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古田武彦著「倭人伝を徹底して読む」朝日文庫からの引用(「臺」の字について)


『 「厥機」というのは、わたしの論証の手がかりになった人物で、『三国志』の前に書かれた『魏書』(魏・西晋の王沈の著。全体は残っていないが、一部引用されたものだけ残っている)の中に、同じ人物が「闕機」という字で表されています。ところがそれを陳寿は「厥機」に変えた。というのもこれは音自身は変わりありませんが、意味に問題があったからです。つまり「闕」というのは、漢代にはもっぱら宮殿の門、さらには天子それ自身を呼ぶいい方でした。三国時代でも少数ではあるが使われています。このため、陳寿は、この字を夷蛮の固有名詞に使うのを避けて「厥」という字に変えたわけです。これは、さらに魏・西晋の時代には「臺」と呼ばれ、倭人伝の中にも天子にいたることを、「臺に詣る」と書いてあります。すると、前の時代に天子を指すのに使われた「闕」という字をも避けていた陳寿が、三国時代にもっぱら天子を指すのに使われていた「臺」という字を、夷蛮に使うはずがない。邪馬臺国などと書くはずはありえないのです。そういう論証を得たのが、この「厥機」です。  』



HP作者の注
1 「陳寿」は、魏志倭人伝を含む『三国志』の作者です。
2 「厥機(闕機)」は、鮮卑の大人(身分や位の高い人)だそうです。
3 著者の古田武彦氏は、『三国志』に忠実に「邪馬壱国(邪馬一国)」として読もうとしているようですが、HP作者は「邪馬壱国=ヤマト国」ではないかと考えています。

1999/3/21

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