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2004年7月13日

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◆恍惚のお値段

 7月4日に上海で開かれたとあるオークションで、古びた牛の骨19個と亀の甲羅1個が、なんと4800万元(日本円で約6億3000万円) で落札された。現在の中国元・日本円の換算による掲示したが、買い取ったのは中国人であるから中国での物価を考えると、感覚的にはもう数倍の値段になっちゃうのではないかと思う。むろんこの牛の骨と亀の甲羅はそれ自体の価値を評価されたのではなくそこに人間の手で彫られた文字に価値を認められたものだ。甲羅と骨、といえば…そう、現在も使用されている古代以来の表意文字・漢字のルーツとなった甲骨文字がそこに書かれていたのである。

恍惚文字  甲骨文字と殷墟の発見はもはやそれ自体が伝説の領域に入ってしまっているが、1898年と今から百年ちょっと前の話に過ぎない。清朝末期のこの年、王懿栄(おう・いえい)という学者が持病のマラリアの薬として漢方薬店から買ってきた竜骨(たいていどこの馬の骨とも分からない獣の化石である)に文字らしきものが彫られていることに食客の劉鶚(りゅう・がく)が気づき、二人で骨の出所を調べて収集・分析作業を行い、それが後の殷墟の発見につながった。なお、王懿栄は直後の1900年に勃発した義和団事件で列強八カ国連合軍を相手に北京防衛戦を戦い、敗れて毒を飲み井戸に身を投げるという悲劇的な最期を遂げている。
 甲骨文字は中国古代の殷の時代(前16C?〜前11C)に使用された絵文字で、牛の肩甲骨や亀の甲羅などに彫り付けられ、特に甲羅は火であぶってその割れ具合をみる占いに使用されており、それを解読することで当時の神権政治の模様などを知ることが出来る。甲骨文字は4500種類が確認されていて、なんといっても今も使ってる文字のルーツであるためその半数が解読されているという。
 
 昔のラーメンのCMではないが「中国4000年」の文明の象徴ともいえる甲骨文字資料は文字通りの「国宝級」であり中国各地の博物館・資料館で保管されている。しかし一部個人が蒐集して保管しているものもあったようで、それが今回のオークションに出品されたのだ。当然ながらその出所に不明点を感じてこのオークション自体合法性が疑われるとの声もあったが、これらの資料は天津に住んでいた書家の李鶴年氏(故人)が収集し、1952年にその大半の400点を国に寄贈したものの残りであり、このたび遺族が売却したものと公表され、「合法」と判断されるに至ったそうだ。
 4800万元という大金で落札したのは中国人男性で、名も名乗らず足早に会場を後にしたそうだが、そもそも中国の法律で甲骨文字資料は国外への持ち出しが禁じられており、どっかの成金かあるいは研究機関が落札したのではないかと思われる。



◆ご子孫には無料サービス!?

 CNNのサイトに出ていた話題なのだが、ロンドンのモンゴル料理店「シシ」が7月3日に「DNA鑑定でチンギス=ハーンの子孫と判明したお客様には食事を無料で提供!」というサービスを始めちゃったそうな。DNA鑑定の費用は店もちで、鑑定は9日までおこなわれ、結果が出るのは二ヵ月後。タダ飯を食うにはちと手間がかかりすぎる気がするのだが…(笑)。
 なお、この鑑定を受けられるのは男性限定である。なんでかといえば男性子孫にのみ受け継がれていくY染色体による鑑定を行うからなのだ。理科で習う生物の生殖の過程を思い出していただきたいが、人間の細胞の核の中にある染色体は22対の常染色体と1対の性染色体とがある。性染色体は女性ではX-Xと同じX染色体であるのに対し、男性ではX−Yと異なる染色体の組み合わせとなっている。子供は両親の染色体を半分ずつ受け取るわけなんだけど、少なくとも男の子は父親のY染色体をそのまま受け継ぐことになる。従って男系では同じY染色体が延々と引き継がれていることが確認できる、ということなんですな。つまりチンギス=ハーンの男系子孫であればチンギス=ハーンと同じY染色体を持っているはずで、それを鑑定するってことなんだけど…えーと、まず大前提となる「これがチンギス=ハーンのY染色体だ」という確実なサンプルがあるんでしょうか?

 このネタを見つけてから気になることがあっていろいろ調べてみたのだが、まずこのモンゴル料理店店長のアイデアの元ネタになったであろう一冊がすぐ分かった。ブライアン=サイクス博士というイギリスの遺伝学者が書いた『アダムの呪い』("Adam's Curse") という本だ。僕自身はまだその内容を直接読んではいないのだがいくつかの書評などを参照すると、少し前に話題になった『イヴの七人の娘たち』と同じ著者によるいわば続編である。前作「イヴ」では女系子孫に受け継がれていくミトコンドリアDNAに着目してヨーロッパ人の大半が7人ほどの女性の子孫であるといった結論を出して話題を呼んだが、「アダム」はその男性版。そう、Y染色体に注目して男系子孫の話を取り扱ったのだ。その中で「チンギス=ハーンの男系子孫は全世界で1600万人はいる」という話が出てくるのだという。

 「英雄色を好む」というやつでチンギス=ハーン自身、征服した相手の後宮の女性をそのまんま自分の後宮に入れることを何よりの楽しみにしていたと伝えられ、実際彼が生ませちゃった男の子がかなりの数にのぼるのではないか、とは思われる。また彼の子孫達がユーラシア大陸の大半を征服しており、後世にはチンギス=ハーンの子孫と称するティムールやそのまた子孫であるバーブルがそれぞれティムール帝国、ムガール帝国を建設しているので、少なくともモンゴル系の血筋はかなり広がっているとは思われる。
 だがチンギス=ハーン直系の…というとそんなに広がってるものなのか?という疑問はわいてくる。「アダムの呪い」を直接読んでみると分かるのかもしれないが…さらに言ってしまえば、チンギス=ハーンと男系先祖を同じにする男性がそもそもその時点でそこそこの数いた可能性も高いわけで、同じY染色体を持つと確認できたとしても「チンギス=ハーンの子孫」とは限らないケースも多々あるように思える。

 さらに気になった関連話なのだが…近ごろ話題の日本の「女帝論」。男系が絶える可能性が高くなった天皇家において今後は女性天皇をたてて夫君を「娶る」形にしようとの意見もあるわけだけど、保守的な発想からはこれが許しがたいとして頑強な反対論もある。じゃあどうするのかというと戦後に皇族から離脱した旧宮家の男性を皇族に復活させようという意見なのだ。
 で、この少々無理を感じる話に最近「科学的根拠」を持ち込んだ論者が現れた。右派系論壇ではおなじみの八木秀次(高崎経済大助教授、なお同姓同名で「八木アンテナ」発明者の方がいますね)がそれだ。先ごろ雑誌で、そして先日の「朝まで生テレビ」で自製フリップつきで熱弁していたのが「天皇家のY染色体維持説」なのだ(直接は見てなかったけどネット情報によるとなかなか見ものの荒れ具合だったらしいね(笑))。いたかいないかはともかくとして神武天皇 以来のY染色体をずっと維持してきたんだから男系天皇じゃなきゃダメっ、ってな話なのだが、聞いて以来「どっから思いついたんだか」と思っていたら、どうも元ネタは「アダムの呪い」だったみたいですね。書評によるとこの本、「呪い」とあるようにY染色体による男系の遺伝子継承は突然変異の確率が高く、いずれ人類滅亡にいたる「罠」がしかけられてるって結論になるらしいんだけど(笑)。「神武の呪い」か、もしかして(笑)。



◆かくて異郷の土となる。

 台湾国防部が7月8日に台湾(中華民国)の元総統である蒋介石蒋経国父子の遺体を来年春にも台北市近郊の軍の墓地に埋葬すると発表した。蒋経国元総統の夫人からの「死者の霊を慰めたい」との要請を受けてのことだという。

 この一報を見たとき「えー、まだ埋めてなかったんかい!」という第一声が出た。蒋介石の墓だったか廟だったかが台北にあって相変わらず衛兵に守られているとの話を聞いていたのだが、確認してみたらそれは蒋介石の偉業をしのぶために作られた「中正紀念堂」というやつで、彼自身の遺体(と息子の蒋経国の遺体)は台湾の桃園県大渓鎮の建物の一室に棺に入れられて安置され続けているのだそうだ。
  なんでそんな面倒なことをしているのかといえば、「いつの日か大陸を奪還した暁にそちらに埋葬せよ」との蒋介石本人の遺志に従ったものだという。この桃園県大渓鎮は蒋介石の故郷・浙江省奉化(ああ、昔よく倭寇に襲撃されたとこだな) の風景によく似ていたため「仮安置」の地に選ばれたのだそうだ。蒋介石の息子で後継者となった蒋経国については「大陸奪還」に関してはさすがに諦め気味だったようだが、将来の「両岸統一」の暁には大陸に埋葬せよとの遺志によって同じ処置になったかと思われる。それにしても「仮安置」とはどういう状態なんだろうか。もしかしてレーニンみたいに生前の姿をそのまま維持してるのか?孫文毛沢東も同様の処置がとられているらしいとは聞いているけど…。

 蒋介石の死去は1975年。蒋経国の死去は1988年。時代は「大陸反攻」どころか台湾独立が議論されているぐらいで、このままじゃ蒋父子の遺体の「仮安置」状態が半永久的に続きそうだと遺族も思い切ったのだろう。遺族はマスコミのインタビューに「仮安置が続くと家運に悪い」と答えたそうだが、これなんかも中国っぽい考え方ですな。もしかすると蒋介石夫人にして国民党に一定の影響力を持ち続けていた宋美齢が昨年とうとう亡くなったことも一つの契機になったかもしれない。
  さきごろ狙撃事件のおまけつきで大騒ぎとなった総統選に勝利した陳水扁総統の民進党は台湾独立派であり蒋父子による国民党支配時代には強い嫌悪感を持っているが、この埋葬に関しては民進党幹部も「彼らも台湾の土に眠ることで、人々の台湾人意識は一層固まる」と評価しているとのこと。

 「人間いたるところ青山あり」(幕末長州の釈月性の詩句) という言葉を思い出しますな。世の中どこへ行っても某紳士服店があるということではなく、「青山」とは墳墓のことで志を持った者はどこで死んで葬られても構わず奔走すべき、といったところですか。それにしても死んでからも「青山」がなかなか定まらない人もいたりするのである。



◆偉大なるローカル線

 鳥取・島根と日本の人口下位県を貫く、偉大なるローカル線。それは山陰線である。というわけでサンインセンの話(笑)。いや、実際今度の参院選でも島根と鳥取はは投票率で前回・前々回に続いて一位・二位なんですよ、なぜか(笑)。

 どうも盛り上がったんだか盛り上がんなかったんだかよく分からない選挙だった、というのが感想ですかね。まぁやはり参院選、しょせんは参議院議員の半分の改選だしよっぽどの結果でもない限り政権交代はおこらないだろうし…という心理は全体的にあったと思う。その心理は一方で年金問題などでさすがに小泉政権に不信感を持った人々が「お灸」ぐらいのつもりで民主党に票を流しやすくした…というところもあったかな。
 選挙前の世論調査などでそうした流れはだいたい見えていた。今回は昨年の衆院選の出口調査による議席予想がもう一つ当たらなかった(制度改正で期日前投票の票が増え、読みにくくなったところはある)ことの反省もあって各マスコミの開票直後の予想はまるでしめしあわせたように同じぐらいの予想だったりもした。結論から言えば多少の誤差はあったけどおおむね事前の予想通りで波乱はあんまりない選挙だったと思う。

 思えば小泉純一郎首相の登場以来、三度目の国政選挙である。なんだかんだで小泉さんもすっかり長期政権状態になっちゃってるのだが、長い間維持されてきた驚異的な支持率もこのところは落ち着いてきて、ゆっくりと下降傾向をたどっていた。5月に再び北朝鮮訪問を実行し拉致被害者の家族を日本に連れてくることに成功して支持率をグイッと上げたが、年金未加入問題やら何やらの話をそらすために大急ぎで実行したフシを感じなくはなかった。
 政治というやつはどこでもある程度そういうものだが、小泉政権というのはそのスタートから「国民受けするカッコつけ」的イメージ操作を強烈に意識する性格が強い。訪朝直前にも北朝鮮への援助問題をスッパ抜いた日本テレビの記者を同行させないぞと脅しをかける一幕があったが、あれなんかもその現れ。そして今度もまた拉致被害者の「感動の家族再会」を投票日直前にセットするという芸当もやってみせた。さらに言えばやはり参院選の直前に、九年前のオウム事件の中で謎のままとなっていた「国松警察庁長官狙撃事件」に関して突然の強制捜査、逮捕、新証言の登場という急展開があったが、あれも妙な符号という気がするんだが…

 参院選で自民党が苦戦しそうだ、との予測は5月ぐらいから表面化していたように思う。訪朝ショックで持ち直した内閣支持率だったが6月末には小泉政権史上最低に落ち込み、民主党の方が議席をとるのではないか、との観測が7月頭に各マスコミに躍った。民主党は党首交代のドタバタがあったけれど、岡田克也新代表がそれなりに新鮮さもあった(つーかキャラが今ひとつ分からない)ことが幸いしたか、やっぱり「年金」という国民全員に身近な話題に論点を絞ろうとしたことが功を奏したか、そこそこの支持を集めることになった。露骨な、とも思ったけど7月7日の七夕にひっかけた「年金が無事もらえますように」という民主党のキャッチコピー広告は広告賞ものだった(笑)。対する自民党は民主党の政策のブレ(実際にあるのは確かだが)を列挙するネガティブキャンペーンの広告作戦もとったが日本人にはあんまりこういう手は効き目がないようにも思う。

 選挙の直前になって自民党と公明党の間の選挙協力の動きが顕著になってきた。当初、昨年の衆院選で問題となった自民党候補者による「比例は公明党へ」という呼びかけ運動については「今回は禁止」と安部晋三自民党幹事長のお達しがあった記憶があるのだが、いつしか「原則禁止」という微妙な表現に変わり、気がついたら「事実上黙認」になってしまっていた(実際、「比例には公明と書いて」と言った自民党候補者は今回もいたらしい)
 さらに投票日のまさに直前になって青木幹雄・自民党参院幹事長が創価学会の幹部と会談し、協力を呼びかけたことが報じられた。公明党の幹部ではない、その支持母体(というか実質的には一心同体) の宗教団体のトップに自民党の幹部が選挙協力を頼み込んだのだ。この報道を見たとき、「自民党、ホントに苦しい状況なんだな」と思ったものだが、同時にこれで自民党は完全に公明党、いや創価学会に完全に頭が上がらなくなるな、と思ったものだ。結果的に自民党が「ボロ負け」にならずに済んだのはどうもこの会談がものをいったフシがあり(創価学会自体の全国民中の割合が少なかろうと、組織票のうえに友人・知人その他に総動員をかけるこの団体の票は、低投票率の中にあっては実際かなり影響力がある)、恐らくは創価学会嫌いの小泉首相(だって、靖国でも教育基本法でも創価学会がブレーキになってるのだ)にとっては頭の痛い結果だった、と思われる。以前創価学会の集会に出かけて「池田先生の絵」を称えるという見え透いたパフォーマンスを恐らくイヤイヤながらやらされた小泉首相だが、公明党の発言力は今後もさらに増すだろう。
 どうも今度の選挙で一番トクしたのは公明党なんじゃないかなぁ…自民票を取り込みつつ自身の議席をしっかり伸ばし(選挙協力ということで自民党の持つ名簿をゴッソリ頂戴していたとの報道あり) 、自民党を「ほどよく」負けさせて発言力を増し、民主党・自民党の二大政党状態の狭間の少数第三勢力としてキャスティングボートを握る。大きな第三勢力になると自民・民主が連合してつぶしにかかる可能性もあるから「ほどほどに」しておく必要があるんだけどね、こうしてみると実に見事に美味しいポジションをとったことが見えてくる。それが今後の日本の将来にとってどれほどプラスなのか、僕は懐疑的ではあるが。

 さて、これでしばらくは国政選挙は無い予定。次の参院選は3年後だし、衆院選も昨年やったばかりで任期切れは3年後。もしかしたら次は衆参同日選?との憶測もあるが、とにかくどうやらよくよくのことが無い限り3年間は大きな選挙がなさそう。
 読売新聞なんかは社説でこの3年間を「黄金の3年」などと呼んで、この間に消費税増税や改憲を自民・公明・民主の大合意でやっちゃえなどと騒いでいる。ここの主張は「民主党は政権政党を目指すなら自民党と同じことをしろ」という、何のための与党・野党かわからない「大政翼賛」主張なのだが(ま、なんせプロ野球1リーグ制も同じ論理で強引に進めてるしな) 、民主党も全体では「ややリベラル」ぐらいで自民党以上の極右から旧社会党左派の極左までいる寄り合い所帯でそう簡単に「第二自民党」化するかどうかは不透明。しばらく大きな選挙がないとなると分裂騒動やいろんな勢力による合従連衡で政界再編、って可能性もありそうだけど…2年後?とも言われる小泉首相の退陣時が焦点かな。


2004/7/13の記事

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