ニュースな
2000年9月10日

<<<前回の記事
次回の記事>>>

  「ニュースな史点」リストへ


 ◆今週の記事

◆ブッシュ・ジュニアの大チョンボ
 
 アメリカの国民的お祭り(笑)である大統領選挙がいよいよ終盤戦に突入した。当「史点」でもたびたびこの関連の話題を採り上げてきているが、当初圧倒的優勢を伝えられていたのは共和党ブッシュ・テキサス州知事だった。もちろん前大統領ブッシュさんのお子さまで顔もソックリ(笑)。副大統領候補にパパの時代の国防長官チェイニー氏を指名し、ますます「親の七光り」ぶりを発揮している(笑)。いや、これで実際に才能があるのならべつに「七光り」を批判することはないのだが、どうも昨年当たりからこの人、その「才能」を疑われかねない言動が目に付いたのも事実。
 例えば昨年の11月15日付「史点」でネタにした、テレビでのやりとりがある。「今度パキスタンでクーデターを起こした人は?」「インドの首相は?」「台湾の総統は?」との質問にブッシュ氏はいずれも答えられず、台湾の総統に関してだけ「確かリー…」と言うのが精一杯だった。そもそもこの質問自体が「ブッシュ・ジュニアは外交知識がない」との風評に基づく意地悪なものであったわけだが、結果的にその風評を証明することになってしまった。まぁ知識が無いこと自体は仕方ないとも言える。だがブッシュ氏はこのやりとりに立腹し、質問者に「じゃああなたはメキシコの副大統領の名前を知っているか?」と「逆ギレ」を起こしたのはまずかった。質問者は「私は大統領にはなりませんので」と切り返していたが…(笑)。その後のテレビインタビューでもブッシュ候補はわざわざこの件に触れ「私は大統領になれるだけの知性はある。アメリカ国民は、外国の指導者が言えるか言えないかで大統領を選ぶようなことはしないはずだ」などと発言してかえってドツボにはまっているように思えたっけ。その後マケイン候補の思わぬ台頭で共和党内で熾烈な候補者争いとなり、ブッシュ候補は史上最高の選挙資金を集め、それをほとんど使い果たして(まだ本選挙前というのに…)、結局は共和党候補の座をつかんだ。それにしてもこうあーだこーだと言われながらも、この八月頭ぐらいまではブッシュ候補の方が世論調査で民主党のゴア候補を大きくリードしていたのだ。

 それが逆転したのはどうも民主党が党大会を開いた直後ぐらいだったように思う。共和党でもそうだが、党大会というお祭りをやると単純なアメリカ国民(失礼!)はそちら側の人気を一気に高める傾向がある。だったらそれは一時のことで沈静化するはずなのだが、なぜかこれを境に民主党リードの傾向が強まってしまった。焦ったブッシュ陣営は9月初めからアメリカの選挙ではおなじみの「攻撃CM」を流し始めた。なんでもゴア候補が以前仏教寺院で資金集めパーティーをやってる場面とか「インターネットは私が作った」とか言っている映像などを流し、ゴア候補の「言行不一致」を印象づけるCMだそうで。この「攻撃」に対しゴア陣営では、ブッシュ候補が昨年「中傷キャンペーンはしない」と公約している(笑)ことをネタに「反撃」しているそうである。

 ところが…なんとブッシュ候補本人が恰好のネタをゴア陣営に「提供」するという事態が発生してしまったのだ。9月4日、イリノイ州に遊説にやってきたブッシュ候補が演説前の音楽演奏のひととき、自分に批判的な記事を書く「ニューヨーク・タイムス」の記者が演壇の脇にいるのを見つけ、隣にいるチェイニー副大統領候補に「あそこにアダム=クライマーが、ニューヨーク・タイムズから来たメジャーリーグ級のアスホールがいる」(''There'sAdam Clymer, major-league asshole from the New York Times.'')と声をかけたのだ。これに対しチェイニーさんも「本当だ。一流だよね」と応じた。もちろん二人だけのヒソヒソ話であり、ブッシュ候補は気にもせずそのまま演説を開始したのだが、このヒソヒソ話の時、すでにマイクのスイッチが入っており、この会話が会場に流れ、ばっちり映像にも撮られてしまっていたのだ。さっそくこの映像は全国のTVでお茶の間(アメリカでそう言うのも変だが)に流され、インターネットで世界中に流されてしまった。かく言う僕もニュースをネット上で知り、アメリカのニュースサイトに飛んで問題の映像を目撃している。僕の見たところはそれこそ「メジャー」だったせいか、問題の「アスホール」の部分には「ピーッ」と警告音がかぶせられていた。この語、放送禁止用語級のものであるようで、当のニューヨークタイムズ紙は「卑猥な表現(anobscenity)」とだけ書いてこの語を載せず、ワシントンタイムズ紙などはこの部分を「直腸の出口(rectalaperture)」などと表現したそうな(おいおい)。もちろんそのまま報じたマスコミも多かったみたいだけど。
 この「アスホール(ケツの穴)」の訳については日本のマスコミも分かれていた。圧倒的に多かったのが「クソ野郎」という訳で、原語の下ネタ的ニュアンスを上手く伝えている気もする(どーでもいーが、英語の検索サイトで「asshole」とやると凄いサイトがボンボン引っかかる)。ちょっと大人しい訳で多かったのが「大バカ野郎」。「メジャーリーグ級」ってのはちょいとニュアンスがつかみづらいところかな。

 「アスホール」呼ばわりされた記者本人は「知事の言葉には失望」と控えめにコメントしていたが、ニューヨークタイムズ紙はかなり鮮明にブッシュ批判の記事を掲げたらしい。大慌てのブッシュ陣営は「発言は副大統領候補とのヒソヒソ話であり、公的な発言ではない」とコメント(大爆笑!)。公的じゃないところでの醜態をさらけ出したから問題になっちゃったんだと思うんだけどなぁ、まあこうとでも言うしかないんでしょう。



◆ミレニアムサミットこぼれ話
 
 9月6日から国連の主催する「ミレニアムサミット」なる大イベントがニューヨークの国連本部で開かれた。西暦2000年という節目を期して全加盟国の首脳を一堂に集め、「国際連合」の団結を再確認するイベント、とでも言うべきなのかな。その成果はどうあれ、集まった150以上もの各国首脳の顔ぶれは壮観の一語につきた。それを一枚の画面におさめた記念写真も凄かったですねぇ。五大国はアナン事務総長を挟んで最前列中央に集まっているのが分かったが、他の国々の配置はこれといった決まりはなかったみたい。近ごろ西ティモールの件で国連に注意されているインドネシアのワヒド大統領が端っこにいき、その隣にノーベル平和賞も噂される韓国の金大中大統領がいたっけ。うしろの方をみると9月中の「独立宣言」延期を決めたパレスチナのアラファト議長がいる。イスラエルのバラク首相とは離れていたようだ。あれ、これってイラクのフセインさんでは…というアラブ民族服のヒゲおじさんもみかけたが、どうなんでしょう。我らが日本の森喜朗首相はめでたくこの写真に収まり、少なくともこの瞬間の世界史を飾ってしまうことになった(笑)。中国の江沢民主席(そういえば何を思ったか白髪染めをして出かけたそうですな)の斜め後ろで、お隣にはもはや「歴史上の人物」とも言うべきキューバのカストロ首相が貫禄で立ってましたな。思えばあの首脳群のなかで一番の長期政権維持者ではないのかな?
 写真撮影の直前に各国語で「笑って」と書いた垂れ幕が出て大受けしていたが、どうも東アジア圏は「微笑」という漢字表記で一括されていたようだ。

 このミレニアムサミットに、北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国(あー長い)の国家元首級大物・金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長が出席することになっていた。最近の北朝鮮の積極外交からいって当然のことであり、この金永南氏の訪米を機に韓国はじめ各国の首脳が北朝鮮と接触することにもなっていた。あとで判明したことだが森首相も金永南さんと会談の予定があったという。ところが、これが思わぬハプニングというかつまらん行き違いでキャンセルとなってしまったのである。
 北朝鮮の首脳一行はドイツのフランクフルト空港を経由し、ここでアメリカン航空のニューヨーク行きに便乗しようとした。ところが出国手続き、搭乗手続きが終了し、いざ乗り込もうという時になってアメリカン航空側が「一行のスーツケースなど荷物を開け、無理やり衣服を脱がせて身体を検査しようとするなど、一行を「犯罪者のように扱った」(北朝鮮側の発表)。北朝鮮側の声明によると「局部」の検査も行おうとし、一行の代表者である金永南委員長自身にも身体検査を行おうとしたという。北朝鮮の代表団一行はこの扱いに激怒。結局一日おいて(この間に本国との連絡をとって検討したと言われる)国連ミレニアムサミットへの参加自体を取りやめることを発表した。
 この事件、要するにアメリカン航空の担当者が「テロ支援国家」に指定されている国の人に対してアメリカ連邦航空局が実施を義務づけている検査を、彼らにそのままやっちゃったということであるらしい。担当者本人はそれなりに職務に忠実だったと言えなくはないが(笑)、相手は国連のイベントに出席しようという一国家の「元首」ですぜ。そりゃー北朝鮮は過去に飛行機を爆破したりした過去があるが、ここ最近の動きを見る限り、航空会社側も少しは政治的に配慮してあげるべきであったとは言える。実はこの「検査」も「アメリカや国連が信任する外交官」に対しては適用されないことになっていたのだが、どうもこの北朝鮮の一行はそれに当たらないと判断されたようなのだ。どうも空港でのやりとりから察すると航空会社の担当者は相手が北朝鮮のどういう人なのか全く理解していなかった可能性も感じる。
 もっとも一方で北朝鮮の一行がなぜわざわざアメリカの飛行機でニューヨーク入りしようとしたのか、あれこれ憶測も飛んでいた。つまり「最初から行く気がなく、トラブルをわざと起こしたのでは?」との見方だ。まぁこのトラブル自体は「偶然」としか思えないが、起こったトラブルを北朝鮮側が逆に政治的に利用することを一日のロスの間に決定したことも確かだろう。そもそも「ならず者国家」なんて一方的に「指定」している方が無茶なわけで。結局この一件、一時は北朝鮮の「ひきこもり」が懸念されたものの、とりあえずアメリカ政府が「遺憾の意」を書面で送り、これを北朝鮮側が「謝罪」と受け取ってほぼ一件落着のようである。ミレニアムサミットには出なかったものの、北朝鮮の李衡哲国連大使は日本が主催したレセプションに出席していた。どうも日本とのつなぎをつけておく気は本気であるようだ。

 さて、その日本主催のレセプションに出席していたのが、記念撮影で森さんの隣に立っていたキューバのカストロ議長。日本の招きに対して返事をしなかったキューバだったが、突然出現して周囲を驚かせたようだ。だいたいこの人は革命戦争やってるときからこの調子ですな(笑)。カストロ議長は森首相とスポーツ談議で盛り上がり(…森さんが盛り上がる話題っていつもスポーツネタですねぇ…)、森さんは「野球、バレー、サッカーで対抗戦をやろう。日本に来て始球式をやってもらいたい」ともちかけ、カストロさんは「日本から観光客にどんどん来てもらいたい」とちょいと台所事情を匂わせる発言をしていた。カストロ議長と日本といえば何年か前に飛行機の乗り継ぎでひょっこり日本を訪れたことがある程度で、訪日が実現すると面白いことになりそう。キューバは野球大国として知られるが、カストロ議長自身、若いときに大リーグからお声がかかったという本格的な野球選手だった過去があり、その意味でも始球式は見もの(笑)。そういえばこの直後に森さんも、あのピアザ捕手を相手に始球式やってましたね。さすが体育会系、故・小渕前首相のボールよりはずっとしっかりしてました。
 さて、カストロ議長はミレニアムサミット会場で演説を行っていたのだが、これがまたなかなかの役者ぶりだったそうだ。彼は「タイムオーバーのカストロ」の異名をとる(笑)長時間演説の常習犯。国連でのスピーチは制限時間5分と決められているようで、演壇の横には制限時間警告のランプが置かれている。カストロさん、壇上に上がるやこのランプに白いハンカチをかぶせてしまい、「おおっ、制限時間無視か!?」と場内の人々を驚かせた。演説は予想通りアメリカをはじめとする大国のエゴを攻撃し、多くの小国の立場を代弁する熱のこもったものとなったが、制限時間5分でピタリと終了。さらりとハンカチを取り去って颯爽と演壇を降り、場内の各国の首脳達から拍手喝采を浴びたそうな。カッコ良すぎるぜ、カストロさん(^_^; )!
 ところでちょっと前に日本の綿貫さんが国連で演説したんだけど、彼はこの時間制限を知らずにしゃべり続け(というより棒読みを続け)、「時間切れです!」と注意され中断させられるという醜態をさらしておりました。ご本人は「知らされてなかった」とおかんむりでしたけど。
 そうそう、カストロ議長、昼食会の際にヒョコヒョコっとクリントン大統領に接近し、2,3分話して握手して立ち去ったという。もちろんアメリカ政府は認めつつも「キューバに対する姿勢に変化はない」としているが、この手の「外交芝居」はよくある手なので、キューバとアメリカが近々関係修復に動く可能性大だ。先日の「エリアン君騒動」も前兆をみせてましたしね。

 
  関連ネタをもう一つ。ミレニアムサミットのために訪米した中国の江沢民主席はCBSのTVインタビューに応じ、アメリカ人の激しいツッコミにけっこう柔軟に応じていたようだ。もちろんアメリカへの批判を言うのは忘れなかったが(去年のユーゴでの大使館誤爆事件についてはやはり「疑念」を示していた)、全体としては「アメリカ国民へ友好を呼びかける」という姿勢。触れられると痛い「天安門事件」の件についても「八九年の動乱の際、我々は、より多くの民主と自由を求める学生たちの熱情を完全に理解していた」とちょいとビックリする発言をしていた。これまで天安門事件といえば「反政府の暴乱」と決めつけてきた姿勢から一歩踏み込んだ発言とは言える(もちろん「一部の活動家の行動は許さない」と対象を絞って非難しているが)。それだけアメリカ国民にはいい顔をしておこうという意図はあるでしょうね。
 ちなみにこのインタビュー映像は中国でも放映されたが、この天安門事件に関する発言部分はしっかりカットされていたそうで。
 



◆日露スパイ大作戦
 
 なぜかスパイネタを好みにしていて、たびたびこの「史点」で採り上げている私であるが、自分の住んでいる国で起こると何やらちょっと書きにくいものを感じるものである。それに、どうもよくわからん点も多いですね、この話は。
 さんざん報道されている話題なので細かい話はカット。要するに防衛研究所に所属する萩崎繁博・三等海佐がロシア大使館の駐在武官・ビクトル・ボガチョンコフ海軍大佐に情報を流している現場(レストランだったそうで)を警察の公安部におさえられ、逮捕されたわけだ。一方の当事者であるロシアの駐在武官の方は「外交官特権」により逮捕を拒否し、そのままロシアに逃げ帰ってしまった。情報の引き渡しの見返りとしてこの三等海佐は現金数十万円と食事などを提供されていたという(なんとまぁケチくさいスパイである)
 当初、防衛研究所はこの逮捕された三等海佐の仕事は主に「新聞などで公表された情報などを研究する」というもの(それじゃあんまり私と変わらんような)だったそうで、「秘」以上の情報にアクセスできない立場であるとされていた。重要な防衛情報は機密性の高い順に「機密」「極秘」「秘」の三段階があるとのことで、その中でも「秘」にも触れられない立場だったと説明していたのだ。ところが、警視庁公安部がこの三等海佐の自宅から押収した資料の中に「秘」はおろか「極秘」の内部文書まで含まれていたことが判明、防衛研究所での情報管理のずさんさを暴露する結果となってしまったのだ。逆に考えるとこの逮捕された三等海佐さんはスパイ、というか情報収集者としての能力は案外あったのかもしれない(^^; )。

 しかしその後新聞などで報じられているこの三等海佐の経歴をみていると、まんざら冗談でも無いような気もしてくる。この人、海上自衛隊での情報担当の幹部としての将来を期待され、1993年から1998年まで、「陸上自衛隊調査学校」(東京都小平市内)に二回、計一年半にわたり入学していたのだ。この「調査学校」は「軍事情報を収集・分析する専門家を養成する機関。ロシア、中国、韓国語などの語学教育のほか、情報を得るノウハウや、取得情報を戦略や戦術にどう生かすかなどの専門教育が行われている」(読売新聞より)というところ。知る人ぞ知る、戦前の情報将校養成機関「陸軍中野学校」の後継みたいなもんなんだろうか(やや脱線ですが、市川雷蔵主演の大映映画「陸軍中野学校」の一作目は傑作、おすすめです)。そこでロシア語を学び、相当専門的な情報収集の教育を受けたという。その後の仕事でもロシア海軍の作戦研究とかを専門にしていたと言うから、むしろ彼自身が「スパイ」の能力を持つ人間だったと思えてくる。
 「スパイ業界」では「二重スパイ」という現象がよく起こる。もちろん軽々しくこういう推測を言ってはいけないのかもしれないが、どうもこの件で僕の頭に浮かんでくるのはこの言葉なんですよね。彼自身がロシア軍の情報を得ようとしてその駐在武官に接触していた可能性もあるような気がする。ま、あれこれ言ってもこの手の話はなかなか真相が出てこないだろうなぁ。

 さて、この二人の接触が最初に接触したのは昨年9月。公安はすでに今年に入ってから二人をマークし監視していたのだという。駐在武官ははじめのうちそれなりに警戒して、人混みに急に逃げ込んだり発車間際の電車から飛び降りるなど、映画・ドラマでもおなじみのテクニックを使って尾行をまいていたが、そのうち警戒心が薄れてきて直接六本木や銀座の店に行って三等海佐に会ったり、店の中で海佐が持ってきた資料を平気で広げたりしていたという。公安部では「電話会社の伝言サービスを連絡手段に使ったことで油断するようになったのでは」といっているそうな(読売新聞より)。伝言サービスねぇ…変なこと言うようですけど、この二人のやりとりって金額のことも含めて「援助●際」に似ているような(爆)。正直なところもうちょっといろいろ方法があるだろ、と言いたいような古典的スパイ大作戦をやっているような気も。
 ただ、公安が電話のことを言い出した部分には、なんとなく「盗聴法」との絡みがチラつきますなぁ…。



◆奉仕活動を「義務」化?
 
 森喜朗首相およびその政権への批判というか悪口はずいぶん書いてきたつもりだが、これにはかなり頭に来た…というよりは空恐ろしいものを感じている。もっと世間はこの件で敏感になってほしいと思って、独立ネタとして採り上げておく。
 政府・与党は9月5日、小・中・高の子どもたちにボランティア活動などの「奉仕活動」を義務づける関連法案を、来年の通常国会に提出する方針を固めたという(以下、全体の元ネタは基本的に朝日新聞)。この話、森首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」(私的諮問機関に「国民会議」とはよくいってくれるものだ)が分科会報告として7月末にすでに形を現していた。その時の提案によると、小学生・中学生には二週間、高校生には一ヶ月の「奉仕活動」を義務づけ、将来的には「満18才の全国民に一年間の奉仕活動」(!!!!)を義務づけるというものだった。この話、私的諮問機関内だけで語られていることではない。ちょうどタイミングを合わせる形で、小学館文庫からあの『国民の歴史』を書いちゃった西尾幹二氏編著で全く同様の趣旨のタイトル・内容を持つ本も出版される。この「奉仕義務化」を実現しようとしているのがどういう人達で、どういう歴史観をもち、どういう願望を抱いているのかは明らかだ。
 「奉仕」という言葉で「ボランティア活動なら大いに結構じゃないか」と国民に受け止められると与党としては読んでいるようだ。昨今騒がれる「教育現場の荒廃」「少年犯罪の凶悪化」などを追い風に、子どもたちに「社会奉仕」をさせることで情操教育になり、社会性も身に付くという説明がなされるのだろうが、だいたい「ボランティア活動」を全員に義務づけようと言う発想自体が本末転倒で恐ろしい。明らかに一番迷惑するのは現場(その「奉仕活動」を受け入れる側、送り込む学校側の両方)だろう。昔から「道徳教育をすればいい」とか「ボランティア活動をさせればいい」とか、お偉方の考える教育論ってのは単純かつ押しつけがましい。それをやらせようとする人達がどれだけ道徳性・社会性があり「奉仕」をしているのか怪しいもんだと思うこともあって、「何を勝手な」と思うばかりだ。
 なおかつ、将来的目標の「満18才の全国民に一年間の奉仕活動の義務づけ」が、事実上の「徴兵制」を意図したものであることは明白。たまたま今朝の朝日新聞で吉本隆明氏がこの件で強く警告を書いていたが、この満18才という年齢がまさに戦前に徴兵検査をうけさせられた歳なのだ。「えー、でも平和憲法で軍隊もいないことになってるし、徴兵はむりでしょ」という声があるだろうが、逆に憲法に明記がない以上、なんとでも言い様はある(だいたい自衛隊の存在自体がそうだしね)。 実際、この「一年間の奉仕活動」について政府与党は何も具体的なことを言っていないが、ある与党幹部は「消防団でも、予備自衛官でも、介護でもよい」と発言しているという。ね、しっかり自衛隊が出てくるでしょ。こういうこと言う人が自衛隊を単なる災害救助のボランティア隊にしたくないのというのは、先日の石原都知事の言動でも明らか。要は18才の全国民を一年間「拘束」することなのだと思えばいい。「ボランティアをやらないと大学にもいかせない、就職もできない」などと言っている与党幹部がいたそうだから、相当な強制力を持たせたい意向なのだろう。そこまでする気なら当事者の18才に選挙権を与えてちゃんと意見を問いなさいね。
 世界的には徴兵制は廃止される方向にある中、よくもまぁこんな法案を国会に出そうとするもんだ、と思うばかり。これと教育基本法改正にシャカリキになって、実のところ中身はよく考えていない(愛国心を植え付けようとかやはり言い出しているが)というのが森内閣の看板の一つである「教育改革」の実態だ。もう一つの看板「IT革命」も似たようなもんだが。そんな中で「何か形を出しておかないと来年の参院選が…」という思惑も働いているらしいが…とにかく要警戒である。
 


◆没には惜しいネタ群
 
 今週はホントに採り上げたいネタが多くて困った。いつもの「ネタ4つ」では処理しきれないほど集まってしまい、なおかつ「様子見」していてもしょうがない鮮度重視ネタが多い。そこで前回に続き「没ネタ大行進」という形を取りたい。なお、これを恒例化する気はありませんので悪しからず(^^; )。

◆あの金嬉老氏、またしても闘争!(9月3日)
1968年、在日朝鮮人・金嬉老(キム・ヒロ、本当の姓は権)が静岡県で暴力団員二人を射殺し、ライフル銃で武装して温泉宿にたてこもるという、いわゆる「金嬉老事件」というのがあった。そこまでなら単なるヤクザのケンカの延長戦みたいなものだが、この事件が大きくクローズアップされ社会的に注目を浴びたのは、この金嬉老自身が「日本人の朝鮮人差別の犠牲者」である訴え、これがそれに対する闘争であると主張したところにあった。確かこの事件は「キムの戦争」というタイトルでビートたけし主演でTVドラマ化されていた覚えがある(未見ですけど)。まぁとにかくそんなわけで、この金嬉老さんは一躍「民族英雄」みたいな扱いを受けることとなり、支援者も多く出た(もちろん一方で否定的な見方をする人も少なくなかったが)。昨年9月に仮出所となり、なぜか「週刊新潮」に独占手記(のちに新潮社から出版)を連載、自分をほとんど絶賛して韓国の身元引受人のところへと向かったのである。
 ところがちょうど一年がたつという9月3日、この金嬉老氏(70)、付き合っている人妻(43)が夫(46)から疑いの目を向けられ、監禁されていると聞かされて逆上、刃物を持った竹竿を持ってその夫婦の家へ押し入り、その夫ともみ合った末、布団に火をつけたという。それで双方ともに大怪我をして結局金氏の方が逮捕された。なんでも8月30日にもガソリンと刃物を持ってその家を訪れ警察に制止されていたそうで…(汗)。韓国での評判も地に落ちた上、日本の法律上でも「仮釈放中に事件をおこした」ということになり再逮捕になるんじゃないかとのこと。やれやれ、それにしてもいい年こいて。

◆スリランカ政府軍、タミルゲリラと大規模な戦闘(9月3日)
 以前にも「史点」でも何度か触れたことのある、スリランカ北部のジャフナ半島を支配するタミル人反政府ゲリラ「タミル・イーラム解放の虎」(LTTE)に対し、押され気味になっていたスリランカ政府軍が大規模な反撃攻勢をかけた。9月3日のわずか半日の戦闘で政府軍は死者132人、負傷者600人以上を出し、LTTE側も死者230人、負傷者300人を出したという。近ごろでも珍しいほど凄惨な戦場であったようだ。スリランカ政府軍はロシア製ミグ27攻撃機を投入してLTTE陣地に爆撃を行ったとのこと。スリランカは10月に総選挙が行われる予定で、どうもクマラトゥンガ大統領は「地方分権案」を持ち出してLTTE側の切り崩しを狙っているらしいとのこと。これに野党勢力の思惑も絡んで、あれこれややこしい事態になっているようだ。ま、これは10月にまた「史点」に登場でしょう。

◆先住民たちのアピール(9月4日)
シドニー五輪が間もなく開かれるオーストラリアで、オーストラリアの先住民族であるアボリジニーの活動家グループが10日から5日間にわたりシドニー国際空港で「人間の鎖」をつくり、オーストラリア政府に抗議するとのこと。先日も過去の強制退去命令などを賠償するよう請求していて裁判所でつっぱねられたこともあって、シドニーに来る各国の選手や観光客に自分達の存在をアピールするのが狙いだ。
 一方、中米ホンジュラスでは先住民チョーティ族の約500人が、政府に土地の返還などを求めて、マヤ文明の遺跡で観光地として有名なコパン遺跡を占拠し、ハンストを続けている。おかげで観光客は遺跡や博物館に入れないでいるとのこと。政府側は1994年に土地返還および各種施設建設を約束したことで決着が付いているとして今のところ要求に応じない方針。

◆日本に強制連行された劉連仁さん死去(9月5日)
 中国の報道によると、9月2日に、劉連仁さん(87)が胃ガンのため死去した。この人は山東省の農民だったが、1944年9月に当時の中国での親日政権(もちろん日本が主導して作らせた)だった汪兆銘政権の軍隊による「日本へ送る労務者狩り」につかまり(日本の内閣が閣議決定して要請してるんだそうで、これって)、日本へと連行され北海道の雨竜群の炭鉱で働かされた。その過酷さに耐えきれず1945年7月に仲間と共に脱走、そのまま仲間とはぐれ一人で山奥に隠れ住んだ。なんと「発見」されたのは1958年2月のこと。もちろんとっくの昔に戦争が終わったことも知らなかった。故郷に帰ると連行されたときに妻のお腹の中にいた息子が14才になっていたそうで。96年に日本に対して損害賠償請求の裁判を起こしていたが、結審を見ずに亡くなることとなってしまった。遺志は息子さんに引き継がれるとのこと。

◆平安時代の立て札発見(9月7日)
石川県津幡町の加茂遺跡から嘉祥年間(848―851年)に作成されたとみられる「ボウ[片旁]示札」が発見された。そこには農民として守るべき8ヶ条が記されていたが、
 一、朝は寅時(午前4時ごろ)に農作業へでかけ、夜は戌時(午後8時ごろ)に家へ帰ること
 一、ほしいままに魚酒を飲食することを禁ずる
 一、溝や堰を維持管理しない農民を罰すること
 一、5月30日(むろん旧暦)以前に田植えを終えた農民は申告すること
 一、村内に逃げ隠れしている逃散農民を捜し捉えること
 一、桑畑を持たない農民が養蚕することを禁ずる
 一、農民が里邑(さとむら)で酒を飲んで、酔って戯れ、過ちをおかすことを禁ずる
 一、農業を勤勉に行うこと
という内容だったそうで。第一条はなんだか過剰労働という気がするが、なんとなく後世の「慶安の御触書」を連想させる。その他もそのまんま江戸時代に持ってきても通用する内容だな。それにしても二条と七条は酒がらみでダブってますね。まぁこういうところはなかなか楽しく、官憲からみれば不真面目にやっていた様子が受け取れて面白いところ。
 


2000/9/10記

<<<前回の記事
次回の記事>>>

  「ニュースな史点」リストへ