ニュースな
2000年5月7日

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 ◆今週の記事

◆特別寄稿!?これが日本の底力だ!

 個人的な事情で「史点」連載休んですいませんm(_ _; )m。と言いつつ、考えてみるとこの連載自体が「個人的」なもんのはずなんだよなぁ…。
ってなわけで5/7日付の「史点」ぶんとして、史点ネタとして候補に挙がりながら一時は外す気だったある話題をここで書こうと思います。
 さる方面の方々の口癖ではありませんが、「日本人の誇りを取り戻す」ネタでいきましょうかね(笑)。マジメな話、「日本人の凄さ」というか「日本人の得意技」を僕に感じさせてくれた、二つのネタです。

 4月29日、札幌市に住む大宮守人(おおみやもりと)さんという方が肺炎のために81歳で亡くなり、その事が日本中で報じられた。その報道を聞いたほとんどの日本人はその人の名前なんて知らなかったはずなのだが、この大宮さんの「業績」をを知って、その偉大さに多くの人が胸を打たれ、その死を悼んだに違いない。そう、大宮さんは「味噌ラーメンの発明者」だったのだ!
 味噌ラーメンは「しょうゆ」「とんこつ」と並んで日本のラーメン界の三大巨頭の一つと言われ、また文化的には「あんパン」と並ぶ外来食材に日本食材を合体させた傑作とされている。ラーメン自体が外来文化のくせに完全に「日本化」された食文化の代表と言えるが、味噌ラーメンはとくにそれが顕著な例であると言えるだろう。かく言う僕も味噌ラーメン派である(以下、しょうゆ、とんこつの順である)。こうしたラーメン文化の上にインスタントラーメンが発明され、その極端な形であるカップヌードルは今や日本発の食文化として世界を覆っているわけで…、あ、このへんでやめとこ(笑)。
 この味噌ラーメンが出来た経緯というのもテレビで紹介されていたが、これまた「歴史的」なのですな。大宮さんは敗戦後に中国から引き揚げ、札幌市内でラーメン屋台を始めた。そして高度経済成長が始まる1950年代半ばに札幌には単身赴任してくる「札チョン族」が増加した(札幌のチョンガー(独身者)のこと。ちなみにチョンガーって朝鮮語なんだけど、どうしてこの語が日本語にとけ込んだのか前から気になっている)。この「札チョン族」たちが家庭の味に餓えていたため、大宮さんはラーメンのかたわら彼らに味噌汁を作ってやっていたのだ。そのうち客の方から「味噌汁のように食えるラーメンができないかな」というアイデアが出てきて、大宮さんが試行錯誤の末に「味噌ラーメン」を発明したのだった。今や当たり前に存在する味噌ラーメンだが、当時はものすごく新鮮だったと僕の親も言っていたものだ。
 大宮さんはこの味噌ラーメンの発明を独占することなく技術を公開し、他のラーメン屋の味噌ラーメンを作るようになったため、味噌ラーメンは瞬く間に札幌を代表するラーメンとして日本中に広まった(このあたりの事情は名古屋発のパチンコとちょっと似ている)。大宮さんは特に大きく扱われることもなくひたすらラーメンを作り続けて一生を終えたが、死の床でも見舞いに来た孫達に「ラーメンができたよ」と声をかけていたという。…偉大だ。

 さて、以下のことも上の話と繋がる部分が多いのだが………ちょっと、その………入れる方じゃなくて出す方の話なのですね(なんのこっちゃ)。ちょっと上の話とセットで載せて読者から抗議が来ると怖いので、いささか「仕掛け」をさせていただきます(汗)。ある方法をすると読めるという形で掲載いたします。読みたい方は「自己責任」においてお読みください。読んだ後ヒンシュクを買っても、わたしゃ責任を負いかねます。

 朝日新聞の経済面で見つけたネタである。「TOTO」といえば日本人のほとんどが知っているであろう、便器のトップメーカーである。このTOTOが、二大メーカーで7割のシェアを占めているというアメリカの便器市場(^^; )に果敢にも挑戦したのは10年前のことだった。しかし日本では無敵のTOTOもアメリカでは当然知名度も低く、赤字状態が続いていた。確かに便器なんてメーカーによる違いなんてそんなにあるわけでもないから、なかなか販売を拡大するチャンスはなかっただろう。ところが、思わぬチャンスが到来する。
 慢性的な水不足に悩むカリフォルニア州で水を節約する「節水型便器」が義務づけられたのを皮切りに、1994年にはついにこの制度がアメリカ全土で法制化された。1回の流水量がそれまでの半分の6リットルと定められ、違反したメーカには罰金が科せられることになったのだ。
 これは大変な試練であるが、形勢逆転のチャンスでもある。そしてTOTOは短期間のうちに条件をクリアする便器を開発、アメリカのメーカーを完全に出し抜くことに成功したのだ!そしてTOTOのシェアは97年に0.1%だったのが99年秋には10%を越えるという驚異的な伸びを記録したのである!来年からは黒字に転じ、さらにあの「ウォシュレット」を本格的に売り出し拡大を図るとのことである!
 …え?なんでTOTOは短期間で厳しい条件をクリアしたかって?その秘密はですね…またしても「味噌」なんですよ、ハイ。少ない水でキレイに流せる便器開発には実験を繰り返すわけですが、その実験に使う素材が「味噌」だったんだそうな。言われてみれば多くの日本人は納得でしょう。あれほど「実物」に類似した素材はない(爆)!以前から味噌を使った実験を行って、少ない水でキレイに流す技術を蓄積していたため、アメリカが示す厳しい条件をクリアする便器を早期に開発できたわけ。アメリカのメーカーは樹脂製の粒を素材に使って実験していたのでこの点でTOTOに後れをとったんだそうな。まぁアメリカ人に味噌を思いつく研究者はいなかったろうな。
 これと似た話は車の開発話にもありましたね。ホント、NHKの「プロジェクトX」で採り上げて欲しいものだ(無理だって!)。

 ああ、日本人は偉大ですねぇ(^^; )。どうも失礼しました。
 


2000/5/14記

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