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「古典派からのメッセージ・2003年〜2004年」目次へ戻る
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大原一三氏―敬愛すべき政治家

 

 自民党の衆議院議員である大原一三氏をご存知だろうか? 大原氏は、大正一三年生まれの宮崎県出身である。大蔵省から衆議院議員に転じ、平成九年から一二年まで党の行政改革本部で重要な役割を果たし、数々の政策提言を行なってきている。また、大原氏は、見識ある政治家として、読むに値する著書を数々出している。近著の「官庁大改造」(扶桑社)も、行政改革に直接携わった経験を踏まえ、すべての中央官庁の行く末とあるべき姿を具体的に提言した好著である。僕は、この本を読んで、日本の政治家にもこんなに素晴らしい見識を持った人がいたのだ、と救われた気持ちになった。

 「官庁大改造」の説くところは、行政を徹底的にスリム化し、小さな政府を実現すべきであるということであり、中央集権的制度から地方分権的な制度へ移行すべきであることである。要は、自由化により民間活力と地元活力を高めようということである。例えば、金融の分野でも、護送船団行政が日本の金融機関を弱めたことを認め、自由化を促進すべきことや、政府系金融機関を徹底的に縮小すべきことを説いておられる。小泉改革が、もし大原氏のこの著書に現れている明瞭な自由主義の思想に乗っ取って行なわれるのなら、僕は大いに支持したいところだ。しかし、小泉首相の志向する改革がいかなる思想に基づいているのか、今一つ伝わってこないのは残念である。

 政治的、経済的な自由主義と小さな政府論を貫きながらも、大原氏は、外交、防衛、治安維持、環境といった分野では、国家として筋の通った責任ある対応を求めている。例えば、共産中国が旧日本軍の遺棄化学兵器の処理を日本政府に要求し外務省が応じてしまったことについて、先の大戦で日本軍は武装解除されて(つまり武器を放棄させられてすべて現地に置いて)引き揚げて来たのであり、その後の処理は中国当局が行なうのが当然であることなどを例に挙げ、外務省に筋を通した外交を強く求めている。また、交通騒音のような軽犯罪を放置していると、重犯罪も取り締まれなくなるのであり、警察は犯罪に対しもっと厳しく対処するように求めている。環境問題にはもっと力を入れ、環境省は環境税導入に動けと説いておられる。これらの主張にも僕は大いに首肯するのである。

 大原氏の著書では、このほかに「改革者―私の代表的日本人」(角川文庫)を読んだことがある。これは内村鑑三の「代表的日本人」に倣った大原氏の歴史群像論である。選ばれているのは、聖徳太子、乃木希典、高橋是清といった政治家だけではない。額田王や平家物語の作者といった文学者も何人か選ばれており、大原氏の視野の広さ、感性の豊かさが伺われる。彼の政治家としての活動の源泉は実に深くて豊かなのである。こうしたきちんとした知的背景を持った政治家が日本には何人いるだろうか。知的背景は単なる学歴や職歴から生れるものではない。人間や歴史に深い関心を持ち、古典を自分のものとして消化するような読み方をしなければ、真の知性は育まれまい。我々が選ぶ日本国の代表者たちには豊かな知性を持っていてほしいと心から願う。

平成一六(二〇〇四)年七月二五日