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「古典派からのメッセージ・2003年〜2004年」目次へ戻る
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「専門店化」と「金融界での位置取り戦略」

 

問題意識と解決の方向性

 当行は、再生以来、順調に収益を伸ばし不良債権を処理してきた。しかし、ここから先、さらに飛躍を図るには、個性を鮮明にし、日本の金融界における位置取りを明確化することが必要である。格付機関から指摘されている「安定した顧客基盤の不安」や「将来の収益の伸びの不確実さ」といった問題点も、煎じ詰めれば「個性」と「位置取り」の問題に帰着する。今のままでは「メガバンクの小さな亜流」に過ぎず、格付は上がらない。いつかはメガバンクに吸収されて、芽生えつつある独自性も潰えてしまう可能性がある。

 当行は規模では未来永劫メガバンクに勝てない。であれば、強みに特化した専門店化を断行し、個性を鮮明にすることが必須の課題である。そしてその個性を活かせば、地域金融機関の緩やかな系列化と系統金融機関からの緩やかな被系列化によって、金融界での独自の存在意義を確立することも不可能ではない。専門店化と位置取り戦略は一体で実行すべきである。以下、具体的に述べる。

 

専門店化

 (一)当行は、比較優位のある法人営業と投資銀行業務に特化すべきである。では我々はそうした分野を得意としている外資系投資銀行とどう違うのか。外資系投資銀行との差別化は、「高い専門性」が「長期安定的な関係」や「相手の立場に立った木目細やかなサービス」と両立することで図られる。「長期安定的な取引関係に裏打ちされた専門性」という日本的企業文化を「売り」にするのだ。「専門的商品やサービスには関心が高いが、いつ居なくなるかわからぬ短期勝負の業者とはあまり親しくなれない」と言う企業は多い。

 (二)法人営業部門は、一般的な中小企業金融を漫然と行うのではなく、「成長指向」企業への金融に特化するべきである。マーケティングの対象を、株式公開ないしは全国・全世界展開を指向する「成長指向」の中小企業に絞ってゆくのだ。これは、スコアリングモデルに依拠した零細企業へのバラマキ貸出(商工ローン的な融資業)とは正反対のビジネスモデルである。このモデルを成り立たせるためには、新産業調査や成長セクター調査を中心にしたアーリーステージからの企業開拓を行うこと、投資と融資の一体運営を行うこと(ワラント付き貸出等も活用)、担保主義に代わる引当主義による与信管理の「割り切り」が必要である。実は、こうした活動は、東京三菱銀行の新産業調査室が既に行っている。僕が新規開拓で遭遇した企業でも、クリーク&リバー社、アクトリー社といった成長企業は、東京三菱の新産業調査室が開拓し、それは当該企業の経営者も大変高く評価していた。

 当行は東京三菱銀行以上に経営資源を投入する必要がある。ひとつの施策として、中堅行員一〇〜二〇名程度を上記「成長指向」企業へ経営補佐として派遣、ハンズオンの支援と与信管理の役回りを担わせてはどうだろうか。これは同時に、当行自身の経営者予備軍として派遣者の力の涵養も図ることにもなる。当行の人員構成上も三〇歳代後半〜四〇歳代前半が余剰となる可能性大であり、人材の有効活用手段にもなる。

 当行は金融における得意分野を意識的に構築すべきである。法人営業部門が開拓した成長セクターで「これは」と思われるものは、スペシャルファイナンス部門へ移して経営資源を優先的に投じて育成する。既にいくつかの分野で実践してきたことである。それは、海運業(シップファイナンス)であり、不動産(ノンリコースファイナンス)であり、MBOファイナンスであり、DIPファイナンスであり、医療産業(病院の再生というユニークな位置取り!)であり、文化産業(映画、ゲームソフト等へのファイナンス)である。未着手の分野としては、環境産業(産業廃棄物ほか)がある。これらの産業の内、文化産業と環境産業は日本に比較優位があり、二一世紀の基幹産業となる可能性もある。

 (三)各種の投資銀行業務の中では、成熟した市場部門よりも、日本の産業構造の変革をとらえるビジネス、すなわち、商社的金融業たるビジネスマッチング(含むM&A)に注力すべきである。ビジネスマッチングやM&Aは、大きく展開すると、資金需要も作り出しファイナンス業務にも結びつく。ビジネスマッチング半期五〇〇件の達成を目標にするなどして、業務としての優先順位を飛躍的に高めたい。

 

金融界での位置取り戦略

 専門店化を成功させるには、長期的信頼性を具備した高い専門性と、その専門的業務の対象となる豊かな顧客基盤が必要である。前者は、自前の人材育成とスキルを有する人材の中途採用の組み合わせで実現できるが、後者は、当行の自前の事業法人顧客基盤だけでは全く足りない。地域金融機関の持つ事業法人顧客を対象に専門分野の営業展開をすることで、ようやく規模の経済を実現できるだろう。メガバンクと競合する地域金融機関にとっても、自身が持ち合わせない専門分野での補完ニーズは高い。

 当行と地域金融機関の相互補完においても、特に重視すべき分野は、「成長指向企業の発掘」と「ビジネスマッチング(含むM&A)」の二分野である。これらの分野では、日本政策投資銀行がやや先行した動きをしている。彼らは、製造業技術評価ネットワークを地銀等へ開放したり、地銀向けM&Aチームに一六名を配置し、山陰合同銀行の顧客と静岡銀行の顧客とを取り結ぶことに成功したりしている。これらは、本来、当行こそ真っ先にやるべきビジネスである。

 まずは、当行の専門的ビジネスの対象になるような事業法人顧客基盤を有する地銀を緩かに系列化すべきである(全国で一〇〜二〇行程度か? 例として北陸銀行)。普通株出資のほか、必要に応じ、当該地銀の不良債権処理の財源として優先株出資を行ってもいい。地銀側が望むなら、先方に当行株式を保有してもらってもいい。ゆるやかに系列化した地銀には、当行から専門部隊を派遣し、その地銀の法人営業マンといっしょに、取引先企業の経営課題を解決してゆく。

 一方で、信金中金の当行への出資比率を高め、役員も招聘し、信金中金のもとで、信金ネットワークの一員となるべきである。系列の債権回収会社での成功パターンを銀行本体へ持ち込むのだ。信金ネットワークを一気に手に入れると、個人部門を捨てた当行の資金調達の安定化に資するばかりではなく、成長企業発掘のルート開拓(成長企業といえども初期段階では地元信金をノックすることが多い)、企業再生ビジネス(大手信金ではDDSの活用なども視野に入れて企業再生チームを持っていることが多い)などでネットワークを活かせる。また、個別信金からは、信金中金の業務支援への不満がしばしば聞かれることから、リスク管理や余資運用技術などで、当行が信金中金を補完して信金を支援できる余地は大きいと思われる。

平成一六(二〇〇四)年七月一五日