00年のSFセミナーは装いも新たに、5月3日、全電通労働会館において行われた。以下はそのレポートである。レポートといっても一個人の目で見た範囲についての簡単なものにすぎないため、より全体を網羅したレポートが必要な方は
レポートリンクから好きなだけたどってみていただきたい。
全般
やはり本会会場の変更というのが最大のトピックとなる。全逓会館最上階の、いかにも「セミナーです」という風情が漂う、簡素な机が並んだ会場から、全電通労働会館の、まるで映画館のような椅子が擂り鉢上に並ぶ会場に変わったのは大きい。全体に、参加型企画が、ショーに変わったような印象を受けた。実際に行われていたことが変わった訳ではないのだが、会場が違うだけでこれほど雰囲気が変わるとは。昔日の舞台との距離の近さが懐かしいという思いはあるが、これもまた時の流れというものだろう。今後、器に内容が近づいていくのか、内容が器を再考させるのか。興味は尽きない。
私見だが、ショー化あるいは観客と舞台の距離感の増大(内容の器への接近)は避けられないだろう。SFマガジンに掲載されたセミナーレポートは、カラーページ含む6頁。これは昨年のSF大会「やねこん」レポートのモノクロ8頁とほぼ同等の扱いだ。これをみても、SFセミナーが単なるローカルコンの一つではなく、SF大会に匹敵する権威を持つイベントになりつつあることが分かる。いまさら、小さなイベントを指向するわけにはいくまい。本会は、客数に合わせて器を選ぶのではなく、器に合わせて客数を増やさねばならない域に来ているのではないだろうか。
しかし、一方、合宿は従来の身内イベントのサイズに留まっている。器の選択肢から言って、これはそう簡単に変更出来るものではない。不特定多数が参加するショーとしての本会と、常連中心の気心の知れた合宿。それぞれの性質を保ちながら両立させるのはかなり難しそうだ。両者のバランスをどう取っていくのか、今後数回が注目である。
●本会●
角川春樹的日本SF出版史
ブックハンターの冒険
日本SF論争史
新世紀の日本SFに向けて
妖しのセンス・オブ・ワンダーへようこそ
●合宿(参加企画のみ)●
笑ってください90分 −「中年ファンタジーの時代は来るのか!?浅暮三文改造講座」
田中香織のなぜなにファンジン
スラデック追悼 −蒸気駆動の作家
本会
角川春樹 聞き手/大森望
今回のセミナーで最大の話題をさらったのがこのパネル。角川がSFブームを作り、SFを見捨て、SFを再生しようとするにいたる過程があますところなく語られた。
天下に名高い名言の数々はかなり詳細にメモを取ったので、書こうと思えばかなり書込むことが出来るが、散々話題になったパネルだけに、いまさら言葉を拾っても屋上屋を重ねることになるだけかと思う。そこで、ここでは最も気に入った発言を一つだけ拾うことでお茶を濁したいと思う。
希望的観測は外れるが、直観は当たる
さすが、一時代を築いた人物は言うことが違う。
日本SF成立の過程で角川書店が果たした役割の再評価の必要性とか、角川の作家との交渉に助力したという福島正実の度量とか、初期のSF作家たちは「誇りを持って卑下していた」というSF作家たちの裏返しのエリート意識とか、実にさまざまに興味深い話が展開されたこと、また、来世紀に向けての徹底したSF攻勢だのといった、(実現性はどうあれ)壮大なビジョンを聞けたことはそれぞれに大きな収穫だが、ここでは蛇足としておこう。
牧眞司 聞き手/代島正樹
表題どおり、牧眞司の初単行本、『ブックハンターの冒険』出版を記念してのパネルである。著書の構成に沿い、古本を集めはじめるきっかけ、昔日のファンダムの様子、愛着のある書物、古本集めのコツなどさまざまなエピソードを通じ、古本集めの楽しさを語った。
「銀背の起源」話(*1)など、細かい蘊蓄の類が印象に残ったが、きちんとしたメモを取っていないので、詳細は省略。上記リンクを辿れば、いくらでも詳細なレポートがあるだろう。ここでは、他のレポートではあまり見かけなかった点を一点フォローしておくに留める。
パネル中、牧眞司がSF版<異色作家短編集>(*2)を選ぶとしたら、という形で以下の6作品が紹介された。タイトル及び作者名は既に各種レポートで紹介済みだが、そのままでは内容が想像しづらいかと思い、Locusのインデックスなどにリンクしてみた(*3)。これで少しだけ情報量が増えるのではないだろうか。なお、作家名の方は、海外SF翻訳作品集成の当該ページにリンクしている。
*1 「昔は銀背という言葉はなかった。青背という言葉が生まれたときに同時に出来た表現では」という説。後日、高橋良平氏から「クラシック路線が金色の背表紙で出たとき、金背という言葉とともに銀背という言葉が使われようになった」という話を聞いた。ファンの間で使われる用語の話なのでどちらも事実である可能性はある。
*2 ちゃんと聞いていなかったため、<魔法の本棚>では無いのかと勘違いしていたが、著書との対応からすれば、明らかに<異色作家短編集>が正解である。
*3 ラファティの巻の収録作は恥ずかしげもなく当サイトのリストにつないである。が、これでは全く情報が増えないので簡単なフォローを。
"Space Chantey"(1968)はいわゆるエースダブルの1冊。エースダブルは2作の中篇を背中同士で張り合わせた豪気なシリーズである。本作の合本相手はアーネスト・ヒルの"Pity About Earth "。"Space Chantey"自体は、残念ながら僕は未見だが、『子供たちの午後』解説によれば「ホーマーのオデッセイに題材を取った“連作ほら話集”とでも呼びたくなる一作」らしい。
"Sindbad: The 13th Voyage"(1989)は単独著作として刊行されたもの。Wildeside Pressから再刊されたばかりなので、入手は容易だろう。今見たところWildeside Press版は、背表紙が"THE SEVENTH VOYAGE OF SINDBAD"となるなどよく分からないことになっているが。まだ読んではいないが、多分、シンドバッドが13番目の航海をする連作なのだと思う。冒頭、ラファティ世界では名のみ聞いていたケンタウロン・ミクロンが登場するあたり興味をそそられる。
巽孝之 牧眞司 森太郎
こちらも出版記念パネル。このほど出版された『日本SF論争史』の内容を紹介しつつ、主な論争から、論争のパターン、論争の意義などを語って行った。「論争はライヴに限る」「論争には典型的なパターンがある」「論争史には残らない屑発言こそが面白い」など名言が多かった。全体としても、本を読んでみようという気にさせられる良いパネルだったように思う。名言以外に何が語られたか、は『日本SF論争史』を読めば必要の無い情報なので、ここでは省く。
藤崎慎吾 三雲岳斗 森青花 司会/柏崎玲央奈
昨年〜一昨年デビューし、SF、あるいはSF風味の作品を発表した新人作家3人に対するインタビュー系パネル。前半は、インタビューの定石通り、SFの原体験、作品を書くスタンスなどを聞いて行く形。後半は作品内に見られる恋愛観について世代差の視点から語る鼎談となった。小説からSFに入り、SFは手法であって目的ではないと語る森、藤崎の話も悪くはないが、最大の受けを取っていたのはやはり三雲。売れている分野を分析しコンテスト応募作のテーマを決めるという戦略性、海外進出という野望をもちながらまずは台湾と言い出す現実感。作品を読んだことはないので、実力を伴った発言かどうかはわからないが、どちらに転んでも面白いことには変わりない。ぜひとも、この調子で突き進んで欲しいことである。
小中千昭 聞き手/井上博明
アニメーション、特撮を主な舞台としてSF/ホラー色の強い作品を数々生み出している小中千昭に対するライブ・インタビュー。氏のSFの原体験、主の作品歴、各作品にまつわるエピソード、創作姿勢、今後の予定等々が語られた。詳細については他サイトのレポート参照のこと。純粋話芸としては今年のセミナーで一、二を争う出来だったように思う。小中作品に興味があるものにとっては、かなり満足できる出来だったのではないだろうか。
合宿(参加企画のみ)
浅暮三文 他
イベントにおける捨て身の笑いで、ファンの注目を一身に集めた浅暮三文を中心に、浅暮三文はどうしたら売れるようになるかを考察する企画。編集者、書店員、評論家、読者などさまざまな立場から、浅暮作品を売れるようにする方法を考えた。いろいろと名案が出てくる中、わりと辛辣な批判も出てしまうあたりはご愛敬。それでも、場内のアンケートでは高評価の連発で、いかに浅暮三文という人物が愛されているかが、よくわかった。
高橋良平 牧眞司 小浜徹也 司会/田中香織
向学心に燃える若きSFファンが、ファンダムの古株に昔話を聞く。中央ではなにやら太古のファンダムの消長が語られていたようだが、ちゃんと聞いていなかったのでよくわからない。だいたい、部屋中に小浜家秘蔵のファンダムがばらまかれているという状況で、人の話なぞ聴いている方が失礼というもんである(暴言)。人に薦められ「新少年」を読んでいると、「これこれ、こちらにとある人の創作があるぞ」と声がかかるなど、旧悪を暴かれることを怖れる人々により、注意を他人に向けさせるための大激闘が繰り広げられていたのであった。
過去は過去として客観的に眺められるようになることも必要なのではないか、などと企画本体とは何の関係もないところで感慨など抱いてしまった今日この頃である。
*:自分が関与したファンジンが公開の場に出ることはあるまいとたかを括っているらしい。
柳下毅一郎 福井健太 林哲矢
「最近死んだSF作家では最も有名な」スラデックについて、意外と知られていない、その生涯と作風について語ろうという企画。……だったのだろう多分。司会として場を仕切らねばならないはずの林が、企画イメージを掴みきれていなかったというのが敗因か。場の空気を支配できず、議論が空転するどころか、議論の存在しない場になってしまったのは大変もったいないところだ。
順調に行っていれば、柳下毅一郎による「スラデック=アシモフ」論、福井健太による「本格になりきれなかった作家スラデック」論(で、良いですか > 福井さん)など、興味深い視点が提示されるところだったのだが。参加者の浅暮三文氏による「スラデック体育会系」説なども適当な捌き方がされれば、興味深い論となったのであろうが、司会が機能しなかったため、無駄に空回りすることとなった。大変に惜しい。
まあ、しかしここで準備され、使われることの無かった/使い切れなかった材料はSFマガジン8月号のスラデック特集(*)にすべて結実しているので、完全に無駄というわけではなかったと思いたい。この部屋で楽しめなかった方も、どうかそちらをご覧になって頂きたい。ありうべきであった企画の姿がそこにある。
*:なお、林哲矢によるリストには、ハリィ・ハリスン編の"Nova 2"がハーラン・エリスン編となっている点など間違いが数箇所ある。司会が駄目なら、資料整理くらいちゃんとしたまえ。> 林哲矢