このサイトの歴史コーナーの全体像をご覧になった方はお分かりだろうが、私は歴史学専攻の大学院生で、専門はずばり「倭寇」である。もうこう言っちゃった時点で私の正体が分かる人が業界内で何人かいるというぐらいマイナーなジャンルである。いや、それなりに注目されてきている分野ではあるんだけど、対象が「海賊」となるとなかなか大変なんですよね。話は面白いんだけど研究論文にするにはどうにも捉えがたい対象なのであります。
以上は個人的つぶやきですが(笑)、こんな海賊研究者の私にはどうしても関心を持たざるを得ない事件が先日発生していた。10月22日、パナマ船籍の貨物船アロンドラ・レインボー号(7700トン)がインドネシア海上で行方不明になったのだ。それがどうも現地の海賊に襲われたらしい…というのだった。これはたまたま船長が日本人だったため日本でニュースとなったのだが、マラッカ海峡だとかインドネシアの海域周辺は大昔から海賊が出没する名所なのだ。なにせ僕が読んでいる16世紀ごろからそうなんだから年季が入っている(そしておそらくそのもっと以前から)。大きなニュースにはなっていないものの、石油タンカーなどもこの海域を通過する際、海賊に乗り込まれて物品を奪われるなんてことはよくあるんだそうだ。今年だけですでに60件以上あったってニュースで言ってたなぁ。
ここら辺は現地に行ったわけではないので想像だけど、おそらく地域密着型というか地域住民型の海賊だろうな。後期倭寇とかカリブの海賊みたいな職業的なものとはちょっと違うだろう(まぁ地域密着型もある意味「職業」なのだが)。日本の瀬戸内海賊みたいに「この海域はおれのもん」的な発想も感じられる。その海域を通る船には何をしても良いというような…。それで生計を立てているというような零細海賊(?)だったかもしれない。
今度の事件でも出港後間もなく海賊達が貨物船に潜入して占拠、そして3時間後に船を操作する海賊の仲間が現れて船を完全に乗っ取り、乗組員は全員縛り上げられたという。かなり手際が良く、日常的にやってることなのだろうと想像がつく。船の荷物を奪うなんてケチな事を考えず船ごと乗っ取ってしまうと言うのが凄いですねぇ。どこに隠しておくんだか。隠すところもあるってことなんだろうな。
それにしてもこの事件でもう一つ思い知らされたのが、こういう船の乗組員の人種雑居状態。東京都内の海運会社所有であるアロンドラ・レインボー号がパナマ船籍であることじたいはよくあることなのだが(詳しくは知らないが税制で優遇されるためパナマ船籍にしておくことが多いのだそうな)、船長と機関長(いずれも60代)が日本人で、あとの乗組員15人は全員フィリピン人だった。もちろん人件費等の原因からそうなっているんだろうが、僕が日ごろ読んでいる16世紀の東アジア海上世界での船の乗組員の人種雑居状態を連想させて面白い。あれもポルトガル人・中国人(これはさらにあちこちの出身地で分類できる)・日本人・倭人(あえて分けておきます)が一隻の船に入り乱れて乗っていたりするからね。さらにいえば襲った海賊は地域的にもおそらくイスラム教徒で、襲われたフィリピン人達はキリスト教徒だ。襲われたときもフィリピン人達はひたすら神に祈っておとなしくしていたため、かえって事を荒立てずに済んだところがあったらしい。
今度の事件でなんとなくホッとさせられたのが、タイで救助され帰国できることになった日本人船長の態度だ。先に事情聴取を終え、機関長共々すぐに帰国の準備が出来たのだが、苦労を共にした仲間であるフィリピン人全員の事情聴取が終わるまで待つと言って居残っていた。さすがは船長である。
とくに僕がこのところ注目しているのがインドネシアの新外交政策だ。11月4日にワヒド大統領は記者会見で「インドネシアはこれまでも神の存在を否定する国(ソ連や中国など社会主義国)とさえ関係を持ってきた。神の存在を信じているイスラエルと関係を結んで何が悪いのか」と発言し、多くのイスラム諸国にとって「宿敵」とも言えるイスラエルとの関係強化の方向を示した。まぁこのコーナーでもさんざとりあげた気もするが、最近パレスチナ問題解決の方向が見えてイスラム諸国もイスラエルとの関係見直しが進んでいる。このワヒド発言もその傾向を受けたものなんだろうけど、なにせ実は最大のイスラム教徒(二億人)を抱える国の、しかも宗教指導者の言ったセリフだから、これはかなり重い。またこのセリフで興味深いのは「イスラエルは神の存在を信じている」という下りだ。ユダヤ教は一神教だし、イスラムの歴史観はかなり旧約聖書とダブっているので、ユダヤ人ってイスラム教徒にとっては案外近い存在なんだよな。その事を改めて思い知らされる一節だ。
またワヒド大統領は「イスラムはイスラエル人を含めたすべての人類について語らなければならない」「イスラムは人類全体を祝福するものになるべきだ」とも発言した。これってよく考えると凄い言葉である。そう、本来イスラム教ってけっこう合理的精神というか博愛精神のところがあるのですね。偏屈なのや原理主義がいるのはキリスト教も同じこと。当初イスラム指導者が大統領になったと聞いて、ちょっと心配をしたところもあったのだが、これはなかなか凄いイスラム指導者かもしれない。もっとも反発する保守的イスラム教徒に配慮して「パレスチナ国家が認められるまで、イスラエルとは外交関係は結ばない」とも明言している。
「ワヒド外交」はさらに広がる。このあと慣例にしたがってASEAN(東南アジア諸国連合)諸国を歴訪しはじめたのだが、なんとミャンマーではあのアウンサン=スーチー女史に会うという計画もあるらしい。ま、たぶん実現しないと思うが…こう見てくると国際的に孤立したインドネシアのイメージを一新するための戦略的発言と見れなくもないけどね。
実はこのASEAN諸国訪問後、総仕上げとしてワヒド大統領は中国への訪問を予定しているとのこと。ところがこれに日本の外交筋が大ショックを受けているのだそうだ。元ネタはあの産経新聞(笑)なのだが、たぶん本音のところが出ているだろう。いかにも産経らしい書き方だったが、いくつか興味深い点があったので大雑把に内容を紹介したい。
日本の外交関係者がショックを受けたのは、ワヒド大統領が「中国へ行ったついでに日本を訪問したい」と言ったことに尽きるようだ(笑)。しかも「天皇陛下にお会いしたい。政府関係者ではない」とまで言ったのだそうだ。日本は単なる中国外交の「おまけ」にされちゃったわけ。この記事には産経や外務省役人の悔しさがにじみ出ていたなぁ。まぁ外国から見れば日本なんてその程度に思われてるってことですね。アメリカの大統領だってよく中国訪問のついでに日本に来たり、下手すると無視したりしてるじゃない。
実はワヒド大統領は大統領になった途端に中国訪問をブチ上げていた。この理由についてはインドネシアの経済に大きな影響力を持つ華人資本の問題が絡んでいると観測されているそうだ。スハルト政権崩壊の過程で財産のある華人は襲撃の対象になったりしたので多くが国外に脱出した。インドネシアの経済を立て直すには華人資本の帰国が急務で、そのためにも彼らの故郷である中国との関係を緊密にしておこうというのでは…という見方だ。「産経」の記事では「日本が最大の経済援助国なのに…華人資本を取り戻したいなら日本やアメリカと関係を結ぶ方が早いのに…真意を測りかねる」とブツブツとグチを書いていたが(たぶん同じことを外務省の役人がグチっているのだろう)、どうなんだろうな。僕はなんとなくだが華人のこともあるがそれと別の意図もあって中国に接近している気がする。華人ったって中国本土と関係ない人も多いはずだからね。
とまぁ外交でいろいろと動きだしているワヒド政権だが、国内でも頭の痛い問題が続いている。東ティモール独立の際に懸念されていた、アチェー(スマトラの先っぽ。かつてのマラッカ王国の流れを引いている)とイリアンジャヤ(ニューギニア島の西側)の独立運動の激化だ。今のところワヒド政権は力で押さえることはせず、住民の意思を汲み取る考えのようだが…どうなることやら。
ところで日本国内で大活躍中(?)のデヴィ夫人って、インドネシア建国の父・スカルノの第三夫人で依然としてインドネシア人(人種的には日本人だが)だと思うんですけどねぇ。あんなことやってていいんかいな(笑)。
次もアメリカ大統領の話題。
アメリカ合衆国は、ただいま来年の大統領選への前哨戦で大にぎわい。個人的には俳優のウォーレン=ビーティが民主党候補に出馬するというのが興味深いところだが、一方の共和党で現在候補者最有力候補となっているのがブッシュ現テキサス州知事だ。そう、訪問先の日本で吐いてしまったために落選した、あのブッシュ前大統領の息子さんである。もう顔が父親そっくり(笑)。弟さんも他の州の知事になっているという政治家一家だ。あのケネディ家もそうだが、アメリカにもいちおう日本同様の政治家一家というのは存在するわけだが、今のところ親子で大統領になったという人はいない(現在注:これ間違いです。下記参照)(まぁ二世議員の多い日本でも意外にもいないけどね)。もしこの人が当選するとその歴史的な第一号になるわけだし、実際有力候補と言うこともあってマスコミの注目を集めている。
その絶好調のブッシュ候補に思わぬ事態が発生した。ボストンでテレビに出演した際、「今度パキスタンでクーデターを起こした人は?」「インドの首相は?」「台湾の総統は?」といった時事ネタを質問されて、ことごとく答えられなかったのである!どうにか台湾の総統だけは「確かリー(李)…」と言うのが精一杯で下の名前は出てこなかったそうな(とりあえず「リー」って言っておけば中国人の名前としては当たる確率は高いもんな)。まぁこの程度のことであれば「あとで調べるよ」とか言って笑ってごまかせばいいと思うんだけど、ブッシュさんは「じゃああなたはメキシコの副首相を知ってますか」などと質問者に問い返し「いや私は大統領にはなりませんから」とあっさりかわされてしまった(笑)。どうも「しまった」と思って焦るあまり、オロオロする態度がモロに出てしまってドツボにはまってしまったようである。また困ったことになまじ注目されている候補だったもんだから、これがマスコミで一斉に報じられてしまった。
ブッシュ候補、よくよく焦ったようで、ABCテレビのインタビューで「私は大統領になれるだけの知性はある」とわざわざ強調(笑)。「アメリカ国民は、外国の指導者が言えるか言えないかで大統領を選ぶようなことはしないはずだ」とも言ったそうである。放っておけば良いのにやたらムキになるあたり、ブッシュさん個人の性格と言うよりはこういうイメージダウンを選挙ブレーンが非常に恐れているって事なんだろうな。
ちなみにパキスタンでクーデターを起こしたのはムシャラフ参謀総長、インドの首相はパジパイ氏、台湾の総統は李登輝さんです。なんか僕がバイト先で中学生相手にやる社会科の授業みたいになってしまった(笑)。
◆一年後のコメント
文中「親子で大統領になった人はいない」という文があるが、これは明かな間違い。アダムズ大統領親子の事はアップ後に掲示板で指摘を受けました。まぁこういう文を書いてましたということで、訂正せずにおくのもフェアというものでしょう(笑)。
ブッシュ・ジュニアはこの後大統領選までの一年間、あれやこれやと「史点」にネタを提供してくれるのでありますが(笑)、まさか本番の大統領選そのものがあんな大珍事になるとはなぁ。
なんのこっちゃとタイトル見て思うでしょう。「ダビデの星」と言えばユダヤ教・ユダヤ人のシンボルである、三角形を二つ重ねて書いた星マークのことですね。これの赤バージョンを認めろという話がどこで出たかと言いますと、国際赤十字の会議席上でのこと。
誰もが知る国際赤十字活動だが、あの「赤十字」のマークって、スイスの国旗の白赤裏返しなんですよね。創設者アンリ=デュナンの母国ということでそれにちなんで、という経緯だったと思う。しかし考えてみると白赤入れ替えたとはいえ、あの「十字」はキリスト教のシンボルには違いない。僕も今度の話で初めて知ったのだが、イスラム圏では同じ活動が「赤十字」ではなく、イスラムのシンボルである三日月と星を赤でかたどった「赤新月」の旗を使用していたのだそうだ。これは宗教上のことを配慮して特別に認められているとのこと。じゃあ仏教国は卍マークとか…おおっ裏返すとまんまナチスや(爆)…って、このネタ、いしいひさいちがすでに使ってました(笑)。さすがは。
えーと、本題に戻すと、このたびイスラエルの赤十字が「イスラムが特別に認められているのに、なんでユダヤ教は「赤ダビデ星」の使用が認められないんだ!」と訴えているわけです。確かに理屈はそうなるけど、各宗教ごとにそれを認めると、「国際赤十字」としての統一性に欠ける恐れがあるとか、いらぬ混乱を引き起こす恐れもあるわけで、どうもスンナリ受け入れられる様子はない。
それと、なんで今ごろそんなこと問題にするんだ、って気もする。どうも来年にも予想されるパレスチナ国家のイスラエルからの独立が背景にあるようだ。
◆一年後のコメント
この問題、その後の中東和平の危機的情勢の中で、やはりお流れになりつつあるらしい。
話題性からトリにしましたけど、先週の話なのでちょっと古い話題です。
さる11月6日、オーストラリアで共和制への移行を問う国民投票が行われた。オーストラリアは元イギリスの植民地であり(というか流刑地)、独立後もイギリス連邦内の一国である。しかも実は依然としてイギリス国王を元首と仰ぐ立憲君主国だったりする。こういう国はあとカナダとニュージーランドがあったはず。もちろんイギリス国王(現在は女王エリザベス2世)は直接統治しているわけでもなく、形だけ総督を派遣して、あとはオーストラリア出身の首相が政治を執っているわけだが、とにかく建前上は遠いイギリスの国王を元首としているわけだ。
実のところ最近のオーストラリアはイギリスとの関係は希薄になり、むしろアジアやオセアニアといった周辺国との関係を強化している(その一方でアメリカと接近する気配もみせてるが)。そうした流れでイギリス国王を元首と仰ぐ制度に疑問を持つ人も多くなってきた。今回の投票で共和制移行が決定すれば、イギリス女王との縁を切り、オーストラリア人の大統領を建ててこれを元首とする方式に2001年元旦から移行することになっていた。
しかし投票直前の段階で、どうも現状維持派が過半数をとりそうだという観測が流れた。実際は国論二分ぐらいの伯仲した戦いが予想されたのだが、新しく作られる大統領制が、国民が直接選べない形式のものであることへの不満もあったそうで、君主制廃止派の票も割れていたのだ。潜在的には共和制支持者は国民の7割はいるとか報じられていたが、フタを開けてみれば今回の共和制移行に反対する票の方が過半数を上回っていた。結局オーストラリアはしばらくイギリス国王を元首として戴き続けるわけである。
この結果に、周辺の東南アジア諸国は様々に反応していた。とくにインドネシアなどは「やっぱりオーストラリアはヨーロッパから抜け出せないんだな」と警戒している声も多かったようだ。先日の東ティモールへのオーストラリア軍進駐のことも当然念頭にあるだろう。一方で立憲君主国であるタイ政府は「立憲君主制は良い制度だ」とかいうコメントを出していたな。
ところで今度の結果を受けて、もう一つ論争が起こった。オーストラリアは来年シドニー・オリンピックを控えている。オリンピックの開会式ではその国の元首が開会宣言をするとオリンピック憲章では規定されている。いちおう事前の取り決めではシドニー大会は特別にハワード豪首相が開会宣言をつとめることになっていたが、今回の投票結果を受けた共和派が腹いせ(?)に「じゃあ開会宣言は元首であるイギリス女王がやればいいだろう」という声が上がってきたのだ。共和派からこんな話が出てきたわけだが、立憲君主派も「まぁそりゃそうだ」ということになり、ハワード首相を悩ませているのだそうだ。
どうも結論としては代理人である総督が開会宣言をすることになるらしいのだが(カナダではそうしていたと聞いた)、さてどうなりますか。
◆一年後のコメント
先日のシドニー五輪の開会式、この件を注目していたのですが、やはり「元首代理」であるオーストラリア総督が開会宣言を行ってました。