◎本能のなせる業?
  「なぜリクガメを飼うのか」では「飼育欲求」などと書きましたが、
「何故飼いたいのか?」の理由はこうした意識できない心の領域にありそうです。
「飼育本能」があると仮定するとなんとなく説明できるような気がしてきました。
  動物を飼育する事は人類の進化の中で役立った時期が少なからずあった事
でしょう。それが本能化しているという推測です。
  だからってどうという事はないのですが。
# だから、気持ち編のネタかな〜と

  私の曾おじいさんは蚕の卵を孵化させる事業をしていました。
今で言う蚕ブリーダですね。私にもその血が流れているのかも知れません。
(ちなみに、蚕の孵化は国の許可がいる事で無許可でやるのは違法です)

  それから、欧米は畜産が盛んですから、おそらく、この飼育本能が
旺盛な人が多いように思います。私もそういう傾向が強いのですが、
飼育自体に興味があり、そういう場合、データとか取って、「こうすれば、
こうなるのか」というのをウォッチしたい、それを知識として残したいという
欲求があると思います。
  欧米の飼育技術の高さはこんなところにあるのかも知れません。
  
  ところで、工夫し、反応を見て、データを取り、それらを知識を残す、
これは近代的な科学的態度です。一方、農業は植物栽培なので、季節変動を
予測するための暦や土地の測量などに興味があるでしょう。これも
科学的態度の一つではありますが違いはこの場合、対象の植物自体では
ないものに興味があるという点が違います。これは抽象的な概念に
結びつきやすいと思います。
  一方、動物飼育は具体的な事象が対象です。
  大袈裟にいえば、動物の飼育そして飼育本能が近代科学の態度の
元になったのかなぁと思ったりします。


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