アジアの新石器文化西アジアでは、イラク北部のジャルモや、ヨルダン川河口のイェリコで、農耕牧畜生活の遺跡が発見されている。 インドのインダス川流域では、インダス文明の遺跡が発掘されている。 中国では、黄河流域で彩陶を特色とする仰韶文化が発見され、黒陶を特色とする竜山分化に移行していく。揚子江流域でも文化が花開いていたことが発見されている。 【東アジアの新石器文化】 仰韶文化よりも以前の時代 中国では、仰韶文化よりも以前の今から約1万年前から6千年前の期間については、調査例が少なくまだよくわかっていないが、釜・罐・壺・碗・盆などの比較的単純な土器が使用された。釜は支脚とセットになっていたと考えられている。三足器が各地で確認されている。轆轤(ろくろ)はまだ使用されていない。土器の紋様は、線や点によるもの、縄を叩いてつけたものなどがみられる。器面は、赤色あるいは暗褐色であり、陝西省西部と甘粛省東部にわたる関中盆地・渭河流域の地域では彩陶も確認されている。 石製・骨製の装飾品も作られており、その形状・紋様はまだ単純なものである。 住居は竪穴式住居と平地式住居があり、形は方形と円形が確認されている。また、炉を備えていた。一定の規律のもとに集落を形成し、環濠をめぐらせた集落もある。 墓葬が確認されており、死者によってさまざまな埋葬法が用いられた。副葬品は男性が石斧・石鎌・石鍬など、女性は土器・石皿などで、性による差がみられるが、階級差を示す例はみられない。 また、穀物を貯蔵していたとみられる土抗や、土器を焼いた窯も見つかっている。 中国の黄河流域を中心とする華北では、粟の農耕が行われ、豚・犬・牛が飼育された。農耕具では石斧・石鍬・石や貝の包丁・磨盤と磨棒などがみられ、狩猟具として鏃・銛を用い、織物用の紡錘車や骨針もみつかっている。 中国の揚子江流域を中心とする華中では、稲の農耕が行われた。動物骨の出土は少なく、水牛のみが確認されている。農耕具では石斧・局部打製石器・小型石器が確認されているが、華北では発達している土堀り具がみあたらず木材の道具を使っていたかもしれない。石錘や銛がみつかっており漁労を行っていたとみられるが、狩猟や採集の状況についてはよくわかっていない。 仰韶文化(彩陶文化) 黄河流域で彩陶文化(黄河文明) 竜山文化(黒陶文化) 黄河下流域で黒陶文化 参考文献 「新訂版チャート式シリーズ 新世界史」堀米庸三・前川貞次郎共著、数研出版、1973年 「世界の考古学7 中国の考古学」小澤正人・谷豊信・西江清高著、同成社、1999年 更新 2002/5/19 |