銀行生活雑感(二〇〇二年)
実力派を中途採用
節分の豆まきを済ませて近所の公園へ行くと、もう梅が咲きはじめていました(大阪の人たちは北北西に向かって太巻きをほお張っているはずです)。さて、東京市場における外国為替カスタマーディーラーの人気第三位に、我が銀行のT君が選ばれていました(二月一日付日経金融新聞)。彼はほんの二ヶ月前に中途入行してきた人ですが、人事マンたる小生としては、こういう実力派をどんどん採用して銀行を活性化し、各業務を上昇気流に乗せて行きたいと考えています。
平成一四(二〇〇二)年二月三日
企業イメージ
規模を追わず、ニッチ分野で特色出しし、スピード、機動力、効率性でナンバーワンの銀行になる―当行のブランドイメージは、こういう風に、メガバンクの大戦艦に対してシャープな駆逐艦という風に対置して行くのが良いと思う。
平成一四(二〇〇二)年三月九日
新人を甘やかすな
四月一日に新卒行員の入行式を数年ぶりに行い、厳粛な中にも華やいだ雰囲気の中で若い戦力を迎えました。夕方には懇親会を行いましたが、一日の緊張が解けたせいか、彼らのにぎやかなおしゃべりとはしゃぎぶりが印象的でした。ただ居るだけで場がパッと明るくなる―これこそ若さの特権だな、と、強く感じた次第です。数年ぶりに若い力を迎えるそれぞれの部署も、きっと明るく華やいだ雰囲気に包まれることでしょう。
ところで新聞に各社のトップから新入社員へのメッセージが載っていましたが、某メガバンク頭取の新人に媚びたような甘言には呆れました。なぜ、若い人のためにならない、彼らを甘やかすようなことを言うのでしょうか。ちなみにその銀行は四月一日の再編発足以来システムがうまく機能せず、口座振り替え手続きが今だに滞っていると報道されています。入行式の最後に小生から新人諸君に、この頭取の言葉を批判した上でそれとは全く逆の厳しい言葉を述べておきました。「厳しくも暖かい」企業文化を当行に根付かせたいと念じています。
平成一四(二〇〇二)年四月六日
チャンス到来
来年卒業の大学生の採用が早くもピークを迎えています。先日、面接したある女子学生が「外資系金融機関は『同期や周りの人がみんな敵』というような雰囲気で自分には馴染めず、一方、日系メガバンクは私立大学出身の女性には投資銀行業務などやるチャンスは無いというような相変わらずの学歴主義、官僚主義的体質」と言っていましたが、ここにこそまさに当行のチャンスがある、と思いました。当行は、外資には無いチームプレイを得意としつつも、実力本位のオープンな企業文化を創ることで強くなれると思いました。外資も一時期ほどの勢いは無く、メガバンクが統合で動きが鈍く、地銀は地元回帰を鮮明にしている今こそ、当行は「身軽な全国銀行」として活路を見出し得ると感じた次第です。
平成一四(二〇〇二)年四月二一日
新世紀の銀行モデル
ソフトバンクが当行株式を売却したい意向のようだ。もしそうならば、この際、役職員によるMBOで会社を買い取ってしまいたい。昨日の日経新聞で日産自動車のカルロス・ゴーン社長も言っていたように、従業員が自らをオーナーと意識し、会社の使命を我が物としてこそ、初めて社員の力がフルに発揮できるのである。
そしてその際には、他の銀行が必ずしも有効な銀行像を示し得ない今こそ、有為な外部人材を経営者として担いで、日本の二十一世紀のホールセール銀行モデルを世界に示したい。この使命感こそ重要である。新生銀行はモデルとして悪くないが、やり方が所詮は短期収益至上のファンドであり、取引先から支持、共感を得られていない。
平成一四(二〇〇二)年五月六日
日本型の人事
先々週から先週にかけて日経新聞の「やさしい経済学」に、東大の高橋伸夫教授が「日本型の人事」について書いておられました。かなり啓発されることが多かったです。今はやりの成果主義の長所といわれる「差がつけられる」ことに、「なぜはじめに差をつけることを目的にするのか」という率直な疑問を呈しておられるのも、人事実務家の小生として共感を持ちました。これと関連して、日本企業の人事は、「カネ」で従業員に報いるのではなく、「次の仕事」で報いる仕組みであるとの観察も極めて正確だと思います。
平成一四(二〇〇二)年六月二日
人事の市場化
本日の日経新聞に、小生勤務先銀行の求人広告を掲載しました。事業法人営業担当の補強に焦点を絞って第二新卒を採用しようというものです。第二新卒とは、大学卒業後五年くらいまでの若手人材のこと。近年この層では最初の就業後比較的早い時期に転職を図る人が増えている一方、我々求人企業の人事担当は新卒以上の即戦力を調達できる場として注目しており、こうした需給が若手労働力の流通市場を形成しているものです。
人事にも市場感覚は重要です。全社一律の処遇体系では多様化した事業戦略や外部市場に対応できません。現在小生も、外部市場にも適応可能な社内労働市場を創ろうとしています。人材を需要するサイドである各事業部門毎に要員計画と複線処遇体系を構築し、それに合致した人員の供給を内外無差別で行うものです。新卒の複線型採用、若手の古典的ローテーションからの脱却と早期専門分化なども付随した課題です。
平成一四(二〇〇二)年六月九日
合併銀行の無残な名前
三和銀行と東海銀行が合併して出来た銀行の名前は「UFJ銀行」と称する。それにしても「UFJ」とは何とまた無残な名前だろう。一体どこに根拠を置きどんなアイデンティティのある銀行だかさっぱりわからない。まるで冷たい機械かロボットのような名前である。いかにも当人たちが望まない行政主導の無理矢理の合併で出来た銀行の命名だ。東海銀行は僕の郷里を本拠地にしているが、郷里の人たちは決してこの合併もこの名前も喜んでいない。なぜ東海銀行は、東京も関西も捨てて、愛知県の堂々たる巨大地銀として生きる道を選択しなかったのだろう。
平成一四(二〇〇二)年六月一三日
フィールドワーク
貸出等の与信業務は知的な経済のフィールドワークである。単なる事務ではない。この「目利き」を誤ると、銀行が破綻するのみならず、日本の二一世紀の産業育成を失敗させることになる。
平成一四(二〇〇二)年六月二三日
経営指標を盲信するなかれ
エンロンに次いで、ワールドコムという米国通信大手企業の三八億ドルの巨額粉飾決算が明らかになりました。ワールドコムの件で気になったのは、一見もっともらしい経営指標が粉飾の隠れ蓑になっていたことです。この会社の場合は「EBITDA(利払い前、税引き前、償却前利益)」という利益指標が「超優良」であると、もてはやされていたのです。しかしこの指標は、資産と負債の規模やバランスには頓着しないため、合併・買収戦略の裏にある負債の巨大さを覆い隠してしまうのです。ひとつの指標で企業を判断することの恐ろしさを感じると共に、優良企業を演出する為に経営学者やエコノミストたちが無責任に創り出すさまざまな経営指標に充分警戒せねばならないと感じた次第です。およそ、経営学者や経済学者やエコノミストやアナリストといった人種に社会への責任感や使命感のある言説を見出すのは困難である、というのが小生の独断です。
平成一四(二〇〇二)年六月三〇日
従業員の目の輝きは?
先週の「大暑」あたりから、いかにもそれらしい夏の日々が続いていますが、皆さんお元気でしょうか。小生は、中途採用、人事異動、新人事制度、新たなインセンティブプラン、中高年層との面談、人事業務の合理化と、一度にいろいろなことを動かそうとしており、物理的にはなかなか多忙で充実感もあります。しかし、これでいいのかという思いも一方で湧いてきます。というのは、おそらくどの日本企業でも、今の人事屋にとって真に重要なのは、従業員の「目の輝き」を取り戻すこと、そしてそれを経営に促すことですが、人事屋としての自分の仕事の一つ一つが「従業員の目の輝き」に貢献しているかどうか、もっと他にやるべきことがあるのではないか、と、考えさせられることも多いからです。
平成一四(二〇〇二)年七月二八日
投資と融資
ヴェンチャー企業への投資と通常の企業融資は違う。ヴェンチャー投資は、リスクは大きいが一発当てた時に大きな収益を狙う仕事であり、多少の粗があっても企業が爆発的に伸びるかどうかという視点が大切である。一方融資は、利は薄いが確実性の高いものでなければならず、企業の安全性と成長性をバランス良く見る必要がある。融資と同じように減点主義でのみ運営してしまっては正しい投資ポートフォリオを組成できない。
平成一四(二〇〇二)年九月一日
頼もしい若者たち
小生の銀行では、先々週、大学三年生三十名ほどを集めてインターンシップ(学生に職場に入ってもらい、テーマを与えて学習してもらう制度)を実施しました。また、先週は、若手行員向けの研修をふたつ実施しました。ひとつは事業法人営業に初めて携わる人たちのための基礎研修、もうひとつは若手営業マンの営業スキルを向上させるための研修です。
そもそも小生の銀行では若手採用を控えた時期があったため、若い人の絶対数が不足しているのに加え、近年の若者はひ弱だ、能力不足だ、という先輩の厳しい声もあるのですが、こうしたインターンシップや研修での若い人たちの発言ぶりを見ていると、態度も内容もしっかりしており、人事マンとしてはたいへん頼もしく感じました。組織活性化のために、今後も若い人を積極的に採用、活用してゆきたいと思いました。
平成一四(二〇〇二)年九月八日
クロスセルの重要性
旧暦では葉月(八月)に入り、ずいぶん涼しくなってきました。もう半袖半ズボンで外出すると寒いですね。まさに「暑さ寒さも彼岸まで」です。さて、このところ、広義の投資銀行部門に人事アセスメントに入っています。現場の声を聞くと様々な経営課題が浮き彫りにされ、先週はこの対応で追われました。伝統的銀行業務とは異質の専門家集団を率いて行くには、それにふさわしい経営のやり方が必要とされることを改めて認識しました。一方で、こうした専門家たちと伝統的銀行業務をも担っているリレーションシップ・マネージャー(RM、営業担当者)たちとをいかに融合させ相乗させて業務を推進するかも重要な課題です。
平成一四(二〇〇二)年九月一五日
人心一新
金木犀(キンモクセイ)の花の香りが街路一面に広がり、いよいよ秋深くなってきました。先週は、来る十月初旬に予定している人事異動の準備で忙殺されていました。新銀行になって二年経過し、下期を迎えるに当たって人心の一新を図ること、各部店の要員計画・人員要望を反映して適切な人的資源の再配分を行うこと、平成八年次以降の若手層について、個人部門から事業法人営業部門へ、事業法人営業部門から各専門分野へといったローテーションを円滑に実施すること、管理職への若手登用を進めて円滑な世代交代を促進すること等を目的とした異動です。今後の当行を支える若手管理職の力に大いに期待したいところです。
平成一四(二〇〇二)年九月二九日
貸し渋り批判の一面
ある地方銀行のトップ曰く「往々にして、隠し資産を持ちながら債務も弁済せず税金も滞納しているような悪い債務者に限って、銀行の督促を貸し渋りだとか称して政治家に駆け込むものですよ」と。これは真実を語っていると思う。何でも銀行を悪者にするマスコミは、こうした悪い債務者の実態を取材できているのだろうか。銀行を悪役に仕立てるような意図的な報道はやめて、事実を公正に報道してもらいたい。
平成一四(二〇〇二)年一二月六日
人事制度改革の盲点
人事の仕事から離れて自分のやったことを振り返ってみると、新銀行の立ち上げに必要とされる要員構造の是正はそれなりに出来たと思う。つまり中高年層のスムーズな外部転出と若年層の採用、補充といった仕事である。しかし人事制度の改革については今一つ自信が持てない。
自省を込めて言うと、昨今日本企業で流行りの人事制度改革が良くないのは、現場の人たちの腑に落ちないようなカタカナ用語をやたら使うことである。基本概念の理解、共有が不十分なのをカタカナで誤魔化そうとするから良くないのだ。人事の事務局の中でさえ共通理解は不十分と思われる諸概念を、一般社員が共感を持って迎えるはずはない。現場の「腹に落ちる」言葉で説得的な制度づくりが出来たのか、反省しきりである。自社の強み弱みや経営戦略と人事制度との整合性をよくよく検討した上で、どうしても必要なら人事コンサルタント会社の持ち込むカタカナ概念を導入すればよいのだが、そこまで議論を尽くせなかった恨みが残る。
平成一四(二〇〇二)年一二月八日