豪州・豪華列車の旅
〜GSPE編(2)〜


1999年11月 5日
 プロサパイン 18:00 (GSPE)  車中泊
1999年11月 6日
 〜 14:45 ブリスベーン・ローマストリート


GSPE

GSPE

プロサパイン駅に停車中のGSPE

 1999年11月 5日

 ウィットサンデー空港より往きと同じ道をたどり17:30頃、プロサパイン駅に到着。スチュワード達のお出迎えを受け列車に戻る。
 行程案内には18:15発と書いていたが念のため、列車長(トレインマネージャー)に発車時刻を確認すると18:15との案内であった。まだ40分もあるので、編成を見て回る絶好の時間である。
 展望車にぶら下がった後、機関車の前に・・・思い思いに編成を見て回る。18両も客車があるので、先頭の数両の客車と機関車はホームからはみ出して停車していた。正規の編成は20両なので、さぞかし見応えあるだろう。
 駅前を歩いてみるが、周辺はひっそりとしており町として機能していない。駅舎はあるが切符売り場は無人で、列車で乗車券を買うようにとの案内も出ていた。せめて時刻表はないかと思い探してみたが、発着するのは長距離列車の「サンランダー」「クィーンズランダー」が週4便あるだけで、ローカル列車はなかった。鉄道は長距離輸送や貨物が中心で都市圏輸送の機能は全くない。
 17時50分頃、部屋に戻る。18時頃、隣の待避線に貨物列車がやってきた。するとまもなくなんの前触れもなく、ゴロリと列車が動き始めた。時計を見るとまだ18時過ぎ。18時15分の出発予定時刻より15分も前である。日本ではとても考えられないが、列車本数が少ないオーストラリアならではか?。ゆっくり遊んでいたら、乗り遅れていたかも知れない(^_^;;。
 列車が動き出すとミス・ヒルダがアフタヌーンティーを持ってきた。ポントゥーンで食べたバイキング料理がまだおなかに残っている。しかし、貧乏性からか全部食べてしまった(笑)。

Choco
ナイトチョコレートもおしゃれ

 アフタヌーンティが終わると20時からディナーである。なんだか食べてばっかりでブロイラーの様相もある。また正装に着替え、食堂車に出向く。
 今日も2時間以上掛けてのディナー。昨日のメニューとは違うオーストラリア料理に舌鼓をうつ。20時50分ころ、街明かりが近づいてき、駅に停車する。確認するとマッカイのようだ。15分ほど停車したのだが、皆さん飲み食いに勤しむ。すっかり満腹になった22時過ぎ、今晩も最後にチーズが出てくるのであった。
 食事後はブティックカーで買い物。GSPEのロゴの入ったワイングラス、ネクタイ、ポロシャツ、カフス、小物入れ、ボールペン・・・等、二人でいろいろ買い漁る。値段は高いんだけどね・・・(^_^;;。
 余りにもたくさん買いすぎたので、品物は部屋へ配達となった。なんて上得意なお客なんでしょう(笑)
 サロンカーでは、今日もピアノとフルートの演奏が行われていた。ビールを注文し、生演奏に耳を傾ける。観客は他におらず、今夜も我々だけの貸切状態となる。皆さん、お疲れなので、さっさと寝たのだろう。
 部屋に戻ると、ベットメークも終わり、枕元にGSPEのロゴ入りの三角形の箱が置いてあった。中身を見ると、チョコレートであった。「寝る前にチョコレートをどうぞ」というのは欧米の風習だけど・・・。
 昨夜もふたまわりくらい小さいGSPEのロゴ入りの箱が置かれていた。こちらはチーズだと思いこんでいたので、「片づけなきゃ」と思いかじったが、「フニャ」っとした感覚で噛み切れなかった。「変だなぁと思い」よく見ると、それは耳栓であった。
 列車の走行音が気になるときは、これで耳を塞いでねと云うことだったらしい。二人で大爆笑した。
 列車は、暗闇の中を疾走する。広大な大地に東京都くらいの人口しか住んでいないので町中を外れると本当に原野である。窓の外を見ていた妻の話によると「南十字星が見えた」とのことであったが、私はすでに夢の中であった。

 1999年11月6日

GSPE
電化区間を走行
GSPE
ブランチも豪華
Tilt Train
ブリスベーンで遭遇したTilt Train

 カーテンを開けると車窓は、昨日までの亜熱帯植物から温帯植物に変わっていた。この辺まで来ると日本の風景と変わらない。頭上に架線があらわれ、牽引している機関車も電気機関車に変わっている。
 ロックハンプトンからブリスベーンまでの区間は電化されている。機関車はたぶんロックハンプトンで交換したのだろう。スチュワードに確認したところ、やはりロックハンプトンで機関車の交換をしたとのこと。
 今日は11時からレストランカーでブランチがあるので、昨日より30分早い7時にルームメイクを依頼、早めの朝食いただく。昨日は量が多かったので「フルーツは少な目にして」とミス・ヒルダに頼む。しかし、「余ったら余ったで構わないわよ」と云われ、正規の量の果物が提供された。
 しかし、朝食を食べ終わったころには、果物のトレイは空っぽ・・・。トレイの回収に来たミス・ヒルダと一緒に大笑いした。
 食事後、列車の全景を撮影すべく、展望車へ出向く。妻は車内探検に出かけ、スチュワード達からいろいろと情報を仕入れてきた。ドイツ人のジャーナリストもいろいろと取材を行っていたそうである。
 電化区間になって、バラストが新しく線路も重たいモノに変わっている。ブリスベーン−ロックハンプトン間には、クイーンズランド・レイルウェイ(クィーンズランド州の鉄道会社)が、JR四国の8000系電車の技術を導入して開発した振り子特急”TILT Train”が最高速度160キロで走っている区間である。電化に合わせ、路盤もかなり手を入れた模様で、昨日までの貧弱な路盤とは違う。ブリスベーン〜ロックハンプトン間は639キロあるだけに保線も大変だろう。
 ちなみに「TILT Train」はこの区間を7時間で走行する。

 線路際の制限速度表示を眺めていると、一般列車120キロ、TILT Trainは150キロなどという標示も出てくる。ほくほく線に130キロの速度制限標示があるが、それをはるかに上回わっている。「150キロの速度制限なんて徐行じゃない!」凄いの一言につきる。
 線路際には、ブリスベーンからのキロポストも立っているので、現在位置及び走行速度が計算できる。GSPEは急ぐわけでもないので70キロ強の速度で走っている。2泊に及ぶ列車の旅であったが、乗っている時間も残り少なくなってきた。
 11時になったので、レストランカーに出かける。ディナーは正装だったので、正装が必要か確認したところ、ラフなスタイルでよいとのこと。久しぶりにのびのびした格好での食事となる。ただし、ディナーと同じくらい量があり、2時間ほど掛けてワインを飲みながら食べる。この3日間、よく飲み食いしたモノだ(笑)。
 線路際のキロポストはどんどん減り続ける。ブリスベンまで50キロのカブールチャー(Caboolture)からは近郊電車も走行し複線区間となる。
 だんだん線路の数が増えていき、高層ビルが見えてくる。なんとなく新宿に近づく「あずさ」の光景に似ている気がする。定刻14:45、ブリスベーン・ローマストリート駅の長距離列車専用ホームに到着。

 ここで我々の列車の旅は終わりであるが、この列車の最終目的地はシドニーである。
 ブリスベーンを境に線路のゲージ幅は1067mmから1435mmに広がるため、GSPEは40分/両、全20両を約12時間掛けて台車交換を行うのである。このため、ケアンズ〜シドニー間を通しで乗車する乗客はブリスベーンで一泊。明日の列車でシドニーに向かうことになる。いやはや、何ともスケールの違う豪華列車である。

 2日も列車内に宿泊したが、グレートバリアリーフへの観光もあり、変化に富んだ快適な列車の旅であった。移動を楽しむオリエント急行の旅ならではである。なお、ブリスベーンで合流したガイドによると列車が定刻に運行されるのは非常に珍しいとのことであった。
 ホームでミス・ヒルダや列車クルーとお別れの挨拶をし、ツアーガイドのお出迎えを受ける。本来は駅の裏口で搭乗手続き時に預けた荷物を引き取るのだが、我々は室内持ち込みにしたので次の目的地へと向かうが、目の前のホームに振り子電車"Tilt Train"が停車していたので、撮影タイムをお願いする。他に同行のツアーがないことも幸いした。ガイドさんはあきれ顔だが、手短に撮影を行った後、ガイドさん運転の車に乗り込みローン・パイン・コアラ保護区へ向かった。


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