田中寒楼

 

6原稿より

 

奈良に行き

 

奈良に行くと、鹿がセルロイドの角を頂いて歩いてをる。甘くできてゐると言ったら、セルロイドの角ぢゃない、真の角であった。鹿の袋角といふことを知った。

 

 奈良公園の、芝生は奇麗に鋏で剪みそろへたやうだ。これは鹿が草をたべるからだといふ。

 

 奈良公園の樹木は、どの木もどの木も竹の割片でもって幹が巻きたててある。何のためかと思ってゐたら、鹿が角を擦りつけて、角の袋を剥がし中核の堅い角になるのださふな。

 

 鹿が鳴く声はよい。小さい雄が、大きな雄に追はれて、樹の周りにある柵のうへを飛びこえて遁げたが、すばらしい勢だった。鹿でも走るのだと思った。

 

 雄然とあらはれた雄鹿が、一声あげて、いどんだ、一匹の雌を見つめてゐる。其の恋々たる雄鹿の眼なざしといかにも情にたえぬ叫びは、古都奈良の声とも聞えた。

 

 雨に濡れた鹿が、杉の大木のもとに、かたまってをる。杉から雫がほつりほつり落ちてをる。静かな奈良の風情。

 

 巫女が二人並んでをる。前髪に花をさいてをる。壱円だいて神楽歌一曲を所望した。念仏みたやうな歌をゆるいゆるい調で、ひきたたぬ男の方が歌ふ。二人の巫女は眠るやうに舞ふた。僕は巫女の口から神楽歌が聞けるかと思ったのであった。ここは雨中の若宮宮、賽銭箱と鳩と鹿とわれらと巫女と藤の花。しづかな雨の公園。

 

 深林の中を傘さいて菜刀と僕と大杉まで歩るく、静な静な昔しのしのばるる雨中。公園を出て奈良の四階にりて来たとき、妙齢な一人の娘が、われらを見て会釈した。若宮社で見た夢のやうな巫女が、ここでは飛白の単衣を着て溌剌としてゐた。

 

 雨はしぶしぶ降る。菜刀が、巫女を写生する。巫女がすむ。檜扇を写生する。鈴を写す。静かな森のむらさきの藤房たるる奈良の古宮。

 

 杉の大木に、地から舞ひあがって、又下へ巻きおりてゐる藤が雨中になまめかしい姿を見せてをる。この杉もこの藤の花も、一千年も経ったものだと思ふと敬の念にたえない。

   雨天

  奈良をたつ古傘親し藤の花

 

 

安眠

 

 つとめて朝起きをし、夜もおそくまで勉強してあえぎあえぎやってゐた。このごろ朝は普通に起き、それから昼寝はゆっくりして、もう寝むたさのすこしも残らぬまで十分に寝て起きるやうにしたところ、これまでに、経験しなかった新しい世界を見いだいた。それは何ういふ世界かといふに、その世界にゆくと心がゆったりして気も落ちつき、目に見えるものは美しさを増し、耳に聞えるものは、音色がよくなり、見るもの聞くもの、すべてが自分のためにつくられてあるに見えて、愉悦に堪えぬ。そうして書物をひもといても、朝起夜起の時よりは一層よく読め、発明することが多い。人間といふ自然物を作りたて養ひあげるには、第一に睡眠。第二に睡眠。第三に睡眠なんでもよく寝さすことだ。寝る児はよく育つ。よく寝てゐると呼吸が深くなる。踵に力がいる。臍の下が豊になる。よく寝さへすれば眼明に、耳聡に、終日すがすがしくさわやかに、面白くてたまらぬ。

 睡眠の時を惜しむより、睡眠を十二分にして仕事の能率をあげるほうが勝ちだ。よく寝る寝るといっても人によって時間の長短はある。三時間か四時間で十分の人もあり、九時間も十時間も睡眠のほしい人もある。

 睡眠も、床の上に横になって安らけく寝るばかりで無く、そこからそこまで行く車中でも、ただの五分か六分の間でも、目をふさいで睡眠をとる。それで疲労を恢復する。雑談の間でも聞いても聞かいでもよいときには、瞼を下げて眠ることだ。また疲れた時は眼を細うしてをることだ。

昼寝が覚めて風呂へゆくと、丁度昼下りで風呂屋はごくごく閑静だ。この風呂は湯坪の中から夏山が見え湯からあがると叡山の嵐が窓に吹きこんで快よい風呂だ。朝と晩と二食の自分が風呂にゆくとき、風呂にゆく村の人は極く少ない。時によるとまだ湯が沸いてゐないといふのを、頼んではいて、じっとして水の中に沈んで沸くのを待つことがある。誰もまだ一人もはいて居ない湯に、水音立てて熱い湯をうめる時に、じっと目をさいで聞いてゐると、深山に入って滝の音をきいて坐ってをるやうである。

たぎち注ぐ水口を塞いで、またじっとしてゐると、女の湯の方から、桶をとって湯をそそぐ音が聞える。一はい、二はい。その湯のつかひぶりで、女の態度とまた容姿までわかる。男湯に男が独、女湯に女が独りをると、なんともいへぬ艶なものが萌えあがって来る。女といふ柔軟な自然物は、男性にとっては生命のもとである。

風呂からあがって、たちあるく間に何うかすると人のもち物が目につくことがある。なんといふ大きな代ものかと思ふ。さうして自然自分のものは何うかと顧みる。自分のものはちさいなあと思ふ。やがて自分のものが姿見に映ずるのを見る、なかなか小さくは無い。おかしいおかしい。我がものとして我が手足と一緒にして睹ると小さいものが、我がものから離れて、向ふの鏡にうつってをると、大きく見える。我がものながら、人のものと見えるからだ。世の中の一切は彼岸に見わたすと、よく見え、安けく見えるものだ。

よくさふ思って見ることだが、鏡といふものは自分を、自分と人と二つにわけて見せる。それで一旦鏡に向ふと、自分と他人を一つにして認めることが出来る。手前に見れば自分で、向ふにまはせば人だ。山川草木の自然界と見てゐるとのも、向ふにまはすから自然界であるが、こちらに容れてみたら山も川も自分であったことがうなづける。

自分はよく叡山にあがる。叡山にあがるには車の便利もあるが、わしのをる村から草履をひっかけて、朝の涼しいうちに、ちょこちょことあがる。叡山に上って四明嶽の頂上に立つと琵琶湖はたいてい靄がかかってをる。京の方も靄がかかってをる。そこらでうろついて朝のまぶしさを味ってをると、目がさめて来るうに湖上は晴れ、京の方もより見えて来る。それが丁度自分の身のうへに夜があけて、日が昇って、靄が晴れて明くなるやうな気がする。見渡すかぎりのものは、皆な自分の中に包容されてゐて雲のゆききも、山のたたづまひも皆自分の身のうへのことのやうだ。その中に遊覧の人があがって来て山上が賑はしうなると美しい児供や傘をさいた女が目につくやうになって、いつしか自分も自然の山水から見離されて、四明頂上の唯の平凡の一人となってをる。無心でをれば自然と一つだが、心がうごくと人間になってしまふ。

 単位を置いて量ることを止めるがよい。自分といふ単位さへ置かねば、天地の間のものはことごとく自分と一つに呼吸してをる。天地といふは呼吸してをる自分の名だと合点する。人は自然に参して鳥とともに歌ひ、水とともに流れ堪ふるには、ただ単へに、自分といふ境界をとってしまへばよい。境が一切の始めだ。境がなければみな一つだ。世の理は、元来は一つ、その一つは自分也と信ずるとき愛も信も生れて来る。無限の生命にはぐくまれやうとするものは、自分といふ文化の化粧をとってしまふがよい。羽織をぬいで袴一つで歩くとよほど楽だ。住ひは低いほどがよい。着物はうすいほどがよい。高楼で飲むより、地べたの上がうまい。衣冠束帯は身の手がせだ。

 人間の體は、ものをつけるほど自然に遠かる。ものを思ふほど自然にそむく。えらい哲学者より、何んにもしらぬ皃の樵夫や漁師の方がっぽど感じのよい顔をしてをる。

よく寝て、體が安めば、體の安静なだけで、外に望みは無いはづだ。装飾を必要とする心と身體は、安眠不足の禍だ。身一つが天地と一つであることの楽しさは、外に比びは無いはづだ。完備しつくしてゐるから。総ては自分の面影であるから。美しい花と見るときは、美しい花になってをるのであり、奇麗な雲と眺めるときは、天上の雲となって逍遥してゐるのである。地上の人でありながら、天地八荒に思ふまにまに遊びうる境涯は学問もいらず研究もいらず。誰にでも直になれることだ。

 

次へ

戻る