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「古典派からのメッセージ・2001年〜2002年編」目次へ戻る
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現代中国の魅力の無さ

 

 中国文化は、ずっと我々日本人の精神の糧であり続けた。孔子や老子など古代の偉大な思想群、「西遊記」「水滸伝」「三国志」の三代奇書などの小説(近年も「封神演義」が漫画になり現代日本の子供たちが夢中になっている)、王維、白居易、杜甫、李白らの個性豊かな漢詩、さらに書道、美術等々…。共産中国が、自らの歴史や精神文化を「唯物史観」によって否定したり、共産主義に都合のいいように勝手な解釈をしてきたのは、その恩恵にあずかって来た隣国の住人にはとても悲しいことである。僕から見れば、共産中国こそ何ら魅力ある文化を創造していないのである。

 先週、瀋陽の日本総領事館で、北朝鮮からの亡命者とみられる人たちが中国警察官に連行された。その捕縛の模様は生々しい映像で世界に流された。必死で(文字どおり捕えられれば必ず死ぬことを覚悟で)泣き叫んで助けを求め、領事館に逃げ込もうとする母親、それを見つめて茫然と立ち尽くす女の子、そして亡命者を出さないよう厳命を受けて母子を容赦無く連行しようとする緑色の制服の警察官たち。この映像に北朝鮮や中国の国家としての非人間性が浮き彫りにされていた。亡命希望者たちは北朝鮮のあまりの貧しさと希望の無さに耐えかねたのだろう。この国の不幸な人々は、愚劣な世襲専制体制に抑圧され、発展するアジア地域の中で取り残され置き去られている。そして、国際法に反して領事館の中に侵入してまで亡命希望者を連れ去ったのに、「領事館の安全確保を目的とした善意の行為」と主張する中国政府のなんと傲慢不遜なこと!この恥知らずの主張は、中国の心ある人々からも強い反発を買うだろう。経済的な開放・自由化と政治的な抑圧・非人間性という共産中国のアンバランスと矛盾は、いつか先鋭な形で爆発するに至るのではないか。

 本居宣長が「直毘霊(なおびのみたま)」で漢意(からごころ)について述べている言葉を借りれば、共産中国は「道(人間らしい文化ある国のあり方)行はれざる故に道(共産主義)を説く」国に堕しているのではないか。自国の伝統と精神文化を捨てて物質主義に走るこの国は「なべて人の心さかしだち、悪くこそなりて」いるように見える。

平成一四(二〇〇二)年五月一二日