ニュースな
2001年4月2日

<<<前回の記事
次回の記事>>>

  「ニュースな史点」リストへ


 ◆今週の記事

◆米露スパイ暴露合戦!
 
 つい先日、アメリカの連邦捜査局(FBI)の職員がロシアに情報を売るスパイ活動をしていた容疑で逮捕され話題を呼んでいた。これがその後米露間の外交関係に波紋を広げている。
 FBI職員によるスパイ活動が明るみに出たことで、アメリカ政府はアメリカ国内にいるロシア外交関係者を約50人、スパイ活動をしていたという疑いで国外退去処分とした。当然(?)ロシアはこの措置に怒り、アメリカ側がロシア大使館に諜報用のトンネルを掘っていたとか言い出して非難し始め、さらにアメリカへの報復措置としてこれまた50人のロシア国内にいるアメリカ外交関係者などを国外追放処分にした。まぁそれにしてもお互いまだまだスパイ合戦はやっとるわけだなぁと思わせる展開だった。お互いにスパイ活動をやっているのが完全にわかってて泳がせておき、なんかあったときに処分して政治的に利用するというわけだ。

 ロシア側はさらにアメリカの駐ロシア大使館付海軍武官がモスクワ市内のレストランでロシア人の元米通信社嘱託記者と密会して情報をやりとりしている模様を隠し撮りした映像や電話盗聴テープを公開した。やりとりされている情報は北極圏の潜水艦ルートであるエニセイ川の航路図や地雷原の地図などだったと言うからあまり穏やかな話ではない。
 もっともどうしてこんな盗聴テープや隠し撮りビデオがあるのかというと、この情報提供者であるロシア人嘱託記者がアメリカへの亡命ができなかったことを恨んで(?)ロシアの連邦保安局(元かの有名なKGB)に自分の身柄保護と引き替えに情報提供をしたからだったそうで。してみるとこの武官が美味しい情報をエサに二重スパイのワナにはめられたということも言えるようだ。まぁお互いによくやるよなぁ、というところ。なんだか興信所の浮気調査とさして変わらない気もするぞ。

 双方でのスパイ暴露合戦はエスカレートしていったが、ロシアのイワノフ外相とアメリカのパウエル国務長官が3月27日に電話会談を行って一応の「手打ち」をしたらしい。イワノフ外相が記者会見で述べたところによれば「アメリカ側はこの問題は決着したということにしたいと述べてきた。我々も同じだ」とのこと。むろん、「手打ち」の提案がどっちから出たかは分からない。しかしどっちからも出そうだなとも思える。もちろんどちらも相手が先に言ったことにするだろうけど。スパイ暴露合戦もあんまりやりすぎると双方が困るわけで、ほどよいところで「手打ち」をしておく。まるで先日の「極東会」と「松葉会」の抗争みたい(笑)。もっとも「ヤクザの手打ちってのはもっと大きなケンカをするためだ。ヤクザの手打ちほどこええものはないんだぜ!」(映画「用心棒」の三船敏郎のセリフ)ってこともありますけどね。

 ブッシュ新政権は久々の共和党政権ということで興奮でもしているのか、やたらにクリントン時代の外交方針をひっくり返して事を荒立てる、というか強硬姿勢を見せ付けようとする傾向が今のところ強い(それでも一、二年中にかなり丸くなると予想しているけど)。このスパイ暴露合戦もそんな中で出てきた動きと言えそうだ。



◆御用だ!ミロシェビッチ

 先日来マケドニアにも火の手が上がり、相変わらず「火薬庫」の様相を呈しているバルカン半島。その火薬庫の中で最大の悪玉にされた個人と言えば、やはりユーゴスラヴィア連邦、実質的にセルビア共和国の前大統領ミロシェビッチ氏ということになるようだ。特にコソボにおけるアルバニア系住民の独立運動を封じ込めるに当たっては「民族浄化」と言われるほどの強硬策をやったと言われ、まるでヒトラーの再来ででもあるかのようにアメリカ、EUを中心とするNATO諸国は彼を徹底して悪玉扱いした。もちろん、民族主義をあおる政治家であったことは間違いなく、僕も大嫌いなタイプの政治家ではあるが、それにしてもNATO軍団のミロシェビッチ前大統領に対する敵視は尋常ならざるものがあるように感じられたものだ。

 そりゃNATOがコソボ問題を理由にユーゴに空爆を行った際には自分達の行動を正当化するためにもミロシェビッチを悪玉に仕立てる必要はあっただろう。「人権を抑圧する悪の親玉」としてのキャラクターを与えられたという点ではイラクのフセイン大統領にも似ていた。いちおう「降伏
」して空爆が終了してからもその政権が続くことにアメリカなどがイラついて、政権を倒そうとあれこれと仕掛けた点も似ている。結局ユーゴの場合は昨年秋の大統領選挙をキッカケに「革命」が起こり、ミロシェビッチは大統領の座を追われた。その途端、手のひらを返すようにNATO諸国はユーゴ新政権支持を表明し、その結果ユーゴ連邦内のモンテネグロ共和国とか、そもそもの空爆の発端となったコソボ自治州などの独立運動は今度はNATO諸国に押さえ込まれることになってしまい、それが先日の「マケドニア飛び火」の一因ともなっている。つくづく大国の都合で小国の運命なんて振り回されてしまうもんだと思わされてしまうものだが、政権の座を追われてもなお、ミロシェビッチ前大統領を「戦犯」として追及する動きはやまなかった。

 先日、ついにミロシェビッチ前大統領に対してユーゴ政府が逮捕状をとった。罪状は「職権乱用・不正蓄財」である。別にコソボ紛争での「戦犯容疑」ではなかったわけだが、これがNATO諸国、とくにアメリカからの強い要請に押されての逮捕であることは明白だった。露骨なもので、アメリカは「3月末までにミロシェビッチ前大統領の身柄を拘束すれば、経済援助をしてあげる」という意向を3月あたまにユーゴ側に伝えていたそうだ。本来は国連の戦犯法廷にミロシェビッチを引きずり出すためなのだが、「戦犯」としての引き渡しにはユーゴ側が難色を示すだろうというそれなりの配慮をみせて「身柄を拘束」と要求したわけだ。そんなわけでユーゴ・セルビア政府は期限切れギリギリの3月30日に「不正蓄財」っという容疑でのミロシェビッチ逮捕に踏み切ったのだった。ギリギリになったあたりにユーゴ政府内での逡巡が感じられる。今の政権は反ミロシェビッチであるわけだが、アメリカの言いなりになるというのは面白くないことには違いない。
 30日に逮捕に踏み切ったわけだが、ことはそう簡単にはいかなかった。ミロシェビッチ前大統領は必死の抵抗をしたのだ。ま、無理もないけど。一時は彼の私的護衛部隊と逮捕にやってきた警官隊が銃撃戦を演じたり、ミロシェビッチ支持の市民がかけつけてきたりと緊張が走った。結局ひどい混乱にまでは発展することなく、ミロシェビッチ前大統領は「投降」、逮捕されることとなった。なんでもミロシェビッチ派の中からもとりあえず逮捕に応じろ、というアドバイスもあったらしい。今のユーゴ政権もとりあえず逮捕はするものの「戦犯」として引き渡したりはしないよ、という口約束でもあったのかもしれない。
 ちなみにその後の報道によるとミロシェビッチ邸の中には大量の武器が持ち込まれており、逮捕に抵抗して「反乱」を起こす気だったのではとの話も出ている。もちろん真相は分からないけど。

 「ミロシェビッチ逮捕」の報に、アメリカは大いに満足しいち早く歓迎の意を表明した。しかしその経済援助をエサにして逮捕を要求するというやり方にEUの一部から批判があるのも確かだ。ちょうど同じ頃二酸化炭素排出量削減の「京都議定書」をあっさり踏みにじったこともあって、「大国の横暴」を感じさせる一週間だった。



◆マカオ最後の総督に大疑惑!?
 
 マカオは東アジア最後の西欧植民地だった土地だ。その由来はポルトガル人が東洋にやってきた16世紀(もちろん僕の専攻の時代だ)にまでさかのぼれる。明にやって来たポルトガル人達が海賊(ま、広い意味での倭寇である)を退治した功績を認められてこの地に居留することを認められたことがルーツだ。明にしてみればポルトガル人に土地を割譲したなんてつもりは毛頭なかっただろうが、これが清末のアヘン戦争後に、イギリスの香港植民地化にならってポルトガルが自分の植民地にしてしまった。以後、「総督」が本国から任命されこの地の統治を行ってきたのである。マカオの中国への返還が実現したのは香港返還よりも遅れた1999年末のことである。

 さて、もう古びたこんな話をまた書いているのは、マカオ最後の総督だった人物にいまなかなか面白い騒動が持ち上がっているからだ。
 マカオのポルトガル語新聞の報道で明らかになった「疑惑」なのだが(僕が読んだのはそれを引いた朝日新聞だが)、マカオ行政長官がマカオ総督府内に残されていた歴代総督の肖像画41枚を専門家に鑑定させたところ、なんとこれが全て最近制作された「複製品」と判明したという。つまり、いつの間にかニセモノとすり替えられていたというのだ!では本物はどこへ?というとどうやら「最後の総督」であるバスコ=ビエイラ氏が怪しい、ということになるようだ。彼が歴代肖像画をニセモノにすり替えて本物は本国に持ち帰った…という推理だ。
 アルセーヌ=ルパンものの短編にそういうのがあったなぁ、などと思っちゃったのは僕ぐらいか(笑)。ただこの話、やや解せないところもあって、そんな手間かけて複製を作って肖像画を密かに持ち帰る意味があるのか?という思いもある。そりゃ肖像画に歴史的価値はあると思うけどね。中国側の行政長官も「ビエイラ氏が持ち帰ると言うんなら別に反対はしなかった」と言っており、中国側はこの肖像画に別段こだわりをもっていないようだ。「どうぞお持ち帰りください」ってなもんだったとしたら、複製までしてコソコソ持ち帰る必要があったのかな?と思っちゃうところ。
 もっとも、この「最後の総督」、地元の「マカオ発展基金」から返還直前に金を引き出してポルトガル本国で自分がやってる別の基金に入金していたという疑惑も起こっており、ひょっとすると肖像画も私的に売り飛ばそうとかそういう意図があったとも考えられる。そんなこともあってマカオ市民のあいだには「最後の総督」への不信感が高まっているそうな。
 …しかしこう書いていくとこの疑惑、マカオ市民のポルトガル植民地時代への批判を強めようとする中国側の意図も感じられなくはないんだよなぁ。そんなところも推理小説みたい。
 



◆イエスはこんな顔だった!?
 
   イギリスのBBCが4月1日から「神の息子」と題する科学ドキュメンタリーシリーズを放映するそうな。内容はその名の通り、「神の子」とされるキリストことイエスの実像に科学的に迫ろうとするものであるという。そこで一つの目玉になったのが「イエスの顔の復元」だった。あんまり目玉として話題になったもんだから「復元像」が放送前に世界中に流れてしまっていた(笑)。ま、欧米のキリスト教徒の方々にはかなりショッキングなものであるのかもしれない。僕もあの「復元像」を見たときは「おいおい」と思ってしまいましたもん。えーと、まだ見ていない方はこちらからどうぞ(CNN日本語版サイトの該当記事)。

 さてイエスの「復元像」、見てきてどう思われたろうか?もちろん厳密にはイエスその人の復元像ではない。当時のイスラエル地方にいたユダヤ人男性の平均的な顔を「復元」して見せたものにすぎない。サンプルは当時の人の頭蓋骨とフレスコ画などを参考にしたそうだ。
 イエスその人があんな顔をしていたというわけではないのだが、欧米で長らく親しまれた(?)イエス像というのはだいたい顔が決まっている。誰が決めたんだか知らないが、逆三角形のお顔に通った鼻筋、小さい口、ウェーブした長い髪、と相場がだいたい決まっている。目が青いものも多い。かの「聖骸布」に「描かれ」ているイエスの顔もだいたいこんな顔であるところをみると中世には完全にイメージができていたわけですな。映画でもだいたいこのイメージで貫かれており、「ベン・ハー」みたいに後ろ姿だけでそこはかとなく「似てる」と思わせてしまう描写もある。そのぐらいイエスの像というのは固定化しているのだ。

 お約束のように映画話を続ける。スパイク=リー監督の問題大作「マルコムX」をご覧になった方は、今度の「復元像」の話題にこの映画のあるシーンを思い出したはず。本作は60年代の悲劇の黒人運動指導者マルコムX(デンゼル=ワシントンがなりきり熱演!)の波乱の生涯を描いた作品だが、マルコムは刑務所の中でブラック・ムスリムに目覚めていく過程で、イエスが白人として描かれていることに疑問を呈する。刑務所内の牧師とその問題で議論をするのだが、マルコムは「当時のこの地方の男性として考えれば、このイエス像は歴史的に誤っている」と刑務所内にもあるイエスの肖像を批判するのだ。そして新訳聖書の「ヨハネ黙示録」第一章から「その髪は羊毛のごとく、その足はしんちゅうのように輝いていた」という一節を引き出し、白人の姿はしていないと主張するのだ。言われた白人の牧師は「面白い」と言うのみだが。ついでながらこの「ヨハネ黙示録」って言ってみれば夢というか幻想を描いた意味不明の文書で、その中に出てくるイエスの姿を引用してくるのはちと歴史的には正しくないんですけどね(^^; )。

 マルコムの言うように、典型的なイエスの像が歴史的・科学的にはこれっぽっちの根拠もないことは確かだ。このBBCの番組はそのことを検証し、これまでになかったイエス像を提唱しようという試みなわけで、実に興味深い(NHKで放映してくれないかなぁ)。他にも「イエスは馬小屋ではなく洞窟で生まれた」とか「イエスは自分から処刑を望んでユダに裏切りを頼んだ」とかなかなかに興味深い推理が出てくるそうだ。実は後者については僕も近いことを考えたことが無くはないので…ぜひ見たいもんです。

 そういえばこの放送の第一回は4月1日だったそうだが、ひょっとして熱心な白人キリスト教徒にはジョークと受け止めてもらおうと思っているのではなかろうな(笑)。


2001/4/1記

<<<前回の記事
次回の記事>>>

  「ニュースな史点」リストへ