ニュースな
2000年2月7日

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 ◆今週の記事

◆政権にハイル!?
 
 さんざんニュースなどで騒ぎになっているが、ヨーロッパのど真ん中の小国(と言っちゃって良いと思うのだが)オーストリアの政局が全世界の注目を浴びている。オーストリアの新政権が保守の国民党と「極右」とされる自由党の連立政権となることが確実になったからだ。この自由党というのがナチスを想起させる政党と言うことで、オーストリアも加盟するEU(ヨーロッパ連合)や、アメリカ政府が事前に警告を発していたのだが、オーストリア側はそれを突っぱねて連立樹立を実現しようとしている。もしこのまま政権ができちゃうとオーストリアは「世界から孤立」するとさえ噂されているのだが…そもそもこの「自由党」って何なのだろう?

 オーストリアの自由党は第二次大戦後しばらくたった1956年に設立されている。別にナチスの復活を図るとかいわゆるネオナチみたいな趣旨ではなかったようだが、元ナチ協力者が混じっていたのも事実。オーストリアはナチス・ドイツに併合された歴史があり、当然ながらこれに協力する人々もいた。こうした人々が戦後ホされることになり(それでも本物のナチスほどの徹底追及を受けたわけではないようだが)、その権利を守るという意図から結成されたということらしい。まぁそれでも「保守系」「右派政党」という程度のイメージであったようだ。80年代ぐらいから支持を伸ばし、過去にも一度政権に参画したことがある。この時はさして話題にならなかったと思う。
 この自由党が近ごろ「極右」「ナチの再来」とまで観られるようになったのは、ひとえに党首のハイダー氏の発言によるところが大きい。彼はこの手のナショナリズム政党が必ず口にする「外国移民排斥」を唱え、外国人に職を奪われていると感じている労働者層の大きな支持を得た。さらにヒトラーの政策を「秩序あるものだった」と肯定する発言を行い、これがナチスの亡霊に今も敏感なEU諸国の反発を買い、「ナチス肯定者」として彼の名を有名にしてしまったわけだ。
 他にもいくつか問題発言があるようだが、発言自体に別段目新しいものはないなと僕などは感じてしまった。問題なのは、そういう党首をいただく政党に国民の支持が集まり、ついに政権参加にまでこぎつけたという点なのだ。似たような「極右政党」はフランスやドイツにも存在していて時折勢いを見せることがあるが、政権参加に到達するほど支持を得たことはない。ところがこのオーストリア自由党は下手すると総選挙で第一党となるほどの勢いがあるという。このハイダー党首の映像がよくこのところ目にはいるが、なるほど、若くてそこそこ二枚目で、話すことは分かりやすい。そして一見コワモテではない。こういう人物は確かに支持を集めやすいだろう。支持層があまり「極右」と認識していないのも分かるような気がする(このあたり、某都知事が圧倒的得票で当選したところと似ている。周辺諸国じゃ結構話題になったんだよね)

この背景について多くの人が指摘しているのは、オーストリアにおける先の大戦に対する歴史認識の問題だ。オーストリアはかのヒトラーの生まれ故郷であり、ナチスを率いてドイツの最高指導者となった彼が真っ先に併合してしまった国だ。このためヒトラーに征服された「被害者国」という扱いになり、「加害者」としての立場の追及は決して充分とは言えなかった。このためナチスを徹底的に追及するドイツに比べて歴史認識が甘いという見方も多い。以前、国連事務総長までつとめたワルトハイム氏が大統領になったさいも、彼が戦中にナチスと深い関係にあったことが明るみとなって各国から問題視されたが、オーストリア国民はむしろこれに反発して彼を大統領に当選させたということもある。
 今回もEUの各国、そして予想通りと言うべきかイスラエルが激しく反発した。特に注目すべきはEUの動向で、オーストリアに極右を含む政権が出来ることに対してわざわざ警告を発し、さらにリスボンで開かれた会議で議長国のポルトガルがオーストリア新政権との政治関係の「凍結」を言い出したりしており、これに同調する国も出てきている。ただEU内の各国でも微妙に対応は異なっているのでEU全体ではなくあくまで一国対一国という形での断絶になるようだが…まぁどっちにしてもEU全体での「制裁」ということには違いない。一部には経済封鎖みたいな話も出ており、一昔前ならほとんど戦争状態だ。
 これに対しオーストリア国民は反発した。別に自由党支持者でない人でもEUのやり方に反発して政権支持にまわる人が多いそうだ。ハイダー党首もこれに勢いを得てか、「キツネが入ってもいないのに、欧州のニワトリ小屋では大騒動が起きている」とEUを批判したり、「過去にこだわり、堂々巡りしているのはドイツ人だけ。オーストリア人は別の感情を持っている」などと歴史認識論でもかなり突っ込んだ発言をした(うわぁ、ますますどっかの国の状況を連想させる)。政権参加が決まったら少しは大人しくするものだが、周辺の圧力のため逆に強気になった観もあるな。いちおう「欧州民主主義の原則」には従うと宣誓しているのだからそうムチャはしないと思うけど。

 正直なところ、僕は今度のEU諸国の「制裁」というやり方はやはり問題があったと思う。確かに極右政党の伸張は危険だし、ようやく歴史的な統合を実現しつつあるEUにとって恐るべき存在だとは思う(各国の極右を刺激する可能性もあるし)。だが、オーストリアはEU内にいるとはいえ、あくまで一つの「主権国家」なのだ。そこの国民が選挙によって選んだ政党を、よその国が潰しにかかるというのは民主主義の精神に反するし「内政干渉」と言わざるを得ない。結果として火に油を注いでいる観もある。もっともヒトラーの時に融和外交をしちゃってナチス・ドイツをのさばらせてしまったという過去があるので、それへの反省からという部分もあるんだろうけど…。批判大いに結構、だけど力づくってのはやめた方がいいでしょうね。
 連想で思い出したことだが、先日の吉野川の可動堰をめぐる住民投票について、建設大臣が「民主主義の誤作動」「間接民主制の否定」と騒ぎ、テレビで住民運動の代表者を相手に「ヒトラーは直接民主制から生まれた」などとトンチンカンなことを言ってましたな。もちろん、ヒトラーは間接民主制から生まれたんですね。しかもワイマール共和国というえらく進歩的な民主政治のもとで。

 ところでこの件で中国政府から面白い発言が出ていた。中国外務省の高官が「オーストリア国内の問題ではあるが、EU各国が自由党の政権参加に重大な関心を払っていることにも注目している」という発言をし、また別の高官も「これは単に一国の問題ではなく、ナチスの被害国それぞれに関係する問題だ。EUの立場には理解を示す」という趣旨の発言をしている。「内政干渉」にはやたらに敏感な中国のこの発言の意図は、どうやら日本との歴史認識問題との絡みを匂わせているようだ。実際先日大阪で開かれた右派の集会にイチャモンつけてましたもんね。これを「弾圧」できないのも民主主義の素晴らしさなんですけど。
 



◆第二のアヘン戦争?

 物騒なタイトルを付けたが、実はおフランスの香水のお話。
 僕もこのたび初めて知ってビックリしたのだが、フランス製の香水に「OPIUM」っちゅうのがあるそうで。これ、そのまんま「アヘン」のこと。どういう意図でこんな名前をつけたんだか、全く理解に苦しむのだが…「幻覚に酔ってください」ってことなのかいな。

 中国にもこの香水は輸入されており、名前に不快感を覚えた中国当局は大慌てでこの「アヘン」を回収し、本国フランスに送り返したという。もちろん、中国人にとって「アヘン」とくれば当然かの「アヘン戦争」が連想されるからだ。僕ら日本人にとってもアヘン戦争は欧米のアジア侵略の端緒として忌まわしい記憶となっているが(これが幕末維新へ向かうキッカケとなってると言って良いだろう)、中国ではより強烈な「民族の恥辱」ととらえられているようだ。中国にとってヨーロッパ近代との衝突の始まりであり、その後の「半植民地状態」へと転落していく序曲となった戦争だ(ついでながら歴史学界では長らく「アヘン戦争以後」を「近代」と定義するのが主流だ)。イギリスではないもののヨーロッパの国であるフランスが「アヘン」なんて名前を付けた香水売ってきたら、それこそ「ふざけんな」ってなもんだったのだろう(もちろん気にもしないで買った人も多かったのだろうが)

 小耳に挟んだ程度の話で確証は全くないのだが、なんでも建国の父・毛沢東が中華人民共和国成立後、当時は同盟関係にあったソ連を訪問し、その指導者スターリンと面会したことがある。この時にスターリンは毛をそれなりに歓迎したつもりのようだが、それでも毛にしてみれば中国を軽く扱っているなという印象を受けたという。極めつけに毛の対ソ印象を悪くしたのが、歓迎で見せられた演劇(バレエかオペラだったかもしれない)「芥子(ケシ)の花」というタイトルだったこと。ケシとはもちろんアヘンの原料である。これを見た毛沢東は、ひそかに侮辱されたと感じ、その後ソ連との関係を冷却させていった…というお話だ。ソ連側にはべつだん意図はなかったんじゃないかと思うのだけど、いろいろと裏を読むところのある中国人、あり得ない話じゃないなと僕などは思う。
今度のこの一件(このコーナーとしては珍しく新聞の経済面が元ネタです)に、僕はこんな「伝説」を連想しちゃったのでありました。
 



◆エジプト離婚事情に変化?
 
 イスラム圏の家族制度といいますと、もっとも有名なのが一人の男性が妻を四人まで持てるという制度だろう。他の文化圏の男性からはうらやましがられたりするこの制度だが、実際にはこの制度のルーツはイスラム教の拡大時に戦争が相次ぎ、男性の死亡率が高く多くの未亡人が発生したため、「一人の男性が四人ぐらいの女性の生活の面倒をみろ」という意図にあったとも言われている。現実問題として一夫多妻は夫にかかる負担がかなり大きいところがあるようだ。それでまぁ大抵のイスラム教徒は一夫一婦になっているようである。

 ところで伝統的なイスラム教世界では、法律など多くの社会規範が聖典コーランの記述の解釈によって行われている。その解釈はイスラム法学者によって行われるが、エジプトはそのイスラム法学の本場として知られている。このエジプトでこのたび新しい民法が可決され、初めて「女性から離婚を申し出ることが出来る」ようになった。それまでは離婚を言い出せるのは男性のみとされ、夫が妻に向かって「離婚」と三回口にすれば離婚が成立する事になるという(このあたり、先日のNHK「イスラム潮流」でやってましたね)。女性側から離婚を言い出せないのは前述の一夫多妻制があるため、夫が他の女性と結婚してしまっても夫婦関係が教義上断絶できないことにあったらしい。しかし女性の社会進出はここエジプトでも進んでおり、人権団体の活動、そしてEU諸国との関係強化(エジプトもか!)という外交的要素もからまって、今度の法改正となったようだ。
 しかし制限もいくつか残されている。大きいのが「女性から離婚を申し出た場合、女性は持参金を返却しなければならない」という規定。この場合の「持参金」とは結婚に当たって新郎が新婦に支払うお金のことだ(インドやかつてのヨーロッパみたいに逆のケースも多い)。新婦はこのお金で家具を調達したりするのだそうだが、近年高騰気味で新郎の年収の何倍にもなっていたという。これを返さなきゃいけないわけで、今度の法改正で実際に離婚できるのは裕福な女性だけだろうと批判もされているという。
 また、この法改正では正式に結婚していない「事実婚」による「内縁の夫婦」についても、女性側が「離婚状態」を確認できる規定がもうけあれた。持参金の高騰が男性側の負担をはなはだしく重くし(ついでに言えば新居も新郎が建てるんだそうだ)、「事実婚」を望む風潮があるのだそうで、この法改正はそれにも配慮した形となっているわけだ。イスラム圏もあれこれ結婚事情に変化を生じているようである。

 ちなみに女性側から強く改正が求められていた「夫の許可なく海外渡航をしてはならない」という規定はそのまま残されたそうな。
 



◆中国で子ども大売り出し?
 
 中国の貴州省貴陽市の路上で、35歳の男が逮捕された。3歳の幼児を誘拐しようとしていたところをみつかったのだ。ここまでなら単なる「誘拐事件」なのだが、この男を調べたところ、とんでもない話が明るみとなった。この男だけでなく、彼の親戚を中心にした「誘拐組織」なるものが存在していたというのだ。親戚ばかりではない、どうやらこの男の住む村ぐるみでおおがかりな「幼児誘拐事業」を展開していたようなのだ!彼らは子どもを誘拐し、それを子どもを望む農村部に転売するという恐るべき人身売買活動をしていたのである。
 誘拐組織はただちに摘発され、その村から、誘拐・監禁されていた1歳から8歳までの子どもたち42人が保護された。逮捕者の供述によれば、これまでに60人以上の子どもを誘拐・販売していたというから、かなり前からこうした「事業」を展開していたと思われる。

 歴史的に見れば、こういう「人売り」「人買い」の話は日本の昔話にもよく出てくるぐらいで、どこでも起こる現象だと言える。ただ、この中国の事件の凄いところは、村ぐるみでこれを「事業」として組織的にやっていたというところだろう。昔だったらこうした誘拐された子どもは奴隷などに売り飛ばされたものだが、この事件ではどうやら「男の子」を望む農村へ子どもを「供給」するという形であったようだ。このあたり、中国の最近の子ども事情が濃厚に出ているように思う。

 中国は増え続ける人口を抑制するために、いわゆる「一人っ子政策」をとっている。別に複数産んだって構わないのだがその場合はいろいろと税などで負担がかかる仕掛けにしているわけだ。都市部では経済的理由からも「一人っ子政策」がかなり浸透していのだが、農村部では「子どもは多い方が良い」という伝統的な価値観が強い。日本もそういうところがあったのだが、農家にとっては子どもも貴重な労働力で、当然ながら男の子を望む傾向が強い(これには儒教的な価値観も多少加わるように思える)。こういう農村部に「一人っ子政策」を強制していくと、ひたすら男の子を求める親たちの意向から、女の子が産まれると売り飛ばしてしまったり、男の子を買ってでも欲しがったりという、非常にアンバランスな現象が起こってきているという。今度の「誘拐組織」はまさに「需要あっての供給」という役割を果たしていたといえるだろう。ちなみに元ネタの新聞記事によると男の子の相場は1万元(日本円13万円だが、物価から考えると10倍ぐらいの価値で考えた方が良い)、女の子はなんと100元(1300円!)であったという。当然ながらこういう子どもたちは戸籍にも載らず、教育も受けていない。一説にはこうした戸籍に載らない子どもたち「黒孩子」は一億人いる?とも言われている(売買だけでなく生まれても届け出がない子どももいるのだ)。

 まさに「一人っ子政策」が生み出した酷い話なんだけど、中国の人口があまりにも増え続けているというのも事実で人口抑制は必然というところもある。あとは農村部の伝統的価値観を教育で変えて行くしかないんだろうなぁ。中国の都市部と農村部のギャップが埋まるにはまだまだ時間がかかるようだが…
 


2000/2/7記

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