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永山久夫・著
雑学事典たべもの人物史
「歴史は『食』で作られる」
1999/4月発行・祥伝社刊
 
 今回は趣向がいささか違います。この本に対して「批判」したり「激怒」したりということはいっさいありません。 
 なんでかといえば、スバリ、書いてるご本人が明らかに本気でないからです。こういう話を喜ぶ読者に軽く楽しんでいただこうという、もともと興味本位の本なんですね。おふざけに対してまっとうなツッコミを入れたってつまらないです。しかしその素晴らしい内容には感動さえ覚えちゃったので取り上げさせていただいた次第。 

 まぁそこで僕としては純粋にギャグとしての「ボケ」に対して「ツッコミ」をいれてあげるという「関西人精神」でこの本に対処していこうと思います。 
 僕の知人のある関西人は「関東人はボケてもツッコミを入れてくれん」と嘆いてしましたからねぇ(笑)。 
 


◆まさに「実利実益」歴史本だ!

 この本の著者・永山久夫氏についてはこの本の裏表紙に顔写真付き(不思議と作家・浅田次郎氏に似ている)で紹介が載せられている。それによると「古代から明治までの食事復元研究の第一人者」だそうである。テレビなど多方面で活躍しておりNHK大河ドラマ「独眼竜正宗」の食事再現にも協力したとのこと。「たべもの日本史」「万葉びとの長寿食」といった著作も多数あるという。
 僕がこの本の存在を知った経緯だが、実はこのコーナーの設立自体と深い関わりがある。このコーナー設立のキッカケとなった、あの「中国4000年の真実」の著者についてインターネットで検索して調べていたところ、出版元の祥伝社のオフィシャル・サイトにたどりついた。そこの新刊案内を眺めていたら、この本の紹介にめぐりあったのである。惹句には「なぜ卑弥呼は80歳まで長生きできたのか?」とあり、その他いろいろの歴史人物と「食」をめぐる話が載せられているらしい。「おいおい、卑弥呼が80まで生きたって根拠は?」などと思いつつ、例によって「これはネタになる」と思って探していたというわけだ。本屋で見つけると、想像以上に楽しい本であることが分かり、そのまま買っちゃったのである。どうせ新書、千円もしない。

 さてその内容であるが。ひとつ章立てを紹介させていただこう。以下のようになる。

1章 なぜ秀吉はあれだけ出世できたのか−夢を実現する力を与える「出世食」
2章 なぜ徳川家斉は55人も子作りできたのか−バイアグラでは身につかない、本当の精力をつける「強精食」
3章 なぜ楠木正成は90日も籠城できたのか−ここ一番の勝負時に食べる「底力食」
4章 なぜ卑弥呼は80歳まで長生きできたのか−健康で長生きするために大切な「長寿食」
5章 なぜ小野小町は絶世の美女になれたのか−美しくなるために必要な「美容食」
6章 なぜ菅原道真は「学問の神様」になれたのか−頭を良くするためには必須の「健脳食」

 …ってな具合。 タイトルになっている6人だけでなく、各章ごとに同一テーマにそった歴史人物が取り上げられ、全部で25人の「食」話が載せられている。しかもご丁寧なことに各章の最後にはそのテーマに沿った食品とその成分のリスト、さらにそれらを使った「おすすめ料理」の調理例までが載せられている。例えば第一章の秀吉ほか「出世人物」の章のところ(38ページ)では…

 日本一の出世男・秀吉は頭の回転が誰よりも速かっただけではなく、ニコニコ楽しい「お祭り男」だった。レシチンやカルシウムをたっぷりとっていた、その成果である。さらに、野菜を通してビタミンCをとり、病気に負けない健康体を維持していた。この「出世食」は現代にも通用するのは言うまでもない。
(この下に成分表があるが、省略)
「出世食」オススメ調理例
「出世焼きみそ」
みそに小さく砕いたピーナッツ、ショウガ、酒、粉末の黒砂糖少々を入れ、フライパンにゴマ油を敷き、とろ火で練り上げる。酒の肴、あるいはご飯のおかずにもよい。
「健脳ふりかけ」
黒ゴマ、もみのり、かつお節、とろろ昆布(ハサミで5ミリくらいに切る)、きな粉の5種類を混ぜたもので、それぞれ活脳成分の多いものばかり。ご飯にかけて食べる。
「大豆のゴマまぶし」
大豆をみりんを入れただし汁でやわらかく煮て、黒砂糖を少々加えたすりゴマをまぶす。大豆にはレチシン、ゴマには笑いを呼ぶミネラルのカルシウムがたっぷり。

 …ってな具合。そう、推薦文書いてる塩田丸男氏も言うように、なかなか役に立つ「実利実益の本」なのだ。この調子で各章ごとに「テーマ食」のレシピが示されてるので、「一粒で二度美味しい」内容となっている。しかも取り上げるテーマもいかにも大衆の気を引きそうなものばかり。歴史雑学も身に付くし、栄養学の知識も付くしと、まあよく考えた本である。企画力の勝利だな。
 しかし上の例を見ても分かるように、その記述の根拠はかなりいい加減(笑)。それに第一章の「出世食」でとりあげられているのは誰かと言えば、秀吉と斉藤道三、そして西郷隆盛なのである。ここで「オススメ」となっている食事を実践して出世しても、「非業の最期」を遂げる可能性がかなり高いような気がする。他の章でも第二章の道鏡とか第六章の菅原道真平賀源内など幸福とは言い難い最期を遂げた人が目立つ。第三章の「底力食」にいたっては、大石内蔵助、楠木正成、日本武尊、源義経と取り上げた人全員が悲惨な最期を遂げている(笑)。こうなると「底力食」を実践するのは僕などはかなり気が引けてしまう。ちなみにオススメの「底力食」は「ニンニクみそおにぎり」と「豚シャブのゴマだれ」である。気をつけよう。まぁそういう意味でも「実利実益」といえるな、この本は(笑)。

◆「食」が能力を引き出す!?

 要するにこの本の趣旨は歴史上の人物の成功の秘密は、彼らの「食」に隠されている、という事である。この本の前書きによれば、

 歴史に名を残した先人達は、自然に、自分の体の状態や才能に必要な「食」を選択して、食べてきているのである。
 人間が、本来身に付けている才能の出力は、食に含まれている成分の種類や量、質によって左右される。そのことを、もっと認識すべきである。食生活が合理的だと、脳の健康状態も良くなるから、頭の回転や集中力が向上し、後世に名を残すような仕事を成就できるようになるのだ。

 …ということだそうだ。例えば上にも挙げた豊臣秀吉の「食」についてはどうなっているかというと、彼の出世の秘密はなんと、彼の大好物「みそ汁」にあったという!

 チャンスを生かすために欠かせない、クールな分析力や行動力をつけるのはカルシウムやビタミンB1であるが、これらは秀吉の大好きなみそ汁にたっぷり含まれていたのだ。(15ページ)

 …じゃあ日本人の大半は「クールな判断力と行動力」を持っていることになるのでは、と思っちゃうところ。もっともよく読むと秀吉が食っていた味噌は尾張地方の「豆みそ」であったらしく、 これがまた格別に良いモノであったらしい。

 この「豆みそ」こそ、秀吉の開運食であり天下取り食といってよいだろう。豆みそ(八丁みそとも言う)は、尾張地方で古くから食べられてきた、色の黒い独特のみそ。ほかのみそが、米麹や麦麹を使っているのに対して、豆みそは豆麹を原料とした、大豆100%のみそだから、大豆の成分が他のみそと比較して、たいへんに多い。
 大豆、あるいは豆みその中で、とくに開運成分として注目されるのが「レシチン」である。
 直感的にチャンスや運をとらえる能力、あるいは、記憶力や集中力、予知能力、ひらめきなど、頭の機能を高めるためには、脳の中の神経細胞間のつながりをよくしなければならないが、その神経伝達を正確にするための物質であるアセチルコリンの原料がレシチンなのだ。(19ページ)

 おおっ、そうすると尾張地方の出身者はみんな大変な能力を秘めていると言うことになりそうだ。思えば信長をはじめとして尾張出身の有名武将って多いもんなぁ…って単に信長にくっついていったからそろって出世しただけのような気もするが(笑)。ちなみにこの本によるとレシチンは老人性痴呆症の予防にも注目されているのだそうだ。だとすると秀吉は晩年みそ汁を食わなくなっていたのだろうか、などと私などは思ってしまうところ(笑)。
 さらに、「秀吉が明るく、楽観的で前向きに行動できたのは、カルシウムとビタミンB1も日常的に多くとっていたからだろう」とし、これらの成分も豆みそにふくまれていたそうである。そして、サラリーマン諸氏にこう呼びかける。

 運を強くするための成分は「大豆」にあり。サラリーマン諸氏よ、現代の秀吉になりたければ、大豆食うべし。きな粉よし、豆腐よし、みそ汁もまたよし!そして天下を取ろうじゃないか。(21ページ)

 ごく一般的な日本の朝食であるところが泣かせるなぁ(笑)。さらにいえば秀吉も一日五合の米を食べていたことをあげて、永山さんはパン食よりも米食をすすめている。この辺り読んでると幕末の誰だかが「ナポレオンの軍隊はパン食だった!(そりゃそうだろ)といってパン製造に熱を上げていたことを思い出してしまった。
 しかしこれを読んだサラリーマン諸氏が本気にして大豆摂取に励み、天下とりに走るという図は想像するだけで恐ろしい(笑)。大豆の大半が海外からの輸入という情勢では天下とりはおぼつかないだろうなぁ。

 と、秀吉の例を挙げてみたが、あとも凄いのだ。
 斉藤道三はゴマ油を摂取して「脳内革命」を起こして一国を手に入れるし(ゴマ油を売っていたのであってよく摂取してたかどうかはわからんと思うのだが)、甘党の西郷隆盛は黒砂糖からカルシウムを摂取、好物だった豚肉やウナギからはビタミンB1を摂取して頭の回転を早めたという。彼の町内から明治の大立て者が続出したのも薩摩の郷土料理の存在が無視できないとのこと(これもさっきの尾張のケースと同じだな)
 家康や元就はそれぞれ麦、餅を食っていたことで精力満タンとなって老齢まで小作りをし、あの55人子作りという驚異の記録をうち立てた徳川家斉は白牛酪とショウガを組み合わせて食っていたとのこと。
 邪馬台国の卑弥呼の長寿(といっても80歳まで生きたって明確な証拠はないんだよな)の秘密は野菜と海産物の摂取のおかげ。
  山上憶良なんていきなり「憶良は、ずっと玄米党だったらしい」と大胆な仮定をして(いちおう憶良の地位と当時の精米法からの推測ではあるらしいのだが)「よく噛むから、頭の中の血行がよくなり、脳細胞が必要とする新鮮な酸素と栄養成分がコンスタントに送りこまれることになり、頭の機能が向上し、若さを保つことができる」として憶良が晩年まで精力的に創作を行った原動力を説き明かしてしまう。
 小野小町の美貌の秘密はコラーゲンを多く含んだ王朝料理のおかげ。額田王の創作力は例によって大豆に含まれるレシチンでその美貌は菜食主義のおかげ。清少納言の創作力の源も大豆と果物になっていたっけ。
 いずれも根拠はかなり薄弱で、ほとんどが本人達が食べていたかどうかではなく当時食べられていたもの全般からの類推である。そのため読んでいると当時の人すべてが大作家や大美人になっちゃうんじゃないかという印象も受ける(笑)。

 それと読み込むと分かってくるのだが、いずれも読者がすぐに試せるような身近な食材・料理ばかりが並んでいるのだ。そして恐らくサラリーマン諸氏の反発を買わないためであろう、健康と食事のことを盛んに書いておきながら、酒も煙草もおおいに飲んで業績をのこした太田蜀山人・平賀源内・福沢諭吉らのエピソードが面白おかしく語られていたりする。つくづく配慮の行き届いた本といえる。

◆ちょっと待ってよ、その話

 とまぁなかなか「実用的」かつ多くの読者に受け入れられることうけあいの本書であるが、「ちょっと待ってよ、その話」と首をかしげてしまうような暴走をしている記述も見られる。ここまでに挙げた例はまだ冷静な(?)方なのだ。

 たとえば南北朝ファンである僕が真っ先に読んだ楠木正成のくだり。

 赤坂城・千早城のゲリラ戦法は、みごとである。神出鬼没で奇想天外な戦い方をするなど、たいへん頭脳的である。正成は、発想も戦術も伝統にこだわらない、新しいタイプの武士だった。
 素早い行動と奇抜な戦法を生み出す頭脳力は、マムシの粉末と黒大豆によって支えられていたといってよいだろう。(96ページ)

 「いってよいだろう」って…おいおい。この唐突な話はなんなんだ。南北朝ファンの僕にして初めて耳にする話である。「太平記」にもそんな話は出てなかったはずだが…。
 読み進むうちにこの話の根拠が分かってきた。「マムシと大豆」の根拠は昭和9年に当時の陸軍省が刊行した「日本兵食史」とかいう本にあったのだ。なんでもこの本には、楠木正成が金剛山にいるマムシを乾燥させて粉にし、それに黒大豆の粉を混ぜて酒で練った「楠木兵利丸」とかいう丸薬があったのだと記されているそうである。どうみてもウソくさい話である。江戸時代から戦前には「元祖・軍神」ともいうべき正成についてあれこれ怪しげな話が捏造されており、これもそのたぐいとしか思えない(傑作なのは「千早城大要塞説」だろうな)。そうそう、例によって黒大豆に含まれるレシチンが頭脳力にも良い効果を与えたそうです(^^;)。
 さらに「暴走」は続く。千早城攻防戦の際、正成軍にも問題が起きたのだという。なんとビタミンC欠乏による「壊血病」が発生したというのだ!「どこにあるんじゃ、その話!」と思う間もなく本書の正成は大変な解決策を編み出すのである。

 ここでも、軍術家としての正成の頭は冴える。部下たちの野菜不足を解消するために、大豆を使って、「モヤシ」を大量に作ったのである。大豆そのものにはビタミンCは含まれていないが、モヤシにすると100グラム中に、8ミリグラムも合成される。(101ページ)

 話を勝手に作るなぁ〜(笑)!
 源義経も凄い。永山さんの記述によると、人間には本来備わった「生体力」なるものがあるんだそうで、危機に対する予知能力や攻撃力・自然治癒力などが野生の動物同様ほんらいあるのだそうである。牛若丸こと義経はほんらい強かった「生体力」を鞍馬山のカラス天狗相手の修行で「自分でも驚くほどにパワーアップ」してしまったんだそうな。

 武蔵坊弁慶が、大薙刀を水車のようにふり回して突進していっても、太刀打ちできないのは当然なのだ。
 義経は、テレパシーなどの原始能力を効果的に発揮する術を鞍馬山で、修得した。それが古代忍法である。
 京都の五条の大橋で出会った二人は、いっしょに平家軍と戦い、そして兄頼朝に追われて、奥州の衣川の高館でそろって、自害して果てるまでの一連の行動を追えば、彼らが、超人的能力の持ち主であることが分かる。(117ページ)
 
 …そんなに凄い「超能力」をお持ちなら、なんで二人そろって衣川で死ぬことになるんだか(笑)。それにこの本に出てくる義経の話って室町時代に書かれた小説(?)「義経記」の内容そのままなんだよな。で、どの辺が「食」と関わるのかというと、やっぱり「義経兵糧丸」なる丸薬を義経が服用していたんだそうな。実は本文にもしっかり書いてあるのだが、これって江戸時代に書かれた本に出てくる話で、「義経兵糧丸」を称する調合法も違った丸薬がいくつもあるんだそうだ。ま、そんな細かい疑問は吹っ飛ばして義経の「食」が論証されている。

 義経の場合、とくに重視しているのは大豆・小豆・ごま・米などで、レシチンが豊富なものが多い。レシチンは、脳細胞や神経細胞の情報伝達をスムーズにする上で不可欠の要素である。(120ページ)

 それにしても「レシチン」が良く出てくる本である。僕も読んでいてすっかり覚えてしまった。しかしなんというか典型的日本料理ならごく当たり前に大量のレシチンが入っているような気もしてくるな。しかし上に引いた個所の前頁に出ている「義経兵糧丸」の成分に「大豆」と「ごま」は見あたらないんだけど(代わりに薬用人参とか羊の肝の墨焼きなんかがある)どういうことだろう?ま、いちおう「「義経」の名前のついた兵糧丸は他にもあり、目的によって材料の配合比率を変えていたのかもしれない」としっかり逃げは打ってあったが(笑)。

 まぁなんだかんだ言って実に楽しく(別に悪意もなく)読める本だった。こんな歴史本の書き方もあったのだな、と感心した部分もある。読後の印象だが、要するに典型的日本風の食事をしってりゃいいってことになるのかな(肉食の福沢諭吉は例外だったが)。だいたい日本の歴史有名人がみんな日本食なのは当たり前のことなのだが(笑)。

 


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