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大阪フィルハーモニー交響楽団
「第9シンフォニーの夕べ」 in 2002

日時
2002年12月29日(日)午後7:00開演
場所
大阪フェスティバルホール
演奏
大阪フィルハーモニー交響楽団/大阪フィルハーモニー合唱団
独唱
澤畑恵美(S)、黒木香保里(A)、若本明志(T)、三原剛(Br)
指揮
井上道義
曲目
ベートーベン…交響曲第9番 ニ長調《合唱》
座席
Lサイド1階L列6番

はじめに

 この日は入場するとすぐさまロビーの左側へ直行しました。目当ては朝比奈隆追悼文集です。素早く2000円払ってゲットしましたが、周りにいた人の中には仲間に頼まれているのか、何冊もまとめて購入している人もいました。
 ほくほく顔で辺りを見渡すと、ロビー中央には赤い看板が立っており、「エイジ オブ エイジ」のキャッチフレーズと共に大植英次さんの顔写真が飾られていました。
 1年前にはそこに朝比奈隆さんの笑顔が飾られていたのですが……。大フィルの新しい体制に対する強いアピールを感じました。
 月日が経つのは早いものです。あれからもう1年が経ってしまいました。

 今日の指揮者である井上道義さんによる第9は一昨年、チケットを取りながら仕事でシンフォニーホールに行けなかったと言う苦い思い出があったため、今度こそと思うのに併せ、どんなベートーベンを聞かせてくれるのかが非常に楽しみでした。
 やがて開演時間が来ると、オケの後に合唱団もステージに上がり、打楽器奏者も併せて入場してきました。見ると木管楽器は倍管となっていました。
 そして音合わせを済ませ、場内が静まるとソリストと共に指揮者が現れ、場内から大きな拍手が起こりました。
 井上さんが指揮台に登り、深々と頭を下げるとオケの方へと振り返り、ピリッとした空気のなか霧のようなトレモロが始められました。

ベートーベン…交響曲第9番

 第1楽章で最初に気が付いた点はじっくりと進められる遅めのテンポ設定でした。同時に、テンポをちょこちょこ変えることは強く諫められ、巨大な叙事詩的なアプローチを行っていました。
 加えて演奏全体に張りつめた緊張感が素晴らしく、大フィルの各パートが克明に旋律線を描き、力強いダイナミックなプレイを行っていました。
 コーダに至って初めて大きくテンポを落とし、低弦と木管を強調して悲劇的な色合いを強く印象づける辺りはぞくっとするほど不気味で、先に挙げた緊張感と併せ大変素晴らしい楽章でした。

 続く第2楽章もそのテンションは持続され、前楽章同様踏みしめるように進められました。繰り返しはスケルツォの前半のみリピートするオーソドックスなものでした。
 第3楽章では弦楽5部の立体的な対位法の描き方が驚くほど透明で、かつその高い凝縮力には驚嘆していまいました。
 ただそれを完全にぶち壊したのがホルンで、あのへろへろの音は現在の大フィルの水準から言って大きく劣るものであり、いくら井上さんが過度の緊張を強いていたとしても、あのような演奏しか出来ないのならそれは他の演奏者への害毒にしかならず、メンバーの交代も含め楽団側は何かしらの対策を講じるべきだと思います。(私だったら辞めますね。大植氏に期待)

 終楽章ではおざなりにされる声楽が導入される前の部分ですが、そこも高い緊張感を持続したまま歓喜の主題が必然性を持って導き出される様は畏敬の念を抱きました。また勢いに任せてガンガンと行く所がなく、前3楽章と同じく、各変奏をしっかりと描き込んでいきました。

 ここで声楽陣について述べると、まず独唱ですが、今まで聞いてきた第9の中でも最高の出来で、あの広いフェスの空間を楽々と埋める豊かな声量、そして力強くも朗々と歌い、4人それぞれが個性をしっかりと出しながらバランスが保たれていて誠に感動的な歌唱でした。埋もれやすい女声(特にアルト)でも克明に聞き取れ、素晴らしいの一言です。
 独唱によるカデンツァ後も4人は椅子に座らず、そのままコーラスに参加したんですが、これは全員で歓喜を歌い上げるこの曲の精神から言って大変有意義で、井上さんのセンスの良さに感心しました。
 一方の合唱ですが、最初はステージ上を支配する緊張感に萎縮してか、例年の彼らにしては声が前に出ず、非常に心配しましたが、2重フーガの手前からペースを掴んだのか、ようやく広がりと力のあるコーラスが聞けるようになりました。
 そうなると男女半々のウエルバランスに加えて、長年培った技術がものを言い、安心して彼らの音楽に身を浸らせることが出来ました。

 さて、声楽が入ると普通オケは伴奏に回ってしまうものですが、今回井上さんはオケにも可能な限り指示を出し、コーラスが歌っている最中でも旋律を克明に浮き上がらせていました。特にトルコ行進曲後の器楽のみによるフーガの部分ではその集中力と熱狂、そしてうなりを上げる低弦に身震いがしました。
 そして男声による“Seid umschlungen,Millionen!”から井上さんが合唱へ積極的に指示を出し始めると、それまで覇気がなかったコーラスに力がこもるようになり、2重フーガを越えるとボルテージがグングンと上昇していきました。
 プレストによるコーダになるとカタルシスが湧き起こり、最後のプレスティッシモでは居ても立ってもいられないほど興奮していまいました。

蛍の光

 曲が終わると同時に「ブラボー!」と大きな拍手が湧き起こりました。
 弦が椅子を下げてスペースを作ると、独唱と合唱指導を加えての答礼となりました。
 やがてオケが解散すると、場内の照明が落とされ、椅子がオーケストラピットと共にゆっくりと奈落に降ろされました。
 薄暗い照明のなか合唱団と合唱指揮に柔らかくライトが当てられると、全員がペンライトを灯し、蛍の光が歌われました。
 スモークが焚かれるなか3番がハミングで歌われると1列ずつライトが消されていき、やがて緞帳がゆっくりと降ろされました。
「新時代の大阪フィルにご期待下さい。」
 と書かれた看板が緞帳と共に降ろされると大きな拍手が起こり、大阪フィルのてんやわんやの1年も幕を下ろしたのでした。

おわりに

 総じて、もう1年が締めくくられたような気分になった演奏会でした。(まだもうひとつあるんだけど……。習慣とは怖ろしい)

 年明けの1月29日にEXTONからブルックナーの7番が発売されるミッキーですが、今日のような演奏を聞かされたら、ぜひとも手に取ってみたくなります。私にとっては最近マンネリ気味な小林研一郎以上に活躍が楽しみな指揮者です。
 この人にはショスタコーヴィッチのチクルスとCDを切望しているのですが……、どうかオクタヴィアさんよろしくお願いします。(そう言やマーラーはどうなった?)

 さて次回は、と言っても次の日ですが佐渡&大阪センチュリーの第9です。先日ついにベートーベンのCDを出した佐渡さんがどのような燃焼をみせてくれるのか楽しみです。


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