ニュースな
2000年8月13日

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 ◆今週の記事

◆南北戦争ネタ二題
 
 「南北戦争」といえばアメリカ合衆国史上唯一の内戦。実際当のアメリカ人達はこの戦争を単に「TheCivil War(内戦)」と呼ぶことにしている。1860年から1864年まで戦われたこの戦争は、アメリカの北部と南部が「合衆国」と「連合国」にそれぞれ分裂し、それまでの戦争とは飛び抜けた大量の戦死者を出した壮絶な戦いとなった。近代の大量殺戮戦争のさきがけとなった部分もある。
 この戦争で北部の合衆国を率い、最終的勝利を収めた大統領こそ、エブラハム=リンカーン。どうも最近は発音に従って「リンカン」と書くのがハヤリのようだが、なかなか慣れないので「リンカーン」と表記しておきたい。ちなみにスペルは「Lincoln」で、日本ではその昔「リンコルン」とか「林根」とか書かれていたそうな。

 まぁとにかく時代的にも重なるわけだが、日本人が幕末の動乱をあーだこーだと良く論じるように、アメリカ人にとって南北戦争は自国の歴史話の宝庫。映画の題材にも良く取り上げられている。そのわりにリンカーン本人を描いたものはほとんどないような気がする。リンカーンに限らず、アメリカ人って自国の大統領を主人公にしたものってあまり作らないような(トルーマン、ケネディ、ニクソンはありましたが…)。おっと話が逸れてしまっている。
 少し前の朝日新聞でみかけたネタだが、このたびシカゴのペン専門店が「リンカーン大統領のDNA入りの万年筆」なる妙な商品を売り出したそうな。リンカーンのDNAなんてどこから持ってきたんだ、と思ったら、1865年の暗殺ののち、彼の毛髪だけは遺族により保管されていたのだそうだ。その毛髪を借り受けてそこからDNAを取り出した、というふれこみだそうだ。そのDNAを含んだ粉末をキャップに入れているのだという。
 限定1008本販売で(この半端な数字に何か意味があるのか?)、一本のお値段は1650万ドル。いま1ドル=108円ぐらいの相場だから17、8万円というところ。絶対高すぎ(爆)。「リンカーンのDNA証明書」なるものも添付されており、このニュースが流れた7月末の時点ですでに900本も売れ、完売確実の見込み。リンカーンのDNAが入ってる万年筆って何か御利益でもあるのかなぁ…丸太小屋に生まれ、苦学して弁護士となり大統領にもなった、「アメリカ版太閤記」みたいな人だから、御利益がなくもないだろうけどね。

 もう一つの南北戦争絡みの話題の主役は、なんと潜水艦。
 各種報道によれば、去る8月8日、サウスカロライナ州チャールストン沖の海底から、南北戦争中の南軍が使用した潜水艦「ハンリー」が、なんと136年ぶりに引き揚げられた。引き上げに成功したのは、タイタニック号引き上げを題材にした小説「レイズ・ザ・タイタニック」の作者・クライブ=カスラー氏。20年の月日と13万ドルの私財を投じた生涯の夢を遂に実現させたということだ。
 うーむ、それにしてもこんなころにすでに潜水艦があったのか。まだ産業革命の黎明期とも言えるこの時期に、動力はなんなんだと思ったらなんとこれが「人力」なんですな(ガソリンエンジンを利用した潜水艦が出来るのは19世紀末)。乗組員九人がクランクを回して進むのだそうで、時速6qの速度を誇る(笑)。こんなのでどう戦ったのかな、と思うところだが、敵の軍艦にコッソリ近づいて水雷をしかけるなどのゲリラ戦で活躍したとのこと。1864年の2月、戦闘中に乗組員もろとも撃沈され、海の藻屑と消えていたそうだ。カスラー氏はこの歴史的遺物を1980年から4度にわたり発見を試みたが、度重なる失敗の末にこの成功を手にしたわけだ。いやあ、恐れ入る執念であります。
 



◆独裁者の末路はつらいよ
 
 変な言い方になるが、「独裁者」になった人は、生きている限り権力を手放してはいけないようだ。死んでからなら何言われたって構わない、って考え方もありますからね。この伝で幸せな独裁者人生(?)を送れた代表者はソ連のスターリンとスペインのフランコでしょうな。

 インドネシアで30年以上にわたり独裁権力を握っていたスハルト元大統領が辞任に追い込まれてのは一昨年のこと。その後ハビビ政権が暫定的に引き継ぎ、昨年の選挙でワヒド現大統領が誕生。しかしその後も各地の独立騒動やら宗教対立やら政権内の不正疑惑などあれこれとトラブルが続いているのはこの「史点」でも書いてきているとおり。その当てつけというわけでもないのだろうが(いや、かなりあるんだろうな)、去る8月8日にインドネシア検察当局は、スハルト元大統領を、その在任中の不正蓄財について「汚職防止法違反」の容疑で南ジャカルタ地方裁判所に起訴した。とうとうスハルトさん、「犯罪者」として裁かれることになっちゃったのである。
 同国の検察の調べたところによると、スハルト元大統領は福祉目的で設立した財団の資金を、一族や腹心が経営する企業のために流用して、国家に1兆4000億ルピアと4億1600万ドル(総額で約630億円)の損害を与えたことになるという。有罪と確定した場合、最高で終身刑の可能性があるという。

 もっとも、ワヒド大統領はスハルト被告が有罪となっても恩赦を与えて徹底的には罰しない方針とのことだ。このあたり、韓国における軍事政権時代の元大統領達に対する処分と似ているかも。さらに言えば、スハルト一族とその腹心の勢力はなお国内で隠然たる力を持ち続けていて、各地の宗教紛争、独立紛争をわざと刺激して拡大させているという話もある。以前ここでも書いたことだが、マルク島の宗教紛争でイスラム系武装勢力が島に渡って暴れたことについて、ワヒド政権は「旧体制派があおっている」ことを示唆していた。もちろん紛争の原因を旧体制派に押し付けようと言う意図も感じ無くはないけど、スハルト政権時代の勢力が依然として力を持っていることを意識している発言には違いない。まぁそのへんに正面衝突しない程度に押さえ込めれば、というところなのかも。ついでながら当のスハルトさん本人は脳溢血で倒れたりしており、公判がいつ開けるのか分からない状態でもあるらしい。
 そういえば一時、腹心の国家資金流用問題で揺れるワヒド大統領がメガワティ副大統領(あのスカルノの娘さん)に形式的に一部の権力委譲などと伝えられたが、そのへんどうなったのかな。

 一方、裁かれる大統領と言えばチリのピノチェト元大統領。昨年イギリスで身柄を拘束され、釈放はされたもののチリに帰ってから今度はチリ国民の手で裁かれることになりそうだ。チリではピノチェトさん自身が決めた「大統領経験者の免罪特権」なるものがあるのだが、それがつい先日になって「廃棄」することが決定されてしまった。結局ピノチェトさんはその独裁政権時代の数々の弾圧行為を裁かれることになる。



◆アメリカ「第三の政党」は…
 
 いまアメリカ合衆国は国を挙げての大統領選挙祭りの真っ最中。なんかホントにお祭りみたいなノリですよねぇ。トップに南北戦争のネタを振ったけど、この大統領選というやつも南北戦争の尾を引きずった政治イベントとも言える。
 アメリカは良く知られているように典型的な二大政党制で、保守系の共和党・改革系の民主党という形におおむね色分けできる。両党とも党大会を開いて最終的な大統領候補・副大統領候補を決定し、いよいよ大統領選は本番を迎える。共和党はブッシュ候補。前大統領である父親にウリ二つの容貌以外これといった売りは無いお方なのだが(以前「史点」でもネタにしたが外交知識にはかなり乏しいと言われる)、副大統領候補にパパの時代の国防長官がついて、ますます「ジュニア」という印象を強めている(笑)。空前の金バラマキ選挙を展開しているが、それでもなお世論調査では一歩二歩ほどリードしているところだ。一方の民主党は現政権の副大統領であるゴア候補。8年前にクリントンさんがブッシュ・パパと大統領選を戦ってた時、このゴアさんの人気はかなりのもので、この人が副大統領候補についたというだけでクリントン陣営に大きく有利に傾いたほどの影響力があったように記憶している。いま、そのゴア人気もひところほどではないようで(クリントンさんの「悪行」も多少影響してるよな)、ブッシュ・ジュニアに支持率をリードされている民主党は挽回に必死だ。副大統領候補に史上初のユダヤ系の人物を配したのもそのあらわれと言われている。どう転ぶかは分かりませんけどね。
 しかしまぁ、こうしてまとめてみると、なんかこの大統領選って前々回の選挙の個人的報復戦にも見えてきますな。

 さて、現時点でこの大統領選挙、一つの傾向があるといわれる。先ほど「保守の共和・改革の民主」という書き方をしたけど、どうも両党共に明確な色分けを避けようとして、政策面でそれぞれに柔軟な姿勢というか、「中道」を意識した方向を示すようになってきているのだ。見たところ、これは現在のアメリカの好景気も背景にあるように思える。だいたい「左・右」の政治意識の対立といやつは、景気の悪いときほど極端に表面化してくるものだ。景気がいい今、保守にせよ改革にせよ明確に偏った政策はかえって有権者に敬遠されることが多い。そこで共和・民主ともに「中道路線」を打ち出すようになってきている。おかげで争点がボケかかってる節があるのも事実だ。

 この二大政党の中道路線化のとばっちりを食っている政党がある。「アメリカ第三の政党」と言われた改革党だ。
 この「改革党」は、テキサス州の大富豪・ロス=ペロー氏が1995年に創設したものだ。このペロー氏、覚えておられる方もいると思うが、クリントンが当選した1992年の大統領選に出馬し、アメリカの歴史上初の第三勢力として一躍台風の目となった。大統領選の注目イベントである候補者のTV討論にも参加し、初めての「三者討論」も実現させている。まさか当選することはないと言われてはいたものの、本選挙では中道層の支持を集めて約2割の票を集めることに成功した。その勢いをかって本格的な第三政党をめざすべく、1995年に「改革党」を旗揚げしたわけだ。96年の大統領選では冴えなかったが、98年の中間選挙で元プロレスラー・ジェシー=ベンチュラをミネソタ州知事にする事に成功している。ま、アメリカにも「新党ブーム」があったということなんでしょうね。

 で、もともと共和でも民主でもない中間層の支持を集めたこの改革党だったが、その後、共和・民主の両党が「中道路線」を取り始めたためにその存在意義をかなり失ってしまった。おまけにここに来て中道路線化した共和党から「超右派」とも言われるパット=ブキャナン氏(61)が改革党に鞍替えしてきたことから混乱が始まってしまった。よそから乱入してきたブキャナン氏は右派勢力を中心に改革党を「改革」してしまい、その主導権を握って自ら改革党の大統領候補になることを狙いだした。まさに「乗っ取り」である。一時大統領候補に期待されていたベンチュラさんも呆れて離党してしまった(プロレスラーよろしく「対決」してほしかった気も)
 8月10日、改革党の党大会が行われたが、ブキャナン派と反ブキャナン派に分かれての分裂開催に。ブキャナン派の大会では当然ながらブキャナン氏が大統領候補に指名されたが、反ブキャナン派は元大学教授のジョン=ヘーグリン氏(46)を指名。ここに「改革党」は第三の政治勢力になるどころか分裂の憂き目をみることになってしまった。ちなみに政党の立てる大統領候補には政府から選挙資金が交付されることになっており、どちらが正式の「改革党候補」なのか、選挙管理委員会による裁定を仰ぐことになるそうだ。
 現時点ではむしろラルフ=ネーダー氏率いる「緑の党」の方が「第三勢力」と見なされるようになってるみたいですね。
 
★追加
いったん上記の記事を書いちゃった後、改革党を「乗っ取っ」た超右派・ブキャナン氏の放言情報が入ってきました。面白かったので以下に列挙。
「中国が米国にミサイルを向けるのは止めなけりゃ、米国のマーケットでで、もうハシは売らせてやらない」
うーむ、ハシってそんなに中国から輸入してるのか。しかしまぁミサイルの報復にハシ…
「ロシア・ブラジル・韓国・日本はダンピング輸出で米国の鉄鋼業を脅かしている」
これは保護貿易主義の典型ですな。
「バルカン紛争への介入は米国の死活的国益にはなんら関係ない。朝鮮半島、クウェートからも駐留軍を撤退させ、メキシコ国境に配備すべきだ」
アメリカの保守主義にしばしば垣間見える「モンロー主義」的な「よそに口を出さない」という発想ですな。これはこれで結構なところもある。それにしてもその場合、「仮想敵国」はメキシコになっちゃうのか。
「WTO・IMFからは脱退。アナン事務総長には(ニューヨークにある)国連ビルのリース期間が過ぎたから出て行けと言ってやる。出て行かなきゃ海兵隊を送り込んで荷造りを手伝わせてやる」
上記の発言と繋がることだが、アメリカの右派というのは国際機関に対して極端な憎悪をむき出しにする事が多い(時にアメリカ連邦政府に対してすら反感をもつ)。これもまたその典型的な発言と言えそう。
ひょっとしてブキャナンさん、思い切り放言が吐きたくて共和党を出て改革党に鞍替えしたのか?
 


お盆ですしね。今週はネタ三つまで。

2000/8/14記

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