥‥シャッ、シャッ、シャッ、シャッ、シャッ‥‥ 漏れる光の軌跡は、夜の銀座を走る車の灯りのようにも見えた。 シェークする”可憐”の姿に魅入る三人の少女たち。 シェーカーを傍らに置き、今度は琥珀色のボトルの内容物と焦茶色のボトルの中 味をやはり2:1の割合で別のシェーカーに入れる。今度はライムを絞り、シェ ークする。 すみれの前に最初にシェークしたものが注がれた‥‥それは透明に近い純白。 「はああ‥‥」 そしてさくらの前にはやはり透明に近いレモンイエロー。 「きれい‥‥」 「召し上がれ」 にっこりと微笑む”可憐”。 すみれとさくらが同時に口にする。 「純白‥‥大尉みたい‥‥!‥‥お、おいしいですわ‥‥」 「アイリスのレモンケーキの色みたいだなあ‥‥!‥‥おいしい‥‥」 「ぬう‥‥わ、わたしにも、一口‥‥」 薄い琥珀色の液体はテキーラ。遮光性の高い焦茶色の瓶の中身はオレンジキュラ ソー。無色透明なものはホワイトキュラソーと言い、最も有名なのは”コアント ロー”。すみれに出されたカクテルは今で言う”ホワイトレディ”。さくらの は”マルガリータ”。いずれもブランデーベースの”サイドカー”のバリエーシ ョン・カクテルでアルコール度数は高め。 「お、おいしいわ‥‥」 マリアも唸る。 ”サイドカー”は第一次大戦中のフランスでサイドカーに乗ってビストロ通いを していた陸軍大尉がバーテンに作らせたのが始まり、という説が有力。勿論”マ ルガリータ”と”ホワイトレディ”という名のカクテルは第二次大戦以降になら ないと出現しない。 ”可憐”は、フランスに渡った折り”サイドカー”を味わったことがある、それ でアレンジして作ってみた、とマリアに説明した。マリアも”サイドカー”は以 前飲んだことはあった。他のスピリッツでもいけるんだ、と納得してしまうほど の出来だった。 「わ、わらくひは、わらくひは‥‥ひょういい‥‥ひょういいい‥‥」 「あはははは‥‥ひゅみれはん、へんっでしゅよっ‥‥ぬははは‥‥」 「あんたら‥‥後で、たっっっぷりと絞ってあげるからね‥‥」 速攻で効果が表われた二人。マリアはすかさず二人からグラスを奪い取る。しか し、運転するのに飲むわけにも‥‥ 「飲んでいいわよ、マリアさん‥‥私が運転するから」 「し、しかし‥‥あの車では‥‥」 「ふふっ‥‥任せておきなさいな‥‥」 「で、でわ、お、お言葉に甘えまして‥‥」 一気飲みするマリア。白い顔が朱に染まる。 「なにしゅるんでしゅの‥‥わらくっひっの、ひょういををを‥‥」 「うははは‥‥うはっはははは‥‥あっはああん‥‥」 「うっぷ‥‥さあっ、行くわよっ、立つのよっ、歩けっ、ほれっ、あれ?」 ぐらりとよろめくマリア。 「い、いけないわ‥‥こ、これしきで‥‥」 「ふふっ、こっちの袴のお嬢さんは私が担いで行きましょう」 「す、すいません‥‥」 店の外に出るとすぐに潮風が四人の髪を揺らした。店の前を走る道、その行く先 には港がある。マリアの知人の店はその港に面した場所にあった。車もそこに置 いてある。へべれけになっていたすみれとさくらも、潮風に吹かれて酔が少しづ つ覚めてきた。 「ん‥‥‥‥頭が‥‥痛いですわ‥‥」 「あなたねえ、やっぱりわたしが背負う羽目になっちゃったじゃない」 「うーん‥‥あ、れ‥‥」 「ふふっ‥‥覚めるの早いわね‥‥さくらさん」 「え‥‥」 マリアはこれには驚いた。自分のことも知っていた‥‥いや、それは七特に関係 していれば、かつて神凪から伝わっていたかもしれない。しかしさくらを‥‥な ぜ? 「あ、あの、すいません、もう大丈夫ですから‥‥」 「そう?‥‥これ、あなたの刀でしょ?‥‥忘れちゃだめよ」 「ああーっ!‥‥す、すいませんでしたっ、すごい大切な物なんです」 霊剣荒鷹真打‥‥神凪から譲り受けた宝物。 大事な‥‥大事な宝物。 じっと荒鷹を胸に抱いて目を閉じるさくら。 それを見つめるマリア。 「‥‥宝物、か‥‥わたしには‥‥何もない‥‥」 「あ‥‥わたし‥‥」 「あ‥‥な、なんでもないわ‥‥わたし、何言ってるんだろ‥‥‥‥!!」 ふいに目に光が宿る。あたりを見回すマリア‥‥何もない。 不審に思ったさくらとすみれも気配を伺うが‥‥やはり何も感じられない。 「‥‥どうしたんですの」 「何か‥‥いるわ」 「何も‥‥感じません、けど‥‥」 「‥‥そうね‥‥何か‥‥いるかも、しれないわね‥‥」 ”可憐”がマリアに同意する。霊的認識力とは違う”勘”あるいは”第六感”と でも言うべき感覚。第六感を超感覚的知覚と定義付けるのであれば勿論これは違 うが‥‥戦場で生死を分ける自分の内なる声。マリアと”可憐”のそれが警報を 上げる。 「‥‥わき道があるわ‥‥そこに行きましょうか」 ”可憐”が言う。ここで片付けるつもりのようだ。 「そうしましょう」 三人の少女たちは”可憐”の指示するわき道へ入った。気配が強まる。さくらと すみれも気付く。わき道は袋小路になって広場を形成していた。周辺は建築途中 で放棄したと思われる無人倉庫。戦闘で被害を与えても問題なさそうだ。 気配のある方向を見定める四人。 視線に耐えかねて、それが姿を現わしたかのようだった。 黒いわだかまりが唐突に発生する。 ぼやけた輪郭はすぐに人の形になった。 しかし、人の影、のようにしか見えない‥‥人影が空気に転写されたかに見え た。 三つの人影。 亡霊のようにも見える。 頭にあたる影、その目にあたる部分が赤く輝いている。 「‥‥追けられた?」 「あの速度で‥‥まさか」 「車の影に‥‥溶け込んでいた、とか‥‥」 「そんなこと、出来るんですの‥‥!」 そこまで言ってすみれは思い出した。自ら精神を浸食された不貞の輩。実体も霊 体も持たない文字通り”影”だけの存在。 「思い当たる節でもありそうね‥‥すみれさん」 ”可憐”が聞く。 「‥‥まずいですわね。山崎少尉がいれば‥‥ちっ」 思わず舌打ちしてしまう。影の状態では攻撃もままならない。実体化させること さえ出来れば、後は三人で始末できるのだが‥‥山崎はいない。 すみれは足元に転がっていた木の棒切れを持った。金属よりは元は植物である木 のほうが、寧ろ霊力は伝達しやすい。それは自然な進化の過程として帰結したも のであるが故なのか。 ただの木片が青白く輝く。 「‥‥試してみる?」 ”可憐”がすみれに問う。 「ええ」 霊力の残留効果‥‥すみれが鳳凰蓮華を完全会得するに能って、その副産物とし て得られた能力。霊力が添加された媒体が肉体を離れても保持し得る。 すみれが青白い棒切れを影に向かって放つ‥‥が、矢のような速度のそれも、す り抜けるだけだった。 「‥‥やはり、実体も霊体も持たない‥‥これは、いけませんわ‥‥司令が言っ たように四匹だけではない、ということですのね‥‥」 「‥‥どういうこと?」 「あそこに見えるのは、文字通り”影”ですわ‥‥実体化させないことには‥ ‥」 すみれが歯痒い表情を見せる。 ”可憐”は暫し思案した後、おもむろにさくらと向き合った。 「さくらさんなら‥‥”斬れる”かも‥‥」 「さくら、が?」「それはいったい‥‥」 「‥‥‥‥」 さくらはじっと黒い影を見つめていた。 斬れる‥‥確かにさくらはそう感じていた。手元には霊剣荒鷹真打。 ‥‥さくらくん‥‥ 神凪の声がさくらの耳に、心の内に聞こえてくる。 麗一さん‥‥ 大切な人‥‥愛、してる、人‥‥大神さんと‥‥同じ人‥‥ さくらは抜刀の構えをしたまま、ただじっと黒い影を見つめていた。 「‥‥ねえ、カンナ」 「ん‥‥」 「‥‥お兄ちゃんのこと‥‥どう想ってる?」 「な、な、なん、なんだよ、や、薮から棒に‥‥」 軍司令本部の待合ロビーで並んで座るカンナとアイリス。 大神が米田の居室に呼ばれてから暫く経つ。敵の副将格とも言える二人、しかも それまでの敵とはまるで違う雰囲気を放つ赤と青の戦士だった。その後遺症か、 大神がロビーから出た後も無言状態が続いたが、アイリスが先にカンナに話しか けた。 「うん‥‥」 「な、なんだよ‥‥」 「‥‥アイリス‥‥戦争きらい」 「え?‥‥そりゃ、あたいだって‥‥」 「でもね‥‥でも‥‥悪いことする人がいたら‥‥こらしめなきゃって‥‥」 「ああ、その通りさ」 「‥‥お兄ちゃんを苛める人がいたら‥‥こらしめなきゃって‥‥」 「ああ‥‥」 「そう思って‥‥戦ってきたの‥‥がんばってきたの‥‥」 「‥‥‥‥」 「お兄ちゃんを‥‥護らなきゃって‥‥」 「‥‥そうさ」 「お兄ちゃんは‥‥アイリスたちを護ってくれる‥‥だから‥‥アイリスたち は、お兄ちゃんを護るの‥‥大好きな人だから‥‥大切な人だから‥‥」 「‥‥ああ」 「‥‥でもね、でも‥‥あの人たち‥‥杏華ちゃんと紅蘭のこと‥‥大切に想っ てる‥‥アイリス、それがよくわかったの、わかったのよっ」 「それは‥‥」 「アイリスたちが‥‥お兄ちゃんを想ってるみたいに‥‥あの人たち‥‥」 「‥‥‥‥」 「‥‥アイリスたち‥‥これから、なんのために‥‥戦うのかな‥‥」 「‥‥‥‥」 カンナには何も言えなかった。 アイリスが言いたいこともよくわかった。 戦争は犠牲を伴うもの。わかってる。だから、自分は‥‥隊長のために‥‥それ でいいと思っていた。 違うのか? 自分たちは‥‥平穏を脅かす者を‥‥駆逐する‥‥叩き潰すっ!‥‥そのために いる、そのために集まった、そのために隊長について行くんだ。 違う、のか?‥‥違ってないっ、間違ってはいないっ! 自分たちには常に正義がある‥‥敵は常に悪だ。 本当か?‥‥違う‥‥のか? ‥‥いや‥‥いや、ヤツらは現に‥‥現に、上野で、浅草で、外道を働いたでは ないかっ!‥‥あんなクソッタレ野郎どもに、あんな連中に‥‥情けなど‥‥無 用だ‥‥ 敵は‥‥常に‥‥悪、だ‥‥ 違って、ないか?‥‥本当に‥‥本当に、間違ってはいないか? カンナとアイリスの中に生まれた迷い、それは勧善懲悪の上にたつ帝国華撃団の 存在そのものを否定することになる‥‥カンナはこれまで遭遇したことのないジ レンマに陥った。いや、二度目‥‥あやめの時と同じ。赤い月とともに消えた 人。自分の恩人。 肉体的苦痛にも優る精神的抑圧がカンナを襲う。逃げ場のない苦しみ。代謝のな い痛み。鍛えても、汗をかいても‥‥和らぐことのない苦痛。 自分は常に正義‥‥それは独裁者が拠り所とする論理。 敵は常に悪‥‥ほんとか? カンナは悩んだ。 アイリスの想い‥‥それは正しい。 大神への想いを否定するものではない。断じて有りえない。自分たちの大神への 想い‥‥それは全ての行動指針であり、自分たちの存在意義でもあったから。 しかし‥‥心の内に生まれた、敵への哀れみもまた‥‥否定できない。 対面した”敵”と称した二人は、明らかに不浄の物の怪ではなかった。そしてこ れまで遭遇したどんな敵よりも強い力を感じた。護る意思がそうさせるのか‥‥ 人を想う気持ちがそうさせるのか‥‥ 悪は敵だ。だが敵は必ず悪か? カンナの視線は床から離れなかった。 下しか見ない。 まるで今までの自分を省みるかのように。 カチャ‥‥ ドアが開く音でカンナは顔を上げた。アイリスもそれを追う。 「桐島カンナ殿‥‥そして、イリス・シャトーブリアン殿、ですな」 声を発したのは軍人‥‥陸軍の将校らしき人物だった。襟章からして佐官らし い。後ろに部下を数人引き連れている。 「‥‥そうだが‥‥なんか用かい?」 「申し訳ありませんが‥‥我々とご同行願えますかな」 「‥‥何処に‥‥だ?」 そこで将校は拳銃を出した。銃口の照準をカンナの額に当てる。 「!‥‥いったい‥‥何の真似だ」 「カ、カンナ‥‥」 将校の口元がいやらしく歪む。目の色がおかしい。 「我々に従っていただく。手荒な真似はしない‥‥大人しくしていればな」 「‥‥帝国華撃団・花組と知っての狼藉かっ!?」 「ふっ、そのような穀潰し、最早時代が必要とはしていない。黙って従え」 「て、てめえら‥‥」 部下らしき数人がカンナとアイリスを取り囲む。 まるで訳がわからない。しかし‥‥このまま黙って‥‥ カンナはアイリスを護るように前面に立つ。隙あらば、たとえ陸軍が相手だろう と叩きのめすつもりでいた。 アイリスの手がカンナの背中に触れた。 ‥‥戦ってはだめ、カンナ‥‥ 「!‥‥ア、アイリス?」 ‥‥声を出さないで‥‥お兄ちゃんが言ったの‥‥戦ってはいけないって‥‥ 『隊長が?‥‥‥そうか‥‥移動はできねえか、アイリス』 ‥‥だめ‥‥失敗したら‥‥カンナが、あぶない‥‥ 『‥‥ちぇっ、気にするこたあねえのに‥‥』 カンナとアイリスは後ろ手に拘束され、連行されて行った。 いったいどういう事なんだ‥‥ 隊長が呼びだされて‥‥ あたいらは‥‥ 『ま、まさか、隊長の身にも‥‥く、くそ‥‥』 護衛でついて来たのに‥‥何の役にも立たねえ‥‥ やはり、自分たちは‥‥正義の上に‥‥立っているのでは、なかったのか‥‥ 味方であるはずの‥‥人間に矛先を向けられて‥‥背中も預けられない‥‥ 何のために戦う、か‥‥こんな連中のためか? 要らなくなりゃ‥‥始末するってか? あたいらは‥‥その程度か‥‥ やっぱり‥‥戦争とは‥‥こんなものか‥‥ 犠牲は‥‥常に下の人間が背負う、か‥‥ ちきしょ‥‥くそったれ‥‥ 死ぬときゃ、隊長の傍でって‥‥思ってたのに‥‥こんなとこで‥‥ 隊長も護れねえで‥‥くそ‥‥ くそ‥‥くそっ‥‥ ちきしょーっ! カンナの迷いと怒りは自己嫌悪にまで発展しつつあった。 燃えるような想いも‥‥その炎が消えかかろうとしていた。 ‥‥あきらめてはだめ‥‥ 『!‥‥アイリス!?』 神語り‥‥アイリスの強い意思がカンナを支える。 ‥‥そうなんだ‥‥そうなんだよ、カンナ‥‥ 『‥‥え?』 ‥‥自分を‥‥自分を疑ってはだめ‥‥カンナ‥‥ 『アイ、リス‥‥』 ‥‥お兄ちゃんがいる‥‥お兄ちゃんのお兄ちゃんがいる‥‥ 『隊長と‥‥司令が‥‥か‥‥』 ‥‥みんながいる‥‥みんなが‥‥必ず傍にいる‥‥ 『みんなが‥‥』 ‥‥アイリスたちは‥‥一人ぼっちじゃない‥‥ 『‥‥そうだ‥‥そうだよなっ』 アイリスは自分に、そしてカンナの心に叫んだ。 敵は悪か?‥‥それはわからない。 でも大切な人がいる‥‥それは確か。 ‥‥迷っているのは自分だけではない。 一人ではない。 孤独ではない。 今はカンナの傍にはアイリスが、そしてアイリスにはカンナがいる。 迷っても‥‥必ずだれかが傍にいる。 その人が導いてくれる。 その人のために自分はいる。 自分を求める、その人のために‥‥自分はいる。 そして、その人を護るために。 だから‥‥その人が必ず助けてくれる。 帝国歌劇団、そして帝国華撃団はそのためにあったから。 花組の底力がそこにあったから。
Uploaded 1997.11.25
(注:スパム対策のため、メールアドレスの@を▲にしています)