烏魯美他郎(うるみたろう)
嘉靖大倭寇の賊首クラスの中で名前が明記されている数少ない「真倭(日本人)」の一人。出身地や経歴など詳しいことは全く不明である。

嘉靖34年(1555)、林碧川沈南山らが率いる倭寇集団が江南の柘林に侵攻し、秋になって日本へ帰ろうと海へ出たが嵐にあって浙江の台州付近へ流されてしまった。盧ドウら官軍がこれを大陳山に攻撃し、林碧川は捕らえられ沈南山は戦死。この時にこの「烏魯美他郎」が捕らえられている。『籌海図編』浙江倭変紀のみは「碧川と高贈烏魯美他郎ら」と表記しており「高贈烏魯美他郎」という名前ととる意見もあるが、やはり「高贈」と「烏魯美他郎」ととるべきだろう。

「他郎」は間違いなく「太郎」なのだろうが、「烏魯美」が何であるのかはなかなか見当がつかない。一緒に行動していた林碧川らが楊哥(呼子)に拠点を置いていたとすればその近辺の住民だったのではないだろうか。

主な資料
鄭若曽「籌海図編」
「嘉靖東南平倭通録」

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