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「古典派からのメッセージ・2001年〜2002年編」目次へ戻る
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北朝鮮の国家犯罪

 

 今回の小泉首相の訪朝については、九月二〇日付朝日新聞夕刊の神谷不二慶應大学名誉教授のコメントが正鵠を得ていると思う。神谷氏はふたつの点を指摘している。

 第一に、北朝鮮が自ら拉致を認めたことで、やはりこの国は国際法の通じる「普通の国」ではなく、「ならずもの国家」ないし「悪の枢軸」であったことが白日の下に曝されたこと。我々は、具体的行動によって結果を償い約束を果すまでこの国を信頼出来ない。

 第二に、北朝鮮の日本人拉致と日本のかつての植民地支配は相殺できないこと。一九世紀から第二次大戦までは、植民地所有は先進国の追求すべき価値として広く認められていた。植民地支配が非とされたのはその後のことであり、かつての植民地支配を現代の価値観だけで裁断するのは正しい歴史評価ではない。それは、改定された法によって改定前に起こった事件を裁いてはいけないのと同じである。このように、歴史事象と現代に引き起された拉致やテロの国家犯罪とは明確な差異があり、決して相殺できるものではない。これら神谷氏の指摘は銘記すべきであると僕は思う。

 「夜警国家」という言葉があるが、戦後日本は、国民の生命や安全を守るという、たとえどんなに「小さな政府」であっても備えるべき夜警機能を疎かにしすぎてきた。政府は、日本国民が北朝鮮に拉致された疑いがあったのに何年もこれを放置してきた。これは、国民の生命、自由、幸福追求を最大限尊重すると謳っている憲法一三条に違反している。平和を唱えていれば平和が守られるのではない。毅然として国民を守る決意が国家になければ、平和も安全もあり得ない。

平成一四(二〇〇二)年九月二二日