世界の偉人・日本の偉人 |
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高橋竹山 1910年〜1998年。本名は高橋定蔵。 青森県の中平内村の生まれ。幼いころに麻疹をごじらせて、失明にいたる。三味線を習い、各地を門付け(人家の門の前に立って行う芸能)をしてまわるなど苦労を重ねた。その後、独自の技術を磨いて、津軽三味線の名演奏家として認められるようになる。日本はもとより海外でも演奏会を行い、高く評価された。満87歳で、喉頭ガンにより死去。 ・参考文献 (2006/6/12)カルロ・ウルバニ 1956年〜2003年。イタリア人。 2003年2月にSARSが中国からベトナムへ広がった時、ベトナムのハノイに駐在していたWHO職員のイタリア人医師。SARSがまだ原因不明の感染症であった際に、ハノイの民間病院で始まったSARSの調査を行って、いちはやくWHOに報告した。ハノイの民間病院での対策に力をそそぎ、また、SARSの世界への拡大をくい止めるために尽力した。 本人もSARSに感染し、死亡している。 ・参考文献 世界史 ≫ 年表6 ≫ SARS(重症急性呼吸器症候群)が発生(更新 2004/7/10)空海(弘法大師) 774年〜835年(異説あり)。佐伯氏、幼名は真魚。 讃岐国で地方豪族の子に生まれ、大学への入学を認められるが、これをなげうって修行の旅に出る。804年の遣唐使に加わり、中国で青龍寺の恵果から密教を学び遍照金剛の号をおくられ、多数の仏像、曼荼羅、法具、経などを収集して帰国した。 高雄山寺、高野山金剛峰寺、京都の東寺を中心に、真言密教の布教に努めたほか、讃岐国で満濃池の修築、京都で庶民の教育施設である綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)の設立などもおこなった。まれにみる秀逸の人で、筆も、嵯峨天皇、橘逸勢とともに三筆と称されるほどであった。835年に死去、921年に弘法大師の諡号をおくられた。 現在も盛んに行なわれている、四国八十八箇所霊場巡りは、弘法大師ゆかりの霊場を回るものである。 ・参考文献 「日本の歴史4 平安京」北山茂夫著、中公文庫、1973年 「年表式日本史小辞典」文英堂、1988年 (更新 2006/6/2)上杉鷹山 1751年〜1822年。上杉治憲。 米沢藩(現在の山形県米沢市周辺)の藩主上杉重定の養子となり、危機的な状況にあった米沢藩の財政を改善するなど藩政改革を行った。「君主は民の父母である」、「為せば成る」との強い信念と高貴な人格により藩政改革を断行した名君とされる。現在の会社経営者や管理者などから、模範として尊敬されている。 (更新 2003/5/5)私の偉人だと思う人 とりあえず、名前のみ揚げておきます。(順不同) アーノルド・J・トインビー(歴史学者) ヘロドトス 釈尊 孔子 ゾロアスター 始皇帝 フビライ ナポレオン フリードリヒ2世(神聖ローマ皇帝) 聖徳太子 平清盛 織田信長 徳川家康 シェークスピア マルクス ヘーゲル ニーチェ デカルト ピタゴラス ニュートン ダーウィン アインシュタイン ハッブル 吉田松陰 勝海舟 西郷隆盛 坂本龍馬 高杉晋作 高橋是清 山本五十六 吉田茂 明石康 ビスマルク チャーチル ルーズベルト サッチャー メルケル ガンジー マザー・テレサ 松下幸之助 土光敏夫 池上彰 黒澤明 手塚治虫 宮崎駿 庵野秀明 チャン・イーモウ(中国の映画監督) ビートルズ マドンナ 中島みゆき 覚和歌子(作詞家) 野村克也 野茂英雄 イチロー 松井秀喜 田中将大 三浦知良(サッカー) 澤穂希(女子サッカー) 石川遼(ゴルフ) 錦織圭(テニス) 【LINK】 1900年北京での多国籍軍司令官 義和団に襲われた公使館区域を守る多国籍軍の中心となった柴五郎中佐と日本軍将兵の奮戦 |
更新 2012/3/29 |