出発まで
今日で、いよいよ韓国は終わりである。今日の予定は、日韓共同切符を購入した時点でがっちり決まっていて、動かす余地はない
ちなみに、日韓共同切符は、ソウルから釜山(または慶州)のセマウル号と釜山−下関の関釜フェリー、あとは下関−小倉間の在来線と小倉−東京間の新幹線指定席が利用できる。JRで使用される切符類は自動改札機対応のため磁気化された切符が主流だが、この「日韓共同きっぷ」は、貴重な手書きの切符でしかも、カーボン紙である。今時、なんとも貴重な切符である
9時過ぎにホテルを出て、乙支路入口 より、この数日すっかりお世話になった地下鉄2号線に乗車。市庁で1号線に乗り換えソウル駅へ向かう。乗り換えはあるものの、わずか2駅なので、ソウル駅には9時20分過ぎには到着してしまった
10:00発の釜山行き「セマウル号」まで時間があるので構内探索に勤しむ
ソウル駅の総合案内所に「イプチャンクォン(入場券)」のハングル文字を見つけたので、迷わず購入。この旅行中に「イプチャンクォン」の文字だけは認識できるようになったな(^^;;
続いて、構内の店を見学。レストラン、キオスク、ファーストフード店が目立つが、その中の店に、セマウル号が印刷された箱が目に入る。その脇では、ソウル駅コンコースから見えるように、餡ドーナツのようなものを焼いて実演していた。東京の新宿駅構内で、鉄道饅頭なるものが売られているけど、これは、韓国版鉄道饅頭かな?<>
購入することも考えたが、ひとりで食べても胃がもたれそうなので我慢する。一体どんな味なのだろう?今度来たときは是非食べてみたい
セマウル号
セマウル号
食堂車のランチ
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9時45分頃、改札口が開き搭乗が始まる。釜山やソウルの駅は、ホーム毎の改札で中に勝手に入れないのが残念である。6番ホームに降りると、セマウル号が2本並んで停車していた。10:00発の釜山行きと10:05発の木浦行きである。他のホームには9:55発の長項行きのセマウル号も停車しているし、ソウル駅の構内はなかなか壮観である(^^)
釜山行きのセマウル号の特室にはスチュワーデスのお迎えもあるが、残念ながら日韓共同切符では特室には乗れない。しかし一般車も、日本の新幹線のグリーン車並のシートで、ゆったりとしているから不満はない
指定された座席は5号車9番。通路を挟んだ反対席は11番12番なのだが、その席は、日本人の若者2人連れ(男)で、日韓共同切符利用者であった
日韓共同切符で指定できるセマウル号は、8時,10時の釜山行きか、9時30分発の慰山行きの慶州までであるが、これらの列車の5号車の9番〜12番は日韓共同切符専用席として確保されていると思われる。わずか4席なので満席になることも多いだろう。そういえば、彼らはセマウル号をバックに記念撮影していた
セマウル号は10時ちょうどにソウル駅を出発。グングン加速して京釜線をひた走る。ソウルを発車した時点では車内は空席が目立ったが、ソウル郊外の永登浦(ヤンダンポ)、水原(スーウォン)に停車し、乗客を拾う。水原でほぼ満席になる
水原までは首都圏電鉄線も乗り入れを行っていて、複々線であるので乗っていても楽しい区間である。水原を発車すると複線になる。将来的な計画では太田まで首都圏電鉄線を延ばす計画があるらしいが、沿線風景には田園風景が広がる
しばらくして、女性車掌の車内改札がある。車内改札が終わると、空いていた隣のシートには、韓国人のサラリーマン風の人が座った。座席が空いているから座ったという感じであるが、日韓共同切符専用じゃないのかな?
セマウル号は単調な景色の中を最高速度160km/hで走行する。ほぼ、定刻11:37に太田(テジョン)に到着。韓国中部の主要都市だけあって乗降客が多く乗客の入れ替わりがある。太田を発車した直後、お目当ての食堂車に出向く。車内販売で弁当の販売も行われているがやっぱり、食堂車を利用したい
日本の食堂車は東京−博多間の一部の新幹線と「北斗星」「トワイライトエキスプレス」のみの営業だが、韓国ではセマウル号の食堂車は一部を除いて営業されている。
思ったより揺れる車内をしっかりと足を踏みしめながら食堂車へ・・・
時間が早いからか、席は空いていた。早速メニューを眺め、韓国風ビーフシチュー?(正式名は知らない)を注文した
男のウェイターがコップに水を持ってくる。コップに半分しか水が入っていないので、ケチだなぁと思ったがすぐに納得。列車の揺れが激しく、半分しか入っていない水が、飛びでそうなほどに跳ねまくっていたのであった
座席では感じなかったけど随分と揺れるんだねぇ。しばらくすると、料理が運ばれてきた。トレイにセットされた料理を見ると、機内食を彷彿させる
以前食べたユーロスターの食事も機内食を思わせるモノだったし、日本の食堂車のようなお皿に料理を載せる形態が世界的には珍しいのかもしれない
ビーフシチューの方は、レンジで暖めただけだろうけど、まぁこんなモノかな?と思わせるような内容であった。もう少し、選択できるメニューがあればいいのだけどねぇ。(一応、お酒はある)
しかし列車に揺られて走り去る風景をながめながら、食事するのはいい気分で落ち着く
12時も近づき、食堂車内も混み始め、相席になる。あまり食堂車で頑張っても邪魔になりそうなので、座席に戻る。食堂車での食事の値段は9000W(約1080円)。新幹線の食堂車と比較すると安いくらいだが、韓国の物価を考えると、町中の倍の値段である。やはり贅沢かな?
セマウル号は丘陵地帯を走り、5分ほど遅れて13:15頃東大邱(トンテグ)に到着。かなりの乗客が下車し、車内は少し空く。隣に座っていたおじさんも下車していった。この駅からは慶州へ行く大邱線が分岐していく。今度韓国に来たときは、是非乗りたいなぁ
セマウル号は釜山へ向かってラストスパート。あと30分程度で釜山というところで、大きな川がよりそってくる。地図で調べると「洛東川」のようだ
三浪津で南部の主要都市、麗水、木浦、順天方面を向かう慶全線と合流。沿線風景も都市の様相にあり、亀浦(クーポ)あたりでは、建設中の地下鉄線と平行する。釜山は現在3線の地下鉄を建設中であり、開業したら、また乗りに来て、釜山郊外を廻ろう
貨物線が複雑に入り組む沙上、釜山鎮を通過。線路の数が一気に増え終着駅の様相が強くなる。5分遅れを保ったまま、14:25、釜山駅に到着
ホームに降りると、夏の日差しが灼けつき暑い。下車客専用改札を通り、4日ぶりの釜山の町並みを見る
関釜フェリー
船上からの釜山の町並み
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夏場は関釜フェリーの出航時刻は19時になっているが、出国手続きの締め切り時刻がよくわからない。「少なくとも17時までに搭乗手続きをすれば大丈夫だろう」と勝手に決めつけ、西面のロッテ百貨店に出かける
西面までは地下鉄で10分程度。構内に掲示されているロッテ百貨店の案内に従ってあるくと、突然、建設中の地下鉄路線の西面駅が現れた。工事も佳境に入っているようで、すでに自動券売機も設置されている。日本だと、完成するまで仕切で覆うけど、随分とオープンである
いろいろと、売場をまわってみたが、ソウルで一気に増えた荷物は重たいし、あまり買いたいモノが無かったので、切り上げて地下鉄で中央洞駅へ移動
ここから歩いて、フェリーターミナルへ向かう。5日前は雨で何も見えなかったけど、随分と景色がいいところである。16:30頃フェリーターミナルに到着
確認したところ、出航時刻は19:00だが、乗船の搭乗締め切りは17:00だと知る。冬場は18:00出航なので、乗客は乗船後1時間以上も釜山港に留め置かれることになる
さすがは、お役所仕事である。19時出航だからって、18時頃に来たらアウトだった
乗船券を引き替え、手元に残ったウォンの一部を残して日本円に換金。少しウォン安が進行していたのが、悲しい(; ;)
2階の出国ゲートに並べは、もう気分は半分日本。大きな荷物を抱えた人の姿が多い。船の場合、自分の荷物は自分で席まで持ち込みなので、大きな荷物を持った場合は大変である
出国審査を終え、免税店で買い漁っているおばさん連中を横目に、桟橋席へ向かう。すでに、たくさんの荷物を持つ韓国人のグループが占拠していたが、幸い、日本人のグループの1画に空きを見つけて、スペースを確保
船の桟橋席のルールは、早いモノ勝ち。遅れると隅っこで小さくならなければならないルールがあるので、一安心
落ち着いて、船内探索に出かける。2等の桟橋席は韓国人ばかりで、日本人の姿はほとんどいない。フェリーターミナルでは随分と見かけたので、ほとんどの方は1等個室に乗ったのだろう
釜山−下関のフェリーは、日本の関釜フェリーと韓国の釜関フェリーの2社の共同運航であるが、今日の下関行きは日本側の関釜フェリーであった。船内での現金使用のために8000Wほど韓国ウォンを残しておいたのだが、船内は日本円のみでウォンは使用できなかった
食堂は18:00からの営業で、値段は考えていた以上に安い。また船ならではの施設として風呂もついている。他に、おつまみの販売機、や免税店もあり、随分と機能的だ。 そして、何よりも乗務員が日本人なので、日本語が不自由なく通じるのが一番落ち着くなぁ。桟橋席では韓国語にキムチの臭いが飛び交っているが、気分はすでに日本である
18時に食堂が営業開始。安いけど、メニューはつまらない日本食ばかり・・・
早速、ビールで喉の渇きをいやし、久しぶり日本の食べ物を味わう。出航が19時なので、窓の風景は変わるわけもなく、フェリーターミナルがいつまでも見えた(笑)
このあと風呂に入ったり、デッキに登って釜山の町並みを眺めたりしながら、出航を待つ
19時ちょうど、警笛を響かせながら、船が動き出す。デッキに出て、夕闇に染まりつつある釜山の町並みを眺める。この6日間、韓国をまわった出来事を思い出しながら、ひとり感傷にふけったのであった
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